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今日も推しが可愛い!!!
しおりを挟むカチ…カチ…
腕時計の秒針があと少しで12に到達する。
ドキドキドキ
秒針が動く度に、心臓が高鳴るのを感じる。
あと5秒…4…3…2…
ピロリロリーン♪
ーー来た!!
何でも無いように、彼は…山田は口を開いていつものセリフを言う。
「いらっしゃいませ~」
平日きっかり夜8時00分。
彼の推しが訪れる。
因みに、推しと聞いてアイドルや可愛らしい女の子を想像しているなら、ガッカリしないで頂きたいのだが、彼の推しは一般人のサラリーマンである。
フリーターの彼には縁遠い、キッチリスーツを着こなして銀縁メガネの推定30代くらいの年上の男性だ。
寧ろ、彼のバイト先であるコンビニに不似合いな程のエリート臭を漂わせている。
何故そんな彼が推しになったかと言うと、遡ること3ヶ月前。山田が働き始めた頃の話である。
眠気と戦いながら一人、レジでお客さんを待っていると、キッチリスーツを着こなした男性が入ってきた。
ーー背広に値札を付けたまま。
それに気がついたのは彼のお会計が済んだあと。キッチリさとの差に思わず笑ってしまいながら声をかけるハメになったのだ。
……今考えると結構失礼なヤツだったと我ながら思う。
そして、切り取りますか?とハサミを差し出してから男性が恥ずかしそうに顔を赤らめている事に気がつき見事、心臓を撃ち抜かれてしまったのだ。
所謂、ギャップ萌えという奴である。
「…それ、もう聞き飽きたんだけど!!」
今日も推しに会うため、制服に着替えながら先輩に語っていると、呆れたように話を遮られてしまった。
「え~!俺と先輩の仲じゃないですか!まだまだ語り足りないんですよ~!」
「ふざけんな!今日はお終い!!解散!!!」
俺は先にレジに行くからな!としがみついた手を振り払われてしまう。
彼も口は悪いが優しい人なのだ。また明日も苦い顔しながら話を聞いてくれるのだろうことは目に見えているので、山田はしぶしぶ諦めた。
時刻は夜7時50分。
人もあまり来ないのであっという間に掃除や品物の整理をし終わり、暇を持て余し雑談を交わす。
「しっかし、名前も素性も知らない相手によくそんなに熱上げられるなぁ~。そんなに気になるんなら名前くらい聞いてみたらどうなんだ?どうせ今日も例の"推し"来るんだろ?」
山田はわざとらしく肩をすくめる。
「先輩は分かってないですね~。俺は推しのプライベートには干渉しない主義なんですよ」
そう、これからも知るつもりは無い。同じ空気を吸えてるだけで胸が一杯なのだ。
なんじゃそりゃ。先輩は苦笑しながら、じゃあそろそろ俺は休憩に入るわ。と裏に引っ込んで行く。有難い。
夜8時00分。
ピロリロリーン♪
今日も彼はやってきた。新聞と惣菜弁当にお茶。いつものラインナップ。
(あ!今日は栄養ドリンクも買うのか。お仕事忙しいのかな)
たまには、お仕事お疲れ様です。とか言ってみようかなぁなんて思いながら、お釣りを渡すと、何やら手に冷たい感触が。
へ?と思い見下ろす。
「え…これ………?????」
放心していると、
「今日も遅くまでお疲れ様。頑張って」
と言い残して去っていく推しの背中。
ーーえ?待っては?声カッコいいんだけど??っていやいや違うそうじゃないだろお前落ち着け無理萌え死ぬ!!!
混乱してる頭を無理に正気に帰らせる。
飛び出しかけた言葉を必死に抑え込み、結果悶え苦しむ滑稽な姿を先輩に晒すことになったのだが。
(あ~!今日も推しが尊い!!!!)
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
「はぁ…」
外の少し冷えた風が丁度いい。
五月蝿い心臓を落ちかせるように息を吐く。メガネを外し、緊張で少し汗ばんだ手のひらの震えを誤魔化すように顔を覆った。
きっと赤くなっていたのだろう。頬が熱い。彼にバレてないと良いのだけれど。
「変じゃ…無かったよな??自然に渡せたよな???」
唐突に不安が襲う。変質者だと思われてたらどうしよう。
…あぁ、でも…。
(あれはヤバい)
語彙力も死滅するってもんだ。
栄養ドリンクを押し付けた時のあの表情。
見開いた瞳。少し赤くなった頬。クソッ……。
全世界に叫びたい衝動を抑えて一人悶える。
(あぁ……今日も推しが可愛い!!!!!)
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