竜蛇のつがいと運命論

伊藤クロエ

文字の大きさ
上 下
31 / 44
Ⅱ カイルのサンカラーラの暮らし

ヴィハーンを探しに

しおりを挟む
 ところがそれからぱったりとヴィハーンは姿を見せなくなってしまった。もしかしたらこの前のように港町に来ているかも、と万に一つの可能性に賭けて二度ほど行ってみたが空振りに終わってしまった。

(まあ、あんなことがあった後だしやっぱり港には来ないかな)

 そうは思うが他に思いつく先がないのだから仕方がない。
 今日はパドマから出来上がった薬をタクールに届ける用事を請け負って、カイルは再び町へ降りて来ていた。
 トカゲに似た港の男たちは以前と同じくカイルを遠巻きにしてチラチラと見ているが、ちょっかいを出してくることはない。カイルはヘシュカを頭に巻き、白シャツにスラックス姿で、帰りにまた小麦を買ってくるつもりでロバの手綱を引きながらタクールの店の扉を叩いた。

「これはミスター、ちょうどいいトコロに……!」

 タクールが耳まである口をにんまりと持ち上げてちょこちょこと駆け寄ってくる。

「なんだい藪から棒に」
「最近ミスターはヴァルナの君にお会いニなりましたカ?」
「ええと、ヴィハーンのことかい? いや、会えていないよ」
「そうデスか……」

 がっくりと肩を落としたタクールにどうしたのかと尋ねた。すると困ったような顔で鼻先の丸眼鏡を押し上げて言う。

「この先にあるドゥンガの店で、あのお方がごくたまに来て注文される品がありマス。先日それ渡したけれド、品を間違えたと店主が困ってこれをわたしのところニ……」

 タクールが大きな布の包みを開くと、そこにあったのは見慣れぬ道具類だった。

「これはなんだ?」
のみたがねデス」

 確かにそれはわかるのだが大きさが普通ではない。カイルが両手で持っても余りあるサイズだ。しかも重い。

(ヴィハーンは大工仕事でもしているのか?)
「いつもあのお方にお渡しスルのは特別に硬い錬鉄を使った道具デスが、間違えて安物のを渡してしまッタらしく……。いつもならお渡しスル時に確認してもらうのデスが、珍しくひどく気が急いておられた様子デ、中身を見もセズ急いで店を出てイッテしまったとか……」

 なにせ彼は力が強い。気づかずに安物の道具を使えば鏨や刃先が曲がって怪我をするかも、と聞いてカイルは眉を上げた。

「それは大変だ。一刻も早くこれを持っていって、間違えたのは使わないように言ってやらないと」
「そうなのデス」

 カイルは少し考えて言った。

「僕に少しだけ当てがある。これは預かってもいいか?」
「もちろんデス」

 カイルはその道具をロバに積むと一度家に戻った。そして追加でいくつか荷物を積んでからロバの手綱を引いて細い道を降りて行った。目指す先は以前ヴィハーンとピクニックをした場所だ。あそこには普段ヴィハーンが肉を焼く時に使っているらしい竈があった。つまりあそこで待っていればそのうちヴィハーンが食事を摂りにやって来るかもしれない、というわけだ。
 とりあえず一晩そこで野営をしてみようと思い、留守にすることをパドマとダラーに言いに行くと、パドマは呆れた顔をして特別に毛布を持たせてくれた。

「今日ならまんだなんとかなるが、十日も経てば寒くて凍えっちまうようになるよ」

 パドマにそう言われたことを思い出しながら以前通ったでこぼこ道を辿っていく。確かにここ最近、朝晩さらに肌寒さを感じるようになったし、地面には落ち葉がたくさん落ちている。
 もしたどり着けなさそうならロバに乗って戻って来るつもりで家を出たが、幸い一時間と少しでなんとかあの岩で囲んだ竈のある場所にたどり着くことができた。

「すごいな……本当にたどり着けるとは思わなかった」

 正直あまり自信がなかったから今まで試してみなかったのだが、意外となんとかなるものだとカイルは一人感心する。

「君が一緒に来てくれたお陰かな」

 そう言ってロバの背を叩いてから荷物を下ろして、近くの木に繋いだ。

「さて、早速竈を調べてみよう」

 だが残念ながら残っている燃えさしは冷え切っていて、最近ヴィハーンがここで煮炊きをしたような痕跡は残っていなかった。そこでカイルは少し近所を歩いてみることにする。

(そういえばあの時、ヴィハーンはどこからか薪を持って来ていたな)

 大きさもそこそこ揃っていたし完全に乾いていたから、あれはそこらへんで拾ってきたものではなく、薪として使うためにあらかじめ切って乾燥させたものだと思う。

(もしかしてこの辺りに彼が拠点としているような場所があるのかもしれない)

 カイルはあまり遠くまで行って迷子にならないように気を付けながらあちこち歩いてみた。すると明らかに人が獣かが定期的に通っている跡と思しきけもの道を見つけた。それを辿って行くと大きな洞窟の入口があった。

「もしかしてあの薪を溜めていた場所かも」

 近づいてみると洞窟の入口は広く、ヴィハーンでも楽に入っていけそうだ。しかも壁側には薪が積み上げてある。

(やっぱり、あの時ヴィハーンはここに薪を取りに来てたんだ)

 その時、洞窟の奥の方から響いてきた音にカイルはハッと顔を上げた。

(ひょっとしてヴィハーンがいるのか!?)

 カイルがそっと奥に向かって歩いていくと、何か硬いものを穿つような音が段々大きくなってくる。

(何か掘ってる……? そうか、のみたがね……! 間違いなくヴィハーンだ!)

 預かってきた道具をロバのところに置いてきてしまったのを悔やみながら走っていくと、洞窟の天井はますます高くなっていく。薄暗かった足元が不意に明るくなって、奥に松明が掲げられているのが見えた。そしてその揺れる火が照らし出しているものを見てカイルは思わず息を呑んだ。

 見上げるほどに高い洞窟の壁一面に巨大な彫像が見事な精緻さで彫られ、刻まれている。それは豊かに茂森の木であり、動物であり、花であり、そして人だった。

(これは……なんて凄い……)

 天に向かって伸びる逞しい木々とその足元に咲く花。木の間からはカイルが見たことのない姿の動物たちがこちらをひた、と見据えている。そしてその中央にあぐらをかいて座る人物は男とも女ともつかぬ身体に流れるような布を身に着け、右手に花を、左手は指を複雑な形に折り曲げていた。
 カイルはただただ無言で壁の彫刻を見上げる。

 カイルは生まれも育ちも良いし高等教育だって受けている。だから文化や芸術に対する素養はそれなりにあると自分でも思っていた。だが今、目の前にある巨大な岸壁に彫られたものを見て言葉一つ発することができなかった。

(……すごい……この迫力を、胸を鷲掴みにされるようなこの感覚をなんと言って表せばいいんだろう……!)

 カイルは瞬きも忘れて一歩近づく。そして中央に座る人物の背中に大きな羽根があることに気づいた時、地響きのような声が轟いて硬直した。

『誰だ! そこで何をしている!』

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...