竜蛇のつがいと運命論

伊藤クロエ

文字の大きさ
上 下
30 / 44
Ⅱ カイルのサンカラーラの暮らし

カイルのおもてなし

しおりを挟む


「まさか、嘘だろヴィハーン!?」

 本当にヴィハーンが庭に入ってくるところに出くわして、思わずそう叫ぶ。ヴィハーンは相変わらず人相の悪い顔でギロリとカイルを睨んだ。

『来ては悪かったか』
「とんでもない! 今朝もロバを見ながら君が来てくれないかと願っていたところだ!」
『…………ロバを見て?』

 ヴィハーンが眉間の皺をますます深くして庭の隅にいるロバを見る。するとロバは食んでいた草を落として固まってしまった。

「待て待て、かわいそうなうちのロバをいじめないでやってくれ。よく来てくれたね! お茶でもどうだい?」

 カイルは逃がしてなるものかとヴィハーンの腕を一本がっしりと抱え込んで家へと引っ張り込もうとする。もちろん相手が重すぎてビクともしなかったが、それでも気迫と歓迎の気持ちは伝わったようだ。ため息をついたヴィハーンがのしのしと歩き出す。

『先日の礼だ』

 家の玄関先でヴィハーンが片方の上腕に担いでいた籠を下ろした。中にはなんとニワトリが三羽押し込められてケコケコとけたたましく鳴いている。

「え、これは食べるのかい?」
『食ってもいいし、飼えば玉子を産む』
「そうか、なるほどじゃあそうしよう」

 自分でニワトリの首をひねって殺して羽根をむしったりするところを想像して青褪めかけたカイルは、すぐさまそちらの平和的共存法に飛びつく。

「だがお礼だなんて気にしなくても良かったのに。この間ピクニックに持って行ったものは君のマトンの礼でもあったんだから」
『あれは最初の茶と菓子の礼だ。礼に礼を貰っては座りが悪い』
「君は本当に律儀な男だなぁ」

 カイルがそう言うとヴィハーンはじろりと目の端で見下ろして『借りを作りたくないだけだ』と答えた。

「そうか、それでも嬉しいよ。ありがとう」

 カイルは家の重くて大きい扉を開けて彼を押し込んだ。そしてとりあえずニワトリは物置部屋に放して戸を閉める。明日にでもダラーに相談してニワトリ小屋を用意しなければ、と頭のメモに書き留めた。

「待っててくれ、今湯を沸かすから」

 カイルは竈の熾火を掻き立てて湯沸かしを置く。昨夜燃やした薪のおきに灰を被せておくと、火は消えるが火種は残る。翌日その灰を除いて着火用の杉葉の乾いたのを乗せるだけで再び火を熾せるのだ。そうパドマに習ってから炊事がとても楽になった。
 元々この家にあったなけなしの食器や鍋などはカイルが裏の井戸の水でピカピカに磨いたが、いかんせんどれもサイズが大きい。当然錫の湯沸かしもかなり大きいので、取っ手に布巾を被せて両手で持ち上げようとした時、低い唸り声のようなヴィハーンの声に止められた。

『どけ、俺がやる』
「いや、このくらい平気だ。君はお客様なんだから」

 だがヴィハーンはじろりとまたカイルを睨むと、布巾の上から湯沸かしを掴んでテーブルへ運んだ。その時、自分の肩くらいの高さにあるテーブルに見慣れない小袋が置いてあるのに気が付いた。

「あれ? なんだいこれは」
『サンカラーラの茶だ』
「えっ!? 持って来てくれたのかい?」
『お前の国の茶は茶とは言わん』

 そう言ってヴィハーンがポットに熱い湯を勢いよく注いだ。どうやらすでに茶葉を入れておいたらしい。ちなみにポットはカイルが母親に持たされた小さな薔薇の模様がついた磁器のものだ。
 ヴィハーンはポットの蓋をして、カイルにしてみればちょっと長いんじゃないかと思うくらい時間を置いた。ヴィハーンが視線で許可を出したので、カイルは高い椅子によじ登り自分とカイルのカップに茶を注ぐ。途端に華やかで豊かな香りがパッと立ち込めてカイルは「わっ」と小さく声を上げた。

「へぇ、すごい香りだ。なんとなく秋の森を思い起こさせるね」

 それにカップの内側の滑らかな白に茶の澄んだ濃い赤がとても鮮やかで美しい。そう感想を言うとヴィハーンの顔は相変わらずの仏頂面だったが、彼の後ろで尻尾の先端がくるんと揺れたのが見えた。一口飲むと香りが口の中に広がり、角のない渋みがいいアクセントになっている。

「うーん、これは確かに甘い菓子が合うお茶だ」

 カイルは昨日またしても失敗してしまった硬い種なしパンを小さな四角に切って糖蜜を染み込ませた自己流の菓子もどきを出した。あまり甘いものは得意ではないカイルにはこれが果たして美味しいのかはよくわからないが、少なくともダラーに試食してもらった時彼はニコニコしながら食べていた。

 ヴィハーンは下腕を組んで疑わし気にそれを睨んでいたが、しばらくして一つ摘まむとくわ、と開けた口に放り込んだ。
 カイルが「どうかな? 昨日作ってみたんだが」と行儀悪く頬杖をついて尋ねると『……まずくはない』と答える。カイルはニヤニヤしながら「そうか、良かった」と言った。

「ところで本当に僕たちなんでお互いの言葉がわかるんだろうね」
『知らん』
「まあ便利だからいいけど。お隣さんには通じないからこっちの言葉の練習は続けてはいるんだが、それでも相手がパドマとダラーとロバしかいなくてね」

 カイルはお茶のおかわりを注ぎながら尋ねる。

「見ての通り、さすがに暇を持て余していてね。だから柄にもなく菓子作りや畑仕事なんてしているわけだが。ヴィハーンは普段何をしているんだい?」

 するとヴィハーンはますます怖い顔をして『……いろいろだ』としか答えてくれなかった。

「例えば? 王族にも何か決まった仕事やなんかがあるのか? 僕に手伝えることはないかい?」

 あわよくばまた彼と一緒に何かできないかと聞いてみるが、ヴィハーンは苦虫を嚙み潰したような顔で『ない』と言うだけだった。

「そうか」

 ついしょぼんとした声が出てしまう。前回の彼とのピクニックが楽しすぎたのがいけない。あの時ヴィハーンと出かけたことは本当にいい気晴らしになったし楽しかったし面白かった。だが仕方ないので他の方法を探す。

「このままブラブラしてても、当初の目的であった『この国を知る』ということはできなさそうだから、タクールに頼んで何か仕事を斡旋して貰おうかな。これでも高等教育は受けた身だし数年だが社会人経験もある。それでも職がなければ彼の商会で荷運びでも……」

 と言ったところでドン! という音とともに椅子とテーブルが揺れた。

「ヴィハーン、いつか床が抜けるぞ」
『……港で働くのはやめておけ』
「港じゃなくて港の近くのタクールの店で、だけど」

 一応そうやって反論してみるが、ヴィハーンが今度こそ尾で床に穴をあけそうな顔をしているのでそれ以上言うのはやめた。

(それに、ヴィハーンが港町の人たちにいい感情を持ってない理由も知ってしまったからな)

 カイルは先日目撃してしまったオメガや港の男たちとのいざこざを思い出す。

(仕方ない、タクールの店で働かせてもらう案は諦めるか)

 カイルはお茶をもう一口飲みながら、空気を換えようと冗談交じりの口調で言った。

「ところで君は『オメガなんていらん』と言ったわりに僕に親切だね」

 ぶっきらぼうで付き合いにくそうな振りをしているが、やはり本当はいいやつだな? と続けると、ヴィハーンはフン、と鼻を鳴らして一気にお茶を飲み干した。
 しばらくして彼が帰る時にもう一度「君は普段どこで何をしてるんだい? 君に会いたくなったらどこへ行けば会える?」と聞いてみたが答えはなかった。

「残念、また来てくれるといいが」

 そう呟きながら家の中に戻る。
 先日、港で見かけた時以来会うのは初めてだったが、ヴィハーンの様子がいつもと変わりなかったことにホッとした。あんなことがあったから、もしかしたら当分の間オメガのカイルの顔も見たくなくなるかと心配していたのだ。

(不思議だな。ヴィハーンは相変わらず不愛想の極致だし、ただ僕が一方的に話してるようなものだが、それでも一緒にお茶を飲むのが楽しいとは)

 ヴィハーンは決して付き合いやすい男ではない。でも裏がないのがいい、とカイルは思う。顔は終始仏頂面だが、彼の太くて重そうな尾は意外なほど雄弁なことに本人は気づいているだろうか? そう考えるとついカイルの唇が緩む。
 願わくばヴィハーンの方もカイルに気を使うことなく自然体でいてくれているといいのだが。

(ああ、本当に彼と友人になれたらいいのに)

 そして空になったお菓子もどきの皿を見て「次はどうやって甘いものをこしらえるか」とニヤニヤしながら考えた。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...