竜蛇のつがいと運命論

伊藤クロエ

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Ⅰ ”最も優秀なオメガ”カイルのお見合い話

一歩前進?

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 ヴィハーンはしかめっ面で腕組みをしたまま、長い間黙り込んでいた。だがテーブルの上に置いた上腕の、カイルがぎゅっと握った自分の右手を見て観念したように深く息を吐き出す。そしてその手をそっけなく引っ込めると椅子から立ち上がった。
 返事を待つカイルを無視してヴィハーンが台所兼居間の片方の壁に向かう。

「あ、そこの扉は鍵がかかっていて入れない……」

 と言いかけた時、ヴィハーンが腰に下げた紐の飾りの中から鍵を取り出した。

「えっ! それ、そこの鍵!?」

 ヴィハーンが鍵を差し込んで扉を開ける。急いでヴィハーンの後ろから部屋の中を覗き込むと、そこはなんの飾り気もないシンプルな部屋だった。閉め切られた窓の前に明らかに誰かが使っていたとわかるやや乱れた巨大な寝台が一つ置いてある。

『……使っていい』
「はぁ……え……っ?」

 ヴィハーンはずかずかと部屋に入るとくしゃくしゃの掛け布をはぎ取って丸めた。

『寝具は洗うか自分で用意しろ』

 そう言われてようやくカイルはその寝台がヴィハーンのものだと気が付いた。

「やっぱりこの家は君の家だったのか!」

 そしてはたと気づいて慌ててヴィハーンに問いかける。

「ひょっとして僕が追い出してしまったのか? じゃあ君、今はどこで寝泊まりしてるんだい?」
『ここには住んでいない。ごくたまに寝にきていただけだ』
「じゃあどこかほかにも家があるのかい? どの辺りだ? ここから近かったりす……んぐ」

 矢継ぎ早に質問すると仏頂面のヴィハーンに手で口を塞がれた。

『今日からここを使え』
「っそ、ふが、んぐ」

 負けずにヴィハーンの手の中でもごもご話していると、ようやく口を解放される。一気に空気がなだれ込んできて大きく深呼吸した。

「寝室があるならもっと早く教えてくれよ」
『お前は会ったばかりの見知らぬ他人に自分の寝台を貸すのか』
「あー、なるほど……うーん、そうか」

 見た目によらず意外と繊細なんだな、と思ったが口には出さなかった。そんなことはこれまでの彼の言動を見れば簡単にわかることだ。

 ヴィハーンは人間よりもずっと大きくて逞しくて力も強い。険しい顔つきも四本もある剛腕も低くぶっきらぼうな声も、そしてあの極太でいかにも重そうな尾も、どれも彼を強大で怖い者なしの存在だと主張している。
 でも彼は女王の命令であっても会ったこともない異国のオメガと娶せられることを拒否するくらい潔癖で、なおかつ反発している女王の命令に心ならずも従う形になったとしてもカイルのためにいろいろ手間を掛けてくれるくらい優しい。人は見た目に寄らないとはまさにこのことだ。

 カイルは不機嫌そうに腕を組んでいるヴィハーンの顔を下から覗き込んでニヤリと笑う。

「なあ、君。僕がさっきタクールに『今は物置にある長椅子でコートやショールを被って寝ていて夜中寒い』と言ったのを聞いて気が咎めたんだろう?」

 先ほど商店でカイルが冗談のつもりで『寝室を追い出された浮気男のようで落ち着かない』と笑った時に、ヴィハーンが恐ろしく険しい顔をして尾を床に打ち付けていたのを思い出す。

「君はいいやつだな」

 そう言うとヴィハーンの眉間の皺が今までで一番深くなった。そしてまたドスン! と大きな音がして家が揺れる。

「おいおい、あんまりやると家が傾くぞ」
『うるさい』

 ヴィハーンが太い尾を揺らしながら家から出て行こうとするのを追いかけてカイルは尋ねた。

「なあ、やっぱり言葉がわかるのか? 僕の話してることほとんど全部理解してるだろう?」
『知らん』

 ヴィハーンの返事はそっけない。だがふいに目の端でカイルを振り返って言った。

『……だがお前の言いたいことはなんとなくだがわかる』

 突然すぎる軟化デレにカイルはなぜか視線を逸らして「そ、そうなんだ……」と呟く。だが彼の『お前だってそうだろう』という言葉には「いや、それは僕が努力してサンカラーラの言葉を学んでいるからだ」と即答した。

「なあ、もう帰っちゃうのかい?」

 家の扉の木枠にもたれて尋ねる。

「また来てくれる?」

 だがヴィハーンは無言で庭を歩いていく。

「……言葉がわかるのは……ひょっとして《運命》だからだったりして」

 わざとそう言うとヴィハーンが振り向いて小馬鹿にしたように笑った。

「とにかく、仲良くしよう。ここでは異端の君と、オメガのはずれ者の僕とでさ」

 返って来たのはフンと鼻を鳴らす音と荒い足音だけで、カイルは肩をすくめる。

「また寄ってくれ! ジャムとビスケットをご馳走するから!」

 すると重そうな尾の先端だけがピコン、と小さく跳ねて、カイルは思わず噴き出した。


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