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Ⅰ ”最も優秀なオメガ”カイルのお見合い話
カイル、キレる
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カイルは缶詰でいっぱいの袋と帽子を抱え、働く港の男たちがせわしなく行きかう雑踏を急いですり抜ける。
「あのさ、人から強引だってよく言われないか?」
大きな麻袋を肩に担いで前を行く巨大な背中と揺れる極太の尾に向かって呼びかけた。だが案の定返事はない。
「大体、この布……ヘシュカ? だって僕はいらないって何度も……」
度々視界を遮る布を振り落とそうと頭を振ろうとした時、突然何かが目の前に立ちはだかった。そして巨大な手のひらに頭を掴まれる。そう「押さえられた」ではなく「掴まれた」だ。ヴィハーンがぎろりとカイルを見下ろして言う。
『取るな』
「邪魔なんだよ、これ。髪が目立つというなら帽子を被ればいいじゃないか。実際、行きは帽子で何も問題なかったんだから」
我慢できずにカイルは言い返した。
「どうしてもというなら納得できる理由を説明してくれ」
だがヴィハーンは視線でカイルを威嚇すると無言で踵を返す。それがひどくカイルの癇にさわった。
確かに彼の驚くほど分厚い筋肉に覆われた巨躯やくろぐろとした目と金色の縦長の瞳孔が放つ威圧感は半端ない。現に周りを行き来する、一見荒くれ者のように見える港の男たちでさえヴィハーンを遠巻きにして近寄ろうとしない。けれどカイルは無性にその不機嫌そうな仏頂面をひっぺがしてやりたくなった。
「僕がオメガだからか」
カイルは道端の真ん中で仁王立ちすると、ヴィハーンの背中に向かって叫ぶ。
「オメガはヘシュカを被ってアルファを惑わす淫乱な本性を隠せと?」
振り向いたヴィハーンの目が驚いたように見開かれた。
「それともオメガのくせに生意気に意見する僕はヘシュカを被って黙って大人しくしてろと!? 自分はアルファだからそうやって理由を説明もせずに命令しさえすれば僕が従うと思っているのか!」
ヴィハーンが小さく舌打ちをして何か言いかける。だがカイルの方が早かった。
「君はオメガとは絶対に結婚したくないと言ったな。だから僕が間違って君を誘惑してオメガの毒牙に掛けないように、顔を隠して家に閉じこもってうろうろ出歩くな、そう言いたいんだろう!」
『違う!』
昼下がりの港町の往来のど真ん中で二人は互いににらみ合う。真正面から、そしてすぐ間近でヴィハーンに睨みつけられて、カイルは女王たちと謁見した時の政府の男たちの姿を思い出した。あれこそまさに『蛇に睨まれた蛙』だ。その気持ちが今少しわかる。ビリビリと焼け付くような痛みさえ感じる彼の強い視線。これがアルファの力なのだろうか? でも、それでもカイルは目を逸らさなかった。
先に負けたのはなんとヴィハーンの方だった。
『……単に俺がお前の頭を見たくないだけだ』
「は?」
何かとても失礼なことを言われた気がして思わず間抜けな声が出た。ヴィハーンはふてくされたように目を逸らしたまま、今度は土埃の舞う地面を睨んでいる。
「それは顔も見たくないくらい僕が嫌いだということか」
『そうじゃない』
そう言ってからだいぶ経った後、恐ろしく苦り切った声音でヴィハーンが言った。
『お前は………………オメガにしてはマシな男だと思う』
思いがけない言葉にカイルは瞬きをする。
「……それは……ありがとう……?」
『…………あの豚ど……お前の国の役人とかいうやつらほどには、汚いケツを上げてとっとと出て行けとは思っていない』
「不思議だ、知らない単語がいくつか出てきたが意味はちゃんと理解できる」
『……………………やかましいし意味が分からんことも多いが、話すなとも別に思っていない』
「すまない、言いたいことがさっぱりわからないのだが?」
少なくとも軽蔑されたり嫌われたりはしていないらしい。だがそんな相手に面と向かって「顔を見たくない」とは喧嘩を売っているとしか思え――――と考えてはた、と気が付いた。
「君、顔を見たくないじゃなくて頭を見たくないと言ったのか」
(頭……つまり金髪を見たくないのか?)
ますますわからん、とカイルが首をひねっているとヴィハーンがムスッとした顔のままカイルが抱えていた缶詰の袋を取り上げた。
「あっ、それは僕が運ぶよ。君は重い粉の袋を持ってくれているだろう?」
だがヴィハーンは右肩に50ポンド入りの小麦粉の袋を、そして左の上腕で缶詰の袋を軽々と持ってさっさと歩いていってしまった。仕方なくカイルは帽子だけを持って彼の後を追いかける。
「君な! そこまで勝手にするなら僕だって好きにさせてもらうぞ!」
丘を登りカイルが借りている崖の家までたどり着くと、結局あれから一言もしゃべらなかったヴィハーンの前に回り込んで言った。
「中に入ってくれ。君とは一度じっくり話し合わなければならないようだ」
「あのさ、人から強引だってよく言われないか?」
大きな麻袋を肩に担いで前を行く巨大な背中と揺れる極太の尾に向かって呼びかけた。だが案の定返事はない。
「大体、この布……ヘシュカ? だって僕はいらないって何度も……」
度々視界を遮る布を振り落とそうと頭を振ろうとした時、突然何かが目の前に立ちはだかった。そして巨大な手のひらに頭を掴まれる。そう「押さえられた」ではなく「掴まれた」だ。ヴィハーンがぎろりとカイルを見下ろして言う。
『取るな』
「邪魔なんだよ、これ。髪が目立つというなら帽子を被ればいいじゃないか。実際、行きは帽子で何も問題なかったんだから」
我慢できずにカイルは言い返した。
「どうしてもというなら納得できる理由を説明してくれ」
だがヴィハーンは視線でカイルを威嚇すると無言で踵を返す。それがひどくカイルの癇にさわった。
確かに彼の驚くほど分厚い筋肉に覆われた巨躯やくろぐろとした目と金色の縦長の瞳孔が放つ威圧感は半端ない。現に周りを行き来する、一見荒くれ者のように見える港の男たちでさえヴィハーンを遠巻きにして近寄ろうとしない。けれどカイルは無性にその不機嫌そうな仏頂面をひっぺがしてやりたくなった。
「僕がオメガだからか」
カイルは道端の真ん中で仁王立ちすると、ヴィハーンの背中に向かって叫ぶ。
「オメガはヘシュカを被ってアルファを惑わす淫乱な本性を隠せと?」
振り向いたヴィハーンの目が驚いたように見開かれた。
「それともオメガのくせに生意気に意見する僕はヘシュカを被って黙って大人しくしてろと!? 自分はアルファだからそうやって理由を説明もせずに命令しさえすれば僕が従うと思っているのか!」
ヴィハーンが小さく舌打ちをして何か言いかける。だがカイルの方が早かった。
「君はオメガとは絶対に結婚したくないと言ったな。だから僕が間違って君を誘惑してオメガの毒牙に掛けないように、顔を隠して家に閉じこもってうろうろ出歩くな、そう言いたいんだろう!」
『違う!』
昼下がりの港町の往来のど真ん中で二人は互いににらみ合う。真正面から、そしてすぐ間近でヴィハーンに睨みつけられて、カイルは女王たちと謁見した時の政府の男たちの姿を思い出した。あれこそまさに『蛇に睨まれた蛙』だ。その気持ちが今少しわかる。ビリビリと焼け付くような痛みさえ感じる彼の強い視線。これがアルファの力なのだろうか? でも、それでもカイルは目を逸らさなかった。
先に負けたのはなんとヴィハーンの方だった。
『……単に俺がお前の頭を見たくないだけだ』
「は?」
何かとても失礼なことを言われた気がして思わず間抜けな声が出た。ヴィハーンはふてくされたように目を逸らしたまま、今度は土埃の舞う地面を睨んでいる。
「それは顔も見たくないくらい僕が嫌いだということか」
『そうじゃない』
そう言ってからだいぶ経った後、恐ろしく苦り切った声音でヴィハーンが言った。
『お前は………………オメガにしてはマシな男だと思う』
思いがけない言葉にカイルは瞬きをする。
「……それは……ありがとう……?」
『…………あの豚ど……お前の国の役人とかいうやつらほどには、汚いケツを上げてとっとと出て行けとは思っていない』
「不思議だ、知らない単語がいくつか出てきたが意味はちゃんと理解できる」
『……………………やかましいし意味が分からんことも多いが、話すなとも別に思っていない』
「すまない、言いたいことがさっぱりわからないのだが?」
少なくとも軽蔑されたり嫌われたりはしていないらしい。だがそんな相手に面と向かって「顔を見たくない」とは喧嘩を売っているとしか思え――――と考えてはた、と気が付いた。
「君、顔を見たくないじゃなくて頭を見たくないと言ったのか」
(頭……つまり金髪を見たくないのか?)
ますますわからん、とカイルが首をひねっているとヴィハーンがムスッとした顔のままカイルが抱えていた缶詰の袋を取り上げた。
「あっ、それは僕が運ぶよ。君は重い粉の袋を持ってくれているだろう?」
だがヴィハーンは右肩に50ポンド入りの小麦粉の袋を、そして左の上腕で缶詰の袋を軽々と持ってさっさと歩いていってしまった。仕方なくカイルは帽子だけを持って彼の後を追いかける。
「君な! そこまで勝手にするなら僕だって好きにさせてもらうぞ!」
丘を登りカイルが借りている崖の家までたどり着くと、結局あれから一言もしゃべらなかったヴィハーンの前に回り込んで言った。
「中に入ってくれ。君とは一度じっくり話し合わなければならないようだ」
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