竜蛇のつがいと運命論

伊藤クロエ

文字の大きさ
上 下
15 / 44
Ⅰ ”最も優秀なオメガ”カイルのお見合い話

ヴィハーンの訪れ

しおりを挟む

(本当に大きいな)

 テーブルも椅子も棚も竈も何もかもが大きすぎる家だが、ヴィハーンと比べるとたいそうしっくりくる。

(ここはヴィハーン自身が住んでる家なんだろうか)

 その割には埃だらけで誰かが暮らしていた形跡がなかった、とカイルは不思議に思った。

 それにしてもこの尻尾! ついついカイルの視線はそこに吸い寄せられる。彼の肌を覆う鱗が一番綺麗に見えるのが、彼の後ろに見える極太の尾だった。根本は飽くまで太く、先端にそって綺麗なカーブを描いて細くなっていく。その尾は彼の感情を表しているらしく、今は何かを推し量るかのように先端だけが一定のリズムで石の床をパタン、パタン、と叩いていた。
 カイルは昨日、ついまじまじと彼の尾を凝視していた自分を叱るようにドスン! と音を立てて地面を打ち据えた尾を思い出して笑い出しそうになる。それをぐっと我慢してそしらぬ顔でヴィハーンの強い強い視線を受け流した。

(他にどんなところに鱗があるんだろう)

 見てみたいな、とふと思う。そしてそんな風に他人の身体に興味を持ったのは生まれて初めてだと気が付いた。
 突然、低く太い声が耳朶を打って、カイルはハッと我に返る。

『昨日、お前の乗ってきた船が港を出た。てっきりお前も共に行ったのかと思っていた』

 ヴィハーンが腕組みをしたまま言った。それに小さく笑って答える。

『わたしは言った。この国サンカラーラを知りたい。だから帰らない』

 そしてトン、と爪先で石の床を突く。

『家、外、掃除した。私、生きる、だいじょうぶ。』
『……そうは思えんがな』
『なぜ?』

 カイルが首をかしげるとヴィハーンが苦々しい顔で言った。

『お前のように小さくてひ弱な、育ちのいいニンゲンが耐えられる場所じゃない』

 しばらく彼の発した単語を頭の中で反芻し、意味を理解して思わず吹き出した。

『何を笑う』
「いや、ええと……本国では小さいとかか弱いとかいう扱いをされたことがないから新鮮で、つい」

 カイルは似たようなサンカラーラの言葉を並べて笑った非礼を弁明する。だがヴィハーンが「意味が分からない」という顔でいるので説明した。

『私は男。大きくて強い。だから――――』
『だがオメガだ』

 冷たい声音でそう断じられたことがなぜかカイルの癇に障った。

「ああ、だがそれがどうした」

 カイルは思わず足を踏み出し、ヴィハーンに向かって言う。

「僕が一度でも貴方に色目を使ったか? 貴方を誘惑したか? これでも頑丈なたちだし病気らしい病気もしたことがない。発情期もないし、正直貴方のフェロモンだって感じない」

 カイルの突然の豹変にヴィハーンが目を瞠る。

「僕は貴方に心配されるほど弱くないし見くびられる筋合いだってないぞ!」

 どこまで伝わったかはわからない。それでも勝手に言葉が口から飛び出した。カイルはヴィハーンを睨みつける。すると彼はすっと目を細め、一言『わかった』とだけ言った。
 そう素直に頷かれると自分が大人げなかった気がして急に恥ずかしくなる。

「……声を荒げてすまなかった」

  コホンと咳ばらいをして謝るとなぜかヴィハーンがじっとカイルを見つめる。そしてふいに『……邪魔をした』と言って家から出て行こうとした。

「あ、待ってくれ!」

 カイルは慌てて追いかけ呼び止める。

「ええと……『家、あなた、住む? ここ』」

 この家はヴィハーンの家なのか、自分が彼を追い出しているのでは? と気になって尋ねた。だがヴィハーンは『俺はここには住んでいない』とだけ言って立ち去ろうとする。けれど庭の隅の囲いで草を食んでいるロバを見て足を止めた。

『貰う、これ。ここ、だいじょうぶ?』

 ここで飼っていいかと聞くと、ヴィハーンが黙って頷く。そして目の端でカイルをちらと見ると尋ねた。

『さっき、どこかへ行こうとしていたか』
「『はい。商人』えーと、なんていったっけ」

 カイルがまた手帳を取り出してダンが書いてくれた地図のページを開く。するとまたしてもその手を掴まれ持ち上げられた。

「……あのさ、貴方の方がはるかに背が高いんだから、もうちょっと遠慮してくれないかい?」

 本国ではカイルより背が高い者はそうそういなかっただけに、まるで子どものようにぶら下げられるこの体勢はいささか屈辱的だ。だがヴィハーンはまるで構わずそのページを読むと、パッと手を離して言った。

『一人では行くな。あと頭巾ヘシュカを被れ』
「へしゅか? なんだいそれは」

 カイルがパラパラと手帳をめくっている間にヴィハーンは行ってしまった。

「礼を言いそびれてしまったな」

 とりあえず明日パドマに会ったら『ヘシュカ』なるものの意味を聞いて、ヴィハーンが妙な顔をしていた朝の挨拶ももう一度練習しようと心に決めた。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...