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黒の森(1)(ノルガン)
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「俺、ちょっと行きたいところがあるんだけど……いいかな」
カンダルの町を出てすぐ、リツがそう言った。ずいぶん下の方にあるリツを見下ろすと、目が合った瞬間なぜかリツの動きが止まる。そしてポッと目元が赤らんだ。
熱でもあるのだろうか、とノルガンは手を伸ばす。何せリツはノルガンや他の人間たちと比べるとずいぶん細いし小さいし食べる量も少ない。それについ数日前カンダルに着いた日にはひどく雨に濡れてしまった。
ノルガンならどうということもないが、こんなに小さくて弱そうな生き物では簡単に死んでしまう。そう思ってノルガンがリツの体温を測ろうとうなじを掴むと、リツの身体がきゅっと跳ねた。
「ノ、ノルガン……?」
今度はリツの耳まで赤くなっている。これは一度カンダルに戻った方がいいだろうか、と思うがすぐにその考えを打ち消した。
ノルガンにとって人の住む町は面倒ごとの方が多くてうっとうしいだけの場所だ。ノルガンに難癖をつけてくるだけならまだいいが、リツを食いたがっている人間も数多くいる。それならいっそノルガンが懐に抱えて古木のウロや洞窟にでも籠っていた方がずっといい。
そう思ってリツを抱き上げようとした時、リツがようやく我に返ったような顔をしてノルガンに言った。
「ええとね、そう、俺行きたい場所があるんだ。っていうか、このまま街道沿いに進むと王都に向かうことになるけど……そっちには行かない方がいいと思って……」
そう言ってわずかに俯く。
「多分、今ごろ王都じゃゴダルさんと荷物が届かないって騒ぎになってるんじゃないかな。そんなところに俺たちが行ったら絶対ゴダルさんたちのことを聞かれるだろうし……」
どうやらリツはノルガンの持ち主であった商人ゴダルと彼の護衛たちが行方知れずになっていることを気にしているようだ。
人間の決めたルールなどどうでもいいがリツにとってはそうではないらしい。だからわざわざ他の人間たちの集団に紛れ込んで馬鹿なならず者に食われそうになりながらもカンダルの街まで来て、ノルガンのためにマントや首輪を買ったのだ。
正直リツがしていることはただ面倒ごとを増やしているだけの徒労にすぎないとノルガンは思う。だが悪いことばかりでもない、とも思うようになった。
ノルガンは自分の首に嵌っている革製の輪の感触を意識する。
リツはその首輪がノルガンの肌を傷めないように一晩中かかって砂で磨いて揉んで柔らかくし、きつすぎないかと何度も聞きながらそっと留め金を留めた。
ノルガンはその礼に、一晩中かけてリツの身体のあらゆる場所を同じように撫でて擦って、それから真っ赤な顔でくったりとしてしまった彼を抱き上げて、ノルガンのものでゆっくりじっくり身体の奥深くまでこすってやった。そうしたらリツは泣いて喘いで疲れて眠ってしまったが、意識を失くしている間も彼の狭い後腔はノルガンのモノをきゅうきゅうと締め付け、最奥にある蜜口はちゅぱちゅぱといやらしくノルガンの亀頭をしゃぶりながら甘えていた。
本当に、つくづくこの人間は弱くて手間がかかって目が離せないが、たいそう可愛らしい。そう思って手を伸ばし、おさまりの悪い髪を撫でてやる。するとリツは驚いたように目を丸くしてまた頬を赤くした。
「ど、どうしたんだよ、さっきから突然……」
どぎまぎと視線を飛ばして縮こまるリツの丸まった背を撫でてやる。するとリツの肩からふっと力が抜けて、きゅっと閉じられた口元にもわずかに笑みが浮かんだ。
最近、ノルガンがこんな風に撫でてやるとリツの身体から強張りが取れて嬉しそうな顔になる。夜に懐に抱いて撫でてやる時とは違う反応がなんとなく楽しい。
「と、とにかく、当分の間は王都とかエルベ……いつもゴダルさんが行き来してた町は避けた方がいいと思う。だから街道を外れてしまうけど、できたら南に行きたいんだ……」
南、と聞いてノルガンはこのあたりの地理を思い描く。
このグラナド地方で商業都市エルベや王都などの主要都市を結ぶ西街道は、行きかう人や隊商が段違いに多い。普通の人間なら魔獣がうろつく森よりも当然街道を通る方を選ぶだろう。だがノルガンにとっては魔獣よりも人間を相手にする方がいちいち面倒だ。だから街道を外れて森を抜けていくのは全然構わない。
するとリツはなぜかしょんぼりとした顔でノルガンを見上げて「ごめん」と謝った。
「ええと……街道を外れて森を抜けていくとなると、今まで以上にノルガンに魔獣と戦わせてしまうことになってしまうから、本当にもうしわ……」
「問題ない」
再び謝ろうとしたリツを遮ってノルガンがそう言うと、リツが目を丸くしてパチパチと瞬きをした。立ち止まったまま一向に動こうとしないので、もう一度「問題ない」と言う。するとリツが今まで以上に真っ赤になって「あ、ありがとう」と呟いた。
それからリツとノルガンは野宿をしながら西へと旅を続けた。
◇ ◇ ◇
リツが行きたがった「西の方」というのはこのグラナド地方で《黒の森》と呼ばれる場所だった。街道から少し外れた森の中を、リツは何度も立ち止まり行く先を確かめるようにして進んで行く。
ノルガンはただその隣を歩きながら、こちらの気配を窺う魔獣たちを密かに威嚇して追い払っていた。数日歩いても魔獣に襲われないことに気づいたリツが首を傾げていたが、ノルガンは何も言わなかった。
この辺りの魔獣はそこまで強いものじゃない。魔獣の方もノルガンには敵わないとわかっているのか、たとえ夜の間でも襲い掛かってきたりはしなかった。だが森の奥の方のある場所に通りかかった途端、ノルガンは全身の毛が逆立つような気配を感じて立ち止まった。
突然脚を止めたノルガンに気づいたリツがいぶかしげに振り返る。けれどふと周りを見渡して、あっと小さく声を上げた。
「そうだ、ここ。ここだよ! 俺が探してた場所……!」
リツは驚いたようにそう言ってきょろきょろと辺りを見回している。そして地面の一部が焦げたように黒く、草も生えていないところにしゃがみ込んで呟いた。
「……ここ、俺が初めてこっちに来た時に倒れてた場所なんだ」
「あの時は雨が降ってて、ほんとに寒くて、怖くて……死ぬかと思った……」
「でも、夜が明けて、まだ生きてて、それでちょっと歩いてみようかって思ってさ、――――」
ぽつりぽつりと零れるリツの声を聞きながらノルガンは戦斧の柄を握りしめる。
何かがおかしい。空気の匂いが違う。踏みしめた地面の柔らかさが気持ち悪い。こんなことは初めてだ。ぞわぞわと肌を逆なでるような違和感に、ノルガンはリツの腕を掴んだ。
「ノ、ノルガン?」
パチリ、とリツが瞬きをする。驚いたように見開かれた目にはなんの恐れも見えない。ノルガンはぽかんと自分を見上げるリツを懐に抱きながら重く息を吐き出した。
ノルガンの本能が、ここにいてはいけないと警告している。抱えたリツの身体を押して促すと、リツはようやくノルガンの苛立ちに気づいたらしく、少し怯えた目をして足を踏み出した。
「ええと……確か、こっち……」
リツが覚束なげな足取りでどこかへ進んで行く。ノルガンはリツにぴたりと寄り添ったまま、全身で辺りを警戒しながらついていった。
ふと、先ほどの違和感が消えて急に空気が澄み渡ったように感じる。それまで森のあちこちに潜んでいた魔獣たちの気配や息遣いが遠ざかる。けれどその静けさがノルガンは気に入らなかった。
突然、人の気配を感じてノルガンはリツを背中に隠して戦斧を構える。
誰かいる。
魔獣ではない。だが人間にしても何かがおかしい。あまりにも静かで、ノルガンでなければきっと気づかなかったくらいに希薄な存在。
それでもノルガンは自分に向けられたものの正体を見抜いた。これはそう、キリキリと引き絞られた矢の先の、鋭い矢じりに塗られた致死量の毒。
「あ、貴方は……!」
突然、ノルガンの背後からリツが顔を覗かせて叫んだ。
「先生!」
リツの口から出た言葉にノルガンはますます神経を尖らせる。すると突然リツが自分と自分を狙う矢の間に飛び出してきて、思わずその身を押しのけようとした。なのにまるでノルガンを守ろうとでもするかのようにリツがしがみついてきて言う。
「ノルガン、あの人は敵じゃないんだ」
そして後ろを向いて叫ぶ。
「先生! 先生も、この人は大丈夫だから……!」
やがて矢の向いた先が逸れた気配がして、一人の男が木の枝から飛び降りてきた。まるで気配も音もしない身のこなしでノルガンたちの前にやってくる。ずいぶんと背の高い、黒く長い髪を後ろで結んだ錐のように鋭い目をした男だった。その手に弓を持ち、背に背負った矢筒には一緒に細身の剣がくくりつけられている。
男の姿が見えると、リツがホッとしたような顔で頭を下げた。
「お久しぶりです、先生」
「……俺はお前の先生ではない」
そう答えた男の声は鋭い目つきとそっけない言葉に似合わずまるで歌うように優雅な抑揚で、そのくせその目にはおよそ感情というものが見えなかった。それでもリツは少し困ったような顔をしながらも、一生懸命話しかける。
「でも、貴方がたくさんのことを教えてくれたから、俺は生きていけてるんです。だからやっぱり俺の先生です」
そして今度はノルガンを見上げて顔を綻ばせた。
「この人はね、俺にこっちの言葉と支援魔法を教えてくれた人なんだ。この森に昔から住んでて、ものすごく物知りな人だよ。だから大丈夫」
そう言って戦斧を握りしめたノルガンの手にそっと触れる。
「先生も。この人はノルガンっていって俺を何度も救ってくれた人なんです。今だって俺がここに来たいっていうのについてきてくれたんです」
先生と呼ばれた男はまるで品定めをするかのようにじっとノルガンを見ていたが、リツの話を聞いてようやく視線を外した。
「……お前が望んでここに来たのか」
「そうです。あの、もっと支援魔法を教えてもらいたくて」
リツはそういって「お願いします」と男に再び頭を下げた。
カンダルの町を出てすぐ、リツがそう言った。ずいぶん下の方にあるリツを見下ろすと、目が合った瞬間なぜかリツの動きが止まる。そしてポッと目元が赤らんだ。
熱でもあるのだろうか、とノルガンは手を伸ばす。何せリツはノルガンや他の人間たちと比べるとずいぶん細いし小さいし食べる量も少ない。それについ数日前カンダルに着いた日にはひどく雨に濡れてしまった。
ノルガンならどうということもないが、こんなに小さくて弱そうな生き物では簡単に死んでしまう。そう思ってノルガンがリツの体温を測ろうとうなじを掴むと、リツの身体がきゅっと跳ねた。
「ノ、ノルガン……?」
今度はリツの耳まで赤くなっている。これは一度カンダルに戻った方がいいだろうか、と思うがすぐにその考えを打ち消した。
ノルガンにとって人の住む町は面倒ごとの方が多くてうっとうしいだけの場所だ。ノルガンに難癖をつけてくるだけならまだいいが、リツを食いたがっている人間も数多くいる。それならいっそノルガンが懐に抱えて古木のウロや洞窟にでも籠っていた方がずっといい。
そう思ってリツを抱き上げようとした時、リツがようやく我に返ったような顔をしてノルガンに言った。
「ええとね、そう、俺行きたい場所があるんだ。っていうか、このまま街道沿いに進むと王都に向かうことになるけど……そっちには行かない方がいいと思って……」
そう言ってわずかに俯く。
「多分、今ごろ王都じゃゴダルさんと荷物が届かないって騒ぎになってるんじゃないかな。そんなところに俺たちが行ったら絶対ゴダルさんたちのことを聞かれるだろうし……」
どうやらリツはノルガンの持ち主であった商人ゴダルと彼の護衛たちが行方知れずになっていることを気にしているようだ。
人間の決めたルールなどどうでもいいがリツにとってはそうではないらしい。だからわざわざ他の人間たちの集団に紛れ込んで馬鹿なならず者に食われそうになりながらもカンダルの街まで来て、ノルガンのためにマントや首輪を買ったのだ。
正直リツがしていることはただ面倒ごとを増やしているだけの徒労にすぎないとノルガンは思う。だが悪いことばかりでもない、とも思うようになった。
ノルガンは自分の首に嵌っている革製の輪の感触を意識する。
リツはその首輪がノルガンの肌を傷めないように一晩中かかって砂で磨いて揉んで柔らかくし、きつすぎないかと何度も聞きながらそっと留め金を留めた。
ノルガンはその礼に、一晩中かけてリツの身体のあらゆる場所を同じように撫でて擦って、それから真っ赤な顔でくったりとしてしまった彼を抱き上げて、ノルガンのものでゆっくりじっくり身体の奥深くまでこすってやった。そうしたらリツは泣いて喘いで疲れて眠ってしまったが、意識を失くしている間も彼の狭い後腔はノルガンのモノをきゅうきゅうと締め付け、最奥にある蜜口はちゅぱちゅぱといやらしくノルガンの亀頭をしゃぶりながら甘えていた。
本当に、つくづくこの人間は弱くて手間がかかって目が離せないが、たいそう可愛らしい。そう思って手を伸ばし、おさまりの悪い髪を撫でてやる。するとリツは驚いたように目を丸くしてまた頬を赤くした。
「ど、どうしたんだよ、さっきから突然……」
どぎまぎと視線を飛ばして縮こまるリツの丸まった背を撫でてやる。するとリツの肩からふっと力が抜けて、きゅっと閉じられた口元にもわずかに笑みが浮かんだ。
最近、ノルガンがこんな風に撫でてやるとリツの身体から強張りが取れて嬉しそうな顔になる。夜に懐に抱いて撫でてやる時とは違う反応がなんとなく楽しい。
「と、とにかく、当分の間は王都とかエルベ……いつもゴダルさんが行き来してた町は避けた方がいいと思う。だから街道を外れてしまうけど、できたら南に行きたいんだ……」
南、と聞いてノルガンはこのあたりの地理を思い描く。
このグラナド地方で商業都市エルベや王都などの主要都市を結ぶ西街道は、行きかう人や隊商が段違いに多い。普通の人間なら魔獣がうろつく森よりも当然街道を通る方を選ぶだろう。だがノルガンにとっては魔獣よりも人間を相手にする方がいちいち面倒だ。だから街道を外れて森を抜けていくのは全然構わない。
するとリツはなぜかしょんぼりとした顔でノルガンを見上げて「ごめん」と謝った。
「ええと……街道を外れて森を抜けていくとなると、今まで以上にノルガンに魔獣と戦わせてしまうことになってしまうから、本当にもうしわ……」
「問題ない」
再び謝ろうとしたリツを遮ってノルガンがそう言うと、リツが目を丸くしてパチパチと瞬きをした。立ち止まったまま一向に動こうとしないので、もう一度「問題ない」と言う。するとリツが今まで以上に真っ赤になって「あ、ありがとう」と呟いた。
それからリツとノルガンは野宿をしながら西へと旅を続けた。
◇ ◇ ◇
リツが行きたがった「西の方」というのはこのグラナド地方で《黒の森》と呼ばれる場所だった。街道から少し外れた森の中を、リツは何度も立ち止まり行く先を確かめるようにして進んで行く。
ノルガンはただその隣を歩きながら、こちらの気配を窺う魔獣たちを密かに威嚇して追い払っていた。数日歩いても魔獣に襲われないことに気づいたリツが首を傾げていたが、ノルガンは何も言わなかった。
この辺りの魔獣はそこまで強いものじゃない。魔獣の方もノルガンには敵わないとわかっているのか、たとえ夜の間でも襲い掛かってきたりはしなかった。だが森の奥の方のある場所に通りかかった途端、ノルガンは全身の毛が逆立つような気配を感じて立ち止まった。
突然脚を止めたノルガンに気づいたリツがいぶかしげに振り返る。けれどふと周りを見渡して、あっと小さく声を上げた。
「そうだ、ここ。ここだよ! 俺が探してた場所……!」
リツは驚いたようにそう言ってきょろきょろと辺りを見回している。そして地面の一部が焦げたように黒く、草も生えていないところにしゃがみ込んで呟いた。
「……ここ、俺が初めてこっちに来た時に倒れてた場所なんだ」
「あの時は雨が降ってて、ほんとに寒くて、怖くて……死ぬかと思った……」
「でも、夜が明けて、まだ生きてて、それでちょっと歩いてみようかって思ってさ、――――」
ぽつりぽつりと零れるリツの声を聞きながらノルガンは戦斧の柄を握りしめる。
何かがおかしい。空気の匂いが違う。踏みしめた地面の柔らかさが気持ち悪い。こんなことは初めてだ。ぞわぞわと肌を逆なでるような違和感に、ノルガンはリツの腕を掴んだ。
「ノ、ノルガン?」
パチリ、とリツが瞬きをする。驚いたように見開かれた目にはなんの恐れも見えない。ノルガンはぽかんと自分を見上げるリツを懐に抱きながら重く息を吐き出した。
ノルガンの本能が、ここにいてはいけないと警告している。抱えたリツの身体を押して促すと、リツはようやくノルガンの苛立ちに気づいたらしく、少し怯えた目をして足を踏み出した。
「ええと……確か、こっち……」
リツが覚束なげな足取りでどこかへ進んで行く。ノルガンはリツにぴたりと寄り添ったまま、全身で辺りを警戒しながらついていった。
ふと、先ほどの違和感が消えて急に空気が澄み渡ったように感じる。それまで森のあちこちに潜んでいた魔獣たちの気配や息遣いが遠ざかる。けれどその静けさがノルガンは気に入らなかった。
突然、人の気配を感じてノルガンはリツを背中に隠して戦斧を構える。
誰かいる。
魔獣ではない。だが人間にしても何かがおかしい。あまりにも静かで、ノルガンでなければきっと気づかなかったくらいに希薄な存在。
それでもノルガンは自分に向けられたものの正体を見抜いた。これはそう、キリキリと引き絞られた矢の先の、鋭い矢じりに塗られた致死量の毒。
「あ、貴方は……!」
突然、ノルガンの背後からリツが顔を覗かせて叫んだ。
「先生!」
リツの口から出た言葉にノルガンはますます神経を尖らせる。すると突然リツが自分と自分を狙う矢の間に飛び出してきて、思わずその身を押しのけようとした。なのにまるでノルガンを守ろうとでもするかのようにリツがしがみついてきて言う。
「ノルガン、あの人は敵じゃないんだ」
そして後ろを向いて叫ぶ。
「先生! 先生も、この人は大丈夫だから……!」
やがて矢の向いた先が逸れた気配がして、一人の男が木の枝から飛び降りてきた。まるで気配も音もしない身のこなしでノルガンたちの前にやってくる。ずいぶんと背の高い、黒く長い髪を後ろで結んだ錐のように鋭い目をした男だった。その手に弓を持ち、背に背負った矢筒には一緒に細身の剣がくくりつけられている。
男の姿が見えると、リツがホッとしたような顔で頭を下げた。
「お久しぶりです、先生」
「……俺はお前の先生ではない」
そう答えた男の声は鋭い目つきとそっけない言葉に似合わずまるで歌うように優雅な抑揚で、そのくせその目にはおよそ感情というものが見えなかった。それでもリツは少し困ったような顔をしながらも、一生懸命話しかける。
「でも、貴方がたくさんのことを教えてくれたから、俺は生きていけてるんです。だからやっぱり俺の先生です」
そして今度はノルガンを見上げて顔を綻ばせた。
「この人はね、俺にこっちの言葉と支援魔法を教えてくれた人なんだ。この森に昔から住んでて、ものすごく物知りな人だよ。だから大丈夫」
そう言って戦斧を握りしめたノルガンの手にそっと触れる。
「先生も。この人はノルガンっていって俺を何度も救ってくれた人なんです。今だって俺がここに来たいっていうのについてきてくれたんです」
先生と呼ばれた男はまるで品定めをするかのようにじっとノルガンを見ていたが、リツの話を聞いてようやく視線を外した。
「……お前が望んでここに来たのか」
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