仲良くしたいの。《転生魔法士はある日、森の中でクマさんと》

伊藤クロエ

文字の大きさ
上 下
22 / 50

クルンの町~カンダルの町へ(終)

しおりを挟む

 翌朝、無残に食い荒らされた傭兵と若い男の死体が見つかって、焚き火の周りで夜を明かした人たちはみな激しく動揺した。そして彼らを食ったと思しき魔獣の死骸を引きずって森の奥から現れたくすんだ金髪の大男の姿に、彼らは真っ青な顔で逃げ出そうとしたり腰を抜かしたりした。

 けれど彼は、魔獣の死骸だけでなく大きな鹿も一緒に担いでいて、驚きおののく彼らの前に無造作に投げ出した。それからリツの前に膝をつき野生の実を与えるのを見て彼が敵ではないとわかったのか、恐る恐る近づいてきた。

 なけなしの金をはたいて傭兵を雇い、食うや食わずでカンダルを目指して旅をしてきた彼らは、思いがけない鹿肉のご馳走をひどく喜んだ。そして手分けして鹿を捌き、焚き火に枯れ木をくべて肉を焼き始めた。
 そんな彼らを横目で見ながら、リツは貰った実を半分、昨夜男たちに怒鳴られ焚き火の近くから追い払われていた半獣の家族に手渡した。
 まだ幼い子どもたちは初めの内は怯えて母親のスカートの影に隠れていたが、リツが彼らを罵ったり虐めたりしないとわかって顔を出し、嬉しそうに赤い実を受け取った。

「ほら、あんたたちの分だ」

 そう言って別の男が焼いた鹿の肉をリツのところに持って来た。

「そっちのやつはあんたが連れてる奴隷なのか?」

 突然そう聞かれてリツは思わず隣に座っている半獣の彼を見る。
 確かに彼の首には奴隷の証である鉄の首枷が巻かれている。だが少し考えれば、彼のように巨大な戦斧を担ぎたった一人で魔獣を倒せるほどの男をリツが所有できるわけないのはわかるはずだ。
 もしもリツに、これだけの強さと鍛え上げられた巨躯を持つ健康な半獣の奴隷を買える金があるなら、こんな寄せ集めの一行に同行などしていない。
 なんと答えていいか戸惑い言葉に詰まると、肉を持って来た男はリツたちが訳ありだと察して手を振った。

「いや、いいさ。大方表を連れて歩けねぇってんで、そいつだけ隠れてここまでついて来てたんだろう? お陰でこっちは命が助かった」

 そして半獣の男の方を見て言った。

「礼を言うぜ。この肉もな」

 そう言うと彼は、警戒するようにこちらを窺っている仲間たちのところへ戻り、彼らに手を振って何か言っていた。
 この辺りの人間にしては珍しく半獣への嫌悪を見せなかった彼は、もしかしたらよほど気のいい人物なのかもしれない。その証拠に今朝見つかった傭兵たちの死骸の傷跡から血がほとんど出ていなかったことにも気づいた様子がなかった。

 あちこちを鋭い爪で引き裂かれ、食い荒らされた二人の男の遺体。それはずっと粘着質な目つきでリツを見ていた傭兵と、悪夢にうなされたリツに水をわけてくれた男だ。
 彼らは二人とも一夜のうちに死に、それから魔獣に食われた。

(……それとも、そう見せかけただけなんだろうか)

 リツは小さく肉を噛み取り、咀嚼しながら考える。
 引きちぎられた腕や胸や足に突き立てられた魔獣の牙の痕から血が出ていなかったのは、その時すでに彼らが絶命していた証拠だ。
 半獣の彼が、男たちが魔獣に食われて死んだのだと偽装したのだろう。多分。
 でもなぜそんなことをしたのか、リツにはわからなかった。

 これで何人目だろう。リツの周りで人が死んだのは。
 けれど人の命があまりにも軽いこの世界では誰かが死ぬなんてことは日常茶飯事だ。別に珍しいことでもなんでもない。それなのに、何かがひどく恐ろしい。
 突然、ふるりと背筋が震えてリツは身を竦ませる。振り向くとすぐそばで半獣の彼がリツが肉を食べるのをじっと見ていた。

 リツは何気ないふりをして視線を戻し、こぶし大の肉をなんとか食べ終わる。すると彼がようやく自分の分の肉を食べ始めた。彼の頑丈な歯が肉を噛み、鉄枷の下で喉が動いて胃へと送り込むさまをぼんやりと見つめる。

 昨夜、リツは突然激しい劣情に襲われた。もしかしたらあの男がくれた水に何か入っていたのかもしれない。

(油断した。あんなの、信用したらいけなかったのに)

 恐らくいつものリツならさすがに何の疑いもなく他人から貰ったものに口を付けたりはしなかっただろう。でもあの時ばかりはタイミングが悪かった。

 この数日、あまりにもいろいろなことがありすぎた。
 何日も前からずっと疲れていて気持ちも不安定で、しかもまたあの恐ろしい森の夢を見た直後で。
 突然優しい言葉をかけられてつい気を許してしまい、うっかり流されて水を飲んでしまった。

(……でも、またこの人が守ってくれたんだ)

 リツは黙々と食べている彼をこっそり盗み見る。

 今朝リツが目を覚ますと、途中で別れたはずの彼がなぜか自分を抱いて大きな木の下に座っていた。
 あの忌々しいヒグマの兜を脱いだ彼は、くすんだ長めの金髪に鋭いけれど意外なほど整った彫の深い顔、そしてけぶるように薄い青色の目をしている。いまだ見慣れぬその顔に、リツはついぼーっと見入ってしまう。
 リツの視線を感じたのか、不意に前髪の隙間から彼がリツを見た。その目に射すくめられて、急にぞわりと腹の奥に籠る熱が蠢く。その時ふと気が付いた。

「…………そうだ、名前……」

 そう、昨夜、誰かの声で彼の名を聞いたよう気がする。あれは夢だったのだろうか。
 昨日の夜は盛られた薬のせいかいつも以上に意識が朦朧としていて、ほとんど何も覚えていない。ただじくじくと疼く腹の熱と今も太く硬い何かが挟まっているような後ろの違和感、そして時折内腿に伝い落ちるねっとりとした何かだけが、昨夜リツの身に何が起こったのかを教えている。

(でも、確かに声を聞いた)

 低くて掠れた、妙にゾクゾクとするような声。あれが初めて聞く彼の声だったのか、それともリツの願望が見せた夢にすぎないのか。
 リツはそっと、少しだけ彼に身を寄せて彼の目を覗き込む。すると彼が感情の読めない目でリツを見つめ返す。
 リツは恐る恐る夢うつつに聞いたその名を口にした。

「…………ノルガン」

 すると男の口の端がかすかに持ち上がる。リツは急にカッと全身が熱くなった気がして思わず後ずさろうとした。だがそれより早く彼の大きな手がリツを掴む。リツは目の前にいる恐ろしく強くて大きな獣が今何を考えているのか懸命に気配を探りながら、息を潜めてもう一度尋ねた。

「…………ノルガン……?」

 少し期待したけれど、でもやはり彼の口からはなんの言葉も返ってこなかった。それでもリツは確かにそれが彼の名なのだと確信する。

(……そうか、ノルガンっていうんだ)

 ずっと知りたかった名前がようやくわかって、じわじわと喜びがこみ上げてくる。まるで自分だけが彼に一歩近づくのを許されたような気がしてとても嬉しい。
 リツはつい緩みそうになる口元をなんとか引き締めて元の位置に座り直して貰った果実を一口齧った。

 赤くて甘い野生の実。

(初めて見る形と味だけど、一体なんの実なんだろう)

 野生の実生でここまで甘くて美味いものがあるとは知らなかった。リツは夢中になって指についた汁を舐めていたが、ふと彼は肉しか食べていないことに気づく。

「ごめん……っ、ノルガンも食べる……?」

 すでに一口齧ってしまった実を慌てて差し出したが、ノルガンは答えず食べようともしなかった。一人でほとんど全部食べてしまった上に食べかけを差し出すなんて呆れられただろうか。リツは恥ずかしくなって俯く。
 すると突然大きな手が伸びて来てリツのうなじを掴んだ。驚いて顔を上げると、男の顔が視界いっぱいに広がる。

「ん…………っ」

 弾力のある唇がリツに触れ、ぬるり、と温かくざらついた舌が入り込んでくる。久しぶりの肉に喜び群がる人たちのざわめきがふいに耳から遠ざかった。
 それからリツは、濡れた舌や大きな手のひらや太い指であちこちまさぐられながら、奇妙に疼く下腹のあたりをぎゅっと手で押さえた。


しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

処理中です...