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10 オオカミくんの腹の中。【完】
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そのときおおかみくんは、
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「やあ、ドルフ。魔獣討伐の遠征、お疲れ様だったね」
そう言いながら酒瓶と食い物が入っているらしい籠をぶら下げてにっこり笑ったナナセにオレは適当に頷いた。その後ろにいるキリュウやノールも何かしら手土産を抱えている。相変わらずマメなやつらだ。
前回こうやってヒイラギの家に集まって飲んでから一か月ほどが経った。貴重な休暇の度にこうして昔のツレと飲んだくれてて、こいつらはよっぽど暇なんだろうか。
昨日、オレとヒイラギの部隊は王都から10リーグくらい離れた森で大量発生したグリーギーを一週間掛けて掃討して戻ってきたばかりだ。特別に二日間の休暇が与えられてやれやれと思ってたら、すかさずヒイラギとナナセがお疲れ様会だなんだとオレたちを招集した。場所はいつものヒイラギの家だ。
とりあえず酒が飲めればいいかと思ってやたらとだだっ広いヒイラギの部屋でダラダラしてたら、ふと思い出したようにナナセが言った。
「そういえばドルフ、例のアレの具合は相変わらずなのかい?」
「あー、治った」
キリュウが持ってきたカイノキの種の殻を割りながら答えると、キリュウがうろんげに眉を上げて聞いてくる。
「何年も続いていたのにいきなりか。まさか怪しげな薬などに頼ったのではないだろうな」
「別に。酒を飲んだだけだぜ」
「酒?」
ナナセが意外そうに瞬きをする。
「確かに酒は万病の薬とは言うが、そんなことにも効くものなのかい?」
「さあ。けどオレには効いたな」
するとナナセがふいに顔を寄せて聞いて来た。
「……まさかとは思うが、勃起不全が治った途端見境なくあちこち食い散らかしたり襲いかかったりしてないだろうね」
「は? なんだよ出し抜けに」
「今のドルフの顔を見たら誰だって心配になるさ」
そう言ってナナセは酒を飲みながら半目で見た。オレは殻を剥いたいくつものカイノキの種を手のひらに乗せて一気に口に放り込むと、ガリガリと奥歯で噛み砕く。そんで無言でオレを見てるナナセに向かって言った。
「反省したって言っただろ。もう二度と好きでもねぇヤツと寝たりしねぇよ。そんなことしたってムダだって充分わかったからな」
「……そう言うならナナセの言う通り、その顔はやめておけ」
横からキリュウが口を挟んでくる。
「そんな顔ってどんな顔だよ」
「腹いっぱい食べたのにまだ足りないとばかりにうろついてる狼みたいな顔だ」
「なんだそりゃ」
相変わらずこの二人はもったいぶった言い方をする。オレが尻尾でぱしっ、とソファーの座面を打つと、ナナセがため息をついて答えた。
「いくらあっちが復活して今までの飢えを一気に解消したくなったとしても、ヘンなもの拾い食いしたり人のもの横取りしたりはするなよ」
オレはナナセが持ち込んだ度数の高い蒸留酒をごくりと飲むと、キリュウが「だからそれはそういう飲み方をする酒ではない」と言う。それを聞き流してオレは言った。
「ナナセ、オレが昔っから一番好きなメシは何か覚えてるか?」
「ああ、覚えてるよ。副菜の類が一切なくてひたすら肉だけが山盛りになった小鹿亭のアレだろう」
するといつも黙って飲み食いしてるだけのノールも珍しく「ああ、あれはいいな。量がいい」と呟く。オレはそれに肩をすくめて言った。
「オレはな、野菜だの芋だのパンだのはいらねぇ。ひたすら肉だけ腹いっぱい食えれば満足なんだよ」
「それはさすがに飽きないか?」
呆れた顔でナナセが言う。
「飽きるわけねぇだろ」
思わず笑ってそう答えた。
「なんせガキの頃からずっと好きだったからな。一度や二度食っただけじゃ全然足んねぇんだよ。この先百回でも千回でも食いたいぜ」
「……ドルフ、それは小鹿亭の焼肉定食の話なんだよな?」
妙に疑い深い目でオレを見上げて言うナナセにかぶさるように、ヒイラギの声が降ってくる。
「ん、肉? ほら、ここにあるよ! ドルフ好きだろ。たくさん食べていいよ!」
そう言って横から山盛りの串焼きの乗った大皿をテーブルに置いた。
「うちの料理番からの差し入れだって。去年ドルフがウェールの森に住み着いてた魔獣を一網打尽にしてからチカの実がめちゃくちゃ獲れるようになったんだって。そのお礼だってさ。さすがドルフだね!」
「おめーも一緒に討伐に参加してただろ」
「僕は後ろで呪文唱えてただけだよ。なんにもしてないよ」
そういって笑うこいつはお世辞じゃなくそう思っている辺り、本当に馬鹿だと思う。効果がデカくてタイミングのいいバフやデバフがあるかないかで、どんだけこっちの攻撃力に差が出るのか考えたこともないんだろうか。
っつーか、昔っからこいつは人のいいとこや成果にはやたらと目敏くて聞いてる方がこっぱずかしくなるくらい褒めまくるくせに、自分のこととなると本当に頭が悪い。
自分がどんだけ優秀なバッファーか全然知らないし、てめぇみたいなツラした男が夜の城下をフラフラしてたらどんだけ馬鹿な野郎どもが釣られるのかまったくわかっちゃいないし、そんな馬鹿どもを俺が明らかにやりすぎだろってナナセが怒るくらいにぶん殴っても能天気に「ドルフは相変わらず強いねぇ」なんつって笑ってるあの危機感のなさはほんとに天然記念物モノだと思う。
でもまあ、こいつはずっとこの先もこんなんでいい。言わねぇけど。
オレはやたらと酒だの食い物だのを並べて他に欲しいもんはないのかとかオレらに気遣ってばっかいるヒイラギの腕をひっぱった。すると鍛えてねぇわけでもないのにまったく抵抗もせずあっさりとオレの上に倒れ込んでくる。
やたらどぎまぎしてるヒイラギの手に、オレが持ってきた葡萄酒の瓶を二本持たせて言った。
「オラ、お前がこないだ言ってたやつだぜ」
「え、あ、覚えてた?」
「あんだけアピールされりゃ誰だって覚えんだろ」
「いや、べつに催促したつもりじゃなかったんだけどね?」
でも嬉しいよ、ってニコニコして言うヒイラギを前に早速ボトルを開けて、少々多すぎるくらいの酒を注いでやる。
「最近はオレの方が先に酔っぱらっちまってたからな。今日はお前が寝落ちしたらオレが介抱してやるよ」
するとヒイラギが、初めて出会ったガキの頃からちっとも変わらない緑のきれーな目が落っこちそうなくらい大きく見開く。それを見てオレはヒイラギにだけ聞こえるように言ってやった。
「……だから心置きなくたっぷり飲んで寝ちまえよ。オレが朝までずっと、ちゃんと面倒見てやるから」
まるで息をするのも忘れたみたいにオレの目を見つめているヒイラギの隣りから、ノールの声が聞こえてくる。
「……この焼き菓子は旨いが相当酒が強いな」
「なんか香りだけで酔っ払いそうだね」
同意するナナセにまんざらでもなさそうな顔でキリュウが言った。
「うちの詰所で評判が良かったのをヒイラギに頼んで買ってきて貰った。有名な店らしいがどうだ?」
「……干したピリカックの果肉やナッツを洋酒に漬けたのがたっぷり入ってるな。旨い」
「ノールは甘いものも好きだからな。良かったな。さすがはキリュウの情報収集力のたまものだ」
「フン、大袈裟なやつだな」
そう言ってキリュウが振り返る。
「ヒイラギも食べるか?」
「あー、いや、今お腹いっぱいだから……」
「さっきから準備ばかりで何も食べてないだろう。僕たちの世話はいいから座るといい」
「ああ、こないだのにごり酒もまた持ってきたぞ」
「……あれ、ホロホロ鳥の塩焼きと一緒に呑むと旨かったな」
「そういうだろうと思って焼いたのを包んでもらってきたよ。ほら」
皆が口々に言っているのを聞き流しながら、オレは急に目元を赤らめて俯いたヒイラギだけを見続ける。
オレが真正面からじっと見てやるとヒイラギはすぐに目を逸らしちまうようになったのはいつからだったか。前はそれが結構腹立たしかったけど今は別にいい。そうやって困ったような顔して俯いてるヒイラギを眺めるのはキライじゃねぇ。
「ほら、飲めよ。好きなんだろ?」
「う……な、なんだか、ほんとに、いっぱいで……」
「ヘンなやつだな」
そう言って二ッと笑ってやるとヒイラギの顔がますます赤くなる。まだ一滴も飲んでねぇのにやけに緑色の目が潤んでるのに誰も気づいちゃいねぇだろうな?
たっぷりの酒に浸されて甘く熟した禁断の果実。ヒイラギがすでに腹いっぱいだというんなら今度はオレの番だ。
ガキの頃から誰よりもキレイな金色の髪を振り乱して、薄荷みたいなキレイな緑の目をキラキラさせてオレだけを追っかけてきてたヒイラギは、いつもオレのことが好きで好きでたまんないんだという顔をしているくせにちっともオレのことをわかっちゃいない。
オレはあいつが言うような、顔は怖いけど根は優しくて仲間思いで、城下のみんなや部隊の仲間たちのために先陣切っていつでも真っ先に魔獣に突っ込んでく正義の味方なんかじゃねぇ。
夜の街であいつに絡んでくる馬鹿な男たちや、士官学校時代にこっそりお前を倉庫に閉じ込めて好き放題してやろうとしてた一学年上の貴族のクソ野郎ども、それに飢えて近づくもんを頭から食い殺してやろうと待ち構えてる魔獣なんかよりもっと性質が悪くて始末に負えねぇケダモノが自分のすぐ近くにいるのにまったく気付いちゃいない。
あの晩、オレは確かにひどく酔ってて最初っから最後まで夢でも見てるんだと思ってた。朝になってお前が全然オレの顔を見ようとしなかったのも、オレが酔い潰れて面倒かけちまったせいで怒らせたのかと思ってたくらいだ。
けど二度目の夜、オレの部屋まできてやたら酒を勧めてきたところでさすがに何か企んでやがると気が付いた。
お前がオレに何をしようが別に構わねぇから好きにさせてたら…………、今までの人生で最高の一夜を過ごせたってわけだ。
真っ暗な部屋で、手探りでオレの上に跨って、一生懸命声を殺しながらオレのモノを咥え込んで身悶えてるお前は本当に可愛かった。熱くうねる後腔で、さも旨そうにきゅうきゅう締め付けてくるお前がどんな顔をしてたか、オレは夜目が利くってまさか忘れてたわけじゃねぇだろうな。
ガキの頃にひと目でオレの心を奪った、キレイで可愛くて、この世で一番人を見る目がない男。今までどれほどお前を組み敷いて、撫でて舐めてとことん可愛がって、そんで奥の奥までぶち込んで一発で孕むくらいに種付けしてやりたいと思ったことか。
「飲めよ、ヒイラギ。な?」
まん丸な目をしてオレを見てるヒイラギに優しく言ってやれば、ほらな、緑の目がとろん、と蕩けてまるで甘い飴玉みてぇだ。
怖がんなくても今夜は無茶はしねぇ。そう言って安心させてやろうか。
お前に積年の思いを伝えて、それから明るいベッドの上で散々可愛がってやってお前が乱れまくる姿を思う存分楽しむのも、そんでお前にも今度は素面のままオレを堪能させてやるのも、また今度でいい。
オレはようやく自分のものになった大好物を前にして溢れる唾液にまみれた舌と牙を上手に隠す。そしてヒイラギの目をじっと見つめたままたっぷりと葡萄酒の入ったグラスを可愛い赤い唇にあてがってやった。
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