【完】酔っ払いオオカミくんと片思い赤ずきんちゃん

伊藤クロエ

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05 赤ずきんちゃん、オオカミくんの寝顔を堪能する。

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 士官学校を出て以来、僕とドルフは王都周辺で害獣や魔獣を掃討するのが役目であるニール連隊に所属してる。けど僕とドルフとの実力と知名度はまさに雲泥の差だ。
 まあ元々僕みたいな後方支援のバッファー自体地味な役目だし、いつも部隊の先頭きって戦うドルフが目立つのは当たり前なんだけど、そういったことを抜きにしても戦うドルフは本当にカッコよくて、見る者みんなの目を釘付けにしてしまう。

 黒狼の獣人であるドルフをすぐそばから見ると、彼の身体はいかにも重そうな筋肉の塊みたいに見える。けどその筋肉はとてつもないバネとしなやかさを持っていて、狂暴な魔獣を前にして真っ先に飛び掛かり、全身を鞭のようにしならせては剣を叩きつけ、簡単に手足の一本や二本ぶった切ってしまう膂力は心底凄まじい。そんで見上げるほどのヘル・グリズリーやハイ・オークの巨体に駆け上って後ろ首に剣を突き立てる姿は、重力なんてまるで感じさせないほど速くてしなやかで、僕はいつも支援呪文を唱えながらもつい見蕩れてしまう。

 ドルフとこうして一緒にいられることは人生最大のラッキーだと僕はいつも思ってる。僕にとってドルフはどれだけ必死に追いかけても、どれだけ必死に願っても追いつけない憧れのひとなのだ。

 さっきドルフの残した酒を飲んだのが一気に回って来たのか、急に頭がぐらり、とかしいでちょっと驚く。僕は酔った目をすがめて、ソファーでぐっすり眠っているドルフの頭を見下ろした。

 ドルフにとって僕は単なる出来の悪い昔馴染みでしかない。
 子どもの頃からドルフがいつも自分から野駆けや外遊びに誘うのはドルフと唯一全力でぶつかってもビクともしない熊獣人のノールだったし、勉強や課題で頼るのは頭が良くてなんでも知ってるキリュウだった。そんで時々ひどく気難しくなるドルフのことを一番理解していてお互い黙っててもまったく苦ではなさそうなのは童顔に似合わず図太くて打たれ強いナナセだけだった。

 昔から僕にはドルフと対等に付き合える特技は何一つない。
 どんな狭い場所も高いところもしなやかに走り抜けるドルフの後姿と長い尻尾を一生懸命追いかけて『遊ぼう』って言うと一度はドルフも立ち止まってくれるけど、すぐに走るのに夢中になってしまってそれについていけない僕は置いてけぼりにされてしまう。
 それでも、誰よりも強くて誰よりも走るのが速くて、誰よりも高く飛べるドルフは僕の一番の自慢で憧れで、例え遠くから見てるだけでも充分楽しかったし嬉しかった。なのに。

 僕はなんにも知らずに寝てるドルフの寝顔をじっと見てため息をつく。
 ただ見てるだけじゃ満足できなくなってしまったのはなんでなんだろう。僕だってドルフに遠駆けに誘われたいし、頼りにされたい。ただ黙って本読んだり酒を飲んでるだけでもちっとも気づまりになんかならずにリラックスして沈黙を楽しめるような相手になりたい。

 でもドルフにはそういう相手はもうすでに揃ってる。
 ドルフにとって必要な人はすでに存在していて僕の入る余地はどこにもない。
 唯一の空席は『恋人』の位置だけだけど、それは初めっから僕が割り込むには不可能な場所だもんな。

 結局僕は、本当の意味では一度もドルフの見てる先に入れたことはなくて、昔からチョロチョロとドルフの周りをうろついてる小うるさいヤツでしかない。それがとても悔しくて悲しいって思…………ってたんだけどでもまあ、勃たないんなら最後で最高な『恋人』の席が埋まることもないな! うん!

 自分でも最低だと思うけど、自分には手に入れることができないドルフの『特別』を誰かに目の前で掻っ攫われるのをこれ以上見なくて済むと思うと暗い喜びが沸き起こるのを止められない。ってほんとにひどいやつだな僕は。自分がここまでサイテーなやつだとは知らなかった。ちょっとショック。

 ぐびり、とドルフが残した酒を飲み干して、僕はグラスを置いてもう一度ドルフに屈みこんだ。

 ようやく僕も酔いが回ってきたのか、ちょっと呂律が怪しいな。
 寝てるドルフの肩をゆさぶってみるとなんか犬の唸り声みたいなのが聞こえてきて思わず笑ってしまった。

 ……ってか、ほんとにこんな風に酔いつぶれて寝てるとこなんて初めて見たな。
 いつも最初に潰れるのはキリュウで、それからノールがうつらうつらと船を漕ぎだす隣りでナナセが真顔のままいきなり寝落ちする。それを見て「ナナセくんってばカワイイー」などと普段は言えない軽口を叩きながら僕がむにゃむにゃと撃沈するのがいつもの順番だ。
 そんでドルフは大抵最後まで起きてて、残った酒を一人で全部飲み干しちゃって後でみんなにわーわー言われてもニヤリと笑っておしまいになるのがお約束だ。

「……寝てると大人しいんだなぁ、ドルフは」

 普段は僕のことなんて見向きもしないドルフの精悍な顔をツンツンと指でつついて、思わずにやにやしてしまった。

「はー、カワイイ。なんて言ったらぶっ飛ばされるかな」

 ドルフは黒狼獣人なので僕たち人間とは全然違う、まさに狼そのものの顔をしてる。ぶっちゃけ僕は今だに毛並みとか目の色ぐらいでしか種が同じ獣人たちの顔の区別ってつかないんだけど、でもドルフが並外れてカッコイイ顔をしているのだけはわかる。
 眉間から黒い鼻先にかけてのシュッとした線とか、目尻の切れ上がった鋭い三白眼とか、何か考え事してる時に鼻先によってる皴だとか、そんでもってあの大きな口から覗く真っ白で太い牙とか。みんなは怖いって言うしそれもわかるけど、でもやっぱりすごくカッコいいと思う。僕がそう言うとドルフはすぐ顔をしかめてフン、って鼻で笑うけど。

 そんなカッコいいドルフの貴重過ぎる寝顔を、今なら誰に咎められることもなく僕だけが堪能できる。わーこれってどんなご褒美タイム? ってかドルフが人前で寝るとか意識無くすとか見たことないからほんとラッキーだ。

 酔っぱらってふわふわと覚束ない頭と指先で、寝ててもピンと尖ったカッコいい狼耳にそおっと触れながら、僕はもう、めちゃくちゃドキドキしてた。
 けどまあ、何をどうしたって起きてる時のキミは僕を見ちゃくれないんだけどね。わかってる。
 酔って寝ているドルフをいくら思う存分見て、触ることができたとしても、あの、見る者をグサッと射貫くみたいな金褐色の目が僕を見ることなんてない。

「…………ハハッ、バカみたい」

 小さくそう呟いて、僕は引っ込めた手をぐっと握りしめて女々しい感傷をとっぱらった。

 ……っていうか、ドルフみたいに大きな男がこんな一人掛けのソファーで寝てたら、明日の朝はひどく身体が痛くなりそうだな。僕はもう一度ドルフを揺さぶって囁いた。

「なあ、起きなってドルフ。ほら、肩かしてやるからちょっと歩いて。ベッド行きなよ」

 けど相変わらず、ぐるるる、と唸るだけではかばかしい反応がない。

「ナナセも寝てるから、ほら、ね」

 するとようやくドルフが夢うつつといった感じで僕の肩に腕を回した。これってもしかしてナナセの名前が効いたのかな。なんて思ってまた自分で自分の傷を抉る。僕って割とマゾなとこあるよな、絶対。
 とにかく、よいしょ、とばかりにドルフを持ち上げようとしてビビった。重……ッ! え、ってか重いだろうとは思ってたけどドルフってこんなウェイトあんの? 全然持ち上がらないんだけど!?
 一生懸命ドルフの身体を押したり引いたりして「ドルフ、立って!」って言ったらドルフがふらふらと立ち上がってくれた。良かった。

 こんな時にドルフに肩を貸すのはいつも唯一ドルフに力負けしないノールだったから、僕にとっては初めての経験だ。酒のせいなのか元々なのかドルフは僕より体温が高くて、すっごく重たく感じる身体を支えてなんでか僕の心臓がバクバクと鳴る。ってかこんな風にドルフの滑らかできれいな毛皮に触れたのなんて初等学校以来なんじゃないだろうか。

 …………い、いかんいかん。よそごと考えてないでちゃんと運ばなきゃ。
 なんべんもコケそうになりながらもなんとかベッドまでたどり着く。そんで端っこで丸まって眠ってるナナセの隣にドルフを寝かそうとすると、突然ドルフの身体がぐらり、と傾いていきなり僕の方に倒れ込んできた。

「ぐえ」

 ずっしりと重い身体が一気にのしかかってきて、僕の腹から潰れた声が漏れる。

「え、ちょ、ほんとに重た……っ、ね、ドルフ、どいてよ重いって」

 慌てて押しのけようとドルフの肩や胸を押し返すが、みっしりと詰まった筋肉と重みに阻まれる。
 ふと気づけばドルフと抱き合うみたいな形になってて慌てた。ドルフの頭が自分の肩口にあって、めちゃくちゃ近い。あまりの近さにビビッて顔を背けたら、隣りで寝ているナナセの顔が目に入った。
 うーん、これはナナセを起こして助けてもらうしかないかな。
 こんなにもよく寝ているナナセには申し訳ないが、と思いつつ口を開こうとした時、突然脇腹に何か暖かいものが触れた。

(え、なんだ……?)

 首を回してそちらを見ようとした瞬間、その暖かい何かが僕の部屋着の中へと入り込み、肌をゆっくりと撫でてきて思わず息を呑んだ。

「ひっ!?」
(え、なにこれ……っ!?)

 一瞬の間の後、僕はそれが暖かな毛皮に覆われた手のひらだと気づく。

「ド、ドルフ……、起きた……?」

 するとのし掛かるふかふかの重い身体が、のそ、と動いた。そしてその手が出し抜けにズボンの中に滑り込んできて僕の尻を掴み、ぎゅっと懐深くに抱き込まれた。

「えっ、ちょ……っ、ドルフ、しっかりし……ひっ!」

 僕がなんとかその腕を押しのけようとした瞬間、ぞろり、と首筋に濡れた感触が這って身体が跳ねた。

「あ、ひゃ、」

 僕は首筋を舐められたのだと本能的に悟る。濡れてざらついた舌が耳の後ろをねっとりと這う感触に動揺するあまり、突っぱねようとした腕の力が抜けてしまった。その隙を突くようにドルフの硬い腕が身体に巻き付いてくる。そして身動きを取れなくするように僕の上に全身で伸し掛かってきた。
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