【完】酔っ払いオオカミくんと片思い赤ずきんちゃん

伊藤クロエ

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04 眠ってしまったオオカミくん。

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 結局それからもくだらないことをダラダラしゃべって飲んで夜は更けた。
 家業に忙しい両親はいい年をした息子やその友人たちが部屋で飲んだくれてても放っておいてくれるし、女中たちにも近寄らないように言ってあるからそこは自由だ。

 僕のうちは店舗も兼ねてるからほんとにデカくて、僕の部屋にも一応シャワーを浴びれる浴室がついてる。魔石を使ってお湯を出すシャワーは結構なぜいたく品で、当然僕たちが普段生活してる兵舎にはついてない。だから全員酔っ払いながらも順番にシャワーを浴びて楽な服に着替えて、そこから更に飲み倒してそのまま撃沈してしまった。

 飲み会の間ほとんどしゃべらずひたすら飲んでは食ってた熊獣人のノールは、大きな長椅子に寝転がって高いびきをかいてる。
 割と小柄なナナセは僕が背負ってベッドに運んだ。ちなみにうちの親がよその商会の倒産品を安く買い叩いた大型獣人用のどでかいやつだから、ちょっと詰めれば三人ぐらい寝られるかもしれない。
 いつも生真面目でめったに襟も緩めないキリュウは、東国のものだという珍しいにごり酒の壺を抱えたままテーブルに突っ伏して寝ていた。その背中にあらかじめ用意していた毛布を掛けてからランプを消す。
 そんでもって最後に一人掛けのソファーでうとうとしていたドルフに声を掛けた。

「ドルフ、あっちのベッド使っていいよ。身体痛くなるよ」
「んー……」

 いつもだったら僕も皆と同じように酔いつぶれちゃうんだけど、なんでか今日は上手く酔えなかった。
 僕はソファーの背もたれに深くもたれたまま寝てしまったドルフの寝顔を見下ろしながら、彼が残した酒をひと口飲んでみる。それはノールが持ってきたかなり強い蒸留酒で、熱く焼けるようなのどごしに思わず眉を顰めた。そんで頭は飲んでる最中に聞いたあのことに戻る。

 なんというか、まさか、あのドルフが、た、勃たないとか未だに信じられない。

 ドルフは昔からほんとアクティブで、仲間と近くのヴァール湖のほとりでキャンプした時はキリュウの指示を右から左に聞き流しながらもでっかいテントをあっという間に組み立ててしまったり、僕とナナセが人数分の魚を釣るのに四苦八苦している間に一人で森に入って行っては仕留めた飛び兎と黒鹿を担いで戻ってきたりしてた。ちなみにノールと一緒に肉をさばいて串焼きにしてくれたのもドルフで、血に弱いキリュウは貧血起こしてテントで寝てた。
 そんでもって二十歳の時に守護警備隊に配属されて以来ガンガン王都周辺の魔獣を倒しまくって今じゃ一部隊を任されてるぐらいなのに、未だに部下に任せず自分で真っ先に突っ込んでくくらいの超攻撃型な性格だったりする。
 だから勝手にドルフはあっちの方も相当性欲旺盛なタイプだと思ってたから、今回のぶっちゃけ話はほんとにほんとに驚きだった。
 けどその半面、なんとなくわからなくもないなぁ……とも思う。

「……やっぱさぁ、好きでもない相手とばっかヤってたから、そーなっちゃったんじゃないのかなぁ」

 ランプを消して暗くなった静かな部屋でドルフの寝顔を見下ろしながら思わずつぶやいてしまう。だってドルフ本人も、こうなった原因は何事に対しても投げやりになっていた士官学校時代の自堕落な生活のせいかもしれない、って言ってたし。

 でも彼が当時荒れてしまってたのにもちゃんと理由があるって僕は知っている。
 黒狼の獣人のドルフは、士官学校で一部の生徒や教官からかなりひどい差別を受けていた。しかも僕から見たら、同期の中でもずば抜けて強かったドルフに嫉妬したやつらが、彼が獣人であることにかこつけてただ難癖をつけていただけっていう、恐ろしくくだらないいじめだった。

 初等学校時代はまだ子どもで単純だったから、とにかく喧嘩が強くて運動が得意な子が王様で、誰もそれに文句をつけるやつはいなかった。
 でも士官学校では成績順に仕官先が決まるから、なんとしても王宮や城内警備を担当する近衛師団に入りたい貴族出身のやつらや領主の次男三男なんかが、入学直後から頭一つ分抜きんでてたドルフをなんとか引きずり降ろしたくて、ドルフが獣人だってことを蔑んでは足を引っ張ってた。

 断じてドルフは何も悪いことはしていない。いつもただ売られた喧嘩を買っては倍返ししていただけだ。でもそれが何年も続いて、ついに一学年上の貴族の息子を半殺しの目に合わせてしまって、ずっと庇ってくれてた教官が我が身可愛さについにドルフを見放してしまった時、ドルフは多分、全部を諦めてしまったんじゃないかと思う。

 士官学校の二年目くらいから訓練も授業も放棄してサボってばかりいるようになったドルフを心配して、仲間たちもいろいろ頑張った。
 キリュウは顔を合わせるごとに説教しつつも分かりやすい座学の参考書をせっせと渡してたし、ナナセはギルドでの仕事の合間を縫って会いに来てはドルフの尻を叩いて課題をさせていた。割と人のことは我関せずなノールでさえ珍しいお菓子とか持ってきてた。ほとんど全部自分で食べちゃってたけど。

 僕はというと、情けないけどどうしたらドルフを励ますことができるかわかんなくて、結局は一生懸命板書を写してノートを作ったり、昼休みの食堂にも来なくなっちゃったドルフのために特別に肉をたくさん挟んだサンドイッチやパイなんかを作ってもらってはどこかでサボっているドルフを探し出して一緒に食べるくらいしかできなかったんだけど。
 まあ、ドルフが相手かまわず女と寝てたっていうのはこの頃のことだろうな。

 結局ドルフの暗黒期は、士官学校を出て軍属になった途端思う存分暴れまくってあっという間に実績つくって周囲に有無を言わさず力量を認めさせたところでだいぶ治まったんだけど。
 けど意外なところで当時の弊害がまだ残ってたことに今回初めて気づかされた。

「愛のないセックスばかりしてたせいで勃たなくなっちゃったんだなぁ……きっと……」

 だけど、そう思いながら心のどこかでほんのちょっとだけ嬉しいと思ってしまった自分がいて、とてつもない自己嫌悪に陥る。
 だって、勃たなけりゃ彼女とかつくれないし。ドルフだって、今はそういうのは別にいいって言ってたし。

 好きでもない相手とするセックスがどれほどつまんないものか、僕は身をもって知ってる。僕も昔やけくそ気味に童貞を捨てたことがあったんだけど、どんな子と寝たって気持ちよくなれないってわかったからその後はずっと誰の誘いにも乗ったことがない。
 だって、僕が欲しいモノは誰からも貰えない。
 そう、僕が欲しいのはたった一つ。でもそれは『決して僕には手に入らないモノ』だ。

 どれだけ必死に追いかけても、どれだけ必死に願っても追いつけなかった憧れのひと。
 僕はぼんやりと酔いの回り始めた目で、ソファーでぐっすり眠っているドルフの頭を見下ろす。

 初めて見た時から憧れて、追いつきたいって思ってた。ドルフに「さすがオレのダチだな」って思われるような男になりたかった。
 けどドルフがめきめきと頭角を現してあっという間に王都でも敵なしの剣士になってしまって、隣に立つどころか置いて行かれるばっかだとわかった途端、僕の純粋だったはずの気持ちは、自分でもよくわからないドロドロしたものに変わってしまったような気がする。

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