【完】酔っ払いオオカミくんと片思い赤ずきんちゃん

伊藤クロエ

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03 オオカミくん、衝撃の告白。2

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 僕が呆然としながらドルフを見ていると、ドルフは僕の視線にもまるで気づかずノールが持ってきたサンドリザードの丸干しなんかを豪快に食いちぎりながら淡々と言った。

「そのせいかどうかはわからねぇが、卒業した後ぐらいからいきなり勃たなくなってな。まあその頃は軍に配属されたばっかで訓練漬けだったし、寮住まいで仕事終わったら汗流して飯食って、後はそのまま速攻寝落ちしてたから女が欲しいとも思わなかったし、まあいいか、ってな」
「……それきり放置してたというわけか」
「一体何年経ってると思うんだ、貴様」

 キリュウの問いに僕は酔いと衝撃にフラフラする頭で指折り数えてみた。

「ええと………………ごねん……? ろくねん……? んん?」

 が、よくわからない。王都で今流行ってるノルゥの実の砂糖漬けが入った瓶を抱え込んでるノール以外の全員がドルフを見たが、当の本人はまったく気にした風もなくやたらと度数の高い蒸留酒を平気な顔であおりながら言った。

「だからまあ、オレは当分オンナを作るとかはねぇな」
「なるほどね……」

 シーンとたまらなく重くなった空気に僕は内心ひどく焦る。昔からどうもこういう沈黙に耐えられない性格なのだ。

「け、けど意外だなぁ! ほ、ほらドルフって強いし大きいし、めちゃくちゃ性欲有り余ってるタイプだと思ってたから、任務の後とかてっきり街の女の子とか飾り窓の姫たちをとっかえひっかえ…………」

 とにかく何かしゃべらなきゃ! と肩に力が入りすぎてしまった僕は、さらに地雷を踏むような失言をかましてしまった自分を脳内で激しく罵った。
 ここで子どもの頃ならすかさず「お前みたいな馬鹿に言われたくねぇ」と蹴りの一つも飛んできただろうけど、恐る恐る盗み見たドルフはやっぱりニヤリと笑うだけで何も言い返してはこなかった。

 最近のドルフはこういうところがあって、僕はなんだかちょっと困ってしまう。
 初めて出会った初等学校時代はとにかくやんちゃでちっともじっとせずに外を走り回ってて、一生懸命追いかける僕なんかすぐに置いてけぼりにして笑っているような、まあ小気味いいほどわかりやすいガキ大将だった。
 それからは皮肉気な顔と辛辣な言葉で寄らば斬る状態だった士官学校時代を経て、僕と同じく守護警備隊に配属されてからは随分と感情を見せない、妙に達観したような寡黙な男に変わってしまった。

 そりゃあ、元々自分からペラペラ話すタイプじゃなかったけど、最近ではこうして僕たちが何か話していても昔のように横から口を挟んでくることもなくて、ただ眉を上げて皮肉気な笑みを浮かべるだけだ。そうなると僕はどんな風に返せばいいのかわからなくなって困ってしまう。

 とはいえさっきの失言をなんとか挽回したくて、僕は隠し持っていたとっておきの葡萄酒を持ってドルフの方にコソコソと移動した。本当はこの飲み会が始まってからずっと隣に座りたいな、って密かに狙ってたんだけど、こういう時ドルフは大抵一人掛けのソファーに座ってしまうからそれも難しい。じゃあせめてお向いに、って思うんだけど、なぜか僕はドルフに真正面から見られるとすごく居心地悪くなってしまってすぐ目を反らしてしまう。それで前にドルフを怒らせてしまったことがあったから、今日も彼の斜め横あたりから未練たらしくちらちら盗み見してたんだ。うーん、我ながら気持ち悪いな。

 まあ、そんな与太話は置いといて、僕が恐る恐る近づいてみると珍しくドルフがこっちを見た。あー、ほんとドルフの目って綺麗だな。狼の目ってすっごく綺麗なアーモンド型をしてて、そんで人間と比べると瞳孔が小さい。白目の部分がとても多いあの目でじっと見られるとなんだか僕がこっそり隠し持ってるもの全部見透かされてるような感じがしてソワソワしてしまう。って今のは僕を見てるんじゃなくて僕が持ってる酒瓶の方を見てたのかもしれないんだけど。

「ええと、これうちの母さんがいつも田舎のばあちゃんに買って送ってる限定の葡萄酒なんだけど、美味しいからまあ飲みなよ」

 適当に空いたグラスを取ってドルフに持たせ、どぷどぷと豪快につぐ。すると案の定何事にも細かいキリュウが口を挟んできた。

「おい、その青いラベルはエルシュタイン産のじゃないか。それはそんなエールのように一気に飲むものじゃ……あっ! こら、ドルフ! 言ってる傍からそんなもったいない飲み方をするんじゃない!!」

 だがいつでも人の言う事なんて欠片も気にしないドルフは構わず大きな口を開けて葡萄酒を流し込む。そして赤い舌でべろりと口の端を舐めると「……よくわかんねぇな」とだけ言った。途端にキリュウがキレる。

「ああ~~~~~ッ、だからそういうのを豚に真珠、狼に神聖金貨というのだ!」
「あ? オレになんだって?」
「キリュウ、もう酔ってる?」
「貴様らは踊る仔山羊亭の生ぬるいエールでも飲んでいろッ!!」

 そうやって僕とドルフがキリュウに叱られてたら突然ナナセが矛先を向けてきた。

「そういうヒイラギはどうなんだい? 誰かといい加減、将来を見据えた真面目なお付き合いをしようとは思わないのか?」
「え!? 今度は僕ッ!?」

 なんで僕!? とアドリブに弱い僕はまたしても困ってしまう。

「いや、というか僕、特定の女の子とまともに付き合ったことって全然ないんだよね……」
「そうなのか?」

 ナナセが意外そうな顔をした。

「ヒイラギは顔だけはいいから黙ってさえいればいくらでも相手はいるだろうに」
「……『だけ』ってさぁ」
「しゃべるとたちまち馬鹿がバレてしまうからな」
「ああ、だから長続きしないのか」

 ナナセとキリュウの冷たい言葉に僕は項垂れた。

「だってさぁ、向こうが僕の顔だけ見て性格とか趣味とか勝手に妄想しといてさ、やたら強引に誘ってくるから仕方なくデートしてみたら『想像してたのと全然違ってた』とか、向こうの方がひどくない? 『その顔で大口開けて串焼きにかぶりつかないで』とか『どうして何にもないところでコケるの?』とか余計なお世話じゃん」
「ヒイラギは本当に見た目はいいのに中身が残念だから」
「こんなにも見た目はいいのにな」
「どうせ僕は見かけ倒しのつまんない男だよ」

 仲間たちの間ではなぜか僕は昔からこういう立ち位置なので、周りから美形だのなんだのと言われても正直まったく実感がない。それだけならまだしも小さい頃は変な男につけ回されて危ういところでドルフに助けられたりとろくな目にあったことがないので、仲間内以外で僕の顔の話をされた時はとにかく無視して、キリュウ直伝の「ゴミムシを見るような冷ややかな目」をしてやるのが最近の自分の中での流行りだ。

 その時、僕は今のこき下ろし合戦の中でドルフの声が混じっていなかったことに気づいて思わず顔を上げた。
 もしかしたら僕を気の毒に思ってわざと黙っていてくれてるのかな? と思ったけど、ドルフはまるで興味なさげな顔で新しいボトルの蓋を開けていて、僕は少しがっかりしてしまった。だって僕にとってドルフは子どもの頃からずっとずっと憧れていた相手だからだ。

 昔からドルフは本当にかっこよかった。僕みたいなちょっとトロくさい人間からは想像もつかないほどのスピードで走っては物凄い高い塀だって軽々飛び越えちゃうし、喧嘩も本当に強かった。
 僕は子どもの頃は結構引っ込み思案なタイプで、初等学校でもよく女みたいだとか色々言われて反撃もできずに俯くばっかりだった。でもそんな時にドルフは逆にそいつらに喧嘩売って片っ端からぶっ飛ばしてくれた。
 僕にとってドルフは昔から一番身近で一番強いヒーローだった。
 そんなドルフから見たらきっと僕はいつまで経っても、自分にまとわりついてくる子分のようなものなんだろうな、って思う。それが少し寂しくはあるけど、それでも僕がドルフを慕う気持ちは昔から全然変わらなかった。

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