【完】酔っ払いオオカミくんと片思い赤ずきんちゃん

伊藤クロエ

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02 オオカミくん、衝撃の告白。

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 そんなドルフが超爆弾発言をかましたのは、僕たちが初めて出会ってから十五年後のことだった。

「ああ、オレはムリだな。勃たねぇから」
「……………………は?」

 あまりの衝撃にさすがに一堂、シーンと静まり返る。
 今日、この場に集まっているのはここ王都にある初等学校の元同級生たちだ。
 その中で僕と同じヒト族のナナセが(ヒイラギは知っていたのかい?)と目で聞いて来たので、僕は慌ててぶんぶんと顔を横に振った。

 今年二十五にもなるのに浮いた話がまるでない僕たちの間で『いい加減、彼女の一人や二人作る甲斐性のある者はいないのか』という話題が持ち上がった。そんでそれに対するドルフの答えがまさかの不能宣言だ。あまりにも突然すぎる友の重大なる告白に、いい具合に酔っ払っていた僕たちは全員唖然とした顔で固まってしまった。

 いやだって、しょうがないでしょ。なんせこの王都を魔獣たちから守る守護警備隊に所属しているドルフは、いかにも狼獣人らしく大きくて逞しい、まさに戦うために生まれてきたような身体をしてる。
 まあ確かに少々目つきは悪いけど全身を覆ってる真っ黒な毛並みはつやつやでとっても綺麗だし、狼そのままの顔だって牙を剥き出しにされるとちょっと怖いけどかなりの男前だ。多分。ファンだってすごい多いし。その内半分はドルフの強さに憧れてるむさ苦しい野郎どもだけど。
 つまり王都に配属されてる兵士の中じゃ一、二を争うほどの実力を誇るドルフは、ぶっちゃけ『勃起不全』という言葉からは世界一遠そうな男なのだ。
 それが勃たないって……一体どういうこと……? というか、そういう男のプライドに関わるようなことを堂々と言ってのけちゃうところがまたすごいな、と僕はドルフと知り合って300回目くらいの賞賛の目を向けた。

 僕たちが通ってた初等学校というのは十歳前後の子どもたちが全員通う王立の初等教育校のことで、そこから希望して試験に受かった者だけがいわゆる軍人育成のための士官学校や兵学以外の学問を修める高等学校なんかに進学する。
 うちは王都でかなり繁盛している商家で僕はその次男坊、今はドルフと同じく軍で働いているんだけど久々の休暇で実家に戻ってきたところだ。
 そんで今、初等学校を十五歳で卒業して早十年、いい年して全員独身である元同級生たちが久々に夜を徹して飲もうとうちに集まったわけだけど、ドルフの落っことした爆弾のせいでとてつもなく重苦しい沈黙が落ちてしまった。

 確かに、僕を含めてその時その場にいた全員かなり酔っていた。
 なんせ場所は人目が気になる街の飲み屋や食堂なんかじゃなく、店舗と住居を兼ねてるせいでバカ広くてやたら人の出入りが多いが故に何をしていても誰も気にしないうちの家だ。
 ここならアルコールが回るとすぐ寝ちゃうナナセや、本人にその気はなくてもうっかり腕や身体をぶつけてはお皿やジョッキを割ってしまう熊獣人のノール、酔うといきなり説教が始まる準執政官のキリュウたちが他人に迷惑を掛ける心配もないし、下手に目立つ顔をしてるせいで夜に外をうろついているとすぐに男女人間獣人関係なく絡まれてろくな事にならない僕だって安心して心置きなく飲める。

 そう、自分で言うのも恥ずかしいけど僕は正直かなり顔がいい。人種入り乱れて混血甚だしい王都では珍しい純粋な金の髪と緑の眼、そんでどんだけ外で訓練しても日に焼けない白い肌は城下で一番の美女だったという母親譲りのものだ。でもその分頭が足りないので差し引きゼロだな、とは僕たちの中でダントツ賢いキリュウの言葉だ。
 ちなみに頭は悪いが幸い生まれつき魔力が使えたので、今はドルフと同じ部隊で剣士や槍士たちの攻撃力や防御力を上げるバッファーとして働いてる。

 それはともかく、十九の年にちょっと遠駆けに出た先で出くわしたマンティコアをたった一人でぶっ倒して以来、並外れた強さで有名な狼獣人のドルフも街で飲むのに向いてない。
 というのもドルフにはファンも多い代わりにやたらと粋がって喧嘩をふっかけてくる面倒な輩も多くて、昔、非番の日に街で飲んで余計な喧嘩を買いまくり軒並み素手で殴り倒して三日間の謹慎処分を受けて以来、一応自重しているのか外ではあまり飲まなくなったのだ。
 だから今日はうちに集まって全員好きなだけ飲んで酔っ払おう、という計画だった。

 その気遣いが功を奏したのか、珍しくドルフは目が少し赤くなってるくらい酔っている。元々酒に強いドルフにしてはめったにないことだ。そのせいでそんな、男の沽券に関わるようなこともペロリと打ち明けられたのかな。
 ちなみにドルフの大きくて逞しい身体を覆っている毛皮はどこもかしこも真っ黒なので、酔っているかどうかは目を見て判断するくらいしかない。

 そして男としては最高にショッキングなドルフの告白からいち早く立ち直ったのはナナセだった。

「……え、勃たないってドルフ、それはまさか病気とか何かで……?」

 するとドルフがいつもの鋭く光る目をギロリと動かして答えた。

「あーオレ、士官学校時代にちょっとばかりグレてただろう」
「……ああ、その通りだな」

 そう相槌を打つキリュウの声はやや低い。なにせそのやさぐれっぷりを一番手酷く味合わされたのはこのメンバーで一番真面目なキリュウだ。
 キリュウは政治や経済を学ぶためにこの中では一人だけ中央の高等学校と大学校に進学していたんだけど、ドルフと同じ士官学校へ進学していた僕は昔からドルフの言うことややることはなんでも面白いと思うばっかだったし、熊獣人のノールは食べること以外にはまったくの無関心だった。
 ナナセは進学はしないですぐ働き始めていたし、結局ドルフの荒れた言動に頭を悩ませていたのは生真面目が服を着て歩いているようなキリュウただ一人だったのだ。

「で、ドルフの不良時代がどうしたって?」

 ちびちびとグラスの蒸留酒を舐めながらナナセが尋ねる。するとドルフが、僕が常々一度でいいからぎゅってさせて欲しいと思っているふさふさの黒い尻尾でぱしん、とソファーの座面を打って答えた。

「あの頃はしょっちゅう学舎の裏庭でサボってたんだが、その時に軽そうな女たちがやたら寄ってきてな」
「女? なんで士官学校に女の子がいるんだい?」
「さあ、どっかから忍び込んできたんじゃねぇのか?」
「それでどうしたんだ」

 キリュウが尋ねる。

「拒否するのも面倒でとりあえずヤった」
「…………まさかとは思うが全員とか?」
「あー、そうだな」
「貴様、思ってた以上に爛れた生活を送っていたのだな」

 と、苦虫を噛み潰したような顔でキリュウが言った。

「言うなよ、反省してるって」

 そう言ってドルフがいかつい肩をヒョイとすくめた。ってかそういうしぐさもいちいちキマってるところがすごいな。僕がやってもきっとみんな「絶望的に似合わんな」っていうだろうし、ドルフは多分、あのやたらこっちを落ち着かなくさせるニヤッて笑い方をするんだろうな。

 それはともかく、士官学校時代にドルフが訓練とかサボってばっかだったのは知ってたけどまさか女の子たちとそんなことをしてたとは……ちょっとショックだ……いや、街でなんか大人っぽい女の人にはすごいモテてたのは知ってたけど。
 ちなみに同い年くらいの女の子たちは大抵怖がって逃げてく。ドルフのいかにもオス!って感じの魅力は若い子にはわかんないんだろうな。もったいない。
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