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異世界人ミナミくんの初恋。【完】
しおりを挟む結局、南は呉凱と一緒に土曜日曜と丸二日間、円環大厦の連れ込み宿とやらに籠城した。その間南は呉凱とたくさん話し、たくさん笑ってたくさんセックスをした。
疲労困憊して南が寝こけている間に呉凱は何度か外に出たらしく、そのたびにまだ温かい肉汁たっぷりの胡椒餅や大きくて衣がザクザクした鹽酥雞、ちょっとぬるくなったビールにカリカリの海老の丸焼きなどを持ってきてくれた。それを裸のままベッドの上でガツガツ食べて、油に濡れた口でキスをしては互いのひどい恰好に笑い転げてまた抱き合った。
「あ~~、会社行きたくね~~~~」
「クビになるぞ」
「だよね~~~~、あ~~~~」
月曜の早朝、南は呉凱に引きずられるようにして円環大厦を抜け出した。二日半ぶりの外の真冬の空気はピンと張り詰めていて、暖房などなかったのに呉凱の毛皮でぬくぬくと暖かかった狭い連れ込み宿にまた戻りたくなる。
「おい、朝メシ食うか」
「え、食べる食べる」
我ながら現金だと思いつつ、その言葉にすぐに飛びついた。
「あれはどうだ」
そう言って呉凱が古びたビルの一階にある店を指差す。
「蚵仔煎……ってなんでしたっけ……」
「牡蠣と野菜を玉子でとじたやつだ。旨いぜ」
「っ! 食べたい! 食べたいです!」
「ならキリキリ歩け」
早速店に入ってカウンターに並んで座り、呉凱が店主に注文する。すると大柄な熊の店主がむっつりとした顔で鉄板に鶏卵と牡蠣を落としてぐるぐる掻きまわした。やがて白飯の上に出来上がった牡蠣の玉子とじを乗せ、甘辛いたれをたっぷり掛けてくれたのを南ははふはふと息を吹いて口に掻き込んだ。
「う……うまい…………」
「良かったな」
猫舌の呉凱はやはりすぐには手をつけず、懐から出した煙草に火を点ける。そして高いところに取りつけられたテレビを見ているその目を、南は横から盗み見た。
呉凱の金色の目を見ていると、南は昔母親が持っていた琥珀のペンダントを思い出す。
小学校の教科書で『琥珀の中には時々昆虫や植物などが閉じ込められていることがある』と知り、どうしても確かめたくて丸くひらべったい形をしていたそのペンダントをこっそり持ち出して太陽に透かしてみた。すると元は透明な茶色にしか見えなかった琥珀が深い黄金色に輝いた。
「なんだ」
呉凱が南の視線に気づいて視線を寄越す。子どもの頃に見たあの琥珀と同じ色をした目に射貫かれて、南は箸を持った手を思わずぎゅっと握り締めた。それを見て呉凱がおかしそうに笑うと、わざと牙を剥いて、がう、と唸った。
人間にはない、白くて太い牙を見るたび、南のうなじが熱くなる。
純粋な、生物としての強さに憧れる、というのはこういうことなのだろうか。
「俺、呉凱さんのこと好きだぁ」
勝手に口から飛び出した言葉に隣で呉凱が目を丸くする。そして煙草をふかしながら目を細めると「おう」と答えた。
(そこで『俺も好きだ』とは言ってくれないんだなぁ)
と、ちょっと残念に思わなかったと言えば嘘になる。
(でも、結構硬派っぽいし。ソープの店長さんなんかしてるけど。うん、そんな感じする)
そう思ってまたひと口蚵仔煎を掻き込んだ時、椅子に座った自分の腰に何かが触れた。
(……う、うーかいさんのしっぽだ……!!)
白と黒の虎縞の長い尻尾が、くるん、と南の腰に巻きついている。驚きのあまり目をまん丸にして呉凱を見上げると、大きな虎はフン、とばかりに口角を上げた。南はわざとニヤリと笑って尋ねる。
「ひょっとして呉凱さんって俺のこと結構好き?」
「ああ、相当イカレてるぜ?」
まさに百倍返しの答えが返ってきて南は悶絶した。
「おい、飯が零れるぞ」
「…………黙ってて…………この余韻をしばらく堪能させて…………」
「相変わらずヘンなヤツだな、お前」
「だってさ……あ~~すごい、俺のことほんとに好きになってくれたの、呉凱さんが初めてだ」
「はぁ?」
カウンターに置かれたティッシュで鼻をかんで、南は照れ隠しににっこり笑う。
「俺の初めてって全部呉凱さんなんだよ。初めてのセックスも、初めてのキスも、初めて好きになったのも、ちゃんと俺のことを好きになってくれたのも。全部呉凱さんなんだ」
思わず泣きそうになるのをおどけた顔で誤魔化すと、呉凱が煙草の灰を灰皿に落としながら言った。
「まだまだあるだろ。初めてのデートに初めての外泊、あー、それからなんだ?」
「え、待って。デート? デートってひょっとしてこれ!?」
「朝メシデートだろ? ああ、夕メシも食ったな、こないだ。眼鏡も買いに行ったし」
「いや、もうちょっと! もうちょっとなんかこう……ほら!」
「哈! 冗談だよ」
煙草を灰皿に押し付けて、ようやく冷めた蚵仔煎の皿を引き寄せた呉凱が笑う。そして惚れ惚れするほど大きな口で勢いよく白飯を食べながら言った。
「ってか、お前はいい加減ちゃんとサイズの合った服を買え。デート以前の問題だろうが」
「呉凱さんって意外とそういうとこきっちりしてるんですね」
「うるせぇ」
あっという間に食べ終わって席を立ち、二人して朝の慶徳路を歩いていく。
「タクシー乗るか?」
「ううん、もう捷運動いてるし、それで帰ります」
「会社、間に合うのか」
「大丈夫。ああ、でも一度家に帰って着替えないと」
捷運の駅について、南は立ち止まった。呉凱はここから歩いて自宅に帰るのでここでお別れだ。
「じゃあ、送ってくれてありがとうございました」
「おう、気を付けて帰れよ」
別れ際、南は大袈裟に手を振って呉凱に言う。
「次はちゃんとしたデート行こうね! 呉凱さん!」
いつまでも離れがたい気持ちを隠して踵を返す。ところが突然腕を引っ張られて思わずたたらを踏んだ。振り返ると呉凱がニヤリと笑って言う。
「そんなら俺らの初デート、一生忘れられないもんにしてやろうか? 来週末、迎えに行ってやるよ」
「へ……?」
「こういうのは最初が肝心だからな」
「う、うーかいさん?」
一体何をしようというのか、南は慌てて呉凱を押しとどめようとする。ところが呉凱は南の手を取り口元へと持っていくと、その指に鼻先を押し付けて囁いた。
「俺のかわいいミナミちゃんへのお迎えのキスは手の甲と額と唇と、どこがいい?」
「……………………ちょっと待って」
あまりの衝撃に南はひび割れたアスファルトに蹲る。
「ちょっと店長さんなんですかそのとんでもない口説き文句……。そんなもんもソープじゃ教えてるんですか……?」
「んなわけねぇだろ。オラ、さっさと立て。ケツが冷えるぞ」
「なにこの落差」
こんな軽口が言えるようになったことがとてつもなく嬉しい。すると呉凱がトン、と指で南の胸元を突いて言った。
「寂しくなったら迷子笛を吹けよ。すぐに行ってやるから」
南は思わず顔を真っ赤にして、服の中に隠したホイッスルを握り締める。
「じゃあな。真面目に働けよ」
「~~~~~っ! 呉凱さんこそ! 色々気を付けて! 仕事して下さい!」
「おう、またな」
南はにやけそうになる顔を叱咤して、改札口に向かって走り出す。
(初恋は実らないっていうけど、あれは嘘だったなぁ)
こうして南はずっとずっと欲しかった『自分があの時死なずになぜここで生きているのか』という理由を、ついに手に入れたのだった。
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ありがとうございました!!
こちらこそ読んでくださってありがとうございました!
うーかいさん、自分でも気に入ってるので嬉しいです〜!
ソープというワードに対してのめっちゃ素敵な初恋と溺愛
これ、好きです(✧∀✧)
大好きです
書いてくれてありがとうございます
╰(✿´⌣`✿)╯♡
メッセージありがとうございます~~!
ソープと初恋、正反対っぽいワードで書くのとっても楽しかったので、ホープさんにも気に入って貰えてとても嬉しいです♡
こちらこそ読んで下さってありがとうございました!