【完】泡姫ミナミくんの初恋 ~獣人店長さんと異世界人のソープ嬢(♂)

伊藤クロエ

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慌てる虎の店長さん。

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「あれ、店長。今日休みじゃなかったでしたっけ?」
「おう。ちょっと片付けたい伝票があったからな」

 事務所に来るなり驚いたように声を上げた副店長の狼 志偉ラン チーワイに一瞥をくれて、呉凱ウーカイはそう答えた。
 狼はその苗字の通り狼の獣人で、サングラスの似合うニヒルな面構えとは裏腹にやたら喧嘩早いオスだ。呉凱とはこの店に雇われる前からの仲で、もうかれこれ十年くらいにはなる。

「今日はシャンティとダニエルと美玉めいゆーが待機済だ。エリックは休み。バックは義良と二人で回せ」
「了解です」

 すると志偉が開きっぱなしの帳簿を見て言った。

「足代? 今日面接入ったんですか。新人採りました?」
「いや、不採用だ」
「おやおや、今喉から手が出るほど手が欲しいとこなんですがね。よっぽどの不細工だったとか? それならそれで違う系の客付ける方法だってあるでしょうに」
「……単なる不適格だ」

 つい仏頂面でそう答えると、志偉がニヤリと笑って呉凱を見た。

「どんな吝啬鬼ドケチ野郎からでも尻の毛までむしり取るアンタが珍しいことで」
「トラブルの素ははなっから採らねぇにこしたこたねーよ」
「そんなこと言って、アンタの手に負えねぇようなゴタなんざないでしょうが」

 煙草に火を付けて肺の奥まで吸い、笑いながら煙を吐き出す志偉をギロリ、と睨んで呉凱は吸いかけの煙草を灰皿に押し付けた。

「昨日までの帳簿は仕舞いだ。俺は帰るから後は頼んだぞ」
「お疲れさんです」

 ひらひらと手を振る志偉に鼻を鳴らして、呉凱は制服の上からダウンを羽織って店を出た。

(なんか食べて帰るか)

 どうせ男の一人暮らし、自炊などするわけもない。元々この国では三食を通りの屋台で済ませる者も多いくらいだ。
 歩行街となった通りを行きかう獣の群れを眺めながら、呉凱はもう一本煙草に火を付けた。そこにあるのは見慣れたいつもの風景だ。
 旧式の銃を腰に挿して黙々と肉を食う犬の獣人。そしてキャアキャアと姦しい声を上げてソワソワと辺りを見回しながら歩いている明らかによそ者の猫の集団と、彼女たちの財布を狙って後ろからついていく鼠ども。

 所狭しと立ち並ぶ屋台と獣たちの群れ、違法増築を重ねた古い建物が連なる向こうに巨大なビルが見える。旧市街の東地区のど真ん中にある最も大きなそれは『円環大厦』と呼ばれ、中には数千やそこらの獣人たちが住み着いている。その実態は政府も警察もそしてこの旧市街をシメる三つの黒幇たちにだって掴めてはいない。
 この辺りが『円環城区』と呼ばれているのは、あのビルがここ一帯のランドマークになっているからだった。

(さて、何を食うか)

 呉凱は自他ともに認める強面の悪人面だが、虎族の例に漏れず熱いものが苦手だ。だが11月という季節柄、どの屋台からも白い湯気のたっていて温かい食べ物ばかりが目につく。

(仕方ねぇ、雞排飯唐揚げ丼大腸包小腸ホットドッグか……。とにかく肉だ肉)

 何せ今日は無自覚淫乱ビッチな子猫一匹食い損ねたばかりだ。あっちの欲の代わりに腹ぐらいは一杯に満たさねばどうにもおさまりが付かない。

(……だからオスもガキもニンゲンも好みじゃねーっつーの)

 そう自分で自分にツッコミながらも、グーグー鳴る腹の虫を一刻も早く宥めるために立ち並ぶ屋台の看板を見回す。その時、なんとなく見覚えのある頭がふと視界に入った。

「……あの馬鹿……ッ」

 呉凱は思わず舌打ちをして咥えていた煙草を投げ捨てる。そして安物の香水の匂いをプンプンさせながら近づいてくる商売女を押しのけると、湯米粉の看板が出ている屋台へと大股で歩いて行った。
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