【完】泡姫ミナミくんの初恋 ~獣人店長さんと異世界人のソープ嬢(♂)

伊藤クロエ

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ミナミくん、初めてのソープ体験。

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 あまりの展開の早さに内心南は少々戸惑っていた。
 もちろんひやかしで来たわけではないので採用されればすぐにでも働く気持ちはあった。だがまさか面接に行ったその日に獣人の店長さん相手にそんなことをするハメになるとは思いもしなかった。これで動揺しないほうがおかしいと思う。
 獣人が相手だということが引っかかっているわけではない。

(だって、それは初めから覚悟してたし。そのために練習だってしてきたし)

 元の世界で南はあまり人付き合いの多い方ではなかった。
 大卒で頭も要領もいい兄と姉は両親と仲が良かったが、専門学校卒で不況のあおりを受けてまともな就職もできずキャバクラで働いていた南とはもう何年も没交渉で、特に親しい友人もいなかった。

 そんな、人との縁の薄い人生だったからこそ、この世界で南は一度でもいいから実際に肌と肌を触れ合わせ、互いの肉欲をぶつけ合うようなセックスがしてみたかった。
 すでに一度は死んだ身だ。昔はとことん事なかれ主義だった南だが、今はもう遠慮も怖いものも何もなかった。

 とは言え問題は相手探しだ。
 この世界に人間はとても数が少ないし、人間よりずっと直情的で中には南など簡単に吹っ飛ばせる腕力を持った大型種もいる獣人たち相手に下手なことをして危険な目に合うのを恐れて交流などほとんどしたことがない。職場の獣人以外とは言葉を交わしたことさえないから顔見知り以上の付き合いがある相手などほとんどいなかった。
 だからこそ、相手の方から南とセックスをしようと来てくれるソープランドは、実に理にかなって手っ取り早い解決方法だと思ったのだ。

(問題は、俺が獣人たちのナニを受け入れることができるかどうかなんだけど……)

 そう思って以前から道具で練習を重ねてきたというわけだ。

(……体験入店って……や、やっぱり、今からその……する、ってことだよな……)

 それに『仕込みの終わっていない嬢を客の前に出すわけにはいかない』とも言っていた。つまりこの店で行うサービスを一通り、この店長さんが実地で教えてくれるということなのだろう。

(……実地って……え、ど、どこまで……?)

 ふと気になって目の前を歩く獣人の尻を見てしまう。
 ひと口に獣人と言っても体格は種族によって様々で、例えば南の職場の獣人たちはこの世界で最も数が多い犬種や猫種など中型の種族が多く、背丈も身体つきも南とどっこいどっこいだ。だから違和感も最小限でなんとかやってこれたとも言える。だが中にはこの虎の店長のように南よりずっと大きくて力も強そうな獣人だっているのだ。

(……俺、道具は使ったこと何度もあるけど、ホンモノって……一度も……ないんだよな……)

 そんなことを考えていると顔が急に熱くなってくる。

(お、おれ、もしかしたら、ほんとに、いまから、)
「おい」
「ひゃ、ひゃい!?」

 突然声を掛けられて南は飛び上がった。すると目の前の虎がギロリ、と南を見下ろしている。

「何ちんたらしてんだ。やっぱ止めとくか?」
「え、いや、やります!」

 慌ててそう答えると、顔を引き締めて彼の後を追いかけた。

(ど、動揺することなんてないんだ。だってもう俺に怖いもんなんてないんだから)

 自分になんの落ち度もなくただ巻き添えを食って殺されて、お金も住むところもなく家族どころか知り合いさえいないこんな異世界に飛ばされてしまったとわかった時の絶望は、もう二度と思い出したくはない。
 初めのうちは『こんなことならいっそあのまま死んだままで良かったのに』と思った。
 だが運よくいい獣人に拾われて仕事を世話して貰い、この世界でもなんとか生きていけると安堵した時に、南は開き直った。
 向こうの世界でも割と流されるままに生きてきた。だからいっそこの世界に落ちてきた瞬間に自分は生まれ変わったのだと思うことにした。そして以前は周りの目を気にして言えなかったこと、できなかったことにチャレンジすることにしたのだ。
 それが『男ソープランドの泡姫♂になって生まれて初めてのオトコせっくす♡にチャレンジしよう計画♡』というのは自分でも正直どうかと思うのだが、そこはそれ、というやつである。多分一度死に、さらにもう一度死にたいと思うほどの絶望に晒されて頭のネジが一本二本飛んでしまったのだろう。

 そんなことを考えながら開店前の薄暗い通路を呉凱ウーカイという名の虎の店長さんの後についていく。そして目の前をヌシヌシと歩く自分よりずっと背が高くて大きくて逞しい小山のような背中をそっと盗み見た。

 初めて間近にみた白黒の毛並みの大きな虎の獣人はなんというか、南とは文字通り違う世界で生きてきた人に見えた。
 正直、ぎろりと光る目もしゃべる度に見える鋭い牙も、南など簡単に頭から噛み砕いてしまえそうながっしりした顎も怖い。口調も丁寧とは言い難いし目つきも悪い。初めて見た時に黒幇の大哥のようだと思ったのはあながち間違いではないのではないかと思っている。

(……でも、結構優しい人のような気もするな……)

 こんな場違いなところに現れて『働かせてほしい』といった自分にこの人は『金に困っているのか』と聞いた。本当の悪人ならそんなことは聞かずに働かせるだけ働かせて、そのせいで南がどうなろうと知らんぷりだろう。

(それに)

 南はさっき店の事務所と思しき場所で店長さんと向かい合った時のことを思い出す。
 かすかに漂う煙草の香りや低く擦れたハスキーな声、そしてそのいかにも物慣れた風な物腰。どれも南にはないものだ。

(……この人なら信用できる、んじゃないかな)

 大した学もなく今じゃ金も財産も何もないが、人を見る目と運だけはいいという自覚がある。ここで上手く雇って貰えれば、もし万が一元の世界であったような事件に巻き込まれたりしても大丈夫な気がする。
 なんの根拠もないくせに、南はそう思った。

「元々ソープっつーのはお前らニンゲンが持ち込んだ文化だって知ってたか?」

 突然そう声を掛けられて、南はハッと我に返る。

「あ、そうなんですね。確かに向こうの世界にもこういう店はありました。俺は行ったことないですけど……」
「なんだ、ねぇのか。実地で体験したヤツの話聞けるいいチャンスだと思ったんだがな」

 そう言いながら呉凱ウーカイが狭い通路に一列に並んだドアの中の一つを開けて顎で指した。

「オラ、入れ」

 言われた通り中に入ると、そこは小奇麗なラブホの一室、といった感じの部屋だった。ただ普通のラブホと違うのはベッドルームは狭く、その替わりに風呂場が広い、というところだ。

(狭いって言っても人間用と比べればめちゃくちゃデカいけど)
「ミナミ、っつったな」

 名前を呼ばれて振り向くと、呉凱が虎縞の大きな手に小さな布切れのようなものを持って立っていた。

「これ着ろ」
「え?」
「うちの制服」
「……そんなんあるんですね」
「いいから着ろ」

 そう言って呉凱は南を押しのけるようにして部屋の奥へ行くと、リモコンを操作して空調を調節した。南は渡されたまさに布切れとしかいいようのない物体を広げてみる。それは競泳用の水着のようなスパンデックスに似た素材のボクサーパンツだった。

「普通のオンナノコがやってるソープはバスローブとかスケスケのテディとか着るけど、なんせうちはゲイ向けだからソレな。さっさと着替えろよ。今更恥ずかしがるようなタマじゃねぇだろ」
「え、あ、はい」

『今さら恥ずかしがるようなタマじゃない』というのは何をもってそう言われたのかよくわからないが、ここで躊躇って採用不可になっては困る。
 南は床にリュックを下ろして着ている物を脱ぎ、渡されたボクサーを履いた。やたらと小さいそれを必死に伸ばして足を通し、なんとか上まで引っぱり上げる。そして下を見下ろすと、たいそう伸縮性に富むそれは恥ずかしいほど南のモノをくっきりと際立たせて肌に張り付いていた。
 まったく見知らぬ客相手ならともかく、この金色の目をした店長さんにこんな情けない姿を間近で見られるのかと思うとさすがに恥ずかしくて顔が熱くなる。つい俯いて尻の部分を引っ張っていると、呆れたように呉凱ウーカイが言った。

「あのな、すぐ裸になんだぞ? それこそちんこどころかケツの穴まで見られるってのにそんなんで恥ずかしがっててどうすんだ」
「え、いやそうじゃなくて、店長さんに見られるのが恥ずかしいな、と……」

 つい正直に答えると、腕組みをしてベッドに腰掛けていた呉凱が驚いたようにパチパチと瞬きをした。そしてわずかに目を逸らして言う。

「……もしほんとに嬢になったら店のヤツらは動く備品だとでも思え。いちいち意識してたら仕事にならんぞ」
「……了解です」
「にしても」

 呉凱がニヤリ、と笑う。

「ニンゲンにしちゃなかなかご立派なカラダしてんじゃねぇか」
「え、あ、ありがとう……ござい、ます……」
「こっち来い」
 
 そう言われてベッドに足を組んで座った呉凱の前に立つ。すると呉凱の金色の目がキラリ、と光った。

「無駄な贅肉はねぇのに肌も肉もパン、と張ってる。腰がくびれてんのと太ってるわけでもねぇのに胸が結構むっちりしてんのがいいな」
「む……むっちり!?」

 そんなこと今まで誰にも言われたことがない南はビックリして自分の胸を見下ろす。すると呉凱が無造作に南の腕を掴み、くるりと身体を回転させた。

「おう、ケツもキュッと上がってていいな」

 そう言ってまた前を向かされる。

「一歩後ろに下がれ」

 南は言われた通り少し後ろに移動すると、呉凱は腕を組み無言で南を見た。
 呉凱の強烈な視線が南の頭のてっぺんから足の先までじっくりと這わされているのを感じる。生まれてこの方、こんな風に誰かに身体の隅々まで見られたことなど一度もない。

(……うわ……なんか、これって…………)

 呉凱の視線が、先ほど『むっちりしている』と褒められた胸の先っぽに止まった。それだけでなんとなく身体が強張る。今まで自分でさえ注意して見たこともないソコがピク、と反応したような気がして思わず肩に力が入った。

「力抜け」

 そう言われて南はなんとか息を吐き、リラックスしようとする。次に呉凱の金色の目が脇腹や腹、ぴったりと張り付くボクサーへと降りていく。
 恐る恐る見下ろせば、自分でも恥ずかしいくらいくっきりとペニスの形が浮き出していて、思わず股間に血が集まるのを感じて慌てて目をそらした。

「なんだよ、見られると興奮するタチか」

 呉凱がニヤリ、と笑って言う。

「ち……ちがい、ます……」
「大事なことだぜ? ちゃんと答えろよ」

 呉凱の声は予想外に冷静で、思わず視線を上げればその目に揶揄いの色はなかった。

「見られて萎えるようならこの仕事は無理だな。逆に燃えるくらいの方がいいんだよ」
「そ……そう、です、か」
「とにかく、これからお前にこの店で客を迎える時の手順を一通り教えるから、その通りにやってみろ。その結果次第で採用するかどうか考える」
「わかりました」

 南は頷くと、少し考えてから軽く頭を下げた。

「よろしくお願いします、呉凱ウーカイ店長……さん」
「………………チッ」

 小さく舌打ちをして呉凱がベッドから立ち上がる。そして南の横を通ってドアの前に立った。
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