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「カール」
大勢の生徒たちでごった返している寮の食堂でカールが夕食を掻き込んでいると、突然後ろから声を掛けられた。慌てて振り向くと、そこには空の食器が乗ったトレイを持った長身の男が立っていた。
「ア、アリスティド先輩……!」
まだどこか顔に幼さの残るカールとはとはまったく違う洗練された身のこなしとハッと見る者の目を引く端正な美貌、そして築三百年は越えるという伝統ある石造りの食堂の高い天井から吊るされたシャンデリアに照らされて輝くプラチナブロンドの髪に思わず目を奪われる。隣の長テーブルに座っていた女子生徒たちの間で一瞬悲鳴のような歓声が上がった。
アリスティドはこの王立グランディール学院の最上級生で、極めて成績優秀で品行方正な者しか推挙されないという監督生のうちの一人だ。特に今年はこのアードラー寮の筆頭監督生として、七つの寮の筆頭と学院総代表・副代表を加えた『ザ・ナイン』と呼ばれる評議会のメンバーにも任じられている、まさに非の打ち所がない完璧な人だ。
本来ならカールのようなまだ十四歳の二学年生で地方出身の一般寄宿生には雲の上のような存在だが、カールは去年から、この学院の伝統である『ファグ』と呼ばれる上級生専属の小間使い役として彼につき従っていた。恐らくこうして声を掛けられたのも何か用があるからに違いない。
「な、何かご用でしょうか?」
カールは慌ててカトラリーを置いて立ち上がった。斜め向かいに座る女子生徒が羨ましそうな目でカールを見ている。
アリスティドが、彼に憧れまたは彼に畏れを抱いている生徒たちから密かに『笑わない氷のプリンス』と呼ばれている所以はその目だ。北のアングレーム王家の血を引いているという彼独特の目尻の切れ上がった冷たい薄氷色の目は、さらに異国風の色を添えるプラチナブロンドの髪と常に背筋を伸ばしまっすぐに相手を見据える姿、そして無駄なく鍛えられた素晴らしい身体つきも相まってまさに氷のプリンスのように見える。その美しいけれど感情の読めない目が自分に注がれているのを感じて、カールは緊張のあまり思わず背筋を伸ばした。
「カール。今夜は部屋に来なくていい」
アリスティドのその言葉に、カールの周りに座っていた他の生徒たちが急に耳をそばだてたのがわかる。
グランディール学院は男女共学の寄宿学院で、学年に関わらずみな二人一組で同室となりそれぞれの寮で生活しているが、各寮の筆頭監督生だけは個室を与えられている。だからカールは毎晩の祈りの時間の前にアリスティドの部屋を訪れ、靴磨きや洋服のブラシ掛けなどの用はないか聞きに行くのが習慣だった。
「わかりました」
カールがそう答えると、アリスティドは一つ頷いてトレイを返却しにカウンターの方へと去って行った。本当ならそんな雑用もカールの仕事だが、時間や手間の無駄を嫌うアリスティドは食べ終わる時間が合わねばさっさと自分で片付けてしまうような人だった。
「自分でトレー置きに行くんだな、あの人」
案の定、驚いたように同級生のルーカスが呟く。
「うちの先輩なんていつもぼくが食べてる最中でも遠慮なくトレーを乗せてくるぜ? しかもまだ食い物が残ってるぼくの皿の上に」
「おれもやられたことあるぜ。ムカつくよな」
向かいのアレンが頷いた。カールたちが食堂から出ていくアリスティドの後姿を見送っていると、すれ違う他の生徒たちがみな彼を見てすぐに道を譲ったり、まるで見蕩れているようにその場に立ち尽くしているのが見えた。
大勢の生徒たちでごった返している寮の食堂でカールが夕食を掻き込んでいると、突然後ろから声を掛けられた。慌てて振り向くと、そこには空の食器が乗ったトレイを持った長身の男が立っていた。
「ア、アリスティド先輩……!」
まだどこか顔に幼さの残るカールとはとはまったく違う洗練された身のこなしとハッと見る者の目を引く端正な美貌、そして築三百年は越えるという伝統ある石造りの食堂の高い天井から吊るされたシャンデリアに照らされて輝くプラチナブロンドの髪に思わず目を奪われる。隣の長テーブルに座っていた女子生徒たちの間で一瞬悲鳴のような歓声が上がった。
アリスティドはこの王立グランディール学院の最上級生で、極めて成績優秀で品行方正な者しか推挙されないという監督生のうちの一人だ。特に今年はこのアードラー寮の筆頭監督生として、七つの寮の筆頭と学院総代表・副代表を加えた『ザ・ナイン』と呼ばれる評議会のメンバーにも任じられている、まさに非の打ち所がない完璧な人だ。
本来ならカールのようなまだ十四歳の二学年生で地方出身の一般寄宿生には雲の上のような存在だが、カールは去年から、この学院の伝統である『ファグ』と呼ばれる上級生専属の小間使い役として彼につき従っていた。恐らくこうして声を掛けられたのも何か用があるからに違いない。
「な、何かご用でしょうか?」
カールは慌ててカトラリーを置いて立ち上がった。斜め向かいに座る女子生徒が羨ましそうな目でカールを見ている。
アリスティドが、彼に憧れまたは彼に畏れを抱いている生徒たちから密かに『笑わない氷のプリンス』と呼ばれている所以はその目だ。北のアングレーム王家の血を引いているという彼独特の目尻の切れ上がった冷たい薄氷色の目は、さらに異国風の色を添えるプラチナブロンドの髪と常に背筋を伸ばしまっすぐに相手を見据える姿、そして無駄なく鍛えられた素晴らしい身体つきも相まってまさに氷のプリンスのように見える。その美しいけれど感情の読めない目が自分に注がれているのを感じて、カールは緊張のあまり思わず背筋を伸ばした。
「カール。今夜は部屋に来なくていい」
アリスティドのその言葉に、カールの周りに座っていた他の生徒たちが急に耳をそばだてたのがわかる。
グランディール学院は男女共学の寄宿学院で、学年に関わらずみな二人一組で同室となりそれぞれの寮で生活しているが、各寮の筆頭監督生だけは個室を与えられている。だからカールは毎晩の祈りの時間の前にアリスティドの部屋を訪れ、靴磨きや洋服のブラシ掛けなどの用はないか聞きに行くのが習慣だった。
「わかりました」
カールがそう答えると、アリスティドは一つ頷いてトレイを返却しにカウンターの方へと去って行った。本当ならそんな雑用もカールの仕事だが、時間や手間の無駄を嫌うアリスティドは食べ終わる時間が合わねばさっさと自分で片付けてしまうような人だった。
「自分でトレー置きに行くんだな、あの人」
案の定、驚いたように同級生のルーカスが呟く。
「うちの先輩なんていつもぼくが食べてる最中でも遠慮なくトレーを乗せてくるぜ? しかもまだ食い物が残ってるぼくの皿の上に」
「おれもやられたことあるぜ。ムカつくよな」
向かいのアレンが頷いた。カールたちが食堂から出ていくアリスティドの後姿を見送っていると、すれ違う他の生徒たちがみな彼を見てすぐに道を譲ったり、まるで見蕩れているようにその場に立ち尽くしているのが見えた。
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