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神への供物に仕える夜の従者の葛藤

22 最後の夜 ★

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 思わず驚きに目を見開く。するとトナティルがさもおかしそうに笑った。

「ああ、面白い。地上最強と言われた男がオレの言葉一つでこんなにも動揺するとはな」

 トナティルがおれのものを器用に締め付ける。そしてさも満足そうに唇を歪めた。

「オマエが惚れたこの男はオレの魂の片割れだ。ここではないどこかから明日の儀式のためにオレが呼び寄せた」

 そう言うなり突然おれを引き倒して上に跨る。

「《祝福されし太陽の神子》となった者は一つだけ神から贈り物を受け取ることができる。だからオレはオレと身体を一つにできる《魂の双子》が欲しいと祈った。なんのためかわかるか?」

 獲物を前にしたコヨーテのように舌なめずりをしておれを見下ろすトナティルを押しのけようと腕を掴んだ。するとトナティルが声をあげて笑う。

「いいのか。オマエの力で乱暴を働けばこの身体に傷がつくかもしれん。そうすればオレだけでなく、オマエが惚れたこの男まで痛みを感じることになるぞ」

 ぐっと奥歯を噛み締めてトナティルを睨みつけた。するとトナティルがますます楽しそうに口角を上げる。

「オレの願いはただ一つ、明日の祭りで見事おのれの役目を果たすことだけだ。だが時としてそれを妨害しようとする者がいる。偉大なる夜の王、テスカトリポカを打ち倒そうとする者が」

 太陽の王ケツァルコアトル。偉大なるもう一人の神の名がおれの脳裏に浮かぶ。
 平和の神とも呼ばれるケツァルコアトルはテスカトリポカへ生贄を捧げることを止めさせようとして夜の王の怒りを買った。二人の神の戦いはすべての大地を焦土と化し、空の星々を打ち砕いた。

「もしも太陽の王がオレが役目を果たすのを阻もうというのなら、身代わりにもう一人オレがいればいい。太陽の王にはもう一人のオレをくれてやり、このオレは見事この心臓を夜の王に捧げてみせる」

 そう言ってトナティルは誰かに見せつけるようにゆるゆると腰を動かし始め、苦しそうに息を吐く。

「しかしオマエのモノは大きいな……。どうやらもう一人のオレはよほどオマエを気に入っているらしい。こんなにも苦しいのにオマエに抱かれて気持ちがよくてたまらない、とたいそう喜んでいるぞ」

 そうほくそ笑んだ隙をついて身を繋げたままトナティルの首を掴み、寝台にねじ伏せた。再びおれの下になった奴が声をあげてのけ反る。

「アトラ、……っ、あっ!」

《彼》に戻った、とすぐにわかった。おれは彼の足を抱え、捏ね上げるように最奥を穿つ。

「あっ! や、あ、ん、んぐっ、そ、そこ……っ、あっ、あっ」

 彼がせわしなく喘ぎながら首を振った。きつくて熱い柔らかな肉がおれの男根をきゅうきゅうと食い締める。

「んっ、あ、や、アトラ、アトラ、もっと……っ、もっと、して…………っ」

 おれは身を屈め彼に口づけながらどくどくと精を注ぎ込んだ。
 身を震わせながら一生懸命しがみついてくる彼が愛おしい。そう思った途端、合わさった唇の隙間から笑い声が聞こえてくる。

「アトラよ。どうやらオマエももう一人のオレを好いているようだな」

 トナティルの目が黒い太陽のようにきらめいている。おれはトナティルの胸の上に手を置いて言った。
「去れ、祝福されし太陽の神子トナティルよ。お前の魂はおれが必ず神に捧げてやる」
「いい心がけだ、我が忠実なる夜の従者よ」

 それきり糸が切れたように彼の身体から力が抜けた。意識を無くし、がっくりと落ちた彼の頭をそっと寝台に寝かせてやり、男根を抜く。彼の身体を拭き夜着を着せ、隣に横たわって流れ落ちる艶やかな髪を撫でた。
 敷布の下を探ってそこに隠していたものを取り出した時、彼の目がゆっくりと開く。ふわりと微笑む顔を見て彼が《本物のトナティル》ではないことを知ると、おれは彼を抱き上げ膝に座らせた。

「どうかこれを受け取って欲しい」
「…………え…………う、うん…………?」
「そして無事に祭りが終わったら、ぜひお前の名を教えてくれ」

 どうやらまだ夢うつつらしく、彼がぼんやりと頷く。おれは自ら磨き上げた黒曜石の守り石とヨロトルの種を彼の首に掛け、それを胸の中央に当てて口づけた。再び眠りに落ちた彼を抱きしめながら、おれは小さな窓から入り込む外の気配に耳を澄ませた。

 間もなく夜が明ける。そうすれば第五の月トシュカトルの祭りが始まる。
 彼は再びプルケを飲み祭りのための装束を身に纏い、トナティルの意思に従い自らの足で神に捧げられる祭壇へと登っていくだろう。おれは山頂の祭壇で彼を待ち、生贄となる者の胸を切り裂く。
 おれは《夜の従者》。そして《イツトリ》と呼ばれる者。そうしたのはトナティル自身だ。


     ◇   ◇   ◇


 ついに日が昇り夜の闇が払われ、運命の日がやって来た。
 石段のずっと下の方から生贄となる《太陽の神子》を送り出すメシカの人々の歓喜に満ちた声が聞こえてくる。選ばれし生贄の心臓を捧げれば、きっと偉大なる神は溢れんばかりの祝福をメシカの地とそこに住む民たちに与えてくれるだろう。そんな喜びと興奮に満ちた人々の叫びを聞きながら、おれは一人祭壇の前に立ち彼が来るのを待っていた。

 焼けた石段を一つずつ踏みしめながら長い黒髪を靡かせ、美しい男がおれのところまでやってくる。長い間自ら歩くことを許されなかった足はこの急な勾配と太陽に熱せられた石段のせいでさぞかし痛むことだろう。だが祭壇まで来ておれを見上げた彼の顔には苦痛の欠片もなく、ただただ興奮と喜びとに輝いていた。

 祭りの日に山頂の祭壇に立つのは生贄の神子と執行者である従者の二人だけだ。そのことは密かに《夜の座》で調べてあらかじめわかっていた。
 祭司長や他の民たちは儀式の様子を見ることはできない。彼らは石段のずっと下の方にいて、おれが神子の心臓を神に捧げるのを今か今かと待ち構えていた。

 はるか眼下には石造りの神殿と町、そして森と乾いた大地が広がり、頭上には冴えわたる青い空がどこまでも続いている。じりじりと肌を焼く太陽、髪をなぶる風。おれと彼は二人きり、互いの顔を見つめ合った。
 風に乗って彼の死を待ち望む人々の歓声が遠く聞こえてくる。

「トナティル! 神に最も愛されし生贄よ!」
「麗しき神への供物、太陽の神子トナティルよ!」

 その時、小さく開いた彼の口が「アトラ」とおれの名を形作った。
 良かった。トナティルではない、彼だ。
 おれは喜びに目を細める。

 おれは《夜の従者》。そして《イツトリ》と呼ばれる者。
 イツトリとは夜の神々の九柱の一人にして偉大なるテスカトリポカの化身。そして神に捧げる生贄の心臓を取り出すための黒曜石のナイフを司る神の名だ。アトラという名の代わりに与えられたその名にふさわしく、トナティルの、そして彼の命はいまおれの手の中にある。
 おれは彼を引き寄せ、祭壇の上に寝かせた。彼の目はキラキラと輝いているが、度々視線が揺れて落ち着かない。ここに来る前にまた薬を盛られたのだろう。そう思った時、彼の目がにんまりと三日月のように弧を描いた。

「ようやく時が来たぞ。さあ、オマエの役目を果たせ」

 ただそれだけを言ってトナティルは消え、その後には熱に浮かされたような目をしておれを見上げる彼が残った。額に掛かる髪を撫でてやると彼がふわりと微笑む。その拍子に昨夜おれがやった首飾りが揺れた。ああ、良かった。ここまでそれを持って来てくれて。
 陽の光がまぶしいのか、彼がおれを見上げて目を細める。そして無意識のように首飾りを手繰り寄せ唇に押し当てた。おれは彼に頷くと、手にした黒曜石のナイフを空高く掲げ、振り下ろした。


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