祝福されし太陽の神子と夜の従者の最期

伊藤クロエ

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祝福されし太陽の神子の役目

12 夜も更けて

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「我らが崇めしは四つの顔を持つ黒き獣、偉大なる黒の鏡!」

 太陽の光と色鮮やかな花々が降り注ぐ神殿の丘に祭司長アロトルの声が響く。

「新たなるこの年、再び《太陽の神子》と《夜の従者》が選ばれた! 歓喜せよ! 祝福されし美しき神の器よ!」

 そうだ、オレはきたるその時のためにただ一人選ばれた。それも最も栄えある五の月に!
 選ばれるのはその年でもっとも強くもっとも美しい若者だ。オレは大勢の仲間たちと戦い、勝ち抜いた。石の階段の下にはオレに負けた男たちが悔し涙を流してうずくまっている。

 オレは皆の祝福を浴びながら《歓喜の石段》を一人上っていく。太陽に焼かれた石段の熱で素足の裏が痛い。でもそのお陰で今自分が間違いなく生きてこの地に立っているのだと確かにわかるのだ。
 石段の上であの男がオレを待っている。
 オレは神の名によって選ばれ、オレはあの男を従者として選んだ。

「たった今からオマエはオレの《従者》だ!」

 そう叫ぶと彼はその二つ名に相応しい黒曜石のような目でオレを見て、頷いた。その鋭く硬く強い輝きがオレの心にさらなる喜びをもたらす。オレが正しく役目を果たすためにはこのような男が最もふさわしい。
 オレは彼の目の前に立ち、その手をぐいと引っ張った。

「ではこのトナティルがオマエに最初の命令を与える。オマエはオレに向かって言葉を発してはいけない。オマエが口を開いていいのは、オレのために誰かに指図をする時だけだ。オレ以外の誰にも頭を下げず、オレの命令にだけ従え。いいな」

 彼の黒い目がオレを映している。そして右手の拳を心臓に当て、深く頭を下げた。
 この男こそ誰もが認める勇敢な戦士だ。たとえ自分以外の仲間全員が頭の皮を剥がれ心臓を切り裂かれて無残に殺されてもこの男の戦意は死なず、たった一人でも戦い続けた。間違いなくこの男こそもっとも勇敢で心が強い。だからオレは選んだのだ。オレ自身の役目を見事果たすために。

 振り向けば石段の下から地を揺るがすような歓声が沸き起こる。眼下には遥かに広がる森と乾いた大地が見える。そして途切れることのない青い空とすべてを白く塗りつぶす太陽。
 オレは深々と息を吸い、心からの満足の笑みを浮かべた。
 

     ◇   ◇   ◇


 目覚めた瞬間、寝台の中はまだ夜の闇に包まれていた。ハアハアと息が上がる。まるで今さっきまで本当にギラギラ光る太陽を浴びていたように全身うっすらと汗ばんでいた。

 夢、夢だ。また夢を見たんだ。そう自分に言い聞かせる。でもここまでトナティルをリアルに感じたのは初めてだ。
 今まではどこか上の方から彼がしていることを眺めているような感じだったのに、今のはまるで俺自身がトナティルであるような、完全に同化したような感覚だった。トナティルの爆発するような喜びや興奮が今も俺の心臓を高鳴らせている。それくらい今夜の夢は今までで一番鮮明で生々しかった。

 その時、夢の中で聞いたのと同じ歓声がどこからか聞こえて来てビクッと肩が跳ねる。どうやら窓の外からのようだ。外ではまだ宴が続いているのだろうか。そう思った時、頭のどこかで何かが閃く。

 そうだ、祭りの前の七日間、日没と共に点火されたあの広場の中央の篝火は夜明けまで絶やしてはならない。だから朝まで火を守る役目の者と一緒にほかの人たちも夜通し歌い騒ぐ。きっと今頃外では皆がプルケを飲みかわしながら神とトナティルを讃えているのだろう。
 プルケは国中に咲く花の汁を発酵させて作る酒で、祭りの時に飲んだり神に供えたりする。宴の最中、俺があんなにも大量のプルケを飲まされたのは、自分と神の両方に捧げられる分全部を俺が飲まなきゃいけない決まりだからだ。

 流れるように頭に浮かんできた答えに、俺は深々と息を吐き出した。
 日に日に俺はこの国の言葉やいろんな物事がわかるようになっていく。例えばプルケのことや祭りの作法とか。それは多分、毎晩見ている夢と関係あるんだろう。
 夜ごとトナティルの声や姿を夢で見聞きする度に彼を理解して彼に近づいているような気がする。この調子ならもう少しでこの世界のことがちゃんとわかるようになるはずだ。そうすれば七日間の宴が終わった後の大事な祭りの日には自分もきちんと役目とやらが果たせるだろうし、祭司長に怪しまれるようなこともないだろう。

 また窓の外からわっと歓声が聞こえてきた時、いつでもそばにいるアトラの姿が見えないことに気が付いた。こんなのは初めてのことだ。
 ベールで囲まれた寝台の中を見回し、それからそろそろと腰を上げる。ベールをめくってそぉーっと覗いてみると、部屋には誰もいないようだった。これはひょっとして初めて自分の足であちこち見て回れるチャンスじゃないか?

 恐る恐る寝台から足を降ろし、立ち上がろうとした途端、石の床にへたり込んでしまった。嘘だろ。足に力が入らない。宴で浴びるように飲まされた酒がまだ残っているのか、それとももう何日も自分の足で歩いてないせいなのか。

「う……よい、しょ……っ」

 そう呟く声も掠れてか細い。声だって全然出してないもんな。無理ないかも。
 這うようにして窓まで近づいてなんとか立ち上がり、外を覗いてみる。小高い丘の上にある神殿からはずいぶんと遠くまで見渡せた。
 驚くほど明るい月明りとちょっと怖いくらいたくさんの星に照らされて、石造りの町や緑濃い熱帯雨林、その向こうには乾いた大地が広がっているのが見える。
 本当にここは一体どこなんだろう。地球上にあるどこかの外国か、それともまったく別の異世界なのか。それさえわからない。

 あちこち見てみたいけど、こんな足では無理そうだ。それでもこんなチャンス二度とないかもしれない。少しずつ足元を確かめるようにしてなんとか寝室から出ると、どこか近いところで水の音が聞こえた。いつも身づくろいをする居間の隣、あそこは確か沐浴場だ。誰かが水浴びか洗濯でもしてるんだろうか。ってこんな夜中に?
 そこにいる人物に見つからないように別の方向を目指そうかと思った時、今度はかすかに声が聞こえてきた。低いけれど張りのある声。
 俺は裸足のままこっそり近寄って覗き込む。すると沐浴場の中央で男が一人、こちらに背を向けてしゃがんでいた。男は水を口に含み、何か呟いてから右手で掬った水で肩と胸のあたりに触れ、最後に桶で掬った水を頭から被る。隆起する背中の筋肉にそって水が流れ落ちる様になぜか目を奪われた。
 ここまで鍛え抜かれた肉体というものを、俺は今まで直に見たことがない。どこにも無駄がない、躍動感と力強さに溢れた身体はよく見ると無数の傷に覆われている。
 彼が静かに何かを唱えながら水を被る姿はまるで何かの儀式のように厳粛で、俺は息をするのも忘れてそれを見ていた。
 正面の窓からは月明りが差し込み、男の大きくて逞しい背中に濡れた長い黒髪が張り付いている。不意に男が頭を振って水を飛ばした。驚いた俺はとっさに身体を引こうとして、バランスを崩してしまう。

「わ、っ」

 慌てて床に手をついて、べしゃり、と座り込む。当然気づいた相手が立ち上がってこっちを見た。

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