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後日談やおまけなど

【書籍購入お礼SS再録】カイが召喚される前のサイードとダルガートのお話(3)

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「出自?」

 サイードは足を止めて問い返す。

「先のジャハール王の近衛騎士であったと聞いているが」

 正直に知っていることを答えると、同じく立ち止まったダルガートがわずかに口角を上げて言った。

「私はジャハール王が下女に生ませた子にござる。とはいえ母の身分の低さゆえに認知はされず、成人まで市井で育ちましたが」

 さすがにそれは初耳だった。思わずサイードは目を見開く。するとダルガートは視界の端であたりを確認し、口を開いた。

「なぜかジャハールは血の繋がりがあれば自分を裏切らぬと思ったようで、身分の低い一兵卒でしかなかった私を近衛に取り立て、ずいぶんと無造作に秘密の会談の席にも護衛として連れ置いた。その中でジャハールが中央神殿に潜り込ませた手の者に《慈雨の神子》について調べさせた話を耳にしたことがございまする」
「それは本当か」

 驚くサイードに、ダルガートが言う。

「元来《慈雨の神子》に関しては、神殿も神子を得た国も情報を秘して他には決して漏らしませぬ。だから過去に神子がどんな方法で国を選んだのか、また神子はどんな者だったのかも伝わってはござらん」
「それは神子を得るために三国があれこれと策を弄するのを防ぐためか」
「おそらくは。だが実際に降臨された神子に関しての大まかな口伝は神官たちの間に伝わっていたようで」
「それをジャハール王は聞いたのか」
「左様」

 と、ダルガートは頷いた。

「今から五十年前の先代の神子は男でイスタリアを選んだ。その前はやはり男でエイレケへ。さらにその前にイスタリアが手に入れた神子はまだ年若い少女であった、と」
「少女だと?」
「左様。つまり《慈雨の神子》は男に限ったことではなく、また子どもである可能性もあるということになりますな」
「それは……」

 一瞬、サイードは驚きに言葉を失う。するとダルガートがさらに言った。

「さらに二代前のエイレケの神子については、エイレケの民たちの間に密かに伝わる話が」
「なんだ」
「……いわく、エイレケの神子は王の非道な仕打ちに耐えかねて、自ら南の断崖から飛び降りラハル神の元に帰った、と」
「なんだと?」
「それ以来、エイレケの南の海は常に荒れ、静まる時がないと言われておりまする」

 自ら飛び降りた、という言葉にサイードは愕然とする。
「神の元に帰った」などともっともらしい言葉で締めくくられているが、果たして言葉通りに受け取っていいものか甚だ疑問だ。

《慈雨の神子》は、神の国よりラハルによってもたらされる慈悲の化身と伝わっている。だからサイードは神子はそれこそ神と同格であり、自分たちのような唯人ただひととは違う、あらゆるものを超越した存在のように思っていた。
 だがそんな神のごとき生き物であれば世をはかなんで崖から飛び降りたりはしないだろう。エイレケの王が気に入らなければそれこそ神の力でどうとでもできるだろうに。

「……もしや《慈雨の神子》とは、雨を降らせる力はあれども、万能である神のごとき存在ではないのだろうか」

 サイードの呟きにダルガートは無言であったが、その表情を見れば彼も似たような考えを持っているように思えた。
 もしも《慈雨の神子》が、稀有な恵みをもたらすことができても自分たちと変わらぬ心や身体を持つ存在であったとしたら、崖から飛び降りた神子はおのれの生を苦に自ら命を絶ったということだ。

 サイードは思わずぐっと拳を握りしめた。無残にも殺された両親や生きたくとも生きられなかった幼い弟妹の姿が心に迫る。

「神子にそのような苦しみを負わせるなど、断じて許されることではない」

 不意に先ほどハリファから言われた言葉が脳裏に浮かぶ。
 
――――神子の涙にはよき涙と悪しき涙がある。あらゆる手管を用いてそれをうまく操り、イシュマールの地によき雨を降らせる。それこそが神子の従者である守護者の仕事だ。

 だがサイードはそれを振り切り、心の奥底に押し込める。

(神子の守護者たるイシュクの一番の役目は、神子の心と身体を守り、幾久しく健やかにこの地で暮らしていけるようにあらゆる外敵から守ること。《慈雨の神子》に会いまみえた時、俺が考えるべきことはただそれだけだ)

 そう思った途端、それまでもやもやとしていた頭の中がすっきりと晴れたような心地になった。そしてダルガートの顔をまっすぐに見る。

「貴重な助言、感謝する。ダルガート」

 するとダルガートは軽く頷き、立ち去ろうとした。だがふと足を止めて言った。

「不躾ながら、そう身構える必要はないのでは?」
「……選定の儀式のことか」
「いかにも」

 彼がそのように自分の考えを述べるのはますます珍しいことだと、サイードは真剣に耳を傾ける。するとダルガートはシュマグの下で薄く笑みを刷いて言った。

「神子殿をアル・ハダールにお招きしたいのなら、そのお方がここで楽しく安らかにお暮しになれるよう、それだけに心を砕かれれば良いのでは?」
「…………そんなことでいいのか」

 だがダルガートはそれ以上は答えず、目礼をして去って行った。

(……楽しく、安らかに、か)

 ダルガートの後姿を見送りながら、サイードは考える。

(確かに、もしも《慈雨の神子》が只人に近しい心があるのなら、初めて降り立つこの世界には不慣れで心細く思うこともあるかもしれん)

 ならば「どうすれば神子にイシュクとして選んでもらえるのか」と悩むより、どうやって神子を慰め喜ばせることができるのかを考えるべきかもしれない。

(だがそうなると、ますます俺には不向きなのでは)

 果たして神子に、今年どんな馬が生まれてどのように育っているのかなどという話をして楽しんでもらえるだろうか、と途端に不安になる。

(……いや、ないな)

 サイードは先ほどよりもさらに困って、つい深々とため息を吐いてしまった。
 
 だが、何はともあれ一月後にサイードはハリファと共にダーヒルの神殿へと発つ。
 五十年に一度、神の国から遣わされるという《慈雨の神子》。それが男か女か、大人か子どもかもわからない。

(《慈雨の神子》とは、一体どのような人なのだろうか)

 その人を見た時に、自分はいったい何を感じるのだろうか。
 三人の騎士の中から、神子はどうやっておのれの命運を預けるに足る男を見出すのだろうか。

 それからふた月ほど後にまさにおのれの運命を変えてしまうような出会いが訪れるとは知りもせず、サイードは一人夕闇の中を歩いて行った。
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