月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

文字の大きさ
上 下
157 / 161
後日談やおまけなど

【書籍購入お礼SS再録】カイが召喚される前のサイードとダルガートのお話(完)

しおりを挟む



     ◇   ◇   ◇





「サイードさんは僕に会う前、どんな人が来ると思ってた?」

 ある日カイがそんな風に聞いてきて、サイードは目を見開いた。

「カイに会う前?」
「そう、神子の召喚の儀式の前にサイードさんはどんな人が《慈雨の神子》としてやって来ると思ってたんですか?」
「……そうだな」

 サイードはカイに果物の皮をナイフで剥いてやりながら考える。
 儀式の前には、サイードはひたすら「自分はこの世界にやって来る神子に何をしてやれるだろうか」ということばかり考えていたような気がする。
 かつて自分が選んだ国の王に虐げられ自ら死を選んだ神子もいたらしい、とダルガートから聞いてからは、ただ神子が安全にこの世界で楽しく生きていけるようにと願っていた。
 するとサイードの沈黙をどうとらえたのか、カイが少しばかり消沈した様子で呟いた。

「……やっぱり、もっとちゃんとした大人で、神子の力だってきちんと使いこなせるしっかりした人を想像してましたよね。なんてったって神様からの御使いみたいな存在だし」
「いや、そういったことはあまり考えていなかったな」
「え?」

 不思議そうに顔を上げたカイを見下ろしてサイードは頷く。

「年齢も、男か女かもわからないと聞いていたからな。ならばどんな人物が現れてもおかしくはない。それよりも神子はどんな話を好むのだろうか、どうやって自分に相応しい騎士を選ぶことができるのだろうかと、そんなことが気になっていたな」
「はあ……」

 よくわからない、といった表情のカイに、サイードは剥いた果実を差し出す。それはカイがことのほか気に入っている、さわやかな甘みと酸味のある果実だった。

「ありがとうございます」

 そう言って旨そうに果物を食べるカイを見つめながら、ふとダルガートはなぜあの時自分にあんな話をしてくれたのだろうか、と思った。
 ジャハール王が調べさせたという神子に関することもそうだが、彼がジャハール王の庶子であったことはそれまで誰にも秘密にしていたはずだ。ただでさえダルガートのことを「二君に仕える裏切り者」と言って疑いの目で見る者もいるというのに、そんなことが知れればさらにいらぬ疑惑を呼ぶことになりかねない。

 カイがイシュマールにやってきてどれくらい経っただろうか。
 選定の儀式にエイレケのマスダルの卑劣な行為、アジャール山での襲撃やカルブの儀式、そしてアダンとの一件。実に多くの困難や騒動を経てサイードはカイと心結ばれ、またダルガートという無二の友を得た。
 カイがやってきてからの出来事はすべて、サイードにとってはまさに天が与えたもうた素晴らしい奇跡であり恩寵であった。
 だがその反面、カイは愛する家族や友から離され、孤独や大きすぎる力を持つことの悩みを負わされることになってしまった。そのことを考えるたびにサイードはカイに深い恩義を感じ、誰よりも幸せにしてやりたいと思う。

「カイ」

 サイードはナイフを置き、自分より一回りも二回りも小さなカイの肩を抱き寄せた。

「サ、サイードさん?」

 サイードの突然の行動に慌てたようにカイが名を呼ぶ。その頭のてっぺんにそっと口づけてサイードは言った。

「カイ。俺はこの先命尽きるまでカイを守り、慈しむと誓う。俺の心も命もすべてカイのものだと覚えておいて欲しい」

 すると初めは戸惑っているようだったカイが、サイードの服をきゅっと握って胸に頬を擦り付けた。

「僕もサイードさんが大好きです。僕の心も、サイードさんとダルガートのものですよ」

 そう言って気恥ずかしそうに微笑んだカイに、サイードも笑みを浮かべる。その時衝立の向こうから控え目なウルドの声が聞こえて来た。

「神子様、サイード様。ダルガート様がいらっしゃましてございます」

 そして衝立の脇から姿を現したダルガートが、互いの身体に腕を回したサイードとカイを見て眉を上げた。

「これは、お邪魔でしたかな」
「な、何言ってんだよ、もう!」

 たちまちカイが頬を赤くして声を上げる。するとダルガートがやって来て、サイードとカイの前に膝をついた。

「ただいま、戻りましてございます」
「お疲れ様、ダルガート」
「此度のハリファの行く先はカンダカンだったか。ご苦労だったな」
「まったくですな」

 珍しくそんな返事を返すダルガートにカイが目を丸くする。

「そ、そんなにしんどかったの? 今回の陛下の視察」
「…………実に得難き経験ではありましたな」

 本当に珍しくそんなぼやきのような言葉を漏らすダルガートに、サイードもカイも思わず笑ってしまった。

「ダルガートが言うほどであれば、何か相当のことがあったのだろうな」
「何があったの? 教えてよ。あ、でももし秘密の任務とかだったら……」

 と躊躇うカイにダルガートは「話せば一晩では到底足りませぬ」と言いながら、懐から布にくるんだ包みを取り出す。

「あ、お土産?」
「左様」
「なんだろう? ありがとう、ダルガート」

 少しはしゃいだ様子で布を開いたカイが、思いっきり眉を顰めて呟いた。

「これ……イシャーラ、だよね」

 それは昔サイードがカイに贈ったことがある、木片の欠片を組み合わせて遊ぶ玩具の一種と同じものだった。ただしこちらの方が遥かに難易度が高い。

「え、でもこれ、めちゃくちゃ数が多くない?」
「商人が、今まで見た中では最も欠片が細かく難しいはずだ、と胸を張っておりましたな」
「いやいや、そんな限界に挑戦しなくていいから」

 カイが膝に広げた布の上で山を成しているイシャーラの欠片を見て、サイードはさらに笑みを深める。するとカイが口を尖らせた。

「サイードさんも面白がってる場合じゃないですよ! もちろん手伝ってもらいますからね?」
「いや、俺はあまりこういうのは向いていないからな」
「いやこれはダルガートからの挑戦状でしょ! やれるもんならやってみろ、的な」

 その時、衝立の傍から押し殺したような声が聞こえてきて顔を上げる。するとカイの近従であるウルドといつの間にか来ていたらしいサイードの部下のヤハルがやや青ざめた顔で笑っていた。

「ヤハル、ハリファがお呼びか?」
「は、そのように仰せつかりお迎えに上がりましたが…………それは…………」

 ヤハルが引き攣った顔でイシャーラの欠片の山を見て言い、隣でウルドが「ああ…………前よりもっとすごいですね…………」と呟く。

「これはダルガートが持って来たものだ。ならばダルガートに手伝ってもらえばいい」

 サイードがそう言うと、カイはハッとした顔で背筋を伸ばした。

「ああ、そうだよね。そうですよね。その通りだ」

 途端にニヤニヤとした顔でダルガートを見るカイの背を撫でてサイードは立ち上がる。そしてダルガートに目で合図をしてヤハルを連れ、その場を後にした。
 ダルガートの様子からして恐らくハリファからわずかなりともいとまを貰ったのだろう。ならばたまにはカイと二人水入らずの時間を作ってやりたい。

(だが本音を言えば、三人であの恐ろしく細かいイシャーラの欠片を合わせながら何かどうでもよいことを話したりして時を過ごしたいものだ)

 サイードは、カイと出会う前には考えもしなかったこの幸福を、心の底からありがたいことだと思った。


おわり


---------------------------

明日からは当時お手紙をくださった方へ差し上げたお礼SSをアップしていきます。

しおりを挟む
感想 398

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。