月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

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後日談やおまけなど

閑話 サイードとダルガートが耳環を作らせる話<2>

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《近衛騎士・ダルガートの観察》


 ダルガートは、ハサンが恐る恐る差し出した箱の石を検分するサイードを黙って見守った。彼の表情は常と変わらず涼しげで硬いが、先ほどよりも少しばかり視線が強くなったように見える。
 するとサイードは貴石から顔を上げて言った。

「なるほど。先ほどのものよりはいいように思う」
「きょ、恐縮にございます」

 元々サイードはこのような貴石や装飾品に興味はなかったようだが、物の真贋を見抜く目はあるらしい。彼の背後から見ていても、確かに先ほど見せられたものよりは色も大きさも輝きも一段以上上のように思われた。
 ハサンという名の貴石商もホッとしたように肩のこわばりを解く。
 だが恐らく、これらの貴石はハリファやその妃あたりに持ち込むために取っておいたものなのだろう。となると値段の方も並大抵のものではあるまい。
 ハサンもそこを案じているのか、恐る恐るといった様子でサイードに尋ねた。

「これらはアル・ハダールのみならず、大陸の各地より買い付けた大変希少価値の高いもの。掛かる金子きんすも相当なものとなりますが……」
「金ならある。金額に糸目はつけん」

 真顔でそう言い放ったサイードの顔を見て、ダルガートは「ああ、これは相当持っているな」と思った。

 話の端々から、サイードが城下に賜った私邸にはほとんど寄り付かず、よって家具調度などに金を使っていないことはわかっている。女も囲わず酒食に興味もなく、唯一の金の使い道は馬の育成と武具くらいなものか。

 この生真面目で比類なき忠臣をハリファはいたく気に入り寵愛している。恐らく普段からサイードが何か功績を上げるたびに少なからぬ恩賞を与えているだろう。となるとどれほどの金を彼が蓄えているのか、想像してダルガートは内心の笑みを押し隠す。

 サイードの「金ならある」がどのくらいのものか皆目見当もつかない様子で些か困っている様子の貴石商を見かねて、ダルガートはサイードに一言断り隣に座った。そして彼の代わりにハサンに言う。

「金額のことは考えずともいい。だが色や質にはこだわりたい。左様にござるな、サイード殿」
「ああ、そうだな」

 ダルガートは目の前に置かれた天鵞絨貼りの平たい箱を引き寄せ、底に並んだ貴石を一つずつ見ていく。

「サイード殿はかのお方にはどのような色がよいと思われる」
「色……色か」

 サイードが腕を組んで考える。そしてふと思い出したように言った。

「――――緑だな」
「ほう」
「そうだ、春になればもえいずる若葉のような、そんな緑がいい」

 ふと遠くを見やるような目をしたサイードに、今彼が何を思い浮かべているのかを悟る。

(サイード殿は以前、カルブの儀式を行ったあのエルミランを去る時に、見下ろした砂漠の地に神子の力が満ちて緑が生まれる幻を見た、と言っていたな)

 瑞々しい若葉の色はいかにもかの神子に相応しく、またサイードらしい選択だと思う。ちら、と貴石商を見て合図すると、ようやく道筋が見えてきた石選びにホッとした顔で早速明るい緑色の石ばかりを天鵞絨の布を乗せた銀の盆に並べ始めた。

「緑の貴石といいますと、このような翠玉や金緑石、また非常に珍しい緑色の柘榴石などもございますが」
「ふむ」
「大きさも、これこのように大粒のものばかりを取り揃えておりまする」

 貴石商が張り切って並べた石を見ながら、ダルガートは言った。

「だがあまり大きい耳環では馬に乗る時に少しばかり邪魔になるかもしれませぬな」
「確かに」

 サイードが頷いてダルガートを見た。

「そういえば最近、剣の鍛錬にもことのほか熱心で腕前も上がってきているとダルガートも言っていたな。動きを妨げぬ物となると小さな耳環が良いのだろうが、あまりに目立たぬようでは意味がない」

 その言葉に貴石商の後ろに立つ娘の口元がピクリ、と動く。それはそうだろう。今の言葉ではあからさまに「誰の目にも留まるほどの耳環を想い人に付けさせ、何人たりとも不埒な男を寄せ付けぬようにしたい」と言わんばかりだ。
 果たして本人は自分の発言に気づいているのかいないのか、ダルガートは横目でサイードを見たが本人は熱心に石を見ている。

「ダルガートは? 好みの色などはあるのか」
「私はすでに石の種類は決めておりまする」
「えっ?」

 なぜかひどく驚いたような顔をしたサイードを尻目にダルガートは手を伸ばした。

 ちなみにダルガート自身にもかなりの蓄えがある。その理由はサイードのように趣味に乏しいからではなく、単に使う暇がないからだが。

 ダルガートはサイードと二人で類まれなき神子へ耳環を贈ろうと話し合った時から心に決めていた石を差し示す。
 それは並ぶ様々な貴石の中で唯一色のない、けれどどの貴石よりも強く輝く無色透明の石だった。

「私はこの鑽玉を」

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