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web版【第一部】おまけ&後日談
閑話 皇帝カハルの楽しみ
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※カルブの儀式が終わり、カイとサイードとダルガートが山から下りてきた時のハリファ・カハル視点のお話です。
※書籍版とは一部設定が異なる部分があります。
-------------------------------------
「何! 神子殿らが戻ったか!」
サイードの部下である若き騎士ヤハルの報告を聞くなり、皇帝カハルは茶器を蹴とばすようにして立ち上がった。
「神子殿は大層お疲れのご様子でしたが、お怪我などはなく」
「そうか。今宵は神子殿は我が元には来るに及ばず。よく休むように伝えよ」
「はっ」
首肯するヤハルにハリファ・カハルはあまり王らしくない不敵な笑みを浮かべて言う。
「昨夜のエルミランとアジャールに現れた天徴はそれはそれは驚異的なものであった。今頃エイレケの者どもは己の不明を恥じて狂い悶えておるだろうよ」
つまりは神子の真贋を疑った彼らの目が節穴だったというわけだ。皇帝ハリファは内心のおかしみをこらえて、目の前で拝跪するヤハルに尋ねた。
「して、サイードとダルガートは」
「は、お二人とも何らお変わりなく」
「そうか。さすがは我が秘中の懐刀よ」
そう言って皇帝ハリファは満足げに頷いた。
するとヤハルが『はて懐刀とはサイードとダルガートのどちらのことだろうか』とでも言わんばかりの顔をしている。まだ若い彼は考えている事がすぐ顔に出るようだ。
人心を読むのに非常に長けており、その能力ゆえにこの乱世をのし上がってきた元奴隷騎士の皇帝はニヤリと笑った。
「そなたはサイードの部下であろう。ならばあれの武勇伝はいくらでも聞いておるな?」
「は……っ」
「あれは、余がまだ皇帝ハリファではなく、ただの流れ者のごろつきどもの長おさだった頃から今まで、我が期待に応えなかった試しがない。我が義弟たちのような派手さはないが、誰にも知られず気づかれぬ場所で最も多くの敵を討ち、アル・ハダール建国のための剣となったのはあの男よ」
そう言うと、サイードに心酔している若き騎士は目に興奮の色を浮かべて耳を傾ける。
「そしてダルガートは先のジャハール王の元で何度も北の蛮族からの侵攻を防ぎ、多くの首級を上げた男だ。だが、妥協も迎合もせぬあれの態度を不遜ととったジャハール王に疎まれて、長らく不遇の座に追いやられていた」
「それはダルガート殿もさぞ口惜しかったことでしょう」
「余はあれほど大胆不敵で鬼神のごときシャムシールの使い手を知らぬ。あれがいなければ我が首はとっくに蛮族どもとハゲワシの餌になっていただろうよ」
皇帝ハリファはサイードの冴え冴えとした男らしい美貌と彼が何より大事にしている愛馬に跨りまっすぐに前を見据える姿と、ダルガートの一見何を考えているのかまるでわからぬ冷ややかな黒い目と岩のように逞しく頑健な体躯を思い浮かべる。
「あれらは片や戦場を駆け巡る騎兵団、片や帝都イスマーンにあって我と我が国を守る近衛部隊と、戦う場所こそ違えど、どちらも等しく我が自慢の双璧よ」
それを聞いて、今回のカルブの儀式で初めてダルガートとともに行動したヤハルが深く頷いた。
普段のダルガートは誰から見てもひどくとっつきにくい男だ。しかも常に皇帝の傍に侍る近衛部隊であるダルガートを、騎兵団の一員であるヤハルが間近に見る機会はほとんどない。
その貴重な機会であったこの二日間で、若きヤハルが彼から何か学ぶところがあれば良いのだが、と思う。
そしてふとヤハルに顔を寄せ、まるで内緒話をするかのように声を潜めて言った。
「今まで余に対して自ら何かを望んだことなど一度たりともなかったあの二人が、突然神子殿の傍に仕えたいと言って参った。なるほど、あの二人を等しく引き付けて離さぬ神子殿は、それだけでも充分人となりが知れようものではないか。のう? ヤハルよ」
するとヤハルは目を丸く見開き、瞬きをした。
それは皇帝の言葉があまりにも意外だったのか、それともヤハルのごとき若造の名を皇帝が把握していたことへの驚きか。
何事も不意打ちが好きなハリファ・カハルは満足すると、手を振って言った。
「ヤハル、急ぎサイードを呼べ。余は直接話が聞きたい」
「はっ。畏まりまして」
一礼をして部屋を出て行くヤハルの後姿を見送り、皇帝ハリファは近従が新しく淹れた茶を一気に飲み干す。そしてなんとも興味深き二人の騎士たちのことを考えた。
確かに、サイードもダルガートも甲乙つけ難き剛の者だが、どちらも決して人付き合いを好む質ではなく、愛想がいい訳でもない。
では二人の性格が似ているかといえばそうでもないのが面白いところだ。
サイードは一見人当たりもよく、上にも下にも公平で分け隔てない人物に見える。だが根は「来る者拒まず、去る者追わず」といわんばかりで、誰でも懐広く受け入れるように見えてその実、容易には己の心を開かず人を近づけない。
ハリファと血の兄弟の誓いを交わした義弟のサファルが昔言っていたことがある。
いわく『サイードの周りには目には見えぬ柔らかな壁がある。多くの人は彼を慕って近づくが、誰もその壁を打ち破り中へ入ることはできない』と。
そしてダルガートもなかなか癖のある男だ。
裏切者の謗りを受けることを覚悟の上で、彼が先のジャハール王を捨て自分についたことからもわかるように、己の信ずるところは決して曲げず、他人にどう思われようとまるで気にしない図太さがある。
だからこそ誰に対しても決して迎合せず、愛想の欠片もなく、人と慣れ合おうともしない。
そんな二人が珍しくも『カルブの儀式』のためにアジャール山を登る神子に同道したいと言ってきた。
神子のイシュクであるサイードはともかく、ダルガートまでもがそう願い出た時は大抵のことには動じぬハリファといえども随分と驚いたものだ。
(まこと、あの二人が興味を示した神子殿とは、いかほどの器を持つ男なのか。余にもまだ判らぬ)
ハリファカハルは替わりの茶を注がせながらニヤリと笑う。
「なればこそ、あれらを上手く使いこなすだけの器量が果たしてお有りかな? 慈雨の神子よ」
これはますます面白いことになってきたものだ。
若き頃よりまさに波乱万丈な人生を送ってきた元奴隷騎士の王は、早く帝都イスマーンに戻って二人の義弟に彼らを見せたいものだ、と笑い声を上げた。
※書籍版とは一部設定が異なる部分があります。
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「何! 神子殿らが戻ったか!」
サイードの部下である若き騎士ヤハルの報告を聞くなり、皇帝カハルは茶器を蹴とばすようにして立ち上がった。
「神子殿は大層お疲れのご様子でしたが、お怪我などはなく」
「そうか。今宵は神子殿は我が元には来るに及ばず。よく休むように伝えよ」
「はっ」
首肯するヤハルにハリファ・カハルはあまり王らしくない不敵な笑みを浮かべて言う。
「昨夜のエルミランとアジャールに現れた天徴はそれはそれは驚異的なものであった。今頃エイレケの者どもは己の不明を恥じて狂い悶えておるだろうよ」
つまりは神子の真贋を疑った彼らの目が節穴だったというわけだ。皇帝ハリファは内心のおかしみをこらえて、目の前で拝跪するヤハルに尋ねた。
「して、サイードとダルガートは」
「は、お二人とも何らお変わりなく」
「そうか。さすがは我が秘中の懐刀よ」
そう言って皇帝ハリファは満足げに頷いた。
するとヤハルが『はて懐刀とはサイードとダルガートのどちらのことだろうか』とでも言わんばかりの顔をしている。まだ若い彼は考えている事がすぐ顔に出るようだ。
人心を読むのに非常に長けており、その能力ゆえにこの乱世をのし上がってきた元奴隷騎士の皇帝はニヤリと笑った。
「そなたはサイードの部下であろう。ならばあれの武勇伝はいくらでも聞いておるな?」
「は……っ」
「あれは、余がまだ皇帝ハリファではなく、ただの流れ者のごろつきどもの長おさだった頃から今まで、我が期待に応えなかった試しがない。我が義弟たちのような派手さはないが、誰にも知られず気づかれぬ場所で最も多くの敵を討ち、アル・ハダール建国のための剣となったのはあの男よ」
そう言うと、サイードに心酔している若き騎士は目に興奮の色を浮かべて耳を傾ける。
「そしてダルガートは先のジャハール王の元で何度も北の蛮族からの侵攻を防ぎ、多くの首級を上げた男だ。だが、妥協も迎合もせぬあれの態度を不遜ととったジャハール王に疎まれて、長らく不遇の座に追いやられていた」
「それはダルガート殿もさぞ口惜しかったことでしょう」
「余はあれほど大胆不敵で鬼神のごときシャムシールの使い手を知らぬ。あれがいなければ我が首はとっくに蛮族どもとハゲワシの餌になっていただろうよ」
皇帝ハリファはサイードの冴え冴えとした男らしい美貌と彼が何より大事にしている愛馬に跨りまっすぐに前を見据える姿と、ダルガートの一見何を考えているのかまるでわからぬ冷ややかな黒い目と岩のように逞しく頑健な体躯を思い浮かべる。
「あれらは片や戦場を駆け巡る騎兵団、片や帝都イスマーンにあって我と我が国を守る近衛部隊と、戦う場所こそ違えど、どちらも等しく我が自慢の双璧よ」
それを聞いて、今回のカルブの儀式で初めてダルガートとともに行動したヤハルが深く頷いた。
普段のダルガートは誰から見てもひどくとっつきにくい男だ。しかも常に皇帝の傍に侍る近衛部隊であるダルガートを、騎兵団の一員であるヤハルが間近に見る機会はほとんどない。
その貴重な機会であったこの二日間で、若きヤハルが彼から何か学ぶところがあれば良いのだが、と思う。
そしてふとヤハルに顔を寄せ、まるで内緒話をするかのように声を潜めて言った。
「今まで余に対して自ら何かを望んだことなど一度たりともなかったあの二人が、突然神子殿の傍に仕えたいと言って参った。なるほど、あの二人を等しく引き付けて離さぬ神子殿は、それだけでも充分人となりが知れようものではないか。のう? ヤハルよ」
するとヤハルは目を丸く見開き、瞬きをした。
それは皇帝の言葉があまりにも意外だったのか、それともヤハルのごとき若造の名を皇帝が把握していたことへの驚きか。
何事も不意打ちが好きなハリファ・カハルは満足すると、手を振って言った。
「ヤハル、急ぎサイードを呼べ。余は直接話が聞きたい」
「はっ。畏まりまして」
一礼をして部屋を出て行くヤハルの後姿を見送り、皇帝ハリファは近従が新しく淹れた茶を一気に飲み干す。そしてなんとも興味深き二人の騎士たちのことを考えた。
確かに、サイードもダルガートも甲乙つけ難き剛の者だが、どちらも決して人付き合いを好む質ではなく、愛想がいい訳でもない。
では二人の性格が似ているかといえばそうでもないのが面白いところだ。
サイードは一見人当たりもよく、上にも下にも公平で分け隔てない人物に見える。だが根は「来る者拒まず、去る者追わず」といわんばかりで、誰でも懐広く受け入れるように見えてその実、容易には己の心を開かず人を近づけない。
ハリファと血の兄弟の誓いを交わした義弟のサファルが昔言っていたことがある。
いわく『サイードの周りには目には見えぬ柔らかな壁がある。多くの人は彼を慕って近づくが、誰もその壁を打ち破り中へ入ることはできない』と。
そしてダルガートもなかなか癖のある男だ。
裏切者の謗りを受けることを覚悟の上で、彼が先のジャハール王を捨て自分についたことからもわかるように、己の信ずるところは決して曲げず、他人にどう思われようとまるで気にしない図太さがある。
だからこそ誰に対しても決して迎合せず、愛想の欠片もなく、人と慣れ合おうともしない。
そんな二人が珍しくも『カルブの儀式』のためにアジャール山を登る神子に同道したいと言ってきた。
神子のイシュクであるサイードはともかく、ダルガートまでもがそう願い出た時は大抵のことには動じぬハリファといえども随分と驚いたものだ。
(まこと、あの二人が興味を示した神子殿とは、いかほどの器を持つ男なのか。余にもまだ判らぬ)
ハリファカハルは替わりの茶を注がせながらニヤリと笑う。
「なればこそ、あれらを上手く使いこなすだけの器量が果たしてお有りかな? 慈雨の神子よ」
これはますます面白いことになってきたものだ。
若き頃よりまさに波乱万丈な人生を送ってきた元奴隷騎士の王は、早く帝都イスマーンに戻って二人の義弟に彼らを見せたいものだ、と笑い声を上げた。
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