月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

文字の大きさ
上 下
147 / 161
後日談やおまけなど

カイの過去と未来と緑の大地(3)

しおりを挟む
「こ、こんなの絶対嘘だ! ありえない!!」

 そう叫んだ途端、パッと意識が砂漠の塔に戻る。

『え、でもこういう未来だってアリじゃない? ちなみにこの後、君はアル・ハダールの神子じゃなくてイシュマール大陸全土を支配する力を持つ偉大なるラハルの化身としてあらゆる民に崇拝されながら生涯を送るっていう感じで……』 
「いやいやいやいや、ないから! ちょっと待って!」 

 僕は思いっきり深呼吸をしてきっぱりと言う。

「僕はそんな、大陸を支配するすごい人とかになるつもりは全然ない!」
『なんで? だって君には力があるんだよ? それこそ全知全能のチートがさ。使わなきゃ損じゃん。それに君だって主人公無双好きだろ? そういう話いっぱい読んでたじゃないか』

 確かにそうだ。でも。
 僕はなんとか気持ちを落ち着けて、彼に向かって話した。

「確かにこの世界に来る前の僕はコンプレックスばかり強くて人付き合いも下手で、だから特別顔がいいとか何かすごい力があるだとか、そういうのにすごく憧れてた」

 彼の言う通り、あの日教室で突然この世界に飛ばされた直前にちょうど僕はそのことを考えていた。そんな僕の願望が、この男にアバターとして選ばれた一因だったんだと思う。

「……でも、実際この世界に来て突然唯一無二の《慈雨の神子》だなんて言われても、僕は素直にその『幸運』を受け取れなかった」
『ああ、そういえば初めて登ったエルミランの山頂で、君は『こんな棚ぼた式に得た力なんて到底誇れることじゃない』って思ってたよね。あの二人の隣に並んで立てる理由にはならない、って』

 まるで僕の頭の中まで覗き見ているような彼の発言が気持ち悪い。でも言ってることは合ってる。

「もっと僕が自分に自信があって、そんな力を得たことが自分自身の幸運だと思えていたら、あなたが望んだように物語の主人公らしく派手に力を使いまくって、無双の活躍ができたと思う。でも結局僕はそんな器じゃない。っていうか、そういうことができる性格じゃないんだ」
『うーん、性格とか言われちゃうと、こっちとしてもどうしようもないねぇ』

 小馬鹿にされてる感じがして、ぐっと言葉に詰まる。でも本当のことなんだから仕方がない。

「僕は、全部いろんなことをひっくり返して解決しようとして、歴史を改変するなんていう一番大きな力の使い方をした。でも結果はどうだ。確かに水不足は解決して助かった命はたくさんあったのかもしれないけど、サイードさんの腕はなくなってしまった」

 鋼鉄の大槍で僕をあのエイレケのアダンから助けてくれて、旅の間に弓矢でたくさんの獲物をとってきてくれて、そして僕を抱きしめ愛してくれたサイードさんの右腕を思い出す。強くて逞しくて頼もしくて、そしてとても優しい手だった。

「わかったんだ。どんなにすごいチートな能力をもってしても、何もかもを100パーセント完全に解決できる方法なんてない。それにそういう力を振るうってことは、この世界で積み重ねられてきた皆の人生とか苦労とか努力を全部なかったことにしてしまうのと同じだ。僕はそういうのは嫌なんだ」

 そうだ。僕は前に一度、サイードさんになくした腕を元通りにするかどうかを聞いた。でもサイードさんは断った。その理由は今僕が考えていることと同じなんだと思う。
 僕はどこからか見ている相手に向かって声を張り上げた。
 
「だから僕はもう《神子の力》は使わない。この先もこの世界で生きていくのなら、棚ぼたの力に頼るんじゃなくて、僕自身が努力して成長して、いろんなことに立ち向かっていきたいんだ!」

 そう、だから、一応サイードさんに腕のこと、あと一度だけ聞いて、そしたらもう二度と。
 僕は固唾をのんで彼の反応を待つ。
 多分、僕の出した結論は向こうにとってすごくつまんないことだ。そんな面白くもないキャラクターは排除されてしまうだろうか。新しい主人公と入れ替えられてしまうだろうか。

『……確かにつまんないよね』

 するとやっぱり僕の考えを読んだように、彼は言った。

『だってさぁ、君みたいにやたら理屈っぽくて内省的すぎるキャラってとにかく動かないし、スカッとしないし、こっちだって現実の憂さを晴らしたくてマンガとかゲームとか小説とか見たり読んだりするわけじゃん。主人公がもっとバーン! と活躍して、それこそエイレケの王族倒して国乗っ取ってあのもう一人の彼氏にプレゼントしてあげるとかさぁ、そういうの見たいじゃん』

 はぁ、とものすごいため息をつかれた気がする。

『でもさぁ、なんとなくわかるんだよね。わかっちゃうんだよ。僕も』
「え?」
『だって、言ったじゃん。最初に。僕と君は似てるんだよ、すごく。だから僕のアバターとして向こうから持って来たんだから』

 こっちとしては人の人生を弄ぶような男に似ているなどと言われたくない。するとしばしの沈黙の後、彼が言った。

『……そんなにさ、うまくいきっこないよね。例え物語の中であっても。そんなブレーキをかけちゃうんだよ、心の中で。物語の中でぐらい超ご都合主義を楽しめばいいのに。いやんなるね』
「ははっ」

 わかりすぎるくらいわかるその言葉に思わず笑ってしまう。

『それにさ、苦労して苦労して積み重ねた努力とか経験の上に成り立つ小さな成果の方が嬉しい気持ちもわかっちゃうんだよ、僕も』

 それからしばらくして、彼は言った。

『まあ、いいよ。好きに生きなよ。それもまあ見てて楽しい物語だと思うし。とりあえずこのエリアはこのままにしとくし。万が一何か新しいプロジェクトでここを使うってなったとしても、時間操作して帳尻合わせるとかして君がそこにいる間はそのままってことにしとくし、ほかのやつらにも申し送りしとくし』
「――――ありがとう」

 少しためらいはあったけど、でも僕は彼にお礼を言った。

「……じゃあ」
『ん』

 これが最後の別れだ。だってもう僕は二度とここには来ない。
 僕は再び意識を集中してここから離脱しようとする。でもふと、ずっと奥に押し込めていた考えが浮上する。

「……あのさ、僕が元いた世界って、あの後どうなってるの?」
『え? どういう意味?』
「だからさ、僕は元からいないってことにしたの? それとも……」
『ああ! そこもちょっと悩んだところなんだよね!』

 突然勢いを盛り返して彼がまくしたててくる。

『だってあそこはあくまでリアルなシミュレーション結果が欲しくて動かしてる実験場なわけだから、そんなある日突然ごく普通の高校生が異世界転移しちゃいました! なんて事態起こすわけにはいかないじゃん!? でもやっぱ惜しくてさ、残された方のドラマっていうの? そっちも見たくなっちゃうじゃん!?』

 相変わらず机上の出来事を語るような無神経な物言いに苛立ちが湧いてくる。

「つまり、僕は向こうの世界では教室で突然姿を消した、ってことになってるのか?」
『まあ、そうだね。あ、じゃあついでに覗いてく?』

しおりを挟む
感想 398

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました

ぽんちゃん
BL
 双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。  そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。  この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。  だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。  そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。  両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。  しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。  幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。  そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。  アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。  初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  ※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。