月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

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後日談やおまけなど

後日談 神武官・ダルガートの幸福(終)★(サイード・ダルガート)

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「ん……ありがとう……」

 興奮に上気した顔で答えるカイの頭を支え、ダルガートが口づける。深く舌を入れて彼の弱い上顎や上の歯の裏側をなぞると弱弱しい手つきでダルガートにしがみついてきた。

「……ダルガートのも、ちょうだい」

 そう言って屈みこむカイの髪を撫でて梳く。サイードが傍らに腰を下ろして首筋に唇を押し当てながら、おかしそうに呟いた。

「カイは酔うとずいぶんと大胆になるのだな」
「これでは我らのいない場所で酒は呑ませられぬ」
「確かに」

 おのれの股間に深々と顔を埋め、赤い舌を絡ませては先走りを舐め取るカイを見ていると、その小さな頭を両手で押さえ込み欲望の赴くままに喉奥を突いて溢れるほど男の情欲を注ぎ込みたい衝動に駆られそうになる。だがダルガートはわずかに目を細めてその劣情を飲み下した。

 サイードに後ろへ指を挿れられてカイが背中をくねらせる。たっぷりと香油をまとった指で中を丹念にこすられて情欲を煽られたのか、ダルガートの剛直を咥え込むカイの舌や喉の動きがますます貪欲さを増した。
 カイも早く中を満たされたいだろう。ダルガートが視線を上げるとサイードが頷いて自らの男根をゆっくりとカイの後腔に沈ませていった。

「っ、ん…………っ、っふ、……ぐっ」

 何か考えがあるのか、ゆるやかに奥を突きながらもサイードはカイの前に触れようとはしない。カイのペニスはかわいそうなほど赤く勃起しながらだらだらと先走りを零して揺れている。

――――今のサイードさんは、少し意地が悪い。

 以前、ダウレシュで再会した時に三人で交わりながら、カイがすねたようにそう呟いたことがあった。確かに今のサイードはカイに散々甘やかな愛撫や責めを与えながらも妙に焦らしている風なところがある。

 かつてサイードは家族全員を一度になくすという経験を経て、愛する者を失ったり傷つけたりすることをひどく恐れていた。だからこそカイに対しても海より深い愛情と忍耐とで包み込むように愛していた。
 だが家族が無事である今世で育ち身に沁みついた記憶や性格は、かつての記憶が蘇った今でも消えはせず、以前よりも慎重さが減って大胆さが増したのだろうか。

「サイード殿は、今生ではいささか変わられたところがおありのようだ」

 そうダルガートが言うと、サイードは少し考えてから笑みを浮かべる。

「ああ、そうかもしれん」

 そう答えて後ろからカイの腹を抱え、その背に身を屈めて一層深く突き挿れた。ビクン! と身をこわばらせたカイのうなじに軽く歯を立てながらサイードが囁く。

「平和で豊かなこの世界にあって、俺はもっと欲深い男になったと思う」

 恐らく結腸を抜かれてくぷくぷとそこを浅く突かれているのだろう。伏せたカイの耳が真っ赤に染まり、喉奥がビクビクと痙攣している。この分ではカイ自身がもたないだろう。
 ダルガートは「よろしいか?」と尋ねてから彼の望み通り口内に精を放った。そして呑み込み切れずにカイの口からこぼれる精液を拭うと、そのまま崩れ落ちそうになるカイの身体を支えてやった。すると心得たようにサイードが激しく突き始める。

「ああ……っ、はあっ!ん……っ、ひゃうっ、あ、あうぅん……っ!」

 たちまちカイの口からなまめかしい声がひっきりなしに漏れだした。

「ぁ、あっ……! まって、お願い……、そこ、だめ……、だめ……っ」
「駄目じゃないだろう? 大丈夫だ」
「あ、あっ、や、やだぁ……っ、あ、は、……ひぅんッ」

 結局、カイは一度も前に触れられることなく達してしまった。しかもその絶頂は長く、全身真っ赤に染めてビクビクと痙攣している彼の顎をすくいダルガートは口づける。そしてサイードに抜かれてぐったりとしているカイを膝に向かい合わせに座らせ、再び硬さを取り戻していたものを濡れた孔に押し当てた。

「ま、まって、ほんとに、あ、あぅ……っ」

 ダルガートはカイの抵抗をたやすく押さえ込み、とろとろに蕩けたソコにゆっくりと咥え込ませていく。

「あ、うぅ……ぅんッ……あ、はァ……」

 その顔も声も気持ちよさそうに潤んでいるのを確認してから、ゆっくり少しずつ一番奥まで自らを収めた。

「ダル、ダル、ガート」
「……落ち着くまで、このまま待ちまする」
「…………っぁ、……ん……――――」

 完全に自分に身を預けたカイの呼吸が戻り始めた頃、優しく奥を捏ねるように揺さぶるとカイが甘えたような声を漏らしてしがみつく。そして今度はサイードが後ろから手を回し、健気に勃ち上がりダルガートの腹に擦り付けては涙を零すようにとろとろと精液を滴らせているカイのペニスを撫でたりさすったりしてやった。

「ん……っ、サイー、さ……んっ、だめ、さわっちゃ、だめぇ……っ」

 たまらず泣き出したカイに交互にキスをして、何度も繰り返す小さな絶頂に声も出なくなったところでダルガートはたっぷりと奥に欲を吐き出した。

 やがて気絶するように眠ってしまったカイの全身を拭いてやりながら、その温かい身体を離し難くて部屋で一番大きな寝台に三人折り重なるように横たわる。
 そして明け方目を覚ますと、ちょうどダルガートの腹のところに頭があったらしいカイが夢うつつのような顔をして、まるで赤子が母親の胸を求めるようにダルガートのものを口に含んで舐めていた。

「悪戯がお好きですな」
「ん……っふ…………んっ」

 顔を上げれば、小さく身体を曲げたカイの背中を撫でながらサイードがゆるやかな動きで中を突いているのが見える。
 なんとも爛れた、けれどこの上なく甘い目覚めだと思いながら、再び三人は長い時間をかけて互いの肌を貪りあった。







「実は二人に話したいことがある」

 サイードがそう言ったのは、すっかり日も昇ったというのに怠惰に寝そべりながら互いに乾燥した手足に香油を塗り込んだり水を飲ませあったりしていた時だった。

「仔産みの季節が終わったら旅に出ないか。三人で」
「仔産み?」
「馬や羊たちの仔が生まれる時期のことだ。さすがにその頃は人手が足りずに一族総出になる忙しさだからな」

 そう言ってサイードが微笑む。

「行先はどこでもいい。アル・ハダールでも、まだ一度も行ったことのない西の海でも」
「で、でもいいんですか? サイードさん、家の方は……」

 と言ってカイが口ごもる。
 この三人の中で一番誰かに頼りにされ、身動きが取りづらいのは一族の跡取りであるサイードだ。するとサイードが答えた。

「一年だけ猶予を貰った。その後ダウレシュに戻り、跡を継ぐ。それまではカイとダルガートと共に旅ができる」

 跡を継ぐ。その言葉にカイが一瞬青褪めた。ダルガートには、カイの心中に過った恐れや心配が手に取るようにわかった。だがそれはサイードも同じだったようで、すぐにカイを安心させるように笑みを浮かべて言った。

「俺はもう父や叔父たちに、生涯妻を娶るつもりはないと言ってある」
「え……えっ!? ほんとに!?」

 驚いたカイががばっと身を起こす。

「でも、お、奥さんがいないと、跡取りが必要なんじゃ……」
「ダウレシュの地を継ぐのは弟か、もしくは叔父の子であってもいい。俺より後の生まれで最も信頼できると一族が認めた者になるだろう。幸い父も叔父もまだそう年ではないからな」

 その言葉にカイはしばし呆然としていたが、ハッと我に返って尋ねた。

「そ、それはすごく嬉しい。嬉しいんだけど、それで大丈夫なの……?」
「カイの国ではどうかわからぬが、どこの一族にも一人は変わり者や偏屈者がいるものだ。それに南の氏族に生涯独身で跡を甥に譲った長もいたと聞いている」
「そうなんだ……」

 ようやく理解できたのか、カイの顔にじわじわと笑みが広がる。するとサイードが寝台に座り直して今度はダルガートに向き直った。

「もう少し込み入った話をするが、俺が引き継ぐのは正確にはダウレシュよりも西の土地になる」
「というとエイレケとの国境あたりですかな」
「その通りだ。俺の母の叔母が嫁いだ氏族の土地だが、最近相次いで男たちが病や怪我で亡くなり、唯一残った男子はまだ五つの幼さだ。今は女たちと年寄りで馬と羊の面倒を見ているらしい」

 それを聞いてなんとなく話が読めたダルガートは口を開く。

「ここ数年エイレケでは麦もトウキビも不作が続いているようで、神殿にも度々エイレケからの流民や商人たちの揉め事について報告が届いている。エイレケとの国境に近い土地を手薄にしておけば、よからぬ輩がいつ侵入してくるかわかりませぬな」
「だからその幼子が成長するまで、俺が後見としてその土地を引き受けることになったのだ」
「なるほど。ならばかえってサイード殿が独り身である方が相手にとって都合が良いというわけか」
「ああ。すでに跡を継ぐものはいるのだからな」

 ぽかんと口を開けて話を聞いていたカイもきちんとその中身を理解したらしい。ようやく納得のいった顔をして肩の力を抜いた。それを見てサイードが笑って目を閃かせた。

「そこでだ。カイとダルガートもイシュカルの地に来ないか?」
「イシュカル?」
「ああ、俺が引き受ける土地の名だ。その地での俺の役目は馬や羊を育て、エイレケやその他から来るかもしれない盗人たちから土地と家畜を守り、幼い跡取り子に狩りや剣を教えることにある。だが一つ問題があってな」

 サイードはカイとダルガートを見てため息をつく。

「かつての記憶が戻って以来槍や剣の鍛錬をしているのだが、どうにも相手に困っている」

 そう言って眉をしかめたサイードにカイが小さく吹き出した。

「そりゃあ草原に住む遊牧民たちの中に、かつてのアル・ハダール第一の槍と対等に渡り合える人がいるわけないですよね」
「そういうことだ。だが片腕となった今は余計に鍛錬をし、強くならねば」
「そこで私の出番というわけですかな」

 ダルガートが冗談めかして言うとサイードがくったくなく笑う。

「その通りだ。このあいだダウレシュで会った時も思ったが、ダーヒルの神武官たちはたいそう厳しい鍛錬を行っているようだな。以前よりも円月刀シャムシールの腕が上がったのではないか?」
「どうだか」
「ダルガートが共にいてくれれば鍛錬の相手には事欠かぬ。それに共にイシュカルを守ってくれればこんなに心強いことはない」

 サイードはそう言うと、今度はカイを見た。

「それに、俺はできればカイと同じ場所で暮らしたい。共に朝日を迎え、共に夕陽を送りたいのだ」
「サイードさん」

 カイの顔が赤く染まり、目に涙が滲む。だがそれを慌てたように拭ってカイが笑った。

「僕も三人一緒にいたいです。正直どこに住んだって、サイードさんとダルガートがいればそれだけでいいんだから」
「ああ、きっと楽しく暮らせると思う」

 そう微笑みあう二人を眺めながら、ダルガートはかつて想像もしたことのなかったような未来が目の前に現れたことに密かに感嘆する。

 思えば今の世も前の世も、ダルガートは家族というものには縁薄かった。かつての生では親の顔など覚えておらず、今の世界でもごく幼い頃に死に別れた。
 たとえどんな道を歩もうが、最後に死ぬ時は誰でも一人だと疑いもしなかった。

「ねぇ、ダルガート。西の草原で馬や羊の世話をしながら生きていくのもいいよね。どう?」

 ダルガートは少し考えてから答える。

「――サイード殿との狩りは楽しゅうござったな」
「でしょ?」

 パッと顔を輝かせたカイを見て、やはり彼こそが己の唯一の喜びファラーハであり幸福であったのだとダルガートは知ったのだった。



おわり

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【お知らせ】

このたび『月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》』を書籍化して頂けることになりました。
これも全部完結まで応援して下さった皆さんのおかげです。ありがとうございました。

それに伴い、書籍化部分が4/20正午をめどに引き下げとなります。
引き下げ部分は冒頭から『53 太陽と月と砂の大地【本編完結】』までとなります。

書籍化に当たり新しいエピソードなども加筆しました。
詳しくは近況ボードをご覧ください。

今まで読んで下さって本当にありがとうございました。

(今後も短いおまけ話やサイード視点の後日談などを続けてここに上げていく予定なので、良かったらブクマやしおりなどは残しておいていただけると嬉しいです)
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