月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

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後日談やおまけなど

後日談 神武官・ダルガートの幸福(4)★(サイード・ダルガート)

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 ダーヒル神殿領と西のイスタリア、南のエイレケ三国の国境が近いイザーンの町にはそれぞれの国を行き来する商人たちが多く立ち寄る町だ。大通りには屋台や商店が軒を連ね、多くの人や物や馬が行きかっている。
 まずは隊商宿で部屋を取り、馬を預ける。そして早くも興味深げにあちこち見回しているカイを連れて通りへ出た。隊商宿は素泊まりが一般的で、食事は町の屋台で買うことが多い。だが夕飯にはまだ少し早い頃だった。

「神子殿、何か見たいものは?」
「ええと……そうだなぁ……」

 その時、意外にもサイードがカイとダルガートを一軒の店に誘った。そこは布や雑貨を扱っている場所だった。狭い店の端から端に渡された紐に様々な布が並んで引っかけられている。

「へえ……布といってもいろんな種類があるんですね」
「ああ、イスタリアの物は植物や鉱物の染料で染めたものが多い。北と南で好まれる色も違っていて……ああ、これは恐らく海に近い地方の物だな。そしてこちらが北の山岳地方の物だ」

 そう言ってカイに色々な布を指し示し、ダルガートの方を見た。

「確かエイレケの方では織物が多かったか?」
「左様」
「あ、ほんとだ。織り方で模様とか色合いとかを変えるんですね」
「俺が住んでいるダウレシュの方は毛織物が多く作られている」
「そういえばアル・ハダールでは絹布に絵を描いたものがありましたな」

 ダルガートが言葉を返すとカイが感心したように頷いた。

「国によって特徴があるのは面白いね。あ、そういえば茶器も結構種類あるよね」
「今の世でも磁器はアル・ハダールが一番だと言われておりますな。イスタリアでは玻璃が好まれ、エイレケでは錫や陶器が比較的多いような気が」
「へぇ、そうなんだ!」

 なぜか驚いたような顔をでカイがダルガートを見上げる。

「ダルガートって結構見た目に寄らずというか、予想外なところ多いよね。お茶を淹れるのがすごく上手だとか」
「見た目に寄らず?」

 わざと剣呑な声音でそう聞き返すとカイが剽軽じみた手振りで「いやいや、冗談だよ? もちろん」と言い、サイードがおかしそうに笑った。
 それからなんとなくそれぞれが好みの布を見ていると、サイードが一枚の布を取ってカイの肩に当てた。

「これなら物も良いし長く使えるだろうが、どうだ?」
「え、僕の?」
「ああ、そうだ」

 それは亜麻布の縁に青と緑の色糸で模様を刺した被り布の一種だった。

「神殿の決まりは知っているが、夜になってから町で神官のジャヒーヤを被っているのはやはり目立つからな」
「ああ……ですよね。ウルドにもジャヒーヤ姿で一人で外を出歩かないように言われました」
「世間を知らぬ神官を騙そうとする輩もいるからな。用心するに越したことはない」
 
 そう言いながら片手で器用に布を広げてカイの頭を覆う。そして満足気に微笑んで言った。

「ああ、やはりこちらの方がカイにはよく似合う」
「…………っそ、そうです、か……」

 カイが顔を真っ赤にして狼狽える。

「神殿に戻ればまた規律正しい生活に戻るのだろう。ほんのしばしの休暇と思って今夜くらいは夜の市場スークを楽しんでも良いのではないか? 我ら二人が共にいれば危険もない」
「た、たしか、に……」
「カイの国では二十が成人の年だと言っていたな。もう過ぎたのだろう? なら少しくらいは酒も楽しめるのではないか? 以前酔ってしまったカイはずいぶんと可愛らしかったからな。ぜひまた共に酒を酌み交わしたいと思っていたのだ」
「…………っ、か、かわい、…………っ?」
「次会えるまでまた日が掛かる。今宵ばかりは俺のわがままに付き合ってはくれないだろうか」
「サイード殿、そこまでにしてやってくれ」

 いつも凛として緩んだところを見せないサイードのあまりにも直截な懇願に耐えかねて、カイは真っ赤になって俯いている。それを見かねてダルガートはそう助け舟を出した。だが当のサイードはなぜカイが布で顔を深く隠して黙り込んでしまったのかまったくわかっていないらしい。
 
「やはりそのようなことを頼んではまずかったか、すまない」

 少し後悔するように眉をひそめて謝るサイードをダルガートは半目で見つめた。

「どうやら今世のサイード殿は罪作りな人柄に拍車がかかっておるようですな」
「……ダルガート、たすけて……」
「いや、本当にすまない。許してくれ、カイ」

 それぞれ違う理由で狼狽えたままのカイとサイードをなだめてその布を買い、ジャヒーヤの代わりに巻いてやって店を出る。元のジャヒーヤはダルガートが懐に預かり通りへ戻ると、段々と日が暮れてあちこちにランプが灯り始めていた。

「ええと、サイードさん。お誘いは嬉しかったんです。だからどこかでご飯食べてお酒飲みましょう!」

 ようやく立ち直ったらしい神子がサイードの腕を掴んで誘う。それから宿の近くまで戻り、軒先に並べられたハミウリや近くの川で獲れたらしい魚を選んで店に入った。そこで魚を焼いてもらい肉と野菜の串焼きやひき肉を包んで揚げたものを食べ、酒を飲む。

「あいかわらず結構強いですよね、こっちのお酒って」

 小さめの器で舐めるように飲みながらカイが言った。

「カイの国ではこういう酒はなかったのか?」
「僕は飲んだことなかったですけど、麦や米……穀類ですね、そういうのを蒸留したり、あと葡萄を発酵させたのとか……」
「ああ、葡萄酒ならイスタリアが有名だな」
「神殿でも神武官と上級神官様には時々夜に出ますよね」

 カイが顔を上げてサイードを見る。

「そうそう、今もダルガートはチーズが好物らしいですよ」

 カイがわざとらしくひそひそ声で言うと、サイードは「うちで作ったチーズは美味いぞ。ぜひまた食べに来てくれ」と言った。それにダルガートは頷いて酒杯をあおる。

「ふふっ、なんだかまだ夢みたいです」

 早くも酔ったのか、顔を赤くしてカイがくすぐったそうに笑った。

「……またこうして三人でご飯食べたりどうでもいいこと話したりしたいなって、ずっとずっと思ってたから」

 だから今、めちゃくちゃ幸せ、と少しくだけた口調で言うカイを見て、同じことをダルガートも思った。
 だんだんとカイがとろん、とした目つきになってきたので三人は店を出る。火の灯ったランプやカンテラが輝き、夕食をとる人々でにぎわう市場スークをふわふわとした足取りで進むカイは本当に楽しそうで、嬉しそうだった。

 サイードがカイを支えて宿の階段を上り、ダルガートは女将に言って桶に湯を貰う。そして部屋に入るとサイードがカイを促して服を脱がせているところだった。

「カイ、寝るなら身体を拭いてからにしよう。そのままでは気持ちが悪いだろう」
「うーん、めんどうだなぁ……」

 すっかりいい気分らしいカイに微笑んで、サイードが湯に浸けた布を片手でぎゅっと握って絞る。そして寝台に倒れ込んだカイの顔や身体を拭いていった。

「きもちいい」

 酒気に赤らんだ顔で時折くすぐったそうに笑うカイをなだめ、指の間や耳の襞も丁寧に拭く。そしてシャツ一枚になった彼の足を拭き終わると、サイードが身を屈めて額や目尻、耳の後ろや頤に順に口づけていった。

「ん……サイードさん……、くち、口がいい……」

 カイの無邪気な願いに、サイードが笑って応える。

「ん……っふ、……ん…………っ」

 ダルガートは自分の身体を拭き終わると寝台に腰を下ろしてカイの上体を起こした。

「神子よ、次は貴方が彼の手伝いをするべきでは?」
「あー、そうだね」

 カイはぽーっとした顔で頷くとサイードの服に手を伸ばす。そして腰帯をほどき上着を脱がせ、靴や下衣を脱がせたところでダルガートは絞った布を手渡してやった。

「サイードさん、ここに立って」
「ああ、これでいいか?」

 麻のゆるいシャツだけを着たカイが、寝台に腰かけたまま自分の前にサイードを立たせる。そして酔いの残った緩慢な手つきで彼の手や足や腹を拭いていった。
 ダルガートが寝台近くの傍机に明かりと水差しを持ってくると、一糸まとわぬ姿で褐色の逞しい身体を晒して立つサイードの前にカイが顔を埋めていた。

「んっ、……っふ、ん……っちゅ、……んう」

 カイが蕩け切った顔をしてサイードのものを咥えている。そしてサイードもさも愛おしそうな目をして彼の頭を撫で、髪を指に絡ませていた。
 この世界へ来たばかりの頃は短かったカイの髪は、今は肩のあたりまで伸びている。一心不乱に口淫に耽るカイの後ろに座ってその髪を梳いてやると、ダルガートやサイードたちとは全然違う、まったく癖のない細くて滑らかな指通りに密かに感嘆した。

 カイが生まれ育った国は、砂漠に囲まれたこの国とは気候がまるで違うと聞いた。そのせいもあってかカイは髪も肌も何もかもが滑らかで薄くて脆いように感じる。
 実際のところカイはあちこち旅をしても平気なほど身体も性格も丈夫なのに、時々ダルガートはカイがまるで玻璃や爪で弾くと澄んだ音がするアル・ハダールのごく薄い磁器でできているように思えた。

 カイのシャツの裾から手を入れて、肩やうなじに口づける。触れるか触れないかの距離で胸の先端を撫でると、カイの身体が小さく震えた。

「誤って歯を立てぬよう、気を付けられよ」

 耳元でそう囁きながら小さな耳孔に舌を差し入れると、サイードの腰に掴まっていたカイの手に緊張が走る。けれど口から出したサイードのものが支えがなくとも臍まで反り返っているのを見て、その目に宿る興奮の色が濃くなった。

「……すごい……」

 ため息を漏らすようにカイが呟く。そして丸い先端に口づけ舌を這わせながら再びそれを口に含んだ。ダルガートはカイの呼吸に耳を澄ませて耳孔をねぶり、乳首を愛撫する。硬くしこりはじめたそれを摘まんで擦ってやるとカイが鼻にかかったような甘い声を漏らした。
 サイードがカイの頭を押さえて狭い口内をゆるゆると突きだすと、いつの間にかカイのものも勃ち上がっていて、触れて貰えるのを心待ちにしているのか時折腰が動いている。

「カイ、触って欲しいのだろう? もうしなくていい」

 サイードがそう言ったが、カイは抗うようにさらに彼のものを深く呑み込み根元を手で扱いた。

「カイ」
「だめ、ほしい、サイードさんの、口にだして」

 ハアハアと息を荒げながら、名残惜し気に口から出した男根に頬をすりよせてカイがねだる。するとサイードが笑みを浮かべて再び腰を使い出した。

「んっ、んっ、っふ」

 やがてサイードが息を止め、ぶるりと胴震いをする。カイが目を閉じたままゆっくりと最後の一滴まで飲み下すのを見て、ダルガートは傍机の水差しから水を注いでカイに与えた。

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