月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

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【第三部】西の国イスタリア

125 世界の秘密 2

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『日本ってさ、これだけ異世界転生ものが流行るってことは、元々みんな『自分が主人公になりたい病』というか、ファンタジーな世界でチート能力使って大活躍するとかいうのに憧れてるやつ絶対多いと思うんだよ! そうじゃない!?』
「は……?」

 いきなり聞かれて、でもふと思い出した。
 僕がこの世界に来た直前、グループ決めをしていた教室で僕は確かに考えていた。
 部下もいてバリバリ働いてる両親やスポーツならなんでも得意な兄と違って赤面症がコンプレックスで人付き合いが苦手だった僕は、何か一つでもいいから特別な力があったらいいのにな、と。
 でもだからって、そんな。

『君が元々いた極東エリアは人々の思考や思想や価値観なんかも現実と一致させるために今までの歴史だとか文化なんかも共有してるんだ。よりリアルなシミュレーションができるようにね。口伝、伝承、歴史、宗教、特に日本は小説とかマンガとかアニメにも特化してるの、わかるよね。君は偶然にも僕とずいぶん似た人生を送ってきてた。考え方も、興味の対象も、読んだ本なんかも結構似てる。だから僕がアバター代わりにするにはちょうど良かったんだ』

「そ、そんな、一方的に……っ」

『でも、だからこそ君もその世界にいろいろ違和感感じてたんじゃない? 異世界とかいう割に地球と似すぎてるだとか、なんでみんな不自然なくらい国の外に目を向けないんだろうとか。……ぶっちゃけ君、今僕が話してること、ほとんど意味わかってるでしょ?』

 そう言われて、確かに僕は否定できなかった。
 彼の話はあまりにも荒唐無稽すぎるしはっきりいってめちゃくちゃだ。でも彼の話を聞いていると、確かにパズルのピースが一つずつはまっていくような気がする。

「……こ、このイシュマール大陸と僕のいた日本とが生き物も食べ物も自然もそっくりなのは、どちらも、君の世界をモデルに作られているから……?」
『その通り!』

 ドクドクと、心臓が痛いくらい脈打っている。ズキズキとこめかみが痛い。

「そ、そして、この世界の人たちが、国境から外に興味を持たないのは、そこから先は、ほ、ほかの研究室……? が使っている場所で、多分時代設定とか色々こことは違ってて、だから、だからそこから先はまったく別の世界だと気づかれないように、きちんと区切って、でもみんなが違和感を感じないように、思考をコントロールしていた……?」

『そうそう。そのためには現地のネットワークを完全に復旧しないといけなかったんだけど。君もちゃんとやってくれてたよね。まあそれもイベントというかミッションの一つではあったんだけど。お陰で気象の制御もうまくいくようになったでしょ?』

 神殿のあの球体のことを言っているのだとすぐにわかった。あれがなんだって?

『君が今ダイブしてるスフィア、そこだけは僕たちのシステムに直結してるんだ。おまけに君が時間軸までここと一致させちゃったからこうして話ができてるんだよ。ちなみにそこがそのワールドのメインサーバーで、そこから各地の神殿にある子機に繋がってるイメージ。わかる? 君が子機をメンテしたからちゃんと親機と繋がって、水とか気候とかをこっちがあらかじめセットしておいた理想の環境と同期できるようになったわけ。《慈雨の神子》のミッションコンプリート! ってとこだね!』

 ぷはっ、と男が笑う。でも僕はそれどころじゃなかった。とにかく驚いて――――、いや違う。その時僕は気づいた。
 いいや、僕はあまり驚いてはいない。さっき彼が言っていたように、僕は彼の話がなんとなく理解できる。だってそういう話いくらでも読んだことあるし。落ち着いて考えれば、そういう設定・・もアリだな、って。

 あまりにも地球に似ていて、そのくせどこか不自然に閉ざされた箱庭の世界。文字通りここは箱庭だったんだ。
 彼はこの地球をミクロコスモスと呼んだ。
 ふと、暇さえあればいつも眺めていた父親の本棚が頭に浮かぶ。そう、あれは水色の背表紙の、僕が何度も読み返したことのある本だ。
 最上位に位置する唯一の真の世界と、その影として作られた無数の『小さな地球』。
 彼が実験場だと言ったこの世界が彼らによって作り出されたものだったとしたら。この妙に作為的で不自然で、そしてまるで物語の登場人物みたいに既視感のある人たちや出来事だって全部説明がつく。

「……すごいや。まるでアンバーの世界だ」
『そう! ゼラズニィだろ? それだよ! やっぱ君、わかってるね!』

 頭の中に響く彼の声が歓喜に満ちた。

『僕さ、好きなんだよ。物語とか小説とか神話とか。でもそれじゃ就職には何の役にも立たないからそれとは全然違う分野に進んじゃってるけど。でもせっかくこんなチャンスを貰ったんだ。とことん楽しみたいと思ってワールド設計とか歴史とかいろいろ考えてさあ! 準備万端整えて初めて実装できた時はもう感動もんだったよ、ほんと』

「……さっき、状況を動かすために新キャラを投入したとか言ってたよね。それも君が好きな小説とか参考にしたの?」

『そうそう! 君だって結構元ネタ気づいてたよね? 三国志とかルバイヤート、千夜一夜物語、いろいろその世界には取り込んでみたんだ! 聖壇の礼典、アギオン・オロス、イブン・ハムズの『鳩の頸飾り』は知ってる? イシュク! うん、実にロマンティックでいい言葉だ! ドラマだよねぇ。マンガだって結構読んでるよ? 黒王号、笑っちゃったでしょ? それにキミが惚れたサイードやダルガートという男だって実に対照的でいいキャラにできたと思わない?』

 その言葉に、それまでなんとか保っていた理性が一瞬でぶち切れた。

「……っふ、ふざけるな……!! 僕は、僕たちはみんなちゃんと自分で考えて自分で生きてて、感情だってちゃんとある! それを新キャラだとか、そんな……」
『あ、ごめん、言い方悪かった?』

 あまりにも悪びれない声音にますます怒りがこみ上げてくる。

 この世界でみんなも僕もたくさん悩んで、苦労して、一生懸命生きている。この塔へ来るきっかけになったサイードさんだってそうだ。
 サイードさんが家族を亡くしてあんなに苦しんだのも、ただこいつが『物語』を盛り上げたかったから? 僕が突然この世界に放り込まれて、家族と二度と会えないって言われてすごく悲しかったのも、この先自分はどうすればいいのかってあんなに悩んだことも、全部こいつがただ楽しみたかったから?

 ぐらぐらと煮えたぎるような感情が腹の底でとぐろを巻く。

「言い方とか、そういうことじゃない! そんなの、僕たちの気持ちはどうなる! 何を楽しそうに話してんだよ! 自分が何してるのかわかってるのか!?」
『いや、だって』
「実験だのゲームだの、ここに住んでる人の気持ちを考えたことがあるのかよ!?」
『でも君たちだって同じことをしてるじゃないか』

 不思議そうな声で男が言った。

『君が元いた極東エリアね、経済や文化に関する実験場だって言っただろ? あそこの人間ってさ、すごい小説とかマンガとかゲームとか作るの得意なんだよ。僕も向こうの研究室にいた時に二十年分ぐらいのデータを精査してたんだけど、こっちにはないような新しい話とかゲームとかバンバン出てくるし。その中でとくに儲かりそうなものとかはこっちの世界に移植したりするんだ。異世界転生ブームだって元々は君たちの世界で流行り出したんだぜ? んで、それに目を付けた人がこっちの出版社とかメディア関係に持ち込んで、でもメジャーな媒体から発信してもこの手のはウケないだろうからってアマチュア雇って、そっちと同じように投稿サイトを……、いや、それは今はどうでもいいか』

 ははっ、と照れたような笑いが僕の頭に木霊する。

『つまりさ、君たちだって新しい世界いっぱい作って、その中で好き勝手ドラマを生み出してるだろう? 悲劇に喜劇、恋愛、戦争、エログロだって外せない文化の一つだよね。それと同じことじゃん』

「お、同じじゃないだろ? だって、小説とかアニメとか全部空想で、あくまで創作の世界で」

『うん、だから君たちだって僕らの創作物だよ?』

 一瞬、何も言い返せなかった。
 創作物? 本当にそうなのか? 僕は、僕たちはみんな、いやそんな馬鹿な。だって僕たちみんなちゃんと生きてて、食べたり飲んだりできるし、身体だって触れて実在するのに。

 ああ、いや、でも待って。

 気が付いたら僕はこの砂漠の塔にいて、不思議な球体を覗き込んであの輪っかを動かした。三つの輪で『ここ』の位置を、そして四つ目の輪で『時間』を正しく指定できたら『ここ』に繋がった。
 今、僕はあの塔で球体にくっついて中を覗き込んでるの? いや、でも今僕の手や足には何も触れていないし、ここには床も天井もない。まるで宇宙空間に浮かんでいるみたいにただ真っ暗で、目の前にある地球儀だけがぼんやりと光っていて……。

 ああ。うそだ。そんな。
 息が苦しい。心臓が痛い。流れる涙が熱い。
 でもどうして?
 今ここには僕の肉体なんて・・・・・・・・・・・・存在しないのに・・・・・・・
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