72 / 161
【第二部】東の国アル・ハダール
87 東の国境の神殿
しおりを挟む
東の国境近くにあるという神殿までの旅は意外なほど順調だった。
天気が良かったのはもちろんだけど、僕がかなり馬に慣れてきてたってのが一番大きい。なんせ毎日乗ってたからね。
しかし今回僕が乗っているのは例の黒王号(仮)ではない。
というのも黒王号、賢いしタフだしどんな難所やちょっと障害物のあるような場所でも勝手に最善のルートで走ってくれるのとってもありがたかったんだけど、なんせ体格が良すぎる。つまり高さがありすぎて一人じゃ乗り降りできないし、胴回りも太すぎて僕の体格ではこっちの世界で標準の立ち乗りが出来ないのだ。
ウェスタン映画なんかで見る『鞍の上に座って乗る』のと違って、こっちは鐙が長くて、ほとんど足を伸ばして立ち乗りしてるのに近い。
この方が長時間乗るのに疲れにくいし、踏ん張りがきいて武器の取り回しも上手くいくんだそうだ。
今回の宰相さんとダルガートの方針は『一刻も早く神殿についてできるだけ早く帰ってこよう』らしい。仲は悪くてもこういう仕事の面ではちゃんと意志のすり合わせができてるってのが大人って偉いなぁって思う。
で、僕もかなり馬に慣れてきたし、今回は毎日の練習で乗ってたごく普通の栗毛の馬で来ている。もちろん立ち乗りで、だ。これだと休憩時間を減らして長く走れるので早く着く、とう寸法。じゃあ黒王号は帝都でお留守番なのかっていうと……。
「…………すごい迫力だ……」
「ははっ、確かに!」
思わず漏れた独り言にヤハルが元気よく答えてくれる。
そう、黒王号は今回ダルガートが乗っているのだ…………。すごいよなんか地響きとか起こりそう……さすが世紀末覇者…………。
それはともかく道中トラブルもなく、帝都を出発して十日目の昼に東の国境の神殿に着いた。
「長旅お疲れ様でございました」
そう言って頭を下げるのはここまで案内してくれたナルドという中年の神官だ。そう、あの政堂で大騒ぎしていたグループの代表者だ。
「我らが東の神殿に神子様をお迎えできたこと、歓喜の極みにございます」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
とりあえずそう答えて頭を下げた。
ヤハルの取り調べによると、ナルド神官たちはやっぱり東の国境の渇水を『慈雨の神子』になんとかして欲しい一心で帝都まで来たらしい。そんな彼に僕が「神殿に行く」と答えると、涙を流して感謝してくれた。
多分悪い人じゃあないんだろう……。それだけ切羽詰まってたってことなんだよね、きっと……。
それに僕が一番ビビった『神子を宮殿に閉じ込め神殿へ戻さないのはなぜか』みたいな発言は旅の間一度もなかったのでちょっとホッとした。
神殿の前で馬を降りると、中から何人かの神官や傍仕えらしき人たちが走って出てくる。
「ナルド様!」
「まさかそちらのお方は……」
「喜べ! ついに『慈雨の神子』様がいらっしゃられたぞ!」
「おお……!」
なんだかすごく盛り上がって、一斉に僕の足元に両膝を突いて頭を下げてくるから思わずビビッてしまった。
「神子様、どうぞ我らをお助け願います!」
「小麦はおろか牧草も枯れ、このままではこのアーケルの地は……!」
何か言わなきゃ、と思うけどこういうのに慣れていない僕は咄嗟に言葉が出てこない。すると今回一緒にここまで来ていたアスールという人がパッと前に出て彼らに言った。
「まずは神子様にお休みいただく部屋へ案内して頂きたい。話はそれからゆっくりお聞きしましょう」
すると彼らはお互い顔を見合わせると、もう一度頭を下げて僕たちの神殿の中へと案内してくれた。
このアスールという人は帝都にある中央神殿の神官らしい。
右も左もわからない僕や、基本神殿とは無関係な立場であるダルガートやヤハルに代わって、こちらの神殿との折衝のために宰相さんがつけてくれた人だ。
早速助けてもらって、宰相さんの先見の明に密かに感謝する。
僕が案内されたのは神殿の東翼の来客用の部屋だった。続き部屋になっていて、隣にダルガートやヤハルにアスール神官、そして一緒に来ている騎士たちが休む部屋があるらしい。
それから例によって例のごとくお茶を振舞われながら、この神殿のナルド神官の話を聞いた。
ナルド神官はこの神殿の上級神官で、下級神官やさらにその下の人たちを纏めている立場らしい。ここには上級神官が二人いて、トップに神殿長がいるのだそうだ。
「神殿長様は只今神殿を離れておられますが、使いをやりましたのですぐこちらに戻って来られるかと」
「あの、それで早速ですがこの辺りの地図はありますか? 元々、川やそういったものがあったのかどうか、そういうのも合わせて現状を教えて頂きたいんですが……」
そう尋ねると、一瞬奇妙な空白がナルド神官の顔に現れた。思わずあのオアシスの聖廟で見た、感情が抜け落ちたようなサイードさんの顔を思い出してぞくっとする。
ところがふと我に返ったようにナルド神官は頷いて、傍仕えの人に命じて地図を持ってこさせた。
「これがこのアーケル領の絵図にございます」
帝都で勉強している時に習ったことだけど、このアル・ハダールは封建制度をとっていて、カハル皇帝を頂点にしてその下に各地の領地を預かる領主がいる。
領主は自分の領地を守り治め、年に二回『カタール』と呼ばれる租税をカハル皇帝に治めるのだそうだ。ところがここ数年、このアーケル領では渇水と異民族の侵入でとても税を治められる状況になく、逆に中央の方から国境を守る兵を増やすための助成金が出ているんだそうだ。
ちなみに国境を守るのは中央から派遣された兵じゃなくて、その領地の領主が雇ってる私兵らしい。
「領地のほぼ中央にこの神殿があり、北に領主の館がございます。大きな川や湖などは元からなく、しかし各地に井戸が掘られそこから生活に必要なだけの水は得られておりました。ですが三十年ほど前から井戸の水が徐々に減っていき、今では住民たちの飲み水を確保するのが精一杯の有様で……」
「三十年前?」
思わずそう聞き返すと、ナルド神官はちょっと驚いたように頷いた。
「さようにございますが、何か……」
「あ、いえ、なんでもないです」
でもおかしいな、と僕は首を傾げる。
これまで旅の途中や帝都でも、あちこちで国内の治水に関することを聞いて来た。そこで共通してたのは『約二十年前から水が減り始めた』ということだ。
ちなみにこの『二十年前』というのはイスタリア王国にいた先代の神子が病死した年だということをイスタリアの騎士・クリスティアンさんから聞いて知っている。
でもこの地方で水が減ったのは三十年前らしい。この十年のズレは一体何なんだろうか。
それにこの間のオアシスみたいに、分かりやすい大きな水の供給地があるわけじゃないってこともわかった。
こういう場合、一体どうするのが一番手っ取り早くて効果的なんだろう?
天気が良かったのはもちろんだけど、僕がかなり馬に慣れてきてたってのが一番大きい。なんせ毎日乗ってたからね。
しかし今回僕が乗っているのは例の黒王号(仮)ではない。
というのも黒王号、賢いしタフだしどんな難所やちょっと障害物のあるような場所でも勝手に最善のルートで走ってくれるのとってもありがたかったんだけど、なんせ体格が良すぎる。つまり高さがありすぎて一人じゃ乗り降りできないし、胴回りも太すぎて僕の体格ではこっちの世界で標準の立ち乗りが出来ないのだ。
ウェスタン映画なんかで見る『鞍の上に座って乗る』のと違って、こっちは鐙が長くて、ほとんど足を伸ばして立ち乗りしてるのに近い。
この方が長時間乗るのに疲れにくいし、踏ん張りがきいて武器の取り回しも上手くいくんだそうだ。
今回の宰相さんとダルガートの方針は『一刻も早く神殿についてできるだけ早く帰ってこよう』らしい。仲は悪くてもこういう仕事の面ではちゃんと意志のすり合わせができてるってのが大人って偉いなぁって思う。
で、僕もかなり馬に慣れてきたし、今回は毎日の練習で乗ってたごく普通の栗毛の馬で来ている。もちろん立ち乗りで、だ。これだと休憩時間を減らして長く走れるので早く着く、とう寸法。じゃあ黒王号は帝都でお留守番なのかっていうと……。
「…………すごい迫力だ……」
「ははっ、確かに!」
思わず漏れた独り言にヤハルが元気よく答えてくれる。
そう、黒王号は今回ダルガートが乗っているのだ…………。すごいよなんか地響きとか起こりそう……さすが世紀末覇者…………。
それはともかく道中トラブルもなく、帝都を出発して十日目の昼に東の国境の神殿に着いた。
「長旅お疲れ様でございました」
そう言って頭を下げるのはここまで案内してくれたナルドという中年の神官だ。そう、あの政堂で大騒ぎしていたグループの代表者だ。
「我らが東の神殿に神子様をお迎えできたこと、歓喜の極みにございます」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
とりあえずそう答えて頭を下げた。
ヤハルの取り調べによると、ナルド神官たちはやっぱり東の国境の渇水を『慈雨の神子』になんとかして欲しい一心で帝都まで来たらしい。そんな彼に僕が「神殿に行く」と答えると、涙を流して感謝してくれた。
多分悪い人じゃあないんだろう……。それだけ切羽詰まってたってことなんだよね、きっと……。
それに僕が一番ビビった『神子を宮殿に閉じ込め神殿へ戻さないのはなぜか』みたいな発言は旅の間一度もなかったのでちょっとホッとした。
神殿の前で馬を降りると、中から何人かの神官や傍仕えらしき人たちが走って出てくる。
「ナルド様!」
「まさかそちらのお方は……」
「喜べ! ついに『慈雨の神子』様がいらっしゃられたぞ!」
「おお……!」
なんだかすごく盛り上がって、一斉に僕の足元に両膝を突いて頭を下げてくるから思わずビビッてしまった。
「神子様、どうぞ我らをお助け願います!」
「小麦はおろか牧草も枯れ、このままではこのアーケルの地は……!」
何か言わなきゃ、と思うけどこういうのに慣れていない僕は咄嗟に言葉が出てこない。すると今回一緒にここまで来ていたアスールという人がパッと前に出て彼らに言った。
「まずは神子様にお休みいただく部屋へ案内して頂きたい。話はそれからゆっくりお聞きしましょう」
すると彼らはお互い顔を見合わせると、もう一度頭を下げて僕たちの神殿の中へと案内してくれた。
このアスールという人は帝都にある中央神殿の神官らしい。
右も左もわからない僕や、基本神殿とは無関係な立場であるダルガートやヤハルに代わって、こちらの神殿との折衝のために宰相さんがつけてくれた人だ。
早速助けてもらって、宰相さんの先見の明に密かに感謝する。
僕が案内されたのは神殿の東翼の来客用の部屋だった。続き部屋になっていて、隣にダルガートやヤハルにアスール神官、そして一緒に来ている騎士たちが休む部屋があるらしい。
それから例によって例のごとくお茶を振舞われながら、この神殿のナルド神官の話を聞いた。
ナルド神官はこの神殿の上級神官で、下級神官やさらにその下の人たちを纏めている立場らしい。ここには上級神官が二人いて、トップに神殿長がいるのだそうだ。
「神殿長様は只今神殿を離れておられますが、使いをやりましたのですぐこちらに戻って来られるかと」
「あの、それで早速ですがこの辺りの地図はありますか? 元々、川やそういったものがあったのかどうか、そういうのも合わせて現状を教えて頂きたいんですが……」
そう尋ねると、一瞬奇妙な空白がナルド神官の顔に現れた。思わずあのオアシスの聖廟で見た、感情が抜け落ちたようなサイードさんの顔を思い出してぞくっとする。
ところがふと我に返ったようにナルド神官は頷いて、傍仕えの人に命じて地図を持ってこさせた。
「これがこのアーケル領の絵図にございます」
帝都で勉強している時に習ったことだけど、このアル・ハダールは封建制度をとっていて、カハル皇帝を頂点にしてその下に各地の領地を預かる領主がいる。
領主は自分の領地を守り治め、年に二回『カタール』と呼ばれる租税をカハル皇帝に治めるのだそうだ。ところがここ数年、このアーケル領では渇水と異民族の侵入でとても税を治められる状況になく、逆に中央の方から国境を守る兵を増やすための助成金が出ているんだそうだ。
ちなみに国境を守るのは中央から派遣された兵じゃなくて、その領地の領主が雇ってる私兵らしい。
「領地のほぼ中央にこの神殿があり、北に領主の館がございます。大きな川や湖などは元からなく、しかし各地に井戸が掘られそこから生活に必要なだけの水は得られておりました。ですが三十年ほど前から井戸の水が徐々に減っていき、今では住民たちの飲み水を確保するのが精一杯の有様で……」
「三十年前?」
思わずそう聞き返すと、ナルド神官はちょっと驚いたように頷いた。
「さようにございますが、何か……」
「あ、いえ、なんでもないです」
でもおかしいな、と僕は首を傾げる。
これまで旅の途中や帝都でも、あちこちで国内の治水に関することを聞いて来た。そこで共通してたのは『約二十年前から水が減り始めた』ということだ。
ちなみにこの『二十年前』というのはイスタリア王国にいた先代の神子が病死した年だということをイスタリアの騎士・クリスティアンさんから聞いて知っている。
でもこの地方で水が減ったのは三十年前らしい。この十年のズレは一体何なんだろうか。
それにこの間のオアシスみたいに、分かりやすい大きな水の供給地があるわけじゃないってこともわかった。
こういう場合、一体どうするのが一番手っ取り早くて効果的なんだろう?
126
お気に入りに追加
4,862
あなたにおすすめの小説


性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました
ぽんちゃん
BL
双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。
そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。
この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。
だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。
そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。
両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。
しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。
幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。
そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。
アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。
初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?
同性婚が可能な世界です。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。