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【第二部】東の国アル・ハダール
82 思わぬ騒動
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ぜーはーいうのがなんとか治まって、僕たちは汗を流そうと裏の通路を通って宮殿に戻ろうとした時、少し離れた回廊の方から誰かが声高に騒いでいるのが聞こえてきた。
「どうか神子様にお目通りを……!」
「いつまであのお方を宮殿に閉じ込めておく気か!」
「神子のみ恵みを独占するとは横暴が過ぎる!」
え、うわ、今神子様がどうとか言ってるよね!? 僕のこと!?
政務に関するいろんな部署が置かれている宮殿の表側にあたる入口を守る騎士に詰め寄って叫んでいる大勢の人たちの剣幕に思わず引いてしまった時、その中の一人がこっちに気づいて大声を上げた。
「み、神子様! 神子様でいらっしゃるか!」
「何!? 神子様……っ!?」
止めようとする騎士を押しのけて走ってきた男が必死の形相で僕に手を伸ばしてくる。驚いて一歩下がった僕の前にすかさずヤハルが剣に手を掛け、立ちふさがった。
「何者だ! 下がれ!」
「神子様! ああ、おかわいそうに……! このように冷酷無情な官吏どもの元にとどめ置かれ、乱暴な兵たちに囲まれて、なんとおいたわしい……!」
「それもこれも貴方様を独占し、畏れおおくも神子様のお力を私物化しようとしているあの宰相が……」
えっ、なに? なんだって? いきなり僕の足元に跪いた十人以上はいそうな人たちから滔々と語られる一方的な批難と突然出てきた宰相さんの名前に驚く。あ、ほら、後から来ていたアドリーさんが顔色変えて飛び出してきたよ……!
「控えよ! そなたら神殿の者たちか……! 陳情はしかるべき場所でしかるべき相手に申し出るが良かろう!」
「陳情などと……何を言うか! 神子様を攫ってこのように閉じ込めているお前たちの罪を棚に上げてなんと図々しい……!」
と、閉じ込める!? え、僕閉じ込められてなんかいないけど!?
訳も分からず大声で怒鳴りながら詰め寄って来る人たちから僕を守ろうと、ヤハルやアドリーさん、それに衛兵さんたちもがもみくちゃになってひどい騒ぎになる。
その時、凛、と響いた声に誰もが驚いて口をつぐんだ。
「厳粛なる政堂にてなんの騒ぎだ」
「さ、宰相殿……!」
騒ぎの一番外側にいた騎士が急いで礼をとる。
長い黒髪を後ろで結んだ背の高い宰相さんが、僕に詰め寄ってる大勢の人たちを見下ろして近づいて来た。
「そなたら、神殿の者たちか。このような場所でいたずらに騒ぎ立てるとは一体いかなるつもりだ」
「な……何を言うか! そもそもそなたらが神子様を宮殿に閉じ込めて一向に神殿へと戻さぬのが悪いのであろう!」
戻す? その言葉に僕は驚いた。
え、もしかして『慈雨の神子』って本当は神殿にいないといけないの?
そう思った時、宰相さんが薄く笑って答えた。
「何を言う。かように時と場所もわきまえず、本来の手順を無視して国の政治軍事を預かる政堂を蔑ろにし、さらには神子殿をこのように怯えさせるような輩に神子殿をお預けするなど言語道断」
「なに……ッ!?」
あれ、宰相さん、今『神子を神殿に戻さないのはなんでか』って言われたのに『それを訴える手順に問題がある』って話にすり替えたよね。なんでだ?
でも相手の方はそれに気づいているのかいないのか、ますます激昂して宰相さんに食って掛かってる。
「我々は今まで何度も神子様を神殿にお戻しするよう、関係各所に訴えてきた! それを無視し続けてきたのはそちらの方だろう! だからこうして直に訴えに来たのだ!」
そして突然ぐるっと首を回して僕を見ると、ヤハルや衛兵に体当たりするように向かってきた。
「おお、慈悲の神子よ……! どうか我々の声に応え、このような汚れた者たちの妄言にお耳を貸されませんよう……!」
「どうか我らの元へ……! 神子よ……!!」
「……ひっ」
止めようとするヤハルたちの間からいきなり伸びてきた腕に服を掴まれそうになって思わず悲鳴が漏れる。その時、突然ドン! という堅くて重い音が響いて全員が一瞬動きを止めた。見ると、入口のところでダルガートが陛下を護衛する時に近衛が持つ槍を手にして立っていた。
ダルガートはたった今石の床を突いた槍を持ち上げ、こちらへ歩いてくる。どちらかというとゆったりとした足取りなのにものすごい迫力と威圧感だ。
案の定、僕の周りに群がっていた人たちが青褪めた顔で一歩後ろに引く。それをあの冷ややかな黒い目で見下ろしてダルガートが言った。
「いかなる理由があろうと、招かれずして表の官衙を越えた者は全て罰するが規則。すぐさまひっ捕らえよ」
その言葉に、今まで僕や宰相さんを巻き込むのを恐れていたのか、それとも神殿の人たちだということが問題だったのか、血走った目をした彼らを前に手を出しあぐねていた衛兵たちがハッと我に返ったように動き出す。
「全員、その場に跪いて手を後ろに回せ!」
「神子様から離れよ!」
すると彼らの先頭で一番大きな声を張り上げていた中年の男が「神子様! どうか我らの話をお聞きください!」と叫んで手を伸ばしてきた。
「ヤハル!」
「ハッ!」
ダルガートの声に素早く反応したヤハルがその人の腕を掴んでねじり上げる。
「ぐ……っ!」
「ナダル様!」
「貴様、離せ!」
また騒ぎ出した彼らの後ろで、宰相さんがパン! と鋭く手を打った。
「代表者を一人残して他は外に出よ。今後政堂に近づくこと相ならぬ。アドリー、彼の陳情を聞き報告せよ」
「はっ」
ヤハルが代表者とおぼしきその人をアドリーさんと一緒に連れて行き、他の人たちを衛兵たちが連れ出す間、僕は突然の出来事に呆然と立ち尽くしてしまっていた。
「どうか神子様にお目通りを……!」
「いつまであのお方を宮殿に閉じ込めておく気か!」
「神子のみ恵みを独占するとは横暴が過ぎる!」
え、うわ、今神子様がどうとか言ってるよね!? 僕のこと!?
政務に関するいろんな部署が置かれている宮殿の表側にあたる入口を守る騎士に詰め寄って叫んでいる大勢の人たちの剣幕に思わず引いてしまった時、その中の一人がこっちに気づいて大声を上げた。
「み、神子様! 神子様でいらっしゃるか!」
「何!? 神子様……っ!?」
止めようとする騎士を押しのけて走ってきた男が必死の形相で僕に手を伸ばしてくる。驚いて一歩下がった僕の前にすかさずヤハルが剣に手を掛け、立ちふさがった。
「何者だ! 下がれ!」
「神子様! ああ、おかわいそうに……! このように冷酷無情な官吏どもの元にとどめ置かれ、乱暴な兵たちに囲まれて、なんとおいたわしい……!」
「それもこれも貴方様を独占し、畏れおおくも神子様のお力を私物化しようとしているあの宰相が……」
えっ、なに? なんだって? いきなり僕の足元に跪いた十人以上はいそうな人たちから滔々と語られる一方的な批難と突然出てきた宰相さんの名前に驚く。あ、ほら、後から来ていたアドリーさんが顔色変えて飛び出してきたよ……!
「控えよ! そなたら神殿の者たちか……! 陳情はしかるべき場所でしかるべき相手に申し出るが良かろう!」
「陳情などと……何を言うか! 神子様を攫ってこのように閉じ込めているお前たちの罪を棚に上げてなんと図々しい……!」
と、閉じ込める!? え、僕閉じ込められてなんかいないけど!?
訳も分からず大声で怒鳴りながら詰め寄って来る人たちから僕を守ろうと、ヤハルやアドリーさん、それに衛兵さんたちもがもみくちゃになってひどい騒ぎになる。
その時、凛、と響いた声に誰もが驚いて口をつぐんだ。
「厳粛なる政堂にてなんの騒ぎだ」
「さ、宰相殿……!」
騒ぎの一番外側にいた騎士が急いで礼をとる。
長い黒髪を後ろで結んだ背の高い宰相さんが、僕に詰め寄ってる大勢の人たちを見下ろして近づいて来た。
「そなたら、神殿の者たちか。このような場所でいたずらに騒ぎ立てるとは一体いかなるつもりだ」
「な……何を言うか! そもそもそなたらが神子様を宮殿に閉じ込めて一向に神殿へと戻さぬのが悪いのであろう!」
戻す? その言葉に僕は驚いた。
え、もしかして『慈雨の神子』って本当は神殿にいないといけないの?
そう思った時、宰相さんが薄く笑って答えた。
「何を言う。かように時と場所もわきまえず、本来の手順を無視して国の政治軍事を預かる政堂を蔑ろにし、さらには神子殿をこのように怯えさせるような輩に神子殿をお預けするなど言語道断」
「なに……ッ!?」
あれ、宰相さん、今『神子を神殿に戻さないのはなんでか』って言われたのに『それを訴える手順に問題がある』って話にすり替えたよね。なんでだ?
でも相手の方はそれに気づいているのかいないのか、ますます激昂して宰相さんに食って掛かってる。
「我々は今まで何度も神子様を神殿にお戻しするよう、関係各所に訴えてきた! それを無視し続けてきたのはそちらの方だろう! だからこうして直に訴えに来たのだ!」
そして突然ぐるっと首を回して僕を見ると、ヤハルや衛兵に体当たりするように向かってきた。
「おお、慈悲の神子よ……! どうか我々の声に応え、このような汚れた者たちの妄言にお耳を貸されませんよう……!」
「どうか我らの元へ……! 神子よ……!!」
「……ひっ」
止めようとするヤハルたちの間からいきなり伸びてきた腕に服を掴まれそうになって思わず悲鳴が漏れる。その時、突然ドン! という堅くて重い音が響いて全員が一瞬動きを止めた。見ると、入口のところでダルガートが陛下を護衛する時に近衛が持つ槍を手にして立っていた。
ダルガートはたった今石の床を突いた槍を持ち上げ、こちらへ歩いてくる。どちらかというとゆったりとした足取りなのにものすごい迫力と威圧感だ。
案の定、僕の周りに群がっていた人たちが青褪めた顔で一歩後ろに引く。それをあの冷ややかな黒い目で見下ろしてダルガートが言った。
「いかなる理由があろうと、招かれずして表の官衙を越えた者は全て罰するが規則。すぐさまひっ捕らえよ」
その言葉に、今まで僕や宰相さんを巻き込むのを恐れていたのか、それとも神殿の人たちだということが問題だったのか、血走った目をした彼らを前に手を出しあぐねていた衛兵たちがハッと我に返ったように動き出す。
「全員、その場に跪いて手を後ろに回せ!」
「神子様から離れよ!」
すると彼らの先頭で一番大きな声を張り上げていた中年の男が「神子様! どうか我らの話をお聞きください!」と叫んで手を伸ばしてきた。
「ヤハル!」
「ハッ!」
ダルガートの声に素早く反応したヤハルがその人の腕を掴んでねじり上げる。
「ぐ……っ!」
「ナダル様!」
「貴様、離せ!」
また騒ぎ出した彼らの後ろで、宰相さんがパン! と鋭く手を打った。
「代表者を一人残して他は外に出よ。今後政堂に近づくこと相ならぬ。アドリー、彼の陳情を聞き報告せよ」
「はっ」
ヤハルが代表者とおぼしきその人をアドリーさんと一緒に連れて行き、他の人たちを衛兵たちが連れ出す間、僕は突然の出来事に呆然と立ち尽くしてしまっていた。
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