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【第二部】東の国アル・ハダール
71 宰相登場
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「お初にお目に掛かりまする。アル・ハダール宰相サルジュリークと申します。以後よしなに」
そう言って頭を下げたのは、ずいぶんと整った容姿のすごく背の高い男の人だった。僕は思わずぽかんと口を開けてその顔に見入る。なんというか、年齢不詳っぷりがすごい。
一つ驚いたのは、このサルジュリークという人が頭に布を巻いていないことだった。黒くて長い髪を後ろで一つに縛っている。
確かサイードさんも初めて会った時は巻いてなかったけど……。何か深い意味があるんだろうか。
なんて考える間もなく、宰相さんはさっきまでサイードさんが座っていた僕の隣に腰を下ろした。
「おや、神子殿は花茶を飲んでおられるか。ならばわたくしも同じものを」
宰相さんがそう言うと、すかさずアドリーさんがお茶を淹れて差し出す。……なんというか、緊張感に満ち満ちた顔だ……。アドリーさん、宰相補佐ってことはこの人が直接の上司ってことだよな。なら緊張もするか。
宰相さんは綺麗な所作でお茶を一口飲んで僕に向き直った。
「して、神殿領よりの旅はいかがでしたかな?」
「え、ええと、お陰様で貴重な体験になりました……」
「ほう、例えば」
まさか突っ込まれるとは思っていなかった僕は、慌てて頭の中で旅でのあれこれを思い返す。
一番印象に残ってるのはやっぱり最後に賊に襲われた時のサイードさんの馬のことだ。でもあの時の気持ちを説明しようと思うとまずサイードさんにどれだけお世話になっててどれだけ僕がサイードさんのことが好きかって話から始めないと……? いやいやそれはちょっとアレだし、それに多分あれは僕にとっては一大事だったけど、こっちの人にとっちゃ普通のことなのかもしれないし……とぐるぐる考えて言葉に詰まる。
ああ、でもなんか早くなんでもいいから答えないと、うわ、宰相さんだけじゃなくてアドリーさんや義兄弟ズまでこっち見てる!? あああああと内心冷や汗をかいていたら、宰相さんがにっこり笑って言った。
「なるほど、そういうお人柄でありましたか」
「うえっ!?」
ヤバイ。どう考えても今のは印象悪かったよな。優柔不断というか話し下手というか。
すると斜め後ろに座ってるアドリーさんが助け船のように言ってくれた。
「宰相様、神子殿はこちらに来られたばかりで大層戸惑っておられる時も非常に真摯にわれらの国の問題を受け止めてくださり、見事『カルブの儀式』を成就させて下さいました。一時はエイレケの者たちにお命を狙われ、それでも果敢に立ち向かい、サイード殿がエイレケ第一騎士団の長アダンを仕留めるきっかけを身命を賭して自らおつくりになられた程の豪の方でもございます」
アドリーさんんんんん!!! めちゃくちゃヨイショしてくれてるううううう!!! いい人だ! 最初はイヤなヤツだとか思っててゴメン!!! でもちょっと盛りすぎかな!?!?
するとアドリーさんの盛りに盛った神子話に真っ先に反応したのはカハル皇帝の末弟のカーディム様だった。
「なに、アダンを仕留めるきっかけ? そりゃあどんなことだ」
食いつくのソコなんですね、さすがです。でもそこを突っ込まれると僕としては大変マズイ。だって僕が私情で砂嵐を呼んでエイレケの兵を窒息死させようとしたことがバレてしまうからだ。
僕としてはそれが表沙汰になって下手に戦の手段としてあてにされても困るし、また『慈雨の神子に相応しくない所業だ』と思われても非常にヤバイ。
そこでまた口ごもっていると、またしてもアドリーさんが助けてくれた。
多分、サイードさんかダルガートからカハル皇帝やアドリーさんたちに報告が行ってるんだろう。
アダンが人の意識を乗っ取れる秘薬を持っていて、それで僕を操ってエイレケに連れて行こうとした。万が一そうなってもアダンに無理矢理言わされているのだと誰が見てもわかるように、僕があえてアダンを怒らせて自分の顔を殴らせた、ということをアドリーさんが理路整然と説明してくれた。
「ほう、確かにそれは見上げた根性だ」
感心したように虎髭を震わせてカーディム様が頷いた。義兄のサファル様も重々しく腕を組んで僕の顔を見る。
「もう傷はよいのか」
「あ、はい、大丈夫です」
今思えばほんと、脳震盪とかならなくて良かったよな。あのゴリラみたいな腕力のアダン相手に我ながら無茶をしたもんだ。まあ、夢中だったからね。
でも幸いなことに、このことでカハル皇帝の義兄弟たちから見た僕の印象がすこぶる良くなったようだ。カーディム様は大皿をいくつも僕の方へ押しやってますます「たくさん食って膂力を養え」と勧めてくるし、サファル様も無言で手を上げて僕にお茶のおかわりを出すよう指示してくれた。
「……なるほど、そういうお方でもありましたか」
……忘れてた。宰相さんが聞いてたんだった。恐る恐る横目で見ると、宰相さんがうっすらと微笑んで僕を見ている。な、何かこの笑顔が妙に迫力あって気圧されるんだけど……。しかし美形の微笑みって本当に破壊力限りなしだな……。サイードさんとはまた違った種類の美形だなこの人……。
なんとはなしに、サイードさんと宰相さんは本当に対照的な美形だと思う。サイードさんは褐色の肌で顔も身体もすごく男らしい。宰相さんはちょっとびっくりするぐらい色が白くて細くてすごく優雅な感じがする。
するとその宰相さんがこれまた綺麗な笑みを浮かべて僕に聞いて来た。
「もう一つ伺いたいのですが」
「あ、はい」
そしてすっと手を上げてカハル皇帝の前に座って何かを話しているサイードさんとダルガートの方を指差して言った。
「あの二人と神子殿はどういうご関係なのでしょうか」
そう言って頭を下げたのは、ずいぶんと整った容姿のすごく背の高い男の人だった。僕は思わずぽかんと口を開けてその顔に見入る。なんというか、年齢不詳っぷりがすごい。
一つ驚いたのは、このサルジュリークという人が頭に布を巻いていないことだった。黒くて長い髪を後ろで一つに縛っている。
確かサイードさんも初めて会った時は巻いてなかったけど……。何か深い意味があるんだろうか。
なんて考える間もなく、宰相さんはさっきまでサイードさんが座っていた僕の隣に腰を下ろした。
「おや、神子殿は花茶を飲んでおられるか。ならばわたくしも同じものを」
宰相さんがそう言うと、すかさずアドリーさんがお茶を淹れて差し出す。……なんというか、緊張感に満ち満ちた顔だ……。アドリーさん、宰相補佐ってことはこの人が直接の上司ってことだよな。なら緊張もするか。
宰相さんは綺麗な所作でお茶を一口飲んで僕に向き直った。
「して、神殿領よりの旅はいかがでしたかな?」
「え、ええと、お陰様で貴重な体験になりました……」
「ほう、例えば」
まさか突っ込まれるとは思っていなかった僕は、慌てて頭の中で旅でのあれこれを思い返す。
一番印象に残ってるのはやっぱり最後に賊に襲われた時のサイードさんの馬のことだ。でもあの時の気持ちを説明しようと思うとまずサイードさんにどれだけお世話になっててどれだけ僕がサイードさんのことが好きかって話から始めないと……? いやいやそれはちょっとアレだし、それに多分あれは僕にとっては一大事だったけど、こっちの人にとっちゃ普通のことなのかもしれないし……とぐるぐる考えて言葉に詰まる。
ああ、でもなんか早くなんでもいいから答えないと、うわ、宰相さんだけじゃなくてアドリーさんや義兄弟ズまでこっち見てる!? あああああと内心冷や汗をかいていたら、宰相さんがにっこり笑って言った。
「なるほど、そういうお人柄でありましたか」
「うえっ!?」
ヤバイ。どう考えても今のは印象悪かったよな。優柔不断というか話し下手というか。
すると斜め後ろに座ってるアドリーさんが助け船のように言ってくれた。
「宰相様、神子殿はこちらに来られたばかりで大層戸惑っておられる時も非常に真摯にわれらの国の問題を受け止めてくださり、見事『カルブの儀式』を成就させて下さいました。一時はエイレケの者たちにお命を狙われ、それでも果敢に立ち向かい、サイード殿がエイレケ第一騎士団の長アダンを仕留めるきっかけを身命を賭して自らおつくりになられた程の豪の方でもございます」
アドリーさんんんんん!!! めちゃくちゃヨイショしてくれてるううううう!!! いい人だ! 最初はイヤなヤツだとか思っててゴメン!!! でもちょっと盛りすぎかな!?!?
するとアドリーさんの盛りに盛った神子話に真っ先に反応したのはカハル皇帝の末弟のカーディム様だった。
「なに、アダンを仕留めるきっかけ? そりゃあどんなことだ」
食いつくのソコなんですね、さすがです。でもそこを突っ込まれると僕としては大変マズイ。だって僕が私情で砂嵐を呼んでエイレケの兵を窒息死させようとしたことがバレてしまうからだ。
僕としてはそれが表沙汰になって下手に戦の手段としてあてにされても困るし、また『慈雨の神子に相応しくない所業だ』と思われても非常にヤバイ。
そこでまた口ごもっていると、またしてもアドリーさんが助けてくれた。
多分、サイードさんかダルガートからカハル皇帝やアドリーさんたちに報告が行ってるんだろう。
アダンが人の意識を乗っ取れる秘薬を持っていて、それで僕を操ってエイレケに連れて行こうとした。万が一そうなってもアダンに無理矢理言わされているのだと誰が見てもわかるように、僕があえてアダンを怒らせて自分の顔を殴らせた、ということをアドリーさんが理路整然と説明してくれた。
「ほう、確かにそれは見上げた根性だ」
感心したように虎髭を震わせてカーディム様が頷いた。義兄のサファル様も重々しく腕を組んで僕の顔を見る。
「もう傷はよいのか」
「あ、はい、大丈夫です」
今思えばほんと、脳震盪とかならなくて良かったよな。あのゴリラみたいな腕力のアダン相手に我ながら無茶をしたもんだ。まあ、夢中だったからね。
でも幸いなことに、このことでカハル皇帝の義兄弟たちから見た僕の印象がすこぶる良くなったようだ。カーディム様は大皿をいくつも僕の方へ押しやってますます「たくさん食って膂力を養え」と勧めてくるし、サファル様も無言で手を上げて僕にお茶のおかわりを出すよう指示してくれた。
「……なるほど、そういうお方でもありましたか」
……忘れてた。宰相さんが聞いてたんだった。恐る恐る横目で見ると、宰相さんがうっすらと微笑んで僕を見ている。な、何かこの笑顔が妙に迫力あって気圧されるんだけど……。しかし美形の微笑みって本当に破壊力限りなしだな……。サイードさんとはまた違った種類の美形だなこの人……。
なんとはなしに、サイードさんと宰相さんは本当に対照的な美形だと思う。サイードさんは褐色の肌で顔も身体もすごく男らしい。宰相さんはちょっとびっくりするぐらい色が白くて細くてすごく優雅な感じがする。
するとその宰相さんがこれまた綺麗な笑みを浮かべて僕に聞いて来た。
「もう一つ伺いたいのですが」
「あ、はい」
そしてすっと手を上げてカハル皇帝の前に座って何かを話しているサイードさんとダルガートの方を指差して言った。
「あの二人と神子殿はどういうご関係なのでしょうか」
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