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【第二部】東の国アル・ハダール
68 朝ごはんを一緒に
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……なんというか、ベッドでも風呂場でも、朝とか昼の明るい時ってほんと居たたまれなくなるな、ということを思い知った朝だった。
まあ、サイードさんがやたら楽しそうというか嬉しそうだったからまあいいんだけど……。
朝っぱらから何もかも見えちゃう明るい寝台でサイードさんと散々あれこれして、すっかり腰砕けになったところでサイードさんに呼ばれたウルドに天蓋のベールを上げられた。
そんでサイードさんにまたしてもお姫様みたいに抱っこされて蒸し風呂に連れていかれて身体中、ありとあらゆるところを洗われ、強張ったところを優しくいたわられて、最後にスッキリといい匂いのする香油を全身に薄く塗り込められた。
今回のもまた今までと違う香りで、母さんが一時期凝ってたハーブのレモングラスだったかな、あんな感じの匂いだった。スッキリしてるけどどこか草っぽい、みたいな感じ。うーん、真剣に語彙が欲しい。
その後はサイードさんの手からウルドに渡されて、いつもと同じズボンと浅いスタンドカラーのシャツ、そしてその上から前で重なる形の上着を着せてもらった。腰帯もウルドの器用な手で綺麗に丁寧に結ばれる。
「朝食にしよう、カイ」
サイードさんにそう言われて、寝台のある部屋の隣にある一番大きな部屋に移動した。
天井近くまである大きな窓の近くに、たくさんの敷物とクッションが置かれている。どうやらそこが食事をしたりお茶を飲んだりする場所らしい。
神殿と違うのは、部屋の角に壁に沿って作り付けの収納兼ベンチみたいなのがあることだ。
床に座るのがいやなら椅子に座るみたいにそこに腰を下ろしてもいいらしい。
今はサイードさんと一緒に分厚い敷物の上にあぐらをかいて、ウルドたちがものすごくたくさんの大皿を運んできてくれるのを眺めてた。相変わらずすごい量だ。
いつもと変わらずピンと背筋を伸ばして胡坐をかいて、膝がしらに軽く握った拳を置いてサイードさんが「イル・マーク・アバール」って唱える。これはこっちの世界での『いただきます』だ。僕もさすがにこれには慣れて自然と言えるようになった。
そんでもってサイードさんがすごい量を黙々と食べていく。
好きな相手が何かを食べる姿って、見ててすごく楽しいよね。ひと口が大きいせいなのか、サイードさんはガツガツしてないのにものすごい量をあっという間に食べてしまうのが見ていて気持ちがいい。
そういえばダルガートが何か食べてるところってあんまり見てないな。アジャール山での野営の時に何かちょっと齧ってるのを見たくらいだ。あの頃はなんか怖くて避けてたし。
「ダルガートともこんな風にゆっくり食事ができたらいいんだけど」
ついそう呟くと、サイードさんも「ああ、そうだな」と頷く。ついでにずっと気になっていたことを聞いてみた。
「……サイードさんは昨日、ダルガートに会えました?」
「ああ」
「何か話、できました?」
そう聞くとサイードさんは微かに笑って頷いた。ああ、眉間が開いてるな。良かった。いつものサイードさんだ。
多分、サイードさんもダルガートと話して少しは気が晴れたってことなんだろう。僕は心の底からホッとした。
ウルドが淹れてくれたお茶を飲みながらサイードさんが言った。
「今宵、カハル陛下が歓迎の宴を開かれるそうだ」
「ああ、そういえば昨日言ってましたね」
「カイも出られるだろうか」
「はい、大丈夫です」
「なら今日は日暮れまではゆっくり過ごすといい」
そう言ってサイードさんが頷く。
「明日か明後日にいろいろと案内しよう」
「ありがとうございます」
その時、ふと思い出したことがあった。
「あの……」
「なんだ?」
サイードさんが茶杯を手にこっちを向く。
「今日はいいんですけど、こっちでも時々馬に乗りたいんですが……」
そう言うとサイードさんがすごくいい顔で微笑んだ。
「もちろんだ。馬房にも案内しよう」
「やった!」
旅の終わりに悲しいこともあったけど、僕は馬に乗るのが好きだと思う。
せっかく乗れるようになったんだし、もっと上手になりたいし世話だって覚えたい。
そういえばあの黒い馬の話をダルガートにしたら、なんて言うかな。想像しただけでおかしくなって一人でニヤニヤしてたら、サイードさんが目を細めてこっちを見てた。
◇ ◇ ◇
僕に与えらえた部屋は宮殿の奥の方にあって、サイードさんや他の重臣たちの私室からは少し離れたところにあるらしい。広くて明るくて綺麗な庭園も見えるいい部屋だ。
これだけ立派な宮殿だとやっぱり着るものにも作法やしきたりがありそうなので、何を着るかとかそういうことは全部ウルドに任せることにした。
朝食の後サイードさんは日暮れまでずっと忙しくしていたようで、昼は僕一人で食べた。
部屋でのんびりしつつ、旅の間にナイフの練習のつもりでやってた木彫を再開した。
で、夕方になってウルドに服を着付けてもらった。腰帯には翡翠らしき綺麗な石の輪っかを色とりどりの糸を編んで作った紐で繋いだものを下げたり、耳に引っ掛けて使う飾りや腕輪なんかも付けられて思いっきり飾り立てられてしまった。
でもウルドによれば本当はもっとあれこれ付けたいらしい。付けなくても不敬には当たらないことを確認した上で頼んでやめて貰った。
でも、迎えに来てくれたサイードさんが妙に重々しい口調で言った言葉が気になって仕方がない。
「……恐らくいろんな人物を紹介されると思うが…………頑張ってくれ」
って一体どういう意味!? めちゃくちゃ気になるんだけど!?!?
まあ、サイードさんがやたら楽しそうというか嬉しそうだったからまあいいんだけど……。
朝っぱらから何もかも見えちゃう明るい寝台でサイードさんと散々あれこれして、すっかり腰砕けになったところでサイードさんに呼ばれたウルドに天蓋のベールを上げられた。
そんでサイードさんにまたしてもお姫様みたいに抱っこされて蒸し風呂に連れていかれて身体中、ありとあらゆるところを洗われ、強張ったところを優しくいたわられて、最後にスッキリといい匂いのする香油を全身に薄く塗り込められた。
今回のもまた今までと違う香りで、母さんが一時期凝ってたハーブのレモングラスだったかな、あんな感じの匂いだった。スッキリしてるけどどこか草っぽい、みたいな感じ。うーん、真剣に語彙が欲しい。
その後はサイードさんの手からウルドに渡されて、いつもと同じズボンと浅いスタンドカラーのシャツ、そしてその上から前で重なる形の上着を着せてもらった。腰帯もウルドの器用な手で綺麗に丁寧に結ばれる。
「朝食にしよう、カイ」
サイードさんにそう言われて、寝台のある部屋の隣にある一番大きな部屋に移動した。
天井近くまである大きな窓の近くに、たくさんの敷物とクッションが置かれている。どうやらそこが食事をしたりお茶を飲んだりする場所らしい。
神殿と違うのは、部屋の角に壁に沿って作り付けの収納兼ベンチみたいなのがあることだ。
床に座るのがいやなら椅子に座るみたいにそこに腰を下ろしてもいいらしい。
今はサイードさんと一緒に分厚い敷物の上にあぐらをかいて、ウルドたちがものすごくたくさんの大皿を運んできてくれるのを眺めてた。相変わらずすごい量だ。
いつもと変わらずピンと背筋を伸ばして胡坐をかいて、膝がしらに軽く握った拳を置いてサイードさんが「イル・マーク・アバール」って唱える。これはこっちの世界での『いただきます』だ。僕もさすがにこれには慣れて自然と言えるようになった。
そんでもってサイードさんがすごい量を黙々と食べていく。
好きな相手が何かを食べる姿って、見ててすごく楽しいよね。ひと口が大きいせいなのか、サイードさんはガツガツしてないのにものすごい量をあっという間に食べてしまうのが見ていて気持ちがいい。
そういえばダルガートが何か食べてるところってあんまり見てないな。アジャール山での野営の時に何かちょっと齧ってるのを見たくらいだ。あの頃はなんか怖くて避けてたし。
「ダルガートともこんな風にゆっくり食事ができたらいいんだけど」
ついそう呟くと、サイードさんも「ああ、そうだな」と頷く。ついでにずっと気になっていたことを聞いてみた。
「……サイードさんは昨日、ダルガートに会えました?」
「ああ」
「何か話、できました?」
そう聞くとサイードさんは微かに笑って頷いた。ああ、眉間が開いてるな。良かった。いつものサイードさんだ。
多分、サイードさんもダルガートと話して少しは気が晴れたってことなんだろう。僕は心の底からホッとした。
ウルドが淹れてくれたお茶を飲みながらサイードさんが言った。
「今宵、カハル陛下が歓迎の宴を開かれるそうだ」
「ああ、そういえば昨日言ってましたね」
「カイも出られるだろうか」
「はい、大丈夫です」
「なら今日は日暮れまではゆっくり過ごすといい」
そう言ってサイードさんが頷く。
「明日か明後日にいろいろと案内しよう」
「ありがとうございます」
その時、ふと思い出したことがあった。
「あの……」
「なんだ?」
サイードさんが茶杯を手にこっちを向く。
「今日はいいんですけど、こっちでも時々馬に乗りたいんですが……」
そう言うとサイードさんがすごくいい顔で微笑んだ。
「もちろんだ。馬房にも案内しよう」
「やった!」
旅の終わりに悲しいこともあったけど、僕は馬に乗るのが好きだと思う。
せっかく乗れるようになったんだし、もっと上手になりたいし世話だって覚えたい。
そういえばあの黒い馬の話をダルガートにしたら、なんて言うかな。想像しただけでおかしくなって一人でニヤニヤしてたら、サイードさんが目を細めてこっちを見てた。
◇ ◇ ◇
僕に与えらえた部屋は宮殿の奥の方にあって、サイードさんや他の重臣たちの私室からは少し離れたところにあるらしい。広くて明るくて綺麗な庭園も見えるいい部屋だ。
これだけ立派な宮殿だとやっぱり着るものにも作法やしきたりがありそうなので、何を着るかとかそういうことは全部ウルドに任せることにした。
朝食の後サイードさんは日暮れまでずっと忙しくしていたようで、昼は僕一人で食べた。
部屋でのんびりしつつ、旅の間にナイフの練習のつもりでやってた木彫を再開した。
で、夕方になってウルドに服を着付けてもらった。腰帯には翡翠らしき綺麗な石の輪っかを色とりどりの糸を編んで作った紐で繋いだものを下げたり、耳に引っ掛けて使う飾りや腕輪なんかも付けられて思いっきり飾り立てられてしまった。
でもウルドによれば本当はもっとあれこれ付けたいらしい。付けなくても不敬には当たらないことを確認した上で頼んでやめて貰った。
でも、迎えに来てくれたサイードさんが妙に重々しい口調で言った言葉が気になって仕方がない。
「……恐らくいろんな人物を紹介されると思うが…………頑張ってくれ」
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