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【第二部】東の国アル・ハダール

70 カハル皇帝、現る

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 彼らのこうしたやり取りを聞いていて、僕にわかったことがある。
 それはこの皇帝の義兄弟二人がいわゆる『神子の起こす奇跡』にあまり関心を持っていないということだ。

 僕よりずっと年上の二人の将軍を見ていると、歴戦の兵として自分たちの武の力にすごく自信を持っていて、だからこそ安易に神頼み的な恩恵に頼ろうとはせずに、ある意味すごく地に足のついた生き方をしているように思えた。そのことに僕は好感を持つ。
 アダンやその弟のマスダルみたいに、神子の力ばかりを欲しがって神子本人のことをまるで考えていないやつに比べたら、この人たちの方が遥かに健全だ。
 それに正直、あまり重すぎる期待をされるよりは気が楽だったりする。神子として特別待遇して貰っといて勝手な言いぐさだとは思うけど。

 そしてあと一つ大事なことに気が付いた。
 サイードさんはアダンを倒した詳しい経緯を語ろうとはしなかった。つまり僕が砂漠に嵐を呼んだ、あのイレギュラー的な力のことは秘密にしておいてくれてるってことだ。
 多分、『慈雨の神子』があの力を使うことを僕自身があまり良くないことだと思ってるとサイードさんは知っててそうしてくれてるんだろう。

 もちろん僕のいない所でカハル皇帝と詳しい話をしているとは思う。でもそれはサイードさんの立場上当たり前のことだし、万が一何かあった時のために把握しておいて貰うことは大事なことだと分かってるから気にならない。
 でもやっぱり、サイードさんのその細やかな気遣いが本当に嬉しいな、って思うし、だからこそサイードさんのためなら僕に出来ることは何でもしてあげたいって思うんだ。

 などと考えていた時、急に大広間の出入口の方から賑やかな声が聞こえてきて、僕たちみんながそっちを見た。
 すると相変わらず格式ばったところのない様子でカハル皇帝が周りの家臣たちに手を上げたり頷いたりしながらやってきた。

「挨拶はよい。さあ、酒を持って参れ! 今日は神子殿の歓迎の宴だ。皆も存分に楽しむがいい!」
皇帝ハリファカハル!」
「慈雨の神子にラハルのご加護を!」
イル・ラーク神のご加護をアル・ハダールアル・ハダールに!!」

 周りの人たちが一斉に声を上げる。そして一緒に座ってた皇帝の義兄弟たちも一緒に腕を振り上げて同じように叫んだ。

 白い布を頭に巻いた召使いの人たちが一斉に料理や酒を振舞い始める。僕は真ん中の敷物に腰を下ろしたカハル皇帝の方をこっそり盗み見た。
 あ、いた。
 ダルガートはいつものようにカハル皇帝から少し離れた後ろに、もう一人の近衛騎士と一緒に立ってる。相変わらず威風堂々という言葉がぴったりくるような立ち姿だ。隣の騎士よりずっと体格がいいせいかな。
 黙って立ってるとカッコい…………いや、普通に怖いな。あ、一瞬目が合った。うわ、なんかアレだな、恥ずかしいな。
 なんて思ったのがまずかった。急に顔が熱くなって思わず目を反らす。
 ああああ最近あんまり例の赤面症出なくなってたから油断した……っ! ってか実は治った? とか思ってただけにショックがデカい。

「どうした、カイ」

 すぐに気づいてサイードさんが耳打ちしてくる。それに首を振って、サイードさんの影にコソコソ隠れた。
 すると突然カハル皇帝の声が響いてくる。

「神子殿! 飲んでおるか!?」
「えっ!? あ、はい! 頂いてます!」
「そうか! たくさん食ってもっと大きくならねばならんぞ!」

 ……この人といい義弟のカーディム様といい、やけに食え食え言ってくるのはなんなんだろうか。
 するとカハル皇帝が妙な笑みを浮かべてサイードさんを差し招いた。

「サイードよ、こちらへ参れ!」

 一瞬サイードさんが躊躇ったのがわかる。多分、人付き合いが苦手な僕を一人にするのを気にしてくれてるんだろう。そりゃあ僕だって心細さはあるけど、でも相手は皇帝陛下だからね。
 サイードさんに「大丈夫」って言うみたいに頷いた時、後ろから聞き覚えのある声がした。

「サイード殿、神子殿には私がおつき致しますゆえ」
「あ、アドリーさん!」
「お久しぶりでございます。御挨拶が遅れ、申し訳ありません」

 神殿にいた時に何度かお世話になった宰相補佐のアドリーさんだった。相変わらず丁寧な物言いと所作が際立ってる人だ。

「なんだ、サイード。ここにはわしらもおる。そう心配せんでも良かろうて」

 そう言ったのは虎髭のカーディム様だ。その時のサイードさんの顔はなかなかの見ものだった。
 これ、多分カーディム様が無茶ぶりしたりするんじゃないかって心配してるんだよね、きっと。
 するとサイードさんは「すぐに戻る」と僕に耳打ちして席を立った。

「神子殿はお茶をお飲みでいらっしゃいますか」
「あ、はい、お酒は飲めないので……」

 そう答えると、アドリーさんが召使いの人に手を振って別の茶器を持って来させる。

「これはこのイスマーンで祝いの席でよく飲まれている花茶です」
「へぇ……ありがとうございます……」

 見ると綺麗な透明のポットの中に黄色の花が浮かんでた。それをアドリーさん自ら丁寧な所作で小さな器についでくれる。

「あ、甘い香りがしますね」
「味も、わずかに甘味が感じられますよ」

 そう言ってアドリーさんが小さく笑った。神殿ではいつもすごく畏まった顔と口調だったから少し意外だ。やっぱり自分の国に戻ってきたせいなのかな。
 言われた通りほんのり甘いお茶を飲みながらカハル皇帝とサイードさんの方を見たら、あれ? ダルガートも呼ばれてる? 何話してるんだろう。気になるな。
 よくよく目を凝らすと……なんかサイードさんがものすごく妙な顔をしてるように見えるんだけど……なんだろう。

 その時、あれこれしゃべってたサファル様とカーディム様の声がピタリと止んだ。え、なんだ? と思って顔を戻すとアドリーさんがなぜか強張った顔をして固まってた。
 そして頭上から聞いたことのない、凛と涼やかな声が降ってきた。

「ようやくお目に掛かれましたね、神子殿」
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