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【第二部】東の国アル・ハダール
69 『血の兄弟』サファルとカーディム
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「ほう、お主が慈雨の神子殿とやらか」
「なんだ。えらくちっちぇえな、おい」
宴が始まる前、そう言って立ちはだかった二人の巨人を見上げた僕の脳裏に『東大寺南大門・木造金剛力士立像』という言葉がよぎる。いわゆる『阿形・吽形』というやつだ。
すごい。なんというかとにかく圧がすごい。
「カイ、彼らが皇帝カハルと『血の兄弟』の契りを交わされた第一、第二騎兵団団長、二兄のサファル殿と末弟のカーディム殿だ」
「……は、初めまして……」
二人を紹介してくれたサイードさんの隣でなんとか挨拶だけは言えた。するとかなり年上でものすごく髭が立派なサファル様がぐい、と太い眉を上げ、それよりちょっと若くてモサモサの虎髭が目印らしいカーディム様がぎょろり、と大きな眼を剥き出して僕を見下ろした。
「ふむ。神子は異国より参ると聞いているが言葉は話せるのか」
「おう、こんなちっちゃくて神子様のお勤めとやらが果たせるのか? 飯はちゃんと食ってるか?」
超重低音の重々しい声と酒焼けしたようなガラガラ声が遥か上の方から同時に降って来る。これはどっちに先に答えればいいのだろうか……。迷ってとりあえず、へら、と意味のない笑いで返した。
すると虎髭のカーディム様が突然僕の腕を掴んで言った。
「まあ立ち話もなんだ、ほら、座れ。二兄も一緒で良かろう。サイードもだ」
「うわっ」
そしてドカドカと歩いて、上座のカハル皇帝の席とおぼしき場所の左側にどっかりと腰を下ろす。そして後ろのお付きの人に「酒だ! 酒を持ってこい!」と大声で命じてから大きな背中を丸め、ぐい、と僕の顔を見た。
「で、お前さん歳はいくつだ。酒は飲めるのか? どこの国からやって来た。飯はちゃんと食ってるのか。神子の力ってのは一体なんだ? 何ができるんだ?」
怒涛の質問攻めのどこからどう答えていこうかと一瞬固まっていると、サイードさんが助け舟を出してくれた。
「歳は十七、高等教育を受けている学生だったそうだ。酒は駄目だ。こことは全く違う遠き国より来たため、こちらの常識はあまり知らない。だからあまり事を急かれぬな。食事は最近はちゃんと取っている。神子の力はひと言では言い表せぬ。これからおいおいわかっていけばよろしいかと」
「なんだ、サイード。お前、神子殿がいるとよくしゃべるのだな。いつもは黙りこくって飲んでるだけだというのに」
カーディム様がどんぐり眼を見開いてサイードさんを見る。けどサイードさんは無言でそれを受け流した。
「失礼いたします」
と言って女の人が実にいいタイミングでお酒を持ってきてくれた。途端にカーディム様はそっちを見てパン、と手を擦り合わせて「おう! 来たか!」と叫ぶ。
早速大きな杯に酒を注がせているカーディム様に、義兄のサファル様が重々しく言った。
「まだ長兄が来ておられぬ。酒は控えよ」
「どうせまた宰相殿に捕まってんだろ? あいつはほんと話が長ぇからな。ちょっとくらい先に飲んでても長兄は怒りゃしねぇよ」
「分をわきまえよ、カーディム」
ああ、これは間違いなく三国志の世界だ。スゴイ。
それから彼らの様子をサイードさんの影から窺っていると、少しだけど彼らのことがわかってきた。
二兄のサファル様は寡黙でどっしり構えた人で静かな威圧感に満ち満ちている。年の頃はカハル皇帝と同じくらいの四十から五十くらいって感じだ。
末弟のカーディム様はそれより若くていかにも腕自慢の猛将って感じ。そして間違いなく酒が大好きだ。
この世界に来てずっと神殿生活だったせいか、お酒を飲んでる人を意外とあまり見てこなかったけど、やっぱり好きな人は好きらしい。カーディム様はでっかい酒杯でカパカパ飲んでいる。
どうやらしきたりとか礼法とかには割と無頓着らしく、まだカハル皇帝が来ていないのに一人で勝手に食べたり飲んだりし始めてた。
そして、僕にとっては一番重要かもしれないことが一つ、彼らの話を聞いていてわかったことがある。
「また南の蛮族どもがカイダルの街のあたりをうろついているらしい」
「ヤツらの狙いは馬と麦だ。儂ら第二騎兵団があっという間に蹴散らしてやったがな!」
「北は相変わらずだ。サイード、おぬしが神殿へ行っている間はナダルが駐屯兵たちの指揮をよくとっていた。後でねぎらってやるが良かろう」
「そうそう、お前んとこの馬番が、一頭難産で仔の足が先に引っかかって難儀しておるのを助けて欲しいとうちに来たそうだが、あれはどうなった」
「いや、あれは我が馬房より人をやった。無事生まれたと第三隊の副長に報告させたはずだ」
「おう、そりゃあ良かった」
皇帝陛下の義兄弟たちは、神子の話など忘れたようにサイードさんがいない間の様子を口々に語って聞かせている。サイードさんは黙ってそれに耳を傾けていて、僕も興味津々で隣で聞いていた。
「サイード、おぬしエイレケのアダンとやり合ったそうだな」
サファル様がサイードさんに問うと、すぐにカーディム様もそれに乗る。
「おう、そうだ! アダンといやぁ、第一騎士団の筆頭だったな。ヤツの獲物は刀だったか、槍だったか」
「片刃のシャムシールだ」
サイードさんが答えた。
「なんと! なれば儂こそそやつとやり合ってみたかったのう!」
そう言って虎髭を震わせてカーディム様が笑う。だけどサイードさんは黙って相手を見ているだけでそれ以上のことは話さなかった。
「なんだ。えらくちっちぇえな、おい」
宴が始まる前、そう言って立ちはだかった二人の巨人を見上げた僕の脳裏に『東大寺南大門・木造金剛力士立像』という言葉がよぎる。いわゆる『阿形・吽形』というやつだ。
すごい。なんというかとにかく圧がすごい。
「カイ、彼らが皇帝カハルと『血の兄弟』の契りを交わされた第一、第二騎兵団団長、二兄のサファル殿と末弟のカーディム殿だ」
「……は、初めまして……」
二人を紹介してくれたサイードさんの隣でなんとか挨拶だけは言えた。するとかなり年上でものすごく髭が立派なサファル様がぐい、と太い眉を上げ、それよりちょっと若くてモサモサの虎髭が目印らしいカーディム様がぎょろり、と大きな眼を剥き出して僕を見下ろした。
「ふむ。神子は異国より参ると聞いているが言葉は話せるのか」
「おう、こんなちっちゃくて神子様のお勤めとやらが果たせるのか? 飯はちゃんと食ってるか?」
超重低音の重々しい声と酒焼けしたようなガラガラ声が遥か上の方から同時に降って来る。これはどっちに先に答えればいいのだろうか……。迷ってとりあえず、へら、と意味のない笑いで返した。
すると虎髭のカーディム様が突然僕の腕を掴んで言った。
「まあ立ち話もなんだ、ほら、座れ。二兄も一緒で良かろう。サイードもだ」
「うわっ」
そしてドカドカと歩いて、上座のカハル皇帝の席とおぼしき場所の左側にどっかりと腰を下ろす。そして後ろのお付きの人に「酒だ! 酒を持ってこい!」と大声で命じてから大きな背中を丸め、ぐい、と僕の顔を見た。
「で、お前さん歳はいくつだ。酒は飲めるのか? どこの国からやって来た。飯はちゃんと食ってるのか。神子の力ってのは一体なんだ? 何ができるんだ?」
怒涛の質問攻めのどこからどう答えていこうかと一瞬固まっていると、サイードさんが助け舟を出してくれた。
「歳は十七、高等教育を受けている学生だったそうだ。酒は駄目だ。こことは全く違う遠き国より来たため、こちらの常識はあまり知らない。だからあまり事を急かれぬな。食事は最近はちゃんと取っている。神子の力はひと言では言い表せぬ。これからおいおいわかっていけばよろしいかと」
「なんだ、サイード。お前、神子殿がいるとよくしゃべるのだな。いつもは黙りこくって飲んでるだけだというのに」
カーディム様がどんぐり眼を見開いてサイードさんを見る。けどサイードさんは無言でそれを受け流した。
「失礼いたします」
と言って女の人が実にいいタイミングでお酒を持ってきてくれた。途端にカーディム様はそっちを見てパン、と手を擦り合わせて「おう! 来たか!」と叫ぶ。
早速大きな杯に酒を注がせているカーディム様に、義兄のサファル様が重々しく言った。
「まだ長兄が来ておられぬ。酒は控えよ」
「どうせまた宰相殿に捕まってんだろ? あいつはほんと話が長ぇからな。ちょっとくらい先に飲んでても長兄は怒りゃしねぇよ」
「分をわきまえよ、カーディム」
ああ、これは間違いなく三国志の世界だ。スゴイ。
それから彼らの様子をサイードさんの影から窺っていると、少しだけど彼らのことがわかってきた。
二兄のサファル様は寡黙でどっしり構えた人で静かな威圧感に満ち満ちている。年の頃はカハル皇帝と同じくらいの四十から五十くらいって感じだ。
末弟のカーディム様はそれより若くていかにも腕自慢の猛将って感じ。そして間違いなく酒が大好きだ。
この世界に来てずっと神殿生活だったせいか、お酒を飲んでる人を意外とあまり見てこなかったけど、やっぱり好きな人は好きらしい。カーディム様はでっかい酒杯でカパカパ飲んでいる。
どうやらしきたりとか礼法とかには割と無頓着らしく、まだカハル皇帝が来ていないのに一人で勝手に食べたり飲んだりし始めてた。
そして、僕にとっては一番重要かもしれないことが一つ、彼らの話を聞いていてわかったことがある。
「また南の蛮族どもがカイダルの街のあたりをうろついているらしい」
「ヤツらの狙いは馬と麦だ。儂ら第二騎兵団があっという間に蹴散らしてやったがな!」
「北は相変わらずだ。サイード、おぬしが神殿へ行っている間はナダルが駐屯兵たちの指揮をよくとっていた。後でねぎらってやるが良かろう」
「そうそう、お前んとこの馬番が、一頭難産で仔の足が先に引っかかって難儀しておるのを助けて欲しいとうちに来たそうだが、あれはどうなった」
「いや、あれは我が馬房より人をやった。無事生まれたと第三隊の副長に報告させたはずだ」
「おう、そりゃあ良かった」
皇帝陛下の義兄弟たちは、神子の話など忘れたようにサイードさんがいない間の様子を口々に語って聞かせている。サイードさんは黙ってそれに耳を傾けていて、僕も興味津々で隣で聞いていた。
「サイード、おぬしエイレケのアダンとやり合ったそうだな」
サファル様がサイードさんに問うと、すぐにカーディム様もそれに乗る。
「おう、そうだ! アダンといやぁ、第一騎士団の筆頭だったな。ヤツの獲物は刀だったか、槍だったか」
「片刃のシャムシールだ」
サイードさんが答えた。
「なんと! なれば儂こそそやつとやり合ってみたかったのう!」
そう言って虎髭を震わせてカーディム様が笑う。だけどサイードさんは黙って相手を見ているだけでそれ以上のことは話さなかった。
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