月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

文字の大きさ
上 下
48 / 161
【第二部】東の国アル・ハダール

閑話 皇帝と騎士の心の内

しおりを挟む
「ふぁあ~」と可愛らしいあくびをするアイリスを見てヨハクは、もうそんな時間かとスマホを見ると時刻は21時を回っていた。寝るには少々早い気がするが、アイリスは目をしぱしぱさせている。

 こんな早い時間に眠くなるなんてアイリスの姿にあった年相応な感じにヨハクはなんだか、安心感を覚えた。

「ヨハク、そこに座りなさい」

 長いまつ毛が伏せられ、黄色の虹彩は半分以上隠れている。一見不機嫌そうにも思えるが、単に眠いのだろう。ヨハクは素直にアイリスに指示されたように座った。

 すると、

「えっ、ああアイリス?!」
「何よ、静かにしなさい」

 アイリスは、なんとヨハクの体をベット代わりに使う気のようだ。膝の上に座り、体を預けてきた。太ももにアイリスの冷たい体温と女の子特有の柔らかさにを感じ、眼下にはアイリスの鮮やかな藍紫色の長髪からメッシュのように入った金髪の前髪が映り、そこからふわりとシナモンを思わせるさわやかな甘い香りが立ち込めていた。

その柔らかそうな髪に顔を埋めて鼻腔から肺いっぱいににおいを嗅ぎたい衝動に駆られ、思わず顔を背けた。

 これは色々とまずいな、とヨハクが思ったとき、あの~という声にびくりと背を震わせ、振り返ると、
「ふぁっ?! あっ、すみません。驚かせてしまいましたか」
「いや、こちらこそ」

 目の前には小豆が立っていた。今は蛇を出していないようで普通の、いやかなり可愛い女子中学生のように思えた。

「アイリスちゃんはおねむですか?」
「うん、そうみたい」
「でしたら、私が使っていたステージのほうをよかったら、使ってください」
「ステージ?」

 小豆に指さされた方向に目を向けると半開きにカーテンが空いており、毛布などが置いてあるのが伺えた。
「ありがとう、でもそうすると小倉さんが」

「小豆、でいいですよ。ヨハク先輩」とパタパタと手を振りつつ、それにとつづけた。
「なにせ私の能力はアイリスちゃんの調子次第なところもありますから、しっかり休んでもらわないと」

 うーん、そうか。でも、後輩の女子中学生を雑魚寝させるのも、とヨハクがいつもの優柔不断さを発揮していると、アイリスが身じろぎし、半目を開けた。

「うるさい」と不機嫌そうに一言放った。

「ご、ごめんなさい。でもここよりあっちのほうがいいですよ。毛布もありますし」

 アイリスは指さされたほうを一瞥すると、別にここでいいわと言いまた目を閉じた。

「それとヨハク」
「何かな、アイリス」
「なんかお尻に硬いのが当たって痛いんだけど」とアイリスが何気なくつぶやいた。
 瞬間、世界が凍り付いたのをヨハクは感じた。
「えっと、」
「ヨハクせんぱぁい!」

 ヨハクの言葉を遮るように小豆が可愛らしく声をかけてきた。
 ヨハクが恐る恐るそちらを見ると、顔はにっこりと笑っているが、目は蛇の瞳孔のように見開かれ完全に笑っていない。

「アイリスちゃんとステージで寝ようと思います。いいですよね?」

 LEDの光にキラキラと光る銀髪の毛先が今にも黄金の蛇となってこちらに噛みついてきそうなオーラを漂わせ有無を言わせないオーラにヨハクが頷こうとしたとき、

「どうしたの?」
「あ、朝霞さん?!」
「何か揉めているみたいだけど、何かあったの?」

 そう心配そうに小首をかしげられ、ヨハクはなんてタイミングで朝霞さんが!と心臓が跳ね上がる。いつもならなんと可愛らしいのかと顔を赤めるところだが、、今は朝霞さんに誤解されないようにと精一杯だった。

「はい、今はヨハク先輩と」
「いや、別に! なんでも、ないよ?」

 ヨハクは小豆を遮るように声をあげた。
 それに小豆は見開かれた瞳孔のままに、訝しめに半目でこちらを見て、小百合はそう……と思案気に唇に手を当てた。

「何かあったら、言ってね。立花君、私は小豆ちゃんや立花君みたいに特別な力はないから、何も出来ないから」
「そんなことないよ」

 朝霞さんは、そこに居てくれるだけでいいから、と心の中でつづけた。

「本当にそうだよ。だから言ってね、私に出来ることだったらなんでもするから」

 そう小百合に微笑みかけられて、ヨハクの脳は完全に沸騰した。
 だめだ、だめだよ、朝霞さん。なんでもするなんて、ヨハクが池に餌を投げられた鯉のように口をパクパクとさせていると。

「何かトラブル?」


 笹が会話に入ってきた。

「いえ、そういうわけでは明日の作戦では役に立てないので何かできたらと思って」
「まぁそんな気にすることないよ。って僕が言うことじゃないか、ねぇ立花君」
「えっあ、はい」
「確かに比重や危険なことはあるよ。でもみんなそれぞれ役割があって協力していかないといけないんだ、自分が役に立ってないなんて思わなくていいよ。明日は僕も行くからね。朝霞さんたちのバックアップには期待しているよ」

 そう小百合に微笑みかける笹を見て、ヨハクは感心し、そして少し不快に思った。
 自分がしどろもどろもになっているところを流暢に場を進めていくのが単純にすごいと思い、せっかく朝霞さんと話せているのに会話を取られたみたいな不快感がない交ぜいになった。

「はぁい、笹先輩。バックアップゥ~は怜奈にお任せくださいね!」

いつの間にか笹の背中からひょっこり顔を出すように現れた怜奈が右手を額に当て敬礼している。

「はっはは、期待している灰原さんも」
「もぅ、怜奈でいいですよ。笹先輩」

 笹の腕を取り、ばっちりとウィンクをしている怜奈。

「明日の打ち合わせはこの辺で、ではアイリスちゃんを連れていきますね」

 怜奈と笹のやりとりに付き合う気はないのか小豆がそういってきた。いままでのやりとりで毒気が抜かれたのか開いた瞳孔は閉じているが、目は相変わらず笑っていない。

「連れていくって?」
「はい、アイリスちゃんにちゃんと休んでもらおうとステージで寝てもらおうと」
「それはいいかもね、小豆ちゃんには僕の毛布を渡すよ」
「じゃあ、先輩には、れ・い・な・の、渡すね」
「いや僕はなくてもいいよ。夏だし」
「えっー、お腹冷やしちゃいますよ!」
「そうですね、私は怜奈と一緒に寝ますので。怜奈のは笹さんが使ってください」
「うっ!、まぁそういうことで」
「うるさぁい!」

 アイリスの一喝で熱を帯びた空気が水をかけられたようにぴっしゃりと収まった。

「妖精たる私の眠りを妨げるなんていい度胸ね。美しいといっても所詮野花ね、私がキッチリと教育しないといけないようね!」

 アイリスは、お尻のあたり先ほど硬くて痛いと言っていた部分に手を突っ込むとヨハクがホルスターに入れていた357マグナムを引っ張り出そうとしていた。

 それを見て、小豆はじめ小百合たちは蜘蛛の子を散らすように去っていたのだった。

「ふんっ」と可愛らしくアイリスは鼻を鳴らして再び寝入ったのだった。

 それを見てヨハクも動く機を逃してしまい、仕方なく眠ることにしたのだが、目を閉じてみると神経が過敏になっているのか視線を感じた。

 目を開け、視線を感じたほうを見るとステージのカーテンが若干空いており、じっと見開かれた琥珀色の瞳と目があった。

 ちょっとしたホラーだ。ヨハクは薄気味悪い思いを感じながら、手を後ろに回して何もしないよとアピールしてから眠ったのだった。

しおりを挟む
感想 398

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。