月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

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【第二部】東の国アル・ハダール

61 帝都イスマーン

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「神子殿、あれが帝都イスマーンにございます!」

 日が西へ傾き始めた頃、先頭を行くヤハルが馬上からそう言って僕を振り返った。僕はまだずっと先にある、でもひと目で分かるほど大きな白い街をぽかんと口を開けたまま眺めた。

「す……すごい……めちゃくちゃ大きいですね!?」
「日暮れ前に着いてようございました」

 ダーヒル神殿領の中央神殿やその周りの街が割とこじんまりとしていたのと、ここへ来るまで大きな街に寄ったのは数えるほどだったせいで、僕はこの世界での一つの国の首都というものの規模をあまりにも過小評価していたようだ。

 砂漠から続く街道の周りに最初に現れたのは農村地帯と思われるのどかな光景だった。そこを通り抜けると段々と店や工場のような大きな建物が増えていって、ついに高い城壁が現れた。
 入口に立っている衛兵がサイードさんたちに気づいて胸に拳を当て敬礼をする。そこで二、三言葉を交わして僕たちは中へと入って行った。

「わぁ……すごい活気だ」

 城壁から先は道が石畳で舗装されていて、まずそこに驚く。

「ここはイスマーンの正面、一番大きな通りにございます」

 確かに僕たちが通っている道はかなり横幅が広く、馬に乗ったまま進んでも大丈夫なようになっていた。

「あ! サイード将軍だ!」
「ほんとだ! 将軍さまだ!」

 突然子どもたちの甲高い声が聞こえてきて、周りからも一斉に歓声が上がる。

「将軍?」
「騎兵団の団長をそう呼ぶ者もいる。アル・ハダールの前の国の習慣だ」

 と、隣に馬を並べていたサイードさんが教えてくれた。
 そういえば元々ここはジャハールという王様が治めていた国で、その人が放蕩の限りを尽くして国が荒れたからカハル皇帝が反乱を起こして帝位を簒奪したって言ってたな。それにダルガートも元はジャハール帝の配下で、彼を見限ってカハル皇帝についたとか……。
 うーん、よくよく考えてみるとアル・ハダールの歴史ってめちゃくちゃ面白そうだな……。しかも過去の出来事じゃなくて現在進行形で話が進んでいるところが最高に燃える……。

 道の両側には前に立ち寄ったハーランという大きな町と同じように二階建ての建物がずらりと並んでいる。メインの通りだけあって一階部分はどれもお店になっているようだ。
 それとは別に木枠に布を掛けた、神殿の市場スークで見たような店もたくさん並んでいて野菜や果物、茶葉なんかが山積みで売られていた。
 その通りを行きかう人々はみんな頭に布を巻いている。男は人によって巻き方がいろいろだけど、女の人はみんな色とりどりの大きな布を頭に被り、肩や胸まで降ろしている。すごくカラフルで多分そこらへんがオシャレの見せどころなんだろう。

 騎乗したままで余所見するのは危ないとは思いつつ、ついキョロキョロと辺りを見てしまう。城下の人たちはサイードさんの顔を知っているようで、みんな諸手を挙げて歓迎してる感じだ。それだけでサイードさんはすごく人気があるんだなぁ、ってわかる。
 その時、別の女の人がひと際高い声で言うのが聞こえた。

「神子様! ようこそアル・ハダールへ!」
「えっ!?」

 思わずビックリしてそっちを見ると、それを言ったらしい女の人の周りでわっと声が上がった。

「神子様!」
「ようこそ、神子様!」
「ラハル神の祝福がありますように!」
「神子様!」

 え、これは何か返事をするとか手を振るとかした方がいいのかな。するとヤハルが近づいてきてサイードさんに言った。

「神子様をお連れしていることがすでに広く知られているようでございますね」
「ああ、先を急ごう」

 ヤハルが頷くと、先頭に戻って少しスピードを上げる。

 僕のド素人の感覚では、馬の速さは簡単に言うと二拍子と三拍子がある。
 二拍子はカッ、ポッ、カッ、ポッ、って歩いてる感じ。三拍子はパカラッ、パカラッって走ってる。ええと暴れん坊将軍のオープニングのアレだ。
 多分、騒ぎが大きくなって何かあるといけないと思ったんだろう。サイードさんに促されて僕はぺこりと頭を下げるとちょっと早歩きぐらいの速さでヤハルの後について行った。

 店がたくさん並んだ街を抜けると今度は少し大きな家が集まっているような場所に出た。中には低い壁で囲まれて中に庭園みたいなものが見えるお屋敷もある。
 その辺りはずっと上り坂になっていて、それを登りきったところにまた壁があってそこからがカハル皇帝の宮殿のようだった。

 大きな門の脇にたっていた兵がまた礼を取る。そして中から一人の騎士が出てきて言った。

「サイード様、ご無事の帰還なによりにございます。皇帝ハリファカハルがお待ちにございます」
「そうか、わかった」

 そのまままた石畳の坂道を登ってついに大きな宮殿にたどり着く。ちょうど沈みかけた夕陽が白い壁を赤く染めていてとても綺麗だった。

「ふぁああぁ……」

 あまりにも大きな建物や柱や門にバカみたいにぽかんと口を開けていたら、先に馬を下りたサイードさんが来て降ろしてくれた。
 すぐに若い従士が馬の手綱を預かっていく。僕は慌ててここまで乗せてきてくれた黒い大きな馬の首を叩いて「ありがとう」って言うと、まるで相槌を打ったみたいに首を振ってくれた。

「カイ」

 そう呼ばれて振り向くとサイードさんが僕を待っていてくれた。

「着いたばかりだが、陛下が顔だけでも見て無事を知りたいと仰せらしい。疲れているとは思うが少しだけ付き合って貰えないだろうか」
「もちろん、大丈夫です」

 そう答えて一緒に歩き出す。どうやら外の城壁に着いた時点ですぐに陛下の元へ早馬が行ったらしい。

 宮殿の中も本当に豪華ですごかった。砂岩のような少しザラッとした石造りの建物で、ところどころに色とりどりのタイルが幾何学模様にはめ込まれている。
 とにかく天井が高くて、ところどころ壁にしつらえられた窓もすごく大きい。アル・ハダールの色でもある濃くて深い暗紅色の木が幾何学模様に透かし彫されたものが窓にはめ込まれているのがとても綺麗だった。
 そして連れていかれた大きな広間のようなところに入った途端、随分と懐かしい感じのするあの銅鑼声が響き渡った。
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