27 / 161
web版【第一部】おまけ&後日談
回想 市場にて 3
しおりを挟む
(なんだろう、これ)
店先にしゃがんで手に取ってみると、それはどう見てもただの長方形の木のブロックだった。
(積み木……? なわけないよね。一個しかないし。しかも結構軽いな……)
もしかして中は空洞なのだろうか。だがどこを見ても継ぎ目一つ見当たらない。カイが不思議に思ってその木の立方体をひっくり返していると、不意に手が伸びてきて驚いた。
「これには仕掛けがあるのだ」
カイのすぐ隣にしゃがんだクリスティアンがそう言って木のブロックの片方の辺を指先で撫でる。そしてどこかの角をトントンと叩き、それから面を撫でまた別の辺を辿ると突然一つの面を引き出しのように引き開けた。
「えっ!?」
「触ってご覧になるか」
クリスティアンが手渡してくれた箱をよくよく見るが、引き出し状になっている部分は蓋になっている面以外は驚くほど薄く、しかも肉眼では継ぎ目がちっとも見えない。
「すごいですね……」
「これは我がイスタリアの北方で有名な仕掛け箱だ。コツさえ掴めば簡単に開けられるが、そうでなければ叩いても殴っても壊れぬし、中身は取り出せぬ」
「何か隠しておくための箱なんですか?」
「手紙とか指輪とか、そういった小物を入れて想う相手に送る風習がある。もし開けることができたら中身も自分も貴方の物になる、という意味だ」
「な、なるほど……」
自分だったら永遠に開けられなさそうな小箱を凝視しながら、カイは尋ねる。
「あの、それって開けられなかったらダメってことですよね……」
「だから男も女も必死に仕掛け箱の仕組みをいくつも覚えて練習するのだ」
そう言ってクリスティアンが笑った。カイは金髪碧眼のまさに正統派美形の笑みを至近距離でまともに浴びてしまい、あまりの眩しさに思わず唸り声を上げそうになる。
(まさに攻撃力SSクラス……ッツ!!)
「いかがした、神子殿」
「……いえ、ちょっと目が……これがラピュタの雷か……」
「は?」
訝し気なクリスティアンの隣でカイは手のひらで目を押さえ意味不明な言葉を漏らす。だが気を取り直すと他にも何か珍しい物はないかと店の中を見渡した。
「あ、これ何かの写本かな」
印刷技術がまだなく、本といえば全て手書きのこの世界では、当然のことながら本は非常に貴重で珍しい物だ。ところが奇妙な形の像や何に使うのかわからぬ物がいくつも並ぶ隅に本らしき物がひとつひっそりと置かれていた。
「あの、これ見せてもらってもいいですか?」
カイが店主に尋ねると、目鼻が深い皴の中に半分隠れているような老人がゆっくりと頷いた。
貴重な本を汚さぬよう気を付けてページを繰りながら中身に目を通す。
カイがこちらの言葉を読むのにはちょっとしたコツがいるのだが、連日神殿の書庫で本を読みふけっていたせいでかなりすらすらと読めるようになった。
その本はどうやらアルダ教の経典のダイジェスト版のようなものらしく、似たような本をたくさん神殿の書庫で見たカイにはそう目新しい物ではなかった。
「タリーカの書だな」
「ご存知ですか?」
「アルダ教の入門書のようなものだ。我が国ではマクターブで最初に習う」
「あ、それ、マクターブってなんですか?」
カイがその言葉を聞いたのは、宰補のアドリーに自分が学生であることを話した時だ。するとクリスティアンが宝石のような青い目でカイを見て答えた。
「マクターブとはいわゆる初等学校のことだ。細かな制度は違えども、各国に同様の施設がある」
「ああ、なるほど……。じゃあええと、マド……マド……なんて言ってたかな……」
「マドラーサ?」
「ああ、多分そうです。それは高等学校?」
「そうだ」
そして少し意外そうな顔で言う。
「……神子殿は本当にこちらの世界のことは何も知らぬのだな」
「ええ、まったく違う世界から来たので……。文化も食べ物も何もかもが珍しいですよ。こうして言葉がわかるだけで奇跡のようです」
「……そうか」
その時、カイはふと思い出してクリスティアンに尋ねた。
「あの、どうしてクリスティアンさんは頭に布を巻いてないんですか?」
巻き方によってシュマグやクドゥラと呼ばれている被り布は、太陽神ラハルへの敬意を表すためのものだと聞いている。だが最初の神子の選定の儀式の時、クリスティアンとサイードは何も頭に巻いていなかった。
「それは我らイスタリアの者が最も信奉している神が海洋神シャリールだからだ」
クリスティアンがそう答えた。
「海洋神? ああ、そういえばイスタリアでは海外貿易が盛んだとか……」
「いかにも」
「なるほど……」
(確かにアルダ教の経典にも、太陽神以外にも何人かの神様の名前があったな)
カイはここ数日の間に読んだ神殿の書庫の本を思い出す。
(ってことは、もしかしてサイードさんが普段シュマグを巻いてないのも、元の出身がイスタリアの方だからなんだろうか?)
神子のお披露目の宴の席でレティシア王女がサイードに言っていた『失われた己の土地』というのも、もしかしたらイスタリアのどこかなのかもしれない。
思わずカイが考え込んでいると、クリスティアンが先程の仕掛け箱を手の中で転がしながら呟いた。
「……今代の神子殿も、なかなか苦労が多いのだな」
「え?」
「我が国には先代と三代前の神子殿がおられた。先代の神子殿も亡くなられてすでに二十年が経っているが、どちらの神子もこちらに慣れるまでいろいろと大変だったのだそうだ」
「……そうなんですか」
カイの前の神子が二十年前に亡くなっている、という新事実に少し驚いた。
店先にしゃがんで手に取ってみると、それはどう見てもただの長方形の木のブロックだった。
(積み木……? なわけないよね。一個しかないし。しかも結構軽いな……)
もしかして中は空洞なのだろうか。だがどこを見ても継ぎ目一つ見当たらない。カイが不思議に思ってその木の立方体をひっくり返していると、不意に手が伸びてきて驚いた。
「これには仕掛けがあるのだ」
カイのすぐ隣にしゃがんだクリスティアンがそう言って木のブロックの片方の辺を指先で撫でる。そしてどこかの角をトントンと叩き、それから面を撫でまた別の辺を辿ると突然一つの面を引き出しのように引き開けた。
「えっ!?」
「触ってご覧になるか」
クリスティアンが手渡してくれた箱をよくよく見るが、引き出し状になっている部分は蓋になっている面以外は驚くほど薄く、しかも肉眼では継ぎ目がちっとも見えない。
「すごいですね……」
「これは我がイスタリアの北方で有名な仕掛け箱だ。コツさえ掴めば簡単に開けられるが、そうでなければ叩いても殴っても壊れぬし、中身は取り出せぬ」
「何か隠しておくための箱なんですか?」
「手紙とか指輪とか、そういった小物を入れて想う相手に送る風習がある。もし開けることができたら中身も自分も貴方の物になる、という意味だ」
「な、なるほど……」
自分だったら永遠に開けられなさそうな小箱を凝視しながら、カイは尋ねる。
「あの、それって開けられなかったらダメってことですよね……」
「だから男も女も必死に仕掛け箱の仕組みをいくつも覚えて練習するのだ」
そう言ってクリスティアンが笑った。カイは金髪碧眼のまさに正統派美形の笑みを至近距離でまともに浴びてしまい、あまりの眩しさに思わず唸り声を上げそうになる。
(まさに攻撃力SSクラス……ッツ!!)
「いかがした、神子殿」
「……いえ、ちょっと目が……これがラピュタの雷か……」
「は?」
訝し気なクリスティアンの隣でカイは手のひらで目を押さえ意味不明な言葉を漏らす。だが気を取り直すと他にも何か珍しい物はないかと店の中を見渡した。
「あ、これ何かの写本かな」
印刷技術がまだなく、本といえば全て手書きのこの世界では、当然のことながら本は非常に貴重で珍しい物だ。ところが奇妙な形の像や何に使うのかわからぬ物がいくつも並ぶ隅に本らしき物がひとつひっそりと置かれていた。
「あの、これ見せてもらってもいいですか?」
カイが店主に尋ねると、目鼻が深い皴の中に半分隠れているような老人がゆっくりと頷いた。
貴重な本を汚さぬよう気を付けてページを繰りながら中身に目を通す。
カイがこちらの言葉を読むのにはちょっとしたコツがいるのだが、連日神殿の書庫で本を読みふけっていたせいでかなりすらすらと読めるようになった。
その本はどうやらアルダ教の経典のダイジェスト版のようなものらしく、似たような本をたくさん神殿の書庫で見たカイにはそう目新しい物ではなかった。
「タリーカの書だな」
「ご存知ですか?」
「アルダ教の入門書のようなものだ。我が国ではマクターブで最初に習う」
「あ、それ、マクターブってなんですか?」
カイがその言葉を聞いたのは、宰補のアドリーに自分が学生であることを話した時だ。するとクリスティアンが宝石のような青い目でカイを見て答えた。
「マクターブとはいわゆる初等学校のことだ。細かな制度は違えども、各国に同様の施設がある」
「ああ、なるほど……。じゃあええと、マド……マド……なんて言ってたかな……」
「マドラーサ?」
「ああ、多分そうです。それは高等学校?」
「そうだ」
そして少し意外そうな顔で言う。
「……神子殿は本当にこちらの世界のことは何も知らぬのだな」
「ええ、まったく違う世界から来たので……。文化も食べ物も何もかもが珍しいですよ。こうして言葉がわかるだけで奇跡のようです」
「……そうか」
その時、カイはふと思い出してクリスティアンに尋ねた。
「あの、どうしてクリスティアンさんは頭に布を巻いてないんですか?」
巻き方によってシュマグやクドゥラと呼ばれている被り布は、太陽神ラハルへの敬意を表すためのものだと聞いている。だが最初の神子の選定の儀式の時、クリスティアンとサイードは何も頭に巻いていなかった。
「それは我らイスタリアの者が最も信奉している神が海洋神シャリールだからだ」
クリスティアンがそう答えた。
「海洋神? ああ、そういえばイスタリアでは海外貿易が盛んだとか……」
「いかにも」
「なるほど……」
(確かにアルダ教の経典にも、太陽神以外にも何人かの神様の名前があったな)
カイはここ数日の間に読んだ神殿の書庫の本を思い出す。
(ってことは、もしかしてサイードさんが普段シュマグを巻いてないのも、元の出身がイスタリアの方だからなんだろうか?)
神子のお披露目の宴の席でレティシア王女がサイードに言っていた『失われた己の土地』というのも、もしかしたらイスタリアのどこかなのかもしれない。
思わずカイが考え込んでいると、クリスティアンが先程の仕掛け箱を手の中で転がしながら呟いた。
「……今代の神子殿も、なかなか苦労が多いのだな」
「え?」
「我が国には先代と三代前の神子殿がおられた。先代の神子殿も亡くなられてすでに二十年が経っているが、どちらの神子もこちらに慣れるまでいろいろと大変だったのだそうだ」
「……そうなんですか」
カイの前の神子が二十年前に亡くなっている、という新事実に少し驚いた。
151
お気に入りに追加
4,853
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。