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web版【第一部】おまけ&後日談
回想 市場にて 2
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カイが初めて降りた街は大層な賑わいを見せていた。
五十年ぶりの神子の降臨を祝うためにイシュマール大陸全土から巡礼者たちが集まり、神殿領の街の興奮はいまだ覚めやらぬようだった。
「あれが市場だ」
そう言ってサイードが指し示した方を見ると、石造りの建物が並ぶ間の広い通りに支柱を立てた上に布で屋根をつくった店がいくつもいくつも続いているのが見えた。
「すごい数ですね……!」
「何せ五十年に一度の祭りのようなものだ。いつもの倍の店が出ているらしい」
先にサイードに聞いていた通り、聖句が書かれた羊皮紙や太陽神ラハルを象った幾何学的な形の木彫りのお守りや色鮮やかな布などを並べたいかにも巡礼者向けのお土産の店と、地元の人が買いに来るようなごく普通の雑貨屋、そしていろんな野菜や果物を積み上げている店などが並んでいる。
「見よ、神子殿。なんとも妙なものも並んでおるぞ」
突然レティシア王女に腕を取られて慌てて見ると、確かにあんぐりと口を開けたようなヘンな顔のお面のようなものがずらりと軒先に並べられた店があった。
「クリスティアン! あれはなぜあんなおかしな顔をしておるのじゃ」
「あれは西の辺境に伝わる踊りの面にございます」
王女と同じ眩しいほどの金髪に青い目をした騎士がすぐに答える。
「目の周りの隈取の形で年齢を、色で性別を、開いた口の大きさで喜怒哀楽を表しているとか」
「なるほどそうか。それは珍しい物じゃの」
それからもレティシアは妙な土産物ばかりを見つけては楽しそうにクリスティアンに尋ね、彼はすぐさまその問いに答えていくのをカイは驚きながら聞いていた。
「あの、クリスティアンさんって物知りなんですね」
思わずそう言うと、レティシア王女はにっこりと笑って答えた。
「この者は少々変わり種での。代々学者の家に生まれたのになぜか騎士を志して、あっという間に頭角を現したゆえ妾が自ら主騎に取り立てたのじゃ」
そう言ってクリスティアンを満足げに見るレティシア王女の前で、金髪碧眼の騎士はほんの少し目元を赤くして頭を下げた。
元が驚くくらい整った華やかな容貌をしているせいでどんな表情をしていても目を惹く美形であることには間違いがないのだが、それでも照れたように視線を下げた彼はこれまでの印象とはまた違ったきらきらしい魅力を振りまいていた。
実際周りでチラチラとこちらを見ている女性たちが一斉に色めき立って連れ同士囁き合っている。
(ほんと……サイードさんとはまた違った種類のド派手な美形だな……)
あまりの眩しさにカイはなんとなく薄目でクリスティアンを眺める。
(っていうか、この人が睨んでない顔初めて見たな)
思えば初めて選定の儀式で彼に会った時からずっと、カイはクリスティアンの随分と目力強い顔しか見ていない。しかも宴の席で会って以降は随分と眼光鋭く睨まれてばかりだった。
(……多分……睨まれてたのって僕じゃなくてサイードさんだったけど……)
これはやはり『慈雨の神子』である自分が彼ではなくサイードを選んだせいなのだろうか。だとしたらサイードにとってはとんだとばっちりだ。
思わず申し訳ない気持ちで傍に立つサイードを見上げた時、突然視界に輝く金色の髪が飛び込んできた。
「のう、サイード殿。あれはそなたの育った場所でも使われておったのか?」
「……いいえ、あれはもっと西の沿岸部の物かと」
「そうか。そなたのような美丈夫が被ればまた面白いと思ったのだがのう」
レティシア王女はころころと笑うとサイードの腕に自分の手を添えて別の場所を扇で指した。
「見よ、あれはハミウリではないか? なんと大きいのう!」
そう言ってサイードを連れて、冬瓜のような形をした果物が積み上げられた出店へと歩き出す。そのしぐさがひどく自然で、けれど大層優雅で愛らしく、思わずカイは無心に二人の姿を目で追った。
(……そうか、確かレティシア王女は宴の席でもサイードさんのことすごく気に入ってたみたいだもんな……)
確か彼女は宴の席でサイードに向かって言っていた。
――――妾は強い男が好きじゃ。
――――我らがイスタリアの女王は代々最も強く賢く美しき男を婿に取る。
――――そなたも東の果ての国で生涯を送るよりも我が国でその力を振るい、失われた己の土地を取り戻してはどうかの、ダウレシュのサイードよ。
(確か、今代の女王も自分で見極めた相手と結婚して王配にした、って)
カイはその時のレティシア王女の姿を思い出す。
(すごく堂々としてて、すごくキラキラしてた。王女さまっていうのはこういう人なんだってすごく納得した)
そういえば、とカイはふと思い出す。
(失われた己の土地、ってなんだろう……。ダウレシュ、って……地名かな。もしかしてサイードさんが昔なくした一族の……?)
サイードがカイと同じくらいの年の頃に一族郎党すべてなくした、というのは以前聞いたことがある。そしてその時に当時奴隷騎士だったカハル皇帝に拾われたのだ、と。
だがそれ以上のことは何も知らない。
(……自分で聞けばいいのかもしれないけど……)
けれどやはりカイの方からはなかなか聞きづらいことだ。
(サイードさんが話したいって思ったら話してくれるよね、きっと)
そう自分に言い聞かせつつも、目の前でサイードの腕を取り朗らかに店先に並ぶ果物を吟味しているレティシア王女になんとなく引け目を感じてしまう。
カイは何かモヤモヤした気持ちが湧いてきそうになったのを振り切るように別の店先に目をやった。するとどこからかカイに呼びかける声がする。
「どうだい、見て行かないかい?」
そう言われて目の前の店を見ると、雑多に並ぶ小物に紛れるように置かれた一つに目を止めた。
五十年ぶりの神子の降臨を祝うためにイシュマール大陸全土から巡礼者たちが集まり、神殿領の街の興奮はいまだ覚めやらぬようだった。
「あれが市場だ」
そう言ってサイードが指し示した方を見ると、石造りの建物が並ぶ間の広い通りに支柱を立てた上に布で屋根をつくった店がいくつもいくつも続いているのが見えた。
「すごい数ですね……!」
「何せ五十年に一度の祭りのようなものだ。いつもの倍の店が出ているらしい」
先にサイードに聞いていた通り、聖句が書かれた羊皮紙や太陽神ラハルを象った幾何学的な形の木彫りのお守りや色鮮やかな布などを並べたいかにも巡礼者向けのお土産の店と、地元の人が買いに来るようなごく普通の雑貨屋、そしていろんな野菜や果物を積み上げている店などが並んでいる。
「見よ、神子殿。なんとも妙なものも並んでおるぞ」
突然レティシア王女に腕を取られて慌てて見ると、確かにあんぐりと口を開けたようなヘンな顔のお面のようなものがずらりと軒先に並べられた店があった。
「クリスティアン! あれはなぜあんなおかしな顔をしておるのじゃ」
「あれは西の辺境に伝わる踊りの面にございます」
王女と同じ眩しいほどの金髪に青い目をした騎士がすぐに答える。
「目の周りの隈取の形で年齢を、色で性別を、開いた口の大きさで喜怒哀楽を表しているとか」
「なるほどそうか。それは珍しい物じゃの」
それからもレティシアは妙な土産物ばかりを見つけては楽しそうにクリスティアンに尋ね、彼はすぐさまその問いに答えていくのをカイは驚きながら聞いていた。
「あの、クリスティアンさんって物知りなんですね」
思わずそう言うと、レティシア王女はにっこりと笑って答えた。
「この者は少々変わり種での。代々学者の家に生まれたのになぜか騎士を志して、あっという間に頭角を現したゆえ妾が自ら主騎に取り立てたのじゃ」
そう言ってクリスティアンを満足げに見るレティシア王女の前で、金髪碧眼の騎士はほんの少し目元を赤くして頭を下げた。
元が驚くくらい整った華やかな容貌をしているせいでどんな表情をしていても目を惹く美形であることには間違いがないのだが、それでも照れたように視線を下げた彼はこれまでの印象とはまた違ったきらきらしい魅力を振りまいていた。
実際周りでチラチラとこちらを見ている女性たちが一斉に色めき立って連れ同士囁き合っている。
(ほんと……サイードさんとはまた違った種類のド派手な美形だな……)
あまりの眩しさにカイはなんとなく薄目でクリスティアンを眺める。
(っていうか、この人が睨んでない顔初めて見たな)
思えば初めて選定の儀式で彼に会った時からずっと、カイはクリスティアンの随分と目力強い顔しか見ていない。しかも宴の席で会って以降は随分と眼光鋭く睨まれてばかりだった。
(……多分……睨まれてたのって僕じゃなくてサイードさんだったけど……)
これはやはり『慈雨の神子』である自分が彼ではなくサイードを選んだせいなのだろうか。だとしたらサイードにとってはとんだとばっちりだ。
思わず申し訳ない気持ちで傍に立つサイードを見上げた時、突然視界に輝く金色の髪が飛び込んできた。
「のう、サイード殿。あれはそなたの育った場所でも使われておったのか?」
「……いいえ、あれはもっと西の沿岸部の物かと」
「そうか。そなたのような美丈夫が被ればまた面白いと思ったのだがのう」
レティシア王女はころころと笑うとサイードの腕に自分の手を添えて別の場所を扇で指した。
「見よ、あれはハミウリではないか? なんと大きいのう!」
そう言ってサイードを連れて、冬瓜のような形をした果物が積み上げられた出店へと歩き出す。そのしぐさがひどく自然で、けれど大層優雅で愛らしく、思わずカイは無心に二人の姿を目で追った。
(……そうか、確かレティシア王女は宴の席でもサイードさんのことすごく気に入ってたみたいだもんな……)
確か彼女は宴の席でサイードに向かって言っていた。
――――妾は強い男が好きじゃ。
――――我らがイスタリアの女王は代々最も強く賢く美しき男を婿に取る。
――――そなたも東の果ての国で生涯を送るよりも我が国でその力を振るい、失われた己の土地を取り戻してはどうかの、ダウレシュのサイードよ。
(確か、今代の女王も自分で見極めた相手と結婚して王配にした、って)
カイはその時のレティシア王女の姿を思い出す。
(すごく堂々としてて、すごくキラキラしてた。王女さまっていうのはこういう人なんだってすごく納得した)
そういえば、とカイはふと思い出す。
(失われた己の土地、ってなんだろう……。ダウレシュ、って……地名かな。もしかしてサイードさんが昔なくした一族の……?)
サイードがカイと同じくらいの年の頃に一族郎党すべてなくした、というのは以前聞いたことがある。そしてその時に当時奴隷騎士だったカハル皇帝に拾われたのだ、と。
だがそれ以上のことは何も知らない。
(……自分で聞けばいいのかもしれないけど……)
けれどやはりカイの方からはなかなか聞きづらいことだ。
(サイードさんが話したいって思ったら話してくれるよね、きっと)
そう自分に言い聞かせつつも、目の前でサイードの腕を取り朗らかに店先に並ぶ果物を吟味しているレティシア王女になんとなく引け目を感じてしまう。
カイは何かモヤモヤした気持ちが湧いてきそうになったのを振り切るように別の店先に目をやった。するとどこからかカイに呼びかける声がする。
「どうだい、見て行かないかい?」
そう言われて目の前の店を見ると、雑多に並ぶ小物に紛れるように置かれた一つに目を止めた。
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