上 下
57 / 64
【番外編】惚れた病は治りゃせぬ 編

アドルティスの名案

しおりを挟む
 その晩、店を出た時にアドルティスもついてきた。何か話したいことでもあるのかとヤツが切り出すのを待っていると、俺の定宿とあいつの住んでる下宿の分かれ道のところで突然足を止めて言った。

「で、いつ行くんだ?」

 どうやらこいつの中で俺が東に行くことはすでに決定事項らしい。いやもちろん行くしかないんだが。だがなんとなく「いついつに行く」と言う気になれなくて黙ってあいつの綺麗な顔を見下ろしていた。なんでも即断即決の俺らしくないとは自分でも思うがよくわからん。
 ところがアドルティスがまったくごく普通の顔をして「俺はいつでもいいぞ」と言って、俺は思わず目を見開いた。

「お前も来るのか?」
「ラヴァンの依頼はちょうど終えたところだし、今年の果実酒とカルアの酢漬けも作り終わったし。しばらく特に予定はないからな」

 そう言ってからアドルティスが形のいい眉をひそめて言う。

「まずかったか? 一人の方が良かったか」
「いや全然まったくそんなことはない」

 思わず食い気味に答えた自分に自分で驚いていると、アドルティスは目を三日月みたいに細めて綺麗に笑った。

「なら俺も行きたい。いいか?」
「…………そうか。そうだな。もちろんいいぞ」

 それからヤツの下宿に向かって歩きながら俺が柄にもなく東へ行く途中で見かける珍しい魔獣や草や木なんかの話をまくしたてるのをアドルティスはいちいち律儀に頷きながら聞いて、最後に「楽しみだな」と答えた。だが、やけに早く着いてしまったやつの家の前ではたと気づく。

「そういえばお前、下宿のばあさんが心配だから遠出はしないんじゃなかったか」

 アドルティスが住んでる家の家主は、昔貴族の家に仕えていたという年寄りのばあさんだ。真っ白になった髪をいつでもきちんと結っていて小柄で上品な雰囲気だが、鬼人の俺が彼女の留守中に上がり込んでいてもにっこり笑って「あら、お久しぶりね。美味しいパイがあるのよ。一緒にいかが?」などと言ってくるような肝の太さがある。俺は結構気に入っているし、アドルティスもそうだ。やれ茶だの石鹸だの赤牛肉のミートローフだのと、よく一緒になってあれこれ作っているからお互い気も合うんだろう。

 そんな彼女が三月ほど前に階段を踏み外して足をひねってしまった。それ以来アドルティスは泊りがけで行くような遠出の依頼は断って、極力家のことはやるようにしてばあさんについてやっているらしい。お陰でここしばらくは中央都市への護衛仕事や境界近くの魔獣退治なんかの仕事は俺だけで行っていた。

 東への旅はひと月やそこらで行って帰ってこれるようなもんじゃない。その間ずっとばあさんを一人置いていくわけにはいかんだろう。
 退屈な東への旅にアドルティスも来るとわかって上がった気分が少しばかり萎えかけた時、やつはあっさりと首を振って言った。

「いや、それは大丈夫だ」
「そうなのか?」
「ああ。エリザさんのことはラヴァンに頼もう」
「……ラヴァンって、あのラヴァン婆のことか?」

 突然出てきた予想外の名前に思わず聞き返す。するとアドルティスが頷いて言った。

「あの二人は昔からの知り合いなんだ。いつも店を手伝っていたラヴァンの孫娘が最近、ウルの村の男と結婚して家を出たと聞いてる。俺が街を離れている間、エリザさんはラヴァンのところに身を寄せて貰おう。ラヴァンはエリザさんに店を手伝って貰えるし、エリザさんもラヴァンが傍にいれば安心だ」
「そうか」
「二人にはこれから聞いてみるけど、嫌とは言わないはずだし結構楽しくやれると思うんだ」

 果たして本当にそうだろうか? 薬師のラヴァンは腕はいいが、かなり気難しくて一筋縄ではいかない女だ。いくら見かけによらず肝の太いエリザばあさんでも本当に上手くやっていけるのかと疑問に思っていると、アドルティスはやけに確信に満ちた顔でもう一度「大丈夫だ」と言った。

「お前がそう言うなら俺は別にどうでもいいが」

 と言ってからやっぱり聞き返す。

「しかしよく思いついたな、そんなこと」

 するとアドルティスは妙にじーっと俺を見てから「未来からのお告げだ」とよくわからないことを言った。
しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

処理中です...