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【番外編】惚れた病は治りゃせぬ 編

ラカンの災難

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以前お約束していた短いおまけの番外編です。

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「何かあったのか、ラカン」

 仏頂面でエールを煽る俺を見るなりそう聞いて来たのは、年下の相棒で恋人のアドルティスだった。薬草だかなんだかの採取のために夜明け前から出かけていたがどうやら戻ってきたらしい。背負っていた背嚢を酒場の床に下ろして俺の向かいに座る。

 確かにその日、俺は最高に機嫌が悪かった。さすがに周りに八つ当たりするような歳でもないが、どうしたって不機嫌は顔に出るらしい。あと殺気か。
 お陰で行きつけの食堂兼酒場で黙々と酒を煽る俺を他の客たちは皆一様に遠巻きにしている。気づけば一番混雑するような宵の入りだというのに俺の座っているテーブルの周りはぽっかりと空いていた。いや、正確に言えば空気の読めない(読んでも気にしない)兄妹が二人。

「そうそう、今日は大変だったんだよ」

 と剣士のレン。

「あら、でも出た魔石はかなりの大きさだったわ」

 と妹で弓術士のリナルア。

 ぐびぐびエールを飲みながら言う二人に瞬きを一つ返したアドルティスが向かいに座って酒場の大将にエールとホロ鶏の串焼きを頼んだ。こんな下町の酒場にはおよそ似つかわしくない真面目腐った顔でだ。そして改めて俺の方を見て「何があった」と聞いてくる。仕方なしに俺は今日あった出来事を話した。

「刀が折れた?」

 綺麗な緑色の目を見開いてそう聞き返してきたアドルティスに、俺は鼻を鳴らして頷く。

「おう、そりゃあもう見事にバッキリとな」
「それは災難だったな」
「まったくだ。ツイてねぇ」

 そう答えて俺は空になったジョッキを傷だらけのテーブルにダン、と置く。するとこの店の大将が山盛りの肉を乗せた大皿を持ってきて言った。

「おいおい、鬼の旦那。何があったか知らんがうちのテーブルを叩き壊さんでくれよ」
「心配するな。いっつも傾いてて肉汁が皿からこぼれるようなシロモノだが頑丈なのだけは確かだ」
「じゃなきゃあんたらみたいなガサツな野郎ども相手に商売できやしねぇよ」
「フン」

 まあそんなことはどうでもいい。問題は俺の刀だ。
 俺が普段使っている武器は『刀』と呼ばれる両手剣の一種で、切れ味は恐ろしくいいが横からの打撃に弱いという欠点がある。

「直せるのか?」
「いや、無理だな。打ち直したところで強度が足りん」
「だが刀なんてこの辺りじゃ手に入らないだろう。中央都市は?」
「砥師はいるが新しく打つのはな」
「……そうか」

 すると隣からレンが口を挟む。

「最近『剣鬼』に憧れて持ってるやつを時々見かけるけど、あれは?」
「あんなのは見た目だけ似せたただのなまくらだ」

 そう答えて俺は鼻を鳴らした。
 元々俺の武器は鬼人族が住む東の国独特のもので、大陸の西のこの辺りで売られているのは見たことがない。刀鍛冶の技はおいそれと他国に流すようなもんじゃなく、だからいい刀は東でしか手に入らないのだ。

「……行くしかねぇだろうなぁ」
「東に?」

 レンの問いに俺は目で頷いてジョッキを煽った。
 東とは当然俺の生まれ故郷のことだ。別に行くのは嫌ではないが、どう速く行っても往復で三か月や四か月は掛かるだろう。それがひどく億劫に感じる。妙なことだ。今までだって護衛の依頼や国境近くに現れた巨獣退治で何か月もダナンの街を離れることなんていくらでもあったのに。
 それからレンとリナルアが呑気に最近新しく街にできた店の話なぞしだしたのを聞き流しながら黙々と食っていると、ふと向かいのアドルティスと目が合った。

 しかしこいつはほんとキレイなツラしてんな。初めて出会ってから十年は経ったがちっとも変わっちゃいない。いや、長命種のエルフだから当然か。そういう俺も人間よりははるかに寿命が長い鬼人族だ。だが常に仏頂面で愛想のかけらもない俺とこいつはまるで正反対の外見をしている。

 深い深い森の奥の大樹の葉影のような。生い茂る木々の隙間から差し込む日の光に照らされた羊歯のような。アドルティスの目の中にはいろんな緑が見え隠れしている。俺たち鬼人族には絵心も詩興もないがこいつの顔は綺麗だと思う。中身は割ととんでもないがな。
 
 こうやって数人で食堂や飲み屋にいると、大抵アドルティスは俺の向かいで黙って飲んでいるか腹の足しにもならなさそうな葉っぱや芋や鳥肉なんかを食べていることが多い。
 成人するまで生まれ故郷の森を出たことがなかったそうだが、それでもこのダナンの街に冒険者として居着いて十年になる。上品さとははるかに縁遠い生活のはずだが、いつでもアドルティスの食べ方は不思議と静かで優雅だった。
 こんな男がなんで俺なんかに惚れたのか心底わからん。けど例え今日のような最低最悪な日であっても、こいつの綺麗な顔を見ながら酒を飲むのはまったく、全然悪くない気分だった。
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