上 下
44 / 64
Ⅴ エルフの恋も信心から 編

ラカンとアドルティスのデート

しおりを挟む
 さすがダナンでも指折りの高級宿だけあって、ベッドの寝心地も部屋から繋がってる浴室も頼めば運んできてくれる食事もものすごく良かった。
 結局その後は二人とも部屋から一歩も出ずにダラダラしつつ、ラカンが倒してきた珍しい魔獣の話や、昨日飲み屋でラカンが魔導士から聞いた南の方にある湖で獲れる魚の話を聞いたりした。なんでもその魚の鱗は薬や御守りの素材になるそうだが、まだ詳しい薬効や使い方がはっきりしないらしい。

「お前、そういうの興味あるだろうと思って」

 だから昨日熱心に聞いていたのか。俺を放ったらかしにして。
 というかその時そう言ってくれれば俺だって直接その魔術師から話を聞けたのに、と言ったらラカンがぱち、と瞬きをして「……そうか。そうだよな」と言った。……よっぽどあの時は疲れていたんだろうか。

 なんだかいつもより馬鹿っぽいラカンとよくわからない話をしたり、キスしたり、突然その気になったらしいラカンに散々意地悪なことをされて、その三倍くらい可愛がられて、いっぱいいっぱいいやらしいことを言わされながらイかされまくった。
 それから寝落ちして、起きたらラカンがどこからか山盛りの串焼きの包みと大きな葡萄酒入りの瓶を持ってきて、裸のままシーツを被ってベッドで黙々と食べたりした。

 とはいえ、どれほど豪華で快適な宿であっても、元々じっとしているのが苦手な鬼人といつも何か手仕事をしているのが癖になっている森のエルフがずっと部屋に籠っていられたのはたった一日だけだった。

 次の日、ラヴァンからの依頼の残りに岩熊ロックベアの胆石が入っていると聞くなり、ラカンが「暇だから」と言って一緒に行ってくれることになった。
 まだ夜が明ける前に宿を出て、急いで下宿に戻って家主のエリザさんにまた出掛けてくるとひと言メモを置く。そして野営と採取のための荷物をまとめてギルド前でラカンと落ち合った。

 岩熊は大きいやつだと人間三人分ぐらいの大きさは優にある。でも剣鬼・ラカンに掛かればあっという間だ。お陰で岩熊の生息地であるグランデ渓谷に来て一刻も経たずに胆石が手に入ってしまった。簡単すぎる。

「肉はどうする」

 心臓からオレンジ色の中魔石を抜きながらラカンが聞いてくる。

「食べられるのか?」
「そうだな。とろとろになるまで煮込むと旨いな」
「それだとここでは無理だな。街まで持って帰らないと」

 だが生憎、ついでに取っていこうと思っていた他の薬草類の採取がまだだった。

「こいつは一番最後にやるべきだったな」

 そう言うラカンがすごく惜しそうな顔をしているので、今回は薬草は諦めてそいつを担いで街に戻ることにした。
 ラカンが血抜きをしている間、俺はちょっと足を延ばして今特に品薄だというベスカの根だけ採ってくる。土がついたまま丁寧に油布で包んで背嚢にしまった。
 元居たところに戻ると、解体した岩熊の肉の塊を並べてラカンがすごくいい顔をしている。

「ゲイルのとこに持って行って煮込んで貰おうぜ」

 ゲイルはラカンが贔屓にしている食堂兼酒場の大将の名だ。珍しい東酒をたくさん揃えていて、飯も旨い。
 巨大な肉の包みを担いで歩いて行くラカンの大きな背中を見ながら、俺はついつい条件反射のように妄想に耽る。

 歩く度に動く肩や腕や背中の筋肉がものすごくカッコいい。堅くて引き締まった尻とか太くて力強い腰とか。あの腿って俺の何倍あるんだろう? 種族の差って本当に凄いな。いや、多分鬼人族といってもラカンが特別強くて逞しいんだと思う。きっとそうだ。

 ここへ来るのにギルド前でラカンと待ち合わせをした時、朝早くに出勤してきた受付統括のリードにばったり会った。
 リードの話だとラカンが同じ金級のあの髭の重戦士たちと討伐してきた魔獣は、このルーマ地方では初めて確認された種族だったらしい。つまりその魔獣がどんな性質でどんな攻撃をしてきて何が弱点なのか、ラカンたちも知らずに戦ったということだ。
 しかも取り出した魔石はリードでさえ初めて見たというくらいの大きさだったらしい。その魔獣が相当な強さだった証拠だ。

 今回の討伐に参加したメンバーから考えるに、恐らく髭の重戦士が盾役として魔獣の注意を引きつつ攻撃を受け、魔導士が遠距離から攻撃しながらラカンがその二振りの刀で直接魔獣に接敵して戦ったのだろう。
 最終的に致命傷になったのは魔獣の延髄を叩き斬ったラカンの一閃だったそうだから、そんな相手と初見で戦って倒したラカンのすごさは誰だってわかる。
 そんなすごい男がわざわざ俺の仕事に付き合ってくれたり、こんな風に二人でのんびり歩いたり、それにいっぱいいっぱいキスをしてくれて俺が精魂尽き果ててしまうくらいたっぷり抱いて愛してくれて、こんなに幸せでいいんだろうかと思う。本当に。
 そんなことをポーッとした頭で考えていたら、急にラカンが振り向いて「どうかしたか? アディ」と聞いて来た。

 そう、ラカンと初めてキスをしたあの夜から、ラカンはよく俺のことを「アディ」って呼ぶようになった。前はすごく酔っぱらった時とか、何か俺にものを頼みたい時にふざけて言うくらいだったのに。
 いつも気難しそうな顔で人を寄せ付けないラカンが「アディ」って特別な名前で呼んでくれて、そのたびにラカンが俺を見るのが嬉しくてたまらない。そして胸の奥がぎゅっとなって顔が熱くなる。

 だから今も急いでラカンに追いついて、何か俺も特別なことを言いたかったけど何も浮かばなくてただラカンの顔を見た。

「どうした」
「……いや、なんでもない」
「何か言いたいことあるんだろう? そういう時はちゃんと言えと言ったはずだぞ」

 ラカンがちょっと眉をしかめて言う。
 俺がラカンにキスして貰いたいのにずっと言い出せなくて、馬鹿みたいに一人で思い詰めた末に大勢の人たちの目の前で無理矢理ラカンの唇を奪ってしまった暴挙を咎めているのだ。
 そのせいでラカンにもいらぬ恥をかかせてしまったし、俺も本当に反省したから、言いたいことはちゃんと言わないと、と思い直す。

「ラカン、好きだ」

 するとラカンはちょっと驚いたみたいに目を開いて、そしてふっ、と目を細めると大きな手で俺の頭をぐしゃっと撫でた。
 こんな時、ラカンも一度くらい「好き」って言ってくれたらな、とちょっと思う。でもふと、鬼人族には元々そういう習慣がないんじゃないだろうか、と気づいた。
 それによく考えたらこうやって頭を撫でるのだって今まではまったくなかったことだから、きっとこういうのがラカンの「好き」の伝え方なんだろう。
 ラカンが普段言葉にはしない色々な気持ちを、こうやって少しでも見つけていけたらいいな、と思った。


しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

処理中です...