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Ⅲ 有為転変はエルフの習い 編

ラカンの心配

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 それはファニエールの歓楽街で買った、いわゆる張型というやつだった。
 初心者向けだと言って薦められたソレは割と細身でまっすぐな形をしていて、言われなければそういう道具だとはわからなさそうな気がする。

「ふーん、これがそうか」

 ラカンはまるで新しく手に入れたナイフや魔石でも見るみたいにものすごく普通にソレを手に取ってひっくり返したり弄ったりしている。あまりに普通すぎて俺の方が居たたまれない。
 だ、だってソレ、アレだぞ!? もちろんちゃんと洗ってはあるけど、俺が香油まみれにして指一本がやっとだったような自分の後腔の入り口を広げたり、ラカンにされてるのを想像しながら挿れたりなんだりしてたようなものなんだぞ!? それを当のラカン本人が握って見てるなんて一体どんな羞恥プレイだ……! くっ、いっそ殺せ! 殺してくれ!! 
 と、エルフのみに許される(と冒険者仲間のレンが言っていた)台詞を披露する度胸もなく俺はただひたすらこうべを垂れてこの恥ずかしすぎる時間が過ぎ去るのを待ち続けた。
 ところがさすがは絶滅寸前と言われる純血種の鬼人族の『剣鬼』様。この程度のことで獲物を開放してくれるはずもなかった。

「じゃあ、使ってるとこ見せてみろ」

 絶句した。今度こそ俺は絶句した。
 え、何言ってるんだこいつ。俺に、あんたの目の前で、あんたに抱かれてるところを妄想しながら自分で自分を慰めろって言うの? 今から? 

 そこで食後の酔いが完全に、一気に吹っ飛んだ。空の彼方へ吹っ飛んでしまった。
 いっそ気絶でもできてたら楽だったかもしれない。でも吟遊詩人の唄うお姫様物語じゃあるまいし、そんな都合よくはいかなかった。

「な、なんで……?」

 それでも死ぬほど勇気を振り絞って尋ねると、ラカンがぎゅっと眉をしかめた。え、怒った? 俺、怒らせた? と思わず口を噤んだら、ラカンがそこらのやつらなら泣いて逃げ出すような怖い顔したまま言った。

「………………お前、いつも黙って我慢するだろう」
「は?」
「昔、俺がお前の支援魔法が気持ちよすぎてつい魔獣を深追いしすぎた時、お前魔力切れ起こしてフラフラだったのに街に戻るまで一言も言わなかっただろう」
「……そ、そうだったっけ?」
「それに去年中央都市までの護衛仕事にお前を誘った時も、荷主の野郎に昔嫌な目に合わされてたのに黙って俺について来て、道中何度も嫌がらせされてもまだ俺に何も言ってこなかっただろう」
「あー…………、いや、それは…………」

 ……あー、それは覚えてるな。
 その商人が、気難しいことで有名な凄腕薬師のラヴァンに俺が特別に好かれてると勘違いして、俺を自分のとこの商会に引っ張り込んでラヴァンの薬を独占しようとしてたやつだ。
 そいつは断っても断ってもやたらしつこくて、だからそいつが依頼主だってわかった時にその仕事を引き受けるの止めようとは思ったんだけど、でもラカンに「お前も来いよ」って誘われたのが嬉しくてホイホイついてっちゃったんだよな……つまり完全に自業自得ってやつで……。

「…………で、でもあれは後でラカンがあの商人にきつく言い含めておいてくれただろう?」
「そりゃあな。向こうに着いた途端お前を掻っ攫って屋敷に監禁しようとした野郎なんて馬鹿すぎて放置できるか」
「あー、確かに。そんなんでラヴァンが薬を融通してくれるわけないのに馬鹿だよな」
「あぁ?」
「ん?」

 …………なんだろう、ラカンの顔がますます怖くなっている。奥に不穏な光が宿ってる鬼眼にギロリと見据えられて、俺はすくみ上ってしまった。
 マズイ。これはアレだ。本気の剣鬼様の目だ。
 そして俺はこの目で見られるともう何も抵抗できなくなってしまう。この間、このベッドでした最初のセックスの時にそれを思い知らされた。

「……とにかく、お前は何か困ったことが起きても絶対自分から言ってこないだろう。だからお前が俺に知らないところで馬鹿なことしでかしてないか確認しておきたいんだ」
「そ、そうなんだ」

 そうか、そういえばさっきも心配だ、って言ってたもんな。つまり俺が変な道具を使って妙なこと……つまり怪我したりするような使い方をしてないかどうかが知りたいのか。

 …………ど、どうしよう。まさか本当に善意で心配されてるとは思いもしなかった……。こうなると元々ラカンのことが好きで好きでしょうがない俺としては断り難いな……。やはりやるしかないのか。

 仕方なく俺はラカンの手から問題の張型を受け取る。でもどうしてもそこから先に進めなくて固まっていると、一事が万事察しのいいラカンがパチリと瞬きをして「ちょっと待ってろ」と言って立ち上がり、討伐帰りの荷物を開けて何かを取り出した。
 戻ってきたラカンの手にあったのは銀色のスキットルだった。その中には特別寒い時とか敵にやられて痛みが激しい時、傷口を消毒したい時に使う度数の強い蒸留酒スピリッツが入っていて、ごくたまに野営の時なんかにラカンがそれに口をつけているのを見たことがある。

「少し飲め」

 そう言われて俺は手に握らされたスキットルを思わずじっと見つめてしまった。え、だってこれラカンが普段使ってるやつだよ。つまり俺がこれを飲んだら、ラカンの口が触れたところに俺の口が、

 いかん。さすがに気味悪がられてしまうなこれは。顔が熱い。
 頭に浮かんだ妄想を慌てて消して、俺はそれを一気に飲み下した。すると喉が焼け付くように熱くなって思わず咳き込む。同時にラカンの焦ったような声が耳に飛び込んできた。

「おい、一気に飲むやつがあるか!」
「うえ……っ、そ、そうだな、わか……っ、て……っ、げほっ」
「…………先に注意すればよかったな、悪かった」

 えらくストレートに謝られてしまってこちらも困る。というかなんか変だぞ、今日のラカンは。

「い、いや、俺だってわかってたのに、すまない……、これ秘蔵の火酒なんだろう? ええと、今度買って返すから……」

 しどろもどろ言っていると、ラカンが俺の手からスキットルを取ってベッド横の棚の上に置いた。そして俺の背中をさすりながら尋ねた。

「で、お前、これどこで買ったんだ」

 喉を焼いた酒の熱はそのまま食道を通って胃の腑に落ち、そこから一気に全身に回り始める。全身がぽかぽかとしてきて、少し頭がぼんやりしてくる。俺は半ば上の空でラカンの問いに答えた。

「え……、ああ、これ……? ファニエール街の一本裏にある、なんという店だったかな……」
「ファニエール街? あー、なるほどな」

 ファニエール街っていうのはいわゆる色街ってやつで娼館が多く集まってる場所だ。ちなみに例のラカンの馴染みの女たちがいる店もその辺りに固まってる。

「ちなみになんでそんなもん売ってる店を知ってたんだ?」
「ええと……酒場で一人で吞んでたら、となりのやつが話してたのをきいた」

 あー、さっき飲んだ酒がぐるぐる全身をまわっている。するとラカンが俺の手を取って持ち上げた。

「で、これは一体なんだ?」
「これは、張型……の細いの?」

 一見、ただの棒のように見えるそれは大層滑らかで、両端も綺麗に丸く整えられている。なんでも魔獣の角から削りだしてピカピカに磨いて作るというそれは結構な値段がした。
 俺がそう言うと、ラカンは表面を確かめるように、張型の先端を親指の腹でするり、と撫でた。思わず俺はそれを凝視する。

「これ、このまま入れるのか?」
「ええと……ちょっと冷たいから、湯で温めてからがいいって……」
「ふうん」

 強い火酒でふわふわしている頭をなんとか働かせて答えると、ラカンがまた棚の引き出しを漁り始めた。そして中に入れっぱなしだった香油の瓶を取り出す。そして張型の先を大きな手の中でぎゅっと握った。……ああそうか、温めてくれてるのか……?

「あ、あのさ……」

 俺が呟くと、ラカンが「どうした」と目を上げる。

「そ、それ……ほんとにつかうの?」
「ああ」
「いま? ここで?」
「そう」
「…………あんたのめのまえで?」
「ああ、そうだ」

 そう言ってニヤリと笑ったラカンを見て、俺は抵抗することを完全に諦めた。

「ほら、服脱げよ」
「う、うん」

 ラカンに言われて俺はノロノロと履いていたズボンと下履きを脱ぐ。上の服は……まあいいか。じぶんでするだけだし。せっくすするわけじゃないし。

 そんな事を考えてモタモタしてる間に、ラカンは棚から寒い時期に旅をする時持っていく厚手の布を持って来てベッドに敷いた。多分ベッドが汚れないようにだよな。良く気がつくなあ。確かにこのあいだラカンを送り出した後にベッドの惨状見て唖然としたからな、俺は。
 シャツだけ引っ掛けて下半身のみ裸という実に情けない姿でぼんやり座ってたら、ラカンに手を引っ張られたのでベッドの真ん中あたりに移動した。

「じゃあ、最初はこれだな」

 そう言ってラカンが俺の手にソレを握らせる。そしてその上から香油をとろとろと掛けた。

「こっちにも垂らした方がいいか?」

 わずかに上目遣いでそう言って、俺の足の付け根ギリギリのところをラカンがそっと親指でひっかく。たったそれだけで俺の身体は火がついてしまう。本当に馬鹿だな、俺の身体は。ラカンのことが好きすぎる。

「……いい」

 そう応えて俺はそれを握り直した。ラカンはじっと俺を見ていて、始めるのを待っている。
 一つ深呼吸をして覚悟を決めると、香油まみれのそれをそっと押し当てた。いつもは心の準備も兼ねてしばらくその先で入り口の外を撫でたり突ついたりするんだけど、それをラカンの見ている前でするのはさすがに恥ずかしすぎる。

 ついさっきまでラカンが大きな手のひらでぎゅって握ってあっためてくれてたと思うとちょっとドキドキする。いきなり先っぽを入り口に押し当てると、さして太くもないソレは大した抵抗もなくぬるり、と中に入った。

「…………っふ」

 なんとか浅い呼吸を繰り返して、そのままゆっくり中に挿れていく。すると滑らかな先端がペニスの裏側辺りにあるしこりをかすめて一瞬息を呑んだ。そこで俺は迷った。

 どうしよう。始めたはいいけど、これって一体どこまでやればいいの? とりあえずやり方だけ見せればいいんだよな? 別に本気でやんなくてもいいんだよな? 

 そう考えて俺はもうちょっとだけ奥に入れて、ちょこっと動かしたら抜いてしまおう、と決めた。が、一体どこまでこの剣鬼様は勘がいいのか。俺が手を動かす前にまた俺の顔を覗き込むみたいにして言った。

「アドルティス、ちゃんとやれよ?」
「え? ちゃんと、って?」
「だから、お前がいつもやってるみたいにやれと言ってるんだ」

 いつも通り? どういうこと? 

「お前、これ使う時もちろんイくまでやるんだろう? だからちゃんと最後までやれよ」
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