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Ⅲ 有為転変はエルフの習い 編

朝っぱらからぐるぐる

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――――アドルティス。

 すっごくあっつい声で俺の名前を呼ぶ声が耳に残ってる。
 っはぁ~~~~~~~いい夢見たなあ……。
『わが生涯に一片の悔いなし』とは東の国の言葉らしいが、まさにその心境だ……。




 うとうとと心地よい微睡みから、だんだん意識が浮かび上がっていくのを感じる。ああ、もう朝か。今日は何かあっただろうか。そうだ、修理に出してた弓を受け取って、あとエリザさんがそろそろじゃがいもと玉ねぎがないって言ってたから買ってこよう。あれは結構重いからな。
 それに気候がいいうちに森にカクの実やヘビイチゴも採りに行きたいな。それにそろそろ薬師のラヴァン婆さんの依頼が来てるはずだ。あの人の要求がきつすぎて最近なかなか依頼を受けるやつがいないってギルドの受付の子がこぼしていたし。

 そこまで思い出して、俺は目を閉じたまま肩の力を抜く。
 身体が重だるい。でもそれは身体の芯からじわじわと甘い痺れが広がっていくような、妙に幸せな気怠さだ。
 まだ起きたくないな。だってすごくいい夢を見たんだ。昨日の夜。

 出会った時から密かに片思いしていたあのラカンが。あの! 誰よりも強くてちょっと顔は怖いし目つきも悪いが、でも漢気があっていろいろと経験値の高そうで一部の女性たちにもすごく人気のあるあのラカンが、俺の上に覆いかぶさって何かすごくいやらしいことを言いながら俺の中を突いて捏ねまわして溢れるくらいたっぷりと子種を注いできたというすごい夢だ。

 いや、もちろん夢だ。夢だって。そうに決まっている。
 なぜならラカンは男を抱いたりしないし、行きつけの娼館に馴染みの女だって三人もいる。つまり俺なんか相手にしなくてもその女たちとそういうことができるのだ。
 もし俺がラカンの立場だったら三人も日替わりとは忙しすぎてその内名前を間違って読んでしまったりしそうだ。でもラカンは人並外れて精力旺盛だと言われる鬼人族の男だからそれくらい当たり前のことなのだろう。よくわからんが。

 とにかく、そんなラカンが俺とそんなことをするなんてありえない。そうだろう? そうだよな? 

 ………………なら、今後ろから俺の身体に太い腕を巻きつけて高いびきかいて寝てる男は一体誰なんだ。

 俺は背後の謎の男を起こさぬように、そっとベッドから這い出す。そして恐る恐る後ろを振り返った。
 …………ラカンだ。ラカンだよな。どう見てもラカンだ。短い髪はくしゃくしゃに乱れて眉間になぜか皴が寄ってていつもより三割増しぐらいで顔が怖いが、間違いなく八年来の腐れ縁の相棒(?)で、この辺りの冒険者なら知らない者のいない『剣鬼』ラカンだ。

 俺は思わずベッドの下の床に座り込んで深い深いため息をついた。
 一体これはどういうことなんだろうか。
 俺は大混乱している頭をなんとか整理しようとする。

 事の発端は確かに俺だ。二か月もの長い護衛仕事から帰ってきたばかりで疲れているラカンに大陸一強いといわれるドワーフの火酒で酔わせて寝込みを襲った。
 ラカンのアレを初めて目の当たりにした時のあの感動はきっと一生忘れないだろうし、もちろん今もはっきりと覚えている。

 ラカンの上に跨って、あの大きなモノが俺の中に入ってきた時のあの衝撃。世界がひっくり返るほどの衝撃とはああいうのを言うんだろう、きっと。
 今まで自分の指と勇気を振り絞って買った淫具しか知らなかった俺が初めて本物の男を知ったのだ。ああ、これがどんなにすごいことかわかるだろうか? しかもそれ、ラカンのなんだぞ? 

 が、俺が得意と感動の絶頂に酔いしれたのはそこまでだった。そこから先はなんというか……衝撃的すぎて実はあんまり覚えてない。例えて言うなら、まったく油断しきっていたところに突然ドラゴン級の魔獣が現れていきなり鋭い牙がぞろりと生えた口で頭に噛みつかれて遥か遠くの山に向かって吹っ飛ばされたような気分だった。

 そこまで思い出すと、俺は頭を切り替えたくてとりあえず身体を洗うことにした。決して現実逃避ではない。
 ベッドに手をついてなんとか立ち上がり、床に落ちていたシャツを羽織ると足音を殺して階下にある浴室へ向かう。
 玄関扉の横の小窓から漏れてくる光の様子からしてまだ朝の早い時間だろう。階下にエリザさんのいる気配もなかった。
 階段を降りながらまだ尻の間に太い何かが挟まってるような違和感を感じて、思わず俺はときめいてしまう。いや、ときめくなって。本当に俺は馬鹿だな。

 ガクガクする足腰をなんとか支えて浴室にたどり着き、魔石に魔力を通してからコックを捻って温い湯を頭から浴びる。と、その時目の前の壁を見て一瞬息が止まった。
 昨日、俺が許容量を遥かに超えた混乱と快感を逃そうとして必死にしがみついていた壁。
 そうだ。あれはやっぱり夢じゃない。俺はラカンと間違いなくセックスしたんだ。狭いベッドと、ここと、そしてもう一度寝室のベッドの上で。

 途端に違和感しかなかった後腔に俺の全神経が集中する。
 ここを何度も何度も出入りしていたラカンのモノ。俺の腕や尻を掴んだラカンの手のひらの熱さと強さ。力強くて疲れを知らない身体。そしてどこまでも俺を翻弄する意地悪で、そのくせ俺をとびきり甘く蕩かす声。
 現実だ。これは間違いなく現実だ。俺は昨日、ラカンに抱かれたんだ。

「う……うそだろ……」

 思わず情けない声を漏らして壁にすがりつく。
 嬉しい、嬉しくて死にそうだ。でもそれよりもっと強く「なんで?」って疑問が湧いてくる。
 なんで、なんでラカンはあんなことをしたんだろう。俺が寝込みを襲った時に向こうからやり返して来たのは、まあ酔いも残ってただろうし、寝てる間に俺に勃起させられて、それでそれをなだめるために衝動的にしてしまったのかもしれない。いや、きっとそうなんだろう。

 でもこの浴室した二回目のアレは? 入り口ばっかり浅くぬちぬちと出し入れされて気が狂いそうになったアレは? そして部屋に戻ってやった三回目と四回目と……ダメだ、結局何回したのかまるっきり覚えていない。
 初めての、それも大好きな人との交合で何度したのたかまるで覚えてないというのは相当まずいのではないだろうか? というか俺の何倍も体格がよくて精力もものすごく旺盛らしいラカンを相手に覚えてないくらい何回もした後でよくここまで歩いてこれたな、俺。無駄かと思いつつも密かに鍛えていたかいがあったのだろうか。

 それはともかく、正直昨夜のことはあまり詳しくは覚えていない。でもはっきりと記憶に刻まれていることもある。それは浴室からベッドに場所を移してからのことだ。
 何かよくわからないことで言い合いになって、とても怖い顔をしたラカンに『誰とでもこんなことしてるのか』とかなんとか結構キツイことを言われてしまった。
 あれはどういう意味だったんだろう。もし俺が相手かまわず寝ていたとしたら、そんな俺とするのは気持ちが悪いとか悪い病気でも持っていないかとか、そういうことだろうか。

 でも俺は自分の中を行き来するラカンのモノの感触や恐ろしいほど間近に聞こえる彼の荒い息遣いや彼の肌から噴き出しているような熱やなんかにもう完全に頭が融けて馬鹿になっていて、全然うまく答えられなかった。
 そうしたらラカンがなぜか急にやさしくなって、背中やなんかを撫でたりしてくれた。

 ついさっきまでものすごく怖い顔をしていた男が、突然ものすごく優しくしてくれる。
 昔からラカンにはそういうところがあって、この落差こそが、俺が彼に嵌ってしまって抜け出せないでいる一番の原因なんじゃないかと心底思う。
 そしてラカンが、それまでのきつい言葉からは想像もできないほどやさしく、ゆっくりと俺の中に入ってきたのだ。

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