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Ⅰ 窮鼠、鬼を噛む 編
ラカンの帰都
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「おい、アドルティス。メシ行くぞ」
このルーマ地方でただ一人『剣鬼』の称号を持つ金級冒険者のラカンは、大きな体躯を俺の下宿の狭い玄関口に押し込んでそう言った。
俺は今日採取してきたハーブを仕分けてた手を止めて、予告もなしに来ておいて一緒に行くのが当然みたいな誘い方をしてくる相手に瞬きをする。
「なんだ、ラカン。街に戻って来てたのか」
「今さっきな。面白くもない仕事だったぜ」
そう言ってラカンは昔グラードベアの拳をまともに食らって以来、少し曲がったままの鼻をフン、と鳴らしてみせた。
ラカンはこの辺りではめったに見かけない鬼人族の男で、赤銅色の肌に少し赤みがかかった黒い髪、そして黒光りしてる短い二本の角が目印だ。
いかにも鬼人らしく、たいそう身体が大きくて逞しい。大体が長身のエルフである俺より頭一個分背が高いし、体重はもっと違うだろう。
首も腕も足もオーガのように太くて肩や胸もとても分厚いから、エルフの俺が全力で突進したって多分びくともしないと思う。
冒険者ランクは上から二番目の金級で、このルーマ地方有数の商業都市ダナンにも金級は三人しかいない。ちなみに俺はその一つ下の銀級だ。
俺は肩の上で切りそろえた髪を掻き上げて言う。
「今回の依頼は結構長くかかったんだな」
「約ふた月な。さすがに疲れたぜ」
彼の言うとおり二ヶ月ほど前、『剣鬼』の称号を持つ凄腕の剣士ラカンの腕を見込んで、ダナンでも一番の豪商が中央都市までの護衛を依頼した。どうやらその仕事が終わって戻ってきたところらしい。
「それなら金山羊亭に行こう。今朝あそこの親父さんが黒血牛の肉が入ったと言っていた」
そう答えて俺は仕分けたハーブをくくって風通しのいいところにぶら下げる。
下宿のおばあさんに声を掛けてからラカンと一緒に家を出ようとした時、突然伸びてきた手に髪をひと房持ち上げられて思わず心臓が跳ねた。
「髪切ったのか」
「…………伸びて、邪魔だったから……」
「ふうん」
赤と黒に塗られた大きな剣を握り、巨大な魔獣の首を一閃のうちに跳ね飛ばすラカンの太くて節立った指から俺の髪が零れ落ちる。
「早く行こうぜ。腹が減った」
そう言って遠ざかっていく彼の手を目で追いながら、俺は胸の上で拳を握りどくどく脈打つ心臓を押さえ込んだ。
◇ ◇ ◇
ラカンは、故郷の森以外で初めてできた俺の友人だ。というかまあ、ただの腐れ縁みたいなものだけど。
俺たちがあの洞窟での護衛仕事で出会ってからもう八年が経つ。
それなりのレベルの冒険者になった今の俺はいわゆる回復役兼支援役というやつで、支援魔法とは別に目や耳がいいとか弓とナイフが得意とかの特技はあるが、残念ながら自分一人で大物の魔獣と戦えるほどのスキルは持ってない。あくまで後方支援と索敵が得意、という感じだ。
そしてラカンはいつも、東の物だというたいそう斬れ味のいい剣……じゃない、刀を二振り腰に下げていて、それでどんなに強い敵も真正面からぶった斬っていくタイプの剣士だ。二刀流だぞ、すごいだろう。
初めてラカンに出会って助けてもらった後、街に戻ってからお礼に一杯奢った。(全然一杯とかいう量じゃなかったが)その時はそれで別れた。
でもたまたまなのかなんなのか、それからギルドで紹介された仕事に結構な頻度でラカンもいた。
後でわかったことだが、役割的にも力量的にも俺たちは相性が良かったらしく、ちょっと面倒だったり難しそうな依頼にギルドの人が俺とラカンを二人一組のような扱いで斡旋していたのが原因だった。
確かに俺が先頭で見張って敵を見つけて、そしてラカンが真っ先に飛び出してガンガン魔獣を倒してる間、俺が他のみんなの攻撃力だのスピードだの防御力だのを上げつつ依頼主や荷物なんかを守ったり、余裕があれば主力の回復役の手伝いをするというのは、ラカンにとってもなかなか便利なフォーメーションだったようだ。
「お前がいると後ろのことを気にしなくていいからいい」
とはラカンの言だ。ようするにラカンは思いっきり目の前の魔獣に集中して思う存分戦えるのが好きなんだろう。まあそういう男だ。
まあそんなこんなでなんとなく二人で飯を食ったり依頼をこなしたりしてるうちに、友達というと気恥ずかしいが、周りから見たらよくつるんでる二人というか、腐れ縁のような間柄になってたというわけだ。
そういえば彼のラカンというあまり聞きなれない響きの名は、鬼人族がいた東の方の文字で書くと大層複雑で、何か魔法の息吹のようなものを感じる。
以前、一度だけラカンが地面に指で書いてくれたその文字を、なんとかして俺も書けないものかと密かに練習しているがなかなか難しい。
元来、器用なエルフならいくら古の異国の文字とはいえ、たった二つしかないそれを覚えることは簡単にできそうなものなのにな。
変わり者と言われる自分のエルフらしからぬ不器用さに我ながら呆れてしまうし、少し残念だと思う。
このルーマ地方でただ一人『剣鬼』の称号を持つ金級冒険者のラカンは、大きな体躯を俺の下宿の狭い玄関口に押し込んでそう言った。
俺は今日採取してきたハーブを仕分けてた手を止めて、予告もなしに来ておいて一緒に行くのが当然みたいな誘い方をしてくる相手に瞬きをする。
「なんだ、ラカン。街に戻って来てたのか」
「今さっきな。面白くもない仕事だったぜ」
そう言ってラカンは昔グラードベアの拳をまともに食らって以来、少し曲がったままの鼻をフン、と鳴らしてみせた。
ラカンはこの辺りではめったに見かけない鬼人族の男で、赤銅色の肌に少し赤みがかかった黒い髪、そして黒光りしてる短い二本の角が目印だ。
いかにも鬼人らしく、たいそう身体が大きくて逞しい。大体が長身のエルフである俺より頭一個分背が高いし、体重はもっと違うだろう。
首も腕も足もオーガのように太くて肩や胸もとても分厚いから、エルフの俺が全力で突進したって多分びくともしないと思う。
冒険者ランクは上から二番目の金級で、このルーマ地方有数の商業都市ダナンにも金級は三人しかいない。ちなみに俺はその一つ下の銀級だ。
俺は肩の上で切りそろえた髪を掻き上げて言う。
「今回の依頼は結構長くかかったんだな」
「約ふた月な。さすがに疲れたぜ」
彼の言うとおり二ヶ月ほど前、『剣鬼』の称号を持つ凄腕の剣士ラカンの腕を見込んで、ダナンでも一番の豪商が中央都市までの護衛を依頼した。どうやらその仕事が終わって戻ってきたところらしい。
「それなら金山羊亭に行こう。今朝あそこの親父さんが黒血牛の肉が入ったと言っていた」
そう答えて俺は仕分けたハーブをくくって風通しのいいところにぶら下げる。
下宿のおばあさんに声を掛けてからラカンと一緒に家を出ようとした時、突然伸びてきた手に髪をひと房持ち上げられて思わず心臓が跳ねた。
「髪切ったのか」
「…………伸びて、邪魔だったから……」
「ふうん」
赤と黒に塗られた大きな剣を握り、巨大な魔獣の首を一閃のうちに跳ね飛ばすラカンの太くて節立った指から俺の髪が零れ落ちる。
「早く行こうぜ。腹が減った」
そう言って遠ざかっていく彼の手を目で追いながら、俺は胸の上で拳を握りどくどく脈打つ心臓を押さえ込んだ。
◇ ◇ ◇
ラカンは、故郷の森以外で初めてできた俺の友人だ。というかまあ、ただの腐れ縁みたいなものだけど。
俺たちがあの洞窟での護衛仕事で出会ってからもう八年が経つ。
それなりのレベルの冒険者になった今の俺はいわゆる回復役兼支援役というやつで、支援魔法とは別に目や耳がいいとか弓とナイフが得意とかの特技はあるが、残念ながら自分一人で大物の魔獣と戦えるほどのスキルは持ってない。あくまで後方支援と索敵が得意、という感じだ。
そしてラカンはいつも、東の物だというたいそう斬れ味のいい剣……じゃない、刀を二振り腰に下げていて、それでどんなに強い敵も真正面からぶった斬っていくタイプの剣士だ。二刀流だぞ、すごいだろう。
初めてラカンに出会って助けてもらった後、街に戻ってからお礼に一杯奢った。(全然一杯とかいう量じゃなかったが)その時はそれで別れた。
でもたまたまなのかなんなのか、それからギルドで紹介された仕事に結構な頻度でラカンもいた。
後でわかったことだが、役割的にも力量的にも俺たちは相性が良かったらしく、ちょっと面倒だったり難しそうな依頼にギルドの人が俺とラカンを二人一組のような扱いで斡旋していたのが原因だった。
確かに俺が先頭で見張って敵を見つけて、そしてラカンが真っ先に飛び出してガンガン魔獣を倒してる間、俺が他のみんなの攻撃力だのスピードだの防御力だのを上げつつ依頼主や荷物なんかを守ったり、余裕があれば主力の回復役の手伝いをするというのは、ラカンにとってもなかなか便利なフォーメーションだったようだ。
「お前がいると後ろのことを気にしなくていいからいい」
とはラカンの言だ。ようするにラカンは思いっきり目の前の魔獣に集中して思う存分戦えるのが好きなんだろう。まあそういう男だ。
まあそんなこんなでなんとなく二人で飯を食ったり依頼をこなしたりしてるうちに、友達というと気恥ずかしいが、周りから見たらよくつるんでる二人というか、腐れ縁のような間柄になってたというわけだ。
そういえば彼のラカンというあまり聞きなれない響きの名は、鬼人族がいた東の方の文字で書くと大層複雑で、何か魔法の息吹のようなものを感じる。
以前、一度だけラカンが地面に指で書いてくれたその文字を、なんとかして俺も書けないものかと密かに練習しているがなかなか難しい。
元来、器用なエルフならいくら古の異国の文字とはいえ、たった二つしかないそれを覚えることは簡単にできそうなものなのにな。
変わり者と言われる自分のエルフらしからぬ不器用さに我ながら呆れてしまうし、少し残念だと思う。
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