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二人が初めて出会った時のこと(3)
しおりを挟むジェイデンという男は皮肉でもなんでもなく、まさに生まれながらの貴族であり騎士だった。自分が常に人々の好奇心に晒されていることをこの上なくわきまえていて、まだ十五なのにすでに己を律する術を身に着けていた。
いつでも真面目に鍛錬に励みひたすら自分を鍛え、口は閉ざして余計なことを言わない。そして自分に向けられる視線の中にこめられた親愛と憧憬と渇望と嫉妬と批判を鋼の精神で静かに、だが断固として跳ね返していた。
そんな彼がなぜかキーガンに懐いた。そう、懐いたとしかいいようがない。
「俺はあの時、飴玉でお前を餌付けしたのか?」
三日間にわたる東の森での野営訓練で疲れ果てた同輩たちのいびきが響く天幕の中、毛布を被って寝転がったキーガンは首を傾げた。隣にうつ伏せに並んだジェイデンが、キーガンがこっそり持ち込んだリザードラのしっぽの干物を噛みながら笑った。
「そうだな。今だってこんな珍しいものを俺に食わせてくれているだろう?」
「リザードラの干物は別に珍しいもんじゃねぇよ。よくある酒のアテだ」
と言ってすぐに「しまった、俺たちはまだ未成年だった」と気づく。
成人と認められるのは学院を卒業する18の年だ。それまでは一応飲酒は禁止されている。だが下町ではそこらへんは随分とルーズだ。
貴族は貴族で薄めたワインくらいなら成人前から飲んでいるかもしれないが……。
(こいつ堅物だし、怒られるかな)
と思っていたら、以外にもごく普通の顔で「確かにこれは酒が欲しくなるな」と言ってきた。キーガンは思わずにんまりと笑ってひそひそ声で付け足す。
「だろ? けどそれに合うのはお高いワインやシェリー酒なんかじゃない。やっすいエールがいいんだ。今度飲ませてやるよ」
「そうか、楽しみだ」
生まれてこの方ナフキンやフィンガーボウルのない席で食事なんかしたことなさそうなジェイデンだが、驚いたことにキーガンが慣れ親しんだ下町の味にあっという間に馴染んでしまった。今じゃ非番の時に一緒に雇い人や傭兵たちが出入りするような南門あたりの食堂で手づかみでホロホロ鳥の丸焼きにかぶりついたりするし、森の巡回訓練中にこっそりノルの実を獲っては二人で分け合ったりもする。
入学半年ですでに騎士科始まって以来の俊才と謳われ、卒業時に騎士の称号を得たら文字通り誰もが憧れ尊敬する”騎士の鏡”になるだろうと噂される彼も、一対一で話してみれば自分と変わらぬ本当にごく普通の青年だったのだ。
だからキーガンも調子に乗ってジェイデンのような生粋の貴族が到底知らないようなことを教え、一生足を踏み入れなさそうな場所へと連れて行った。
いつも誰に対しても凛々しくかっちりとした表情や態度を崩さなかったジェイデンが、甘くておいしいけれど種が多くて食べづらいノルの実と格闘し、うまく種だけを取り出せたのをキーガンに見せながら「やったぜ」と笑ったりするのがキーガンにはたいそう面白く、おかしかった。
そしてキーガンに絡んできた酔っ払い相手に生まれて初めての殴り合いのケンカをして「あんな豚野郎はいますぐ虫だらけの石牢にぶち込んでやればいい」などと言いながら拳で鼻血を拭うのを見て涙が出るほど笑ったりした。
夏の盛りに限界まで走らされて、成績も身分の上下も出自も何も関係なくみんなして息も絶え絶えになってぶっ倒れていた時に、ふとジェイデンが「こういうのはいいな」と呟くのを聞いて、キーガンも荒い息の下から「そうだな」と答えた。
それから、キーガンはジェイデンが家名を汚すことのないよう、また騎士というものに対して向けられる人々の信頼や憧れに決して傷をつけぬように、幼い頃から自らの意思で自分を律し、振舞ってきたのだということを聞いた。
「おまえ、すごいな」
思わず感心してそう言うと、ジェイデンが不思議そうに「何が」と聞いてくる。
「いや、十やそこらのガキが普通そんな立派なことを考えたりしないぜ」
「おれはただ祖父や父から聞かされていた物語に出てくるような『人々を守る剣と盾たる騎士』というのに憧れていただけだ。根が単純だから、そのまま15の歳まできてしまった。笑える話だろう」
「そんなことない。ガキの頃からの夢を成し遂げようと一途に努力し続けるなんて、すごく難しいことだ」
するとジェイデンが歯で裂いた干物を片方キーガンに差し出しながら聞いてきた。
「じゃあキーガンが子どもの頃はどんなことを考えていたんだ?」
「あー、そうだな……」
とてもじゃないがその頃のキーガンの一番の懸案事項は「どうやったら誰にも見つからず、怒られずに街で一番高い見張りの塔のてっぺんまで登れるか」だったことなど言えるはずもない。
「まあ、くだらないことだよ。ごく普通の下町のガキだったし」
へらりと笑ってそう答えると、ジェイデンはいかにも意志の強そうな鋭い目をすこしだけ細めて「いつかそれをおれにも教えてくれ」と言った。
そう、ジェイデンがそんな男だったからこそ、二学年に上がったばかりのある日、彼が真っ青な顔をして学院寮の裏で蹲っているのを見て、キーガンは放っておくことなどできなかったのだ。
◇ ◇ ◇
「おい、どうしたジェイデン!」
姿が見えないジェイデンを探して寮の裏手まで来たキーガンは、苦しそうに地面に膝をつく彼を見つけて慌てて駆け寄った。そして丸まった彼の大きな背中をさすってやると、ジェイデンは血の気の引いた顔でキーガンを見た。
「……大丈夫だ。なんでもない」
「それがなんでもないってツラか! あまりにも嘘が下手すぎるぜ、ジェイデン」
だがジェイデンはどこまでも頑なだった。
「本当に、なんでもないんだ」
「あのなあ」
言い訳にもなっていない、あまりにもお粗末すぎる返事に呆れて言い返す。
「いいか、おれたちが初めて話した時のことを思い出せよ。飴玉やっただろう? すました顔してたっておまえが昼飯喰い損ねて不機嫌だったのはお見通しだったんだ。おれを誤魔化せると思うなよ?」
するとジェイデンが観念したように力なく笑って呟いた。
「……確かに、おまえの目を欺けたことなんて一度だってなかったな、キーガン」
キーガンは医務棟へ行くのをひどく嫌がるジェイデンに肩を貸し、騎士課の寮の彼の部屋まで運んでやった。そこで粘り強く彼を問いつめて、そして知ったのだ。ジェイデン=ブラックウェルが抱える人生最大で最悪の秘密を。
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