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111話「意外と人は見てるもん」
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大賀 雄太:♂ 一年生。野球部の部員。
石山 晃:♂ 三年生。野球部の部員。
ーーーーー
暗闇の中に、大きなため息が響く。
日は落ち、月明かりや教室から溢れる明かりに照らされた校庭内の水道前には、野球部三年の石山 晃が、顔から水滴をポタポタと落としながら、一人俯いている。
止まることなく流れ出る水をしばし見つめ、再度大きなため息を吐き出し、ギュッと強く蛇口を捻る。
石山「...全然、ダメだったな...。」
石山(今日の練習試合...俺は、六回投げて5失点...。大賀は、七回投げて1失点......どっちがエースかって言われたら、一目瞭然だよな...。)
石山「くそ...。」
石山(最近、練習でもミスが多くなってきてる...。このままじゃ...。)
石山「...いや、何もしなくても、結果は目に見えてるよな...。」
石山「...やっと手に入れたってのに...もうお別れか...。」
大賀「あっ、石山さんじゃないっすか。」
石山「え...?」
大賀「うぃす。お疲れ様でーす。」
石山「あ、あぁ...。お疲れ。」
大賀「こんな時間まで、練習っすか?」
石山「ま、まぁな。お前は?」
大賀「さっきまで走ってました。今日、後半疲れ気味だったんで、もっと体力つけなきゃやべぇって思ったんで。」
石山「そ、そうか...。」
石山(M)俺は、凡人だ。そして、大賀は天才だ。そんなの、誰が見たってわかる。誰がどう見ても、わかるんだ...。1という番号が似合うのは、どっちかなんて...。
石山「練習するのはいいけど、し過ぎんなよ。」
大賀「わかってますよ。つーか、それアンタにも言えることっすよ。」
石山「お、俺はいいんだよ。俺は。」
大賀「はぁ? なんでっすか?」
石山「そ、それは...。」
石山(M)俺は、凡人だ。だから、練習しなきゃならない。努力しなきゃいけない。いっぱい、いっぱい...。そうしなきゃ、戦えないから...並ぶことさえ、出来ないから...。
大賀「まぁ、どんだけ石山さんが練習したって無駄ですけどね。俺がいるんで。」
石山「......。」
石山(M)心に刺さる言葉。言われなくたって、わかってる言葉。どれだけ練習したって、お前に勝てないことくらいわかってる。だって、天才のお前だって努力してんだ...。お前の背中を目指して走ってる俺を待つことなく、お前は前へ前へと走っていくんだ。だから、俺がどれだけ練習しようが、努力しようが、差が埋まることはない。それくらい、わかってる...。
大賀「......石山さん。」
石山「な、なんだよ?」
大賀「へこんでんすか?」
石山「...は?」
大賀「まぁ、今日めちゃくちゃに打たれてましたし? へこむのは当たり前っすよね。俺はそんな打たれたことないから、気持ちわかんないですけどね。」
石山「お、お前...。」
大賀「...気にしすぎなんすよ。」
石山「...え?」
大賀「石山さん、ランナー出した後、めちゃくちゃ気にしますよね。ゲームだったら「対ランナーG」ついてるな。あと「打たれ強さG」」
石山「Gって、お前...。」
大賀「塁出られたら出られたで、開き直りゃいいじゃないっすか。ホーム踏まれなきゃ負けじゃねぇし。次の打席で三振とりゃいいんだし。」
石山「......。」
大賀「ランナー出すのより、ランナー気にして気にして打たれて負けましたってのが、何百倍もクソだと思いますけどね。」
石山「......。」
大賀「...なんすか?」
石山「え? あっ、いや...お前、よく見てるなって。」
大賀「......って、光が言ってた。」
石山「今更、何言ってんだ...?」
大賀「う、うるせぇな! あれだよ、あれ! あのクソキャプテンが、他の人のやつも見ろっつーから、仕方なく見てんだよ!! 好きで見てんじゃねぇよ!!」
石山「そ、そうか...。」
石山(なんだかんだ言いつつ、ちゃんとキャプテンの言うこと聞いてんだな...。入部した時とは、大違いだ...。)
大賀「なんだよ!? なんか言いたげだな!?」
石山「いや、お前の言う通りだなって思っただけだよ!」
大賀「けっ。」
石山(M)言われたことは、結構グサグサ突き刺さることばかりだったが...なんか、嬉しかった。なんなんだろ、この気持ちは?
大賀「あと、なんでアレ投げねぇんすか?」
石山「アレ?」
大賀「あの、くっっそ遅ぇカーブ。ランナー出た途端、全然投げないじゃないっすか。」
石山「お前、よく見てるな...。つーか、お前も投手なんだから、わかるだろ? あんな遅い球を投げたら、走られ放題だろ?」
大賀「どんだけ走られようが、ホーム踏ませなきゃいいだけっすよ。せっかく良い武器持ってんのに、使わずにバンバカ打たれて恥ずかしくないんすか?」
石山「...武器......。」
石山は、右手を見つめる。
大賀「あの、くっっそ遅ぇカーブがいいとこ決まったら、誰も打てないっしょ。それなのに、マジでもったいねぇ。今日だってガンガン投げてりゃ、あんな点取られずに済んでただろ。」
石山「......。」
大賀「なんだよ? 何も間違ったこと言ってないっすよ。」
石山「......その通りだ。お前の言う通りだよ。」
石山(武器...俺の武器、か...。)
石山(M)いつの間にか、俺は突然目の前に現れた大賀の背中ばかり見てた。自分のことを見ることなく、どんどんと離れていく背中ばかり見て、勝手に絶望して、勝手に諦めて...今までしてきた努力を、投げ捨てようとしてた。
石山「...大賀。」
大賀「なんすか?」
石山「......ありがとな。」
大賀「...は? なんでお礼言ってくるんですか? 気持ち悪っ。」
石山「おまっ、気持ち悪いってなんだよ!?」
大賀「別に俺、石山さんを励ますために言ったんじゃないんすけど。自分の思ったこと言っただけですから。同じ投手として、あまりにも見てられなかったからよ。」
石山「お前、ホント可愛くねぇな...。」
大賀「可愛いわけねぇだろ。俺は、男だぞ。」
石山「そういう意味で言ったんじゃねぇよ! ったく...。」
石山(M)どんどん遠くなっていく背中を見て、努力を辞めようと思った。このまま努力したって、縮まるわけないんだから。でも、努力を辞めてしまったら...もっともっと、今以上に差は開いていく。それだけは、絶対に嫌だ。
石山「...大賀。」
大賀「んだよ?」
石山「...負けねぇからな。」
大賀「は?」
石山「お前にだけは、絶対にエースナンバーは渡さねぇから。」
大賀「へっ。言ってろ。すぐに奪ってやるから。」
石山「っ!」
大賀「あっ、おい!? どこ行くんだよ!?」
石山「走るんだよ!! 俺、スタミナねぇからな!!」
大賀「はぁ!? あんた、し過ぎんなってさっき言ってただろ!!」
石山「俺は凡人だから、やらなきゃなんだよ!!」
大賀「ざけんな、てめぇ!! 待ちやがれ!!」
石山「くんな、バカ!! さっさと帰れ!!」
大賀「帰るか!! お前が帰れ!!」
石山「帰ってたまるか! お前にだけは、絶対に負けねぇ!!」
大賀「それはこっちのセリフだ!! すぐに一番を剥ぎ取ってやるよ!!」
石山「俺の努力を、簡単に奪われてたまるかぁぁぁぁ!!」
大賀「おいゴラてめぇ!! 待てって言ってんだろうがぁぁぁ!!」
石山(M)俺は凡人だ。大賀は天才だ。俺たちは、とんでもなく距離が離れている。
石山(M)でも、天才は凡人を見てくれた。遠く離れた俺を見て、お前にもすげぇところがあるって教えてくれた。見てくれてるだけでも嬉しいのに、武器があるって褒めてくれた。こんなの、喜ばないわけがない。
石山(M)努力せずには、いられねぇだろ。
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