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遊部↓
19話「あなたと私の出会い方」(比率:男3・女3)
しおりを挟む五十嵐:♂
百瀬:♀
男性A、先輩A、国原、男子生徒A、男子児童A:♂
男性B、先輩B、男子生徒B、男子児童B:♂
女子生徒A、女子児童A:♀
原口、女子生徒B、女子児童B:♀
ーーー
時刻は16時半を過ぎた頃。『UTAYA』の看板を掲げた店内は、冷房が隅々まで温度を下げ、外とは比べ物にならない快適さを生み出している。
店内のレンタルDVDコーナーには店の制服を着た五十嵐がおり、返却されたDVDを棚へと戻す作業を行っていた。
百瀬「あれ、賢也?」
五十嵐「ん? おぉ、凪じゃん。おひさ~」
百瀬「この前、部室であったでしょ。今日、本当にバイトだったんだ」
五十嵐「どういうこと? ってか俺、お前にバイトの日言ってたっけ?」
百瀬「この前、遊部のグループで言ってたでしょ?」
五十嵐「あぁ、そういや。え、あれ嘘だと思われてたの?」
百瀬「私はてっきり、冬華ちゃんたちの邪魔しないように嘘吐いてたって思ってた」
五十嵐「あぁね。ってことは、お前の用事は嘘ってこと?」
百瀬「冬華ちゃんが秋斗くんと二人きりで夏祭りだよ? 邪魔するわけにはいかないでしょ。その様子じゃ、バイトなかったら行ってたの? 少しは冬華ちゃんの気持ちも考えてあげて」
五十嵐「行かない行かない。つーか、バイトあっても17時あがりだから、行こうと思えば普通に行けるわ」
百瀬「そうなの? じゃあ、なんで行かないの? 賢也、祭り好きでしょ?」
五十嵐「冬華と秋斗と俺の三人って、明らかに俺だけ仲間外れだろ? 気まずいわ。お前ら誰かが行くなら行ったけど」
百瀬「そっか。賢也でもそんなこと思うんだ。意外」
五十嵐「お前だって、流石にあの二人の間に一人で飛び込もうとは思わねぇだろ? 冬華の気持ちを無しにしても」
百瀬「うーん……そう言われるとそうかも。あそこ、すごく仲良いからね」
五十嵐「毎度毎度、夏帆はよく間に入ってやっていけるな~って感心してるわ」
百瀬「そうだね。あっ、ごめんね。バイトの途中なのに」
五十嵐「いいっていいって。今日、祭り当日でお客さんスッカラカンだし。やることなくて暇で暇でしゃーねぇんだよ。これだって、ようやくありつけた仕事だし」
百瀬「そうなんだ。でも一応仕事中だし、私はそろそろ帰るね」
五十嵐「おうよ。気をつけて帰れよ~」
百瀬「うん」
百瀬(M)私が賢也と初めて会ったのは、中学生の頃。彼との出会いは本当に最悪で、正直思い出したくもない。忘れられるのならば忘れてしまいたい。それくらいに、嫌な思い出。
五十嵐「えっと、こいつはここか。んで、次は~?」
百瀬「……ねぇ、賢也」
五十嵐「ん?」
百瀬「今日さ、17時であがりなんだよね?」
五十嵐「そうだけど」
百瀬「終わるまで待ってるからさ、この後少しだけ話さない?」
五十嵐「いいぜ。んじゃ、もうちょいと待ってて~」
百瀬「わかった。終わったら連絡して」
五十嵐「あいよ~」
百瀬は五十嵐に軽く手を振ると、背を向けて出入り口へと向かっていく。
百瀬(17時までちょっと時間あるし、近くのカフェで待ってようかな?)
出入り口へと歩みを進めていく百瀬。店の中へと入ってきた男性客二名とすれ違う。客はすれ違いざまに百瀬を二度見し、店内の奥へ歩いていく。
男性A「おい、見たか?」
男性B「見た見た。初めて見たわ、あのデカさは」
男性A「AVじゃねぇとなかなか見ねぇよな」
男性B「わかる。顔もまぁよかったし、あんな子と付き合いてぇ~」
男性A「わかるぅ~」
男性たちの下品な会話に耳を貸すことなく、百瀬は足早に店を出る。
百瀬(M)私は、私が嫌いだ。この、周りの視線を集めに集めてしまう大きな胸が大っ嫌いだ。
百瀬(M)小さい頃から、周りに比べて大きかった胸。小学生になってからも、どんどん大きくなる胸。周りから『デカ乳』とからかわれて、恥ずかしくて、嫌で嫌で仕方なかった。
百瀬(M)『気にしないでいい』って友達に何度も言われた。でも、これは私の身体の一部……嫌でも目に入ってくる。忘れたくても忘れられない。見るたびに思い出す、忘れたい出来事を。からかわれ続ける日々を。
百瀬(M)中学生になってからも、胸は大きくなり続けた。中学に上がってからは、デカ乳とからかう人はいなくなったけど……そのかわりと言わんばかりに、ジロジロと視線が胸に突き刺さる。男の子の視線が、女の子の視線が。そして、私の胸を見ながらヒソヒソと話し始める。自分がなにか悪いことをしたようで、嫌で嫌で仕方なかった。
百瀬(M)どうしてこんなに大きくなるんだろう……? 今すぐにでも切り落としてしまいたい。ずっとずっと、そう思いながら生活してた。胸のせいでからかわれて、ジロジロ見られて、ヒソヒソ話されて……学校という場所が、嫌で嫌で仕方なかった。行きたくなかった。でも、親に心配かけたくないから、自分の気持ちに蓋をして通い続けた。
百瀬(M)我慢して、我慢して我慢して我慢して……耐え続けてた私。耐えていたのに、頑張ってたのに……神様は、私にまだ意地悪をしてくるんだ。
ーーー
お昼休みとなり、皆がお弁当を食べ始めている頃──中学二年生の百瀬は、一人で体育館倉庫に向かっていた。
百瀬(わ、私、何かしちゃったのかな……? でも、あの先輩たちとは特に関わりあるわけでもないし……と、とにかく、よくわかんないけど謝った方がいいよね……?)
百瀬(M)中学二年生の頃、男の先輩に『昼休み、体育館倉庫に来てほしい』と言われた。先輩たちとは特に関わりがなかった。だから、どうして呼び出されたのかさっぱりわからなくて、ただただ不安だった。
百瀬「し、失礼します」
恐る恐る体育館倉庫の扉を開ける。が、中に自分を呼び出した先輩の姿はない。
百瀬(あ、あれ? 誰もいない……)
百瀬「あ、あのー、どなたか──」
百瀬(M)不安になりながらも、倉庫の中へと歩みを進めた。その時、背後で大きな音がなった。扉が勢いよく閉められ、鍵がかかり、私を呼び出した先輩を含めた三人の男子生徒が、私のことをニヤニヤと笑みを浮かべて見つめている。
百瀬(M)逃げようとする私の腕を掴み、助けを呼ぼうとする私の口を塞ぎ、先輩は私をマットの上へと無理やり押し倒した。シャツのボタンが一つ一つ外されていき、胸元が大きく露出する。この後起こるであろう出来事を想像したら、恐怖で声が出なくなってしまった。
百瀬(M)もしこのことが他の人にバレたら、間違いなく大事になる。そうなれば、当然親にも報告がいく。もしそうなってしまったら……必死に抵抗したい思いを抑えて、私は全てを受け入れることにした。
先輩A「わかってると思うけど、もしバラしたりなんかしたら、これから撮る写真ばら撒きまくるからな?」
百瀬(M)親に迷惑はかけたくない。傷つくのなら自分だけでいい。もうずっと傷ついてきたんだし、慣れたでしょ? だから、もういいんだ。
百瀬(M)私の人生なんて、どうせこんなことばっかり──
五十嵐「あのぉ、お取り込み中のところすいません」
潤む視界に微かに映る、三人とは別の人影──息を荒げる三人とは違い、眠そうな表情でジッと百瀬たちを見つめる青年。
青年は大きなあくびを一つ吐き出し、押し倒される百瀬へと視線を向ける。が、ふっとすぐに視線を先輩たち三人へと向けると、頭を軽く掻き、もう一度大きなあくびを吐き出す。
五十嵐「俺、今からお昼寝するんで、できればもう少し静かにしてもらえると助かると言うか……お願いできます?」
先輩A「てめぇ、いつからいた⁈」
五十嵐「四限終わってすぐですよ。俺、ほぼ毎日ここでお昼寝してるんです」
先輩A「ま、毎日⁈」
先輩B「お、俺が下見した時は、いなかったはずなのに……!」
五十嵐「もしかしたら、そん時は入れ違いになってたかもですね~。あははは~」
百瀬(あの人、確か同じクラスの……!)
百瀬「あ……あ、……た、たす……た……!」
五十嵐「えっと、状況から察するに、今からこの子とお楽しみってとこですか? いいなぁ~俺も混ぜてほしいなぁ~! 先輩先輩、このこと絶対に言わないんで、俺も混ぜてくれませんか? お願いします!」
百瀬「え……?」
先輩A「……絶対に言わないって約束できるか?」
五十嵐「もちろんもちろん! 当たり前っすよ!」
先輩B「おい、いいのかよ⁈」
先輩A「こいつにもなんかしら与えねぇと、バラすだろうがよ!」
五十嵐「大丈夫っすよ先輩方! 俺にも甘い蜜啜らせてくれるってのなら、絶対にいいませんから! 体育館倉庫で可愛い子ちゃんとなんて、興奮……あっ、ヤバっ。先輩先輩」
先輩A「な、なんだよ?」
五十嵐「ヤルなら場所変えた方がいいですよ」
先輩A「はぁ? なんでだよ?」
五十嵐「ここ、昼休みになったら国原来ますよ」
先輩A「はぁ⁈」
先輩B「嘘だろ⁈」
五十嵐「ホントですホントです。そもそも俺がここで昼寝していいって許可くれたの、国原先生なんすよ。んで、国原もここで弁当食べたり本読んだりしにくるんで、多分そのうち来ますよ」
先輩B「おい、どうすんだよ⁈ こんなんバレたらヤベェって!」
先輩A「でもよ、ここまでしといて今更……つーか、まだ脅す用の写真も撮ってねぇのに──」
五十嵐「ん? 足音聞こえません? もしかしたら──」
先輩A「だぁぁぁ! くそ!」
先輩B「お、おい、待てよ!」
後輩二人を残し、先輩たち三人は慌てて倉庫を出ていく。
五十嵐「ここまでしといてさ……根性あるんだかないんだか」
開けられた扉に手をかけ、逃げていった先輩たちの背中を見つめる。
五十嵐は視線を百瀬へと向けると、慌てて目を逸らして扉も少し閉める。
五十嵐「あーえっと……大丈夫? 同じクラスの百瀬、だよな? とにかくまず、その肌けた上半身をどうにかしてもらえませんかね……? 目のやり場に困ると言うか……あと、さっきの話は本当でさ、国原マジでくるからさ。『お前一人だと、見つかったら怒られるだろ?』とか言って毎日様子見に来てくれてんの。ほんと、見た目に反して優しいよな~! あははは~!」
百瀬「……」
五十嵐「……わ、わかる、わかるよ君の気持ち! すごく怖かったし、色んなことが一気に起こって頭の中パニックになってるよね! だから、まずは一つ一つやるべきことをやっていこう! まずは、シャツのボタンを閉めましょう! ほら、早く早く! 早く閉めないと、その大きなおっぱい揉んじゃうぞ~! なんつって! だははは~!」
百瀬はシャツのボタンを閉めることなく、青年の冗談に笑うことなく、ボロボロと大粒の涙を溢し泣き始める。
百瀬「う、うぅ……!」
五十嵐「え……? だぁぁぁ⁈ 嘘嘘嘘、嘘だってば! 冗談だって! ほら、あれ! すごく怖い思いしただろうから、なんか場を和ませようとしたというか! 完全に失敗しましたけども! 悪気があって言ったのではないし、本気で思ってませんから! マジで! 俺も正直なこと言いますと、ちょいと怖かったというか、今も緊張してますというか! つまり、緊張のせいでアホなことを口走ってしまいました! 本当に申し訳ありません! 泣き止んでください! あと、シャツをね、直しましょう! マジで来るから、国原! ねぇ、お願い! このままだとさ、俺が百瀬襲ったみたいに──」
国原「五十嵐ー! 今日は元気じゃねぇかー! 一人でなに騒いでんだー?」
五十嵐「だぁぁぁ⁈ ほらほら、早く早く! あ、あの、触るよ⁈ シャツ触りますね! ほんとすいません! 肌に触れぬよう、最新の注意を払いますので──」
大慌てで百瀬のシャツを掴みボタンを下から閉めていく五十嵐。重い鉄の扉が、音を立てる。
国原「お前、さっきから一人でなに……を……」
五十嵐「く、国原先生……! あ、あ、あの、こ、これは、これはですね……!」
国原「……五十嵐」
五十嵐「は、はい……」
国原「お昼に体育館倉庫を使用していいと許可を出したのは、こんなことをするためではないぞ……!」
五十嵐「待って待って待って! 説明させてください! 説明を! これは、俺がやったんじゃ──」
国原「五十嵐ぃぃぃ!」
五十嵐「お願いだから俺の話を聞いてぇぇぇ!」
百瀬(M)泣きじゃくる私の隣で、正座し、何度も何度も床に頭をつける彼……五十嵐賢也との出会いは、思い出したくもないほどに嫌な出会い方だった。
ーーー
数週間後。帰りのHRを終えた百瀬は、帰りの支度を済ませ一人で静かに教室を出て行く。
原口「あっ、百瀬さん。こんにちわ」
百瀬「は、原口先生。こ、こんにちわ」
原口「今から帰り?」
百瀬「は、はい」
原口「もしかして、一人なの? 大丈夫?」
百瀬「だ、大丈夫です。人通りが多いところなので、一人でも」
原口「そう。それならいいんだけど……。もしなにかあったら、すぐに先生に相談するのよ。私じゃなくても、あなたが話しやすい人に」
百瀬「は、はい。ありがとうございます」
原口「一人で抱え込まないようにね。気をつけてね。さようなら」
百瀬「は、はい。さ、さようなら」
百瀬は先生にペコリとお辞儀をすると、足早に下駄箱へと向かっていく。
百瀬(M)あの日から、私が襲われかけた日から、先生たちは異様と言っていいほどに優しくなった。私と出会うたびに優しく声をかけてきて『大丈夫か?』と心配して……。
下駄箱へとやってきた百瀬は、上履きと靴を入れ替え、踵を持ち上げて靴を履く。
男子生徒A「あっ、百瀬さん。ちょっといいか──」
男子生徒に背後から声をかけられた百瀬は、身体を大きく震わせながら慌てて男子生徒と距離をとる。
百瀬「……っ!」
男子生徒A「あっ……ご、ごめん! 急だったから、驚かせちゃったよね! ほんと、ごめん!」
百瀬「あ、いや、え、えっと……! ご、ごめんなさい!」
百瀬は深く頭を下げると、男子生徒から逃げるように慌てて下駄箱から駆け出していく。
男子生徒B「おっす~って、どした? ボーッと突っ立って?」
男子生徒A「いや、えっと……俺って、百瀬さんに嫌われてんのかなぁ……?」
男子生徒B「はい? なに、急に?」
男子生徒A「さっき声かけたら、サッと逃げられたから……。心が折れそう……」
男子生徒B「そりゃ嫌われて……いや、百瀬か。だったら、別にお前が嫌いとかじゃねぇんじゃねぇの? 色々とあったみたいだし」
男子生徒A「色々?」
男子生徒B「あれ? お前知らないの? 結構噂になってんぜ? 百瀬って──」
百瀬(M)あの出来事は、あの時の当事者とその親、教師数名しか知らない。本当は、私たち以外には言いたくなかったのだが『事が事だから、黙ったままってのはダメだ』と言われ……。私が、これ以上は大事にしたくないと強く言ったおかげで、それ以上の人には知られることはなかった。
百瀬(M)でも……急に優しくなる教師たち、私の男の子への態度……そして、先輩たち三人が部活を辞め、うち一人が不登校になり……。
女子生徒A「ねぇ、見てみて」
女子生徒B「あれが噂の……マジデカすぎでしょ」
女子生徒A「ねぇ~やばいよね~。あれじゃ噂も本当なんだろうねぇ~」
女子生徒B「怖いよね、ほんと……」
女子生徒A「でもさ、本当にただ襲われただけなのかな?」
女子生徒B「どゆこと?」
女子生徒A「だからさ~あんな立派なもんを持ってるんだし、自分から誘惑したんじゃないのってこと。こんなふうに胸寄せて『私とどうですか~?』って」
女子生徒B「ちょっ、やめなって!」
女子生徒A「だってさ、もし襲われただけだったら、別に公にしてもよくない? あの子は悪くないんだしさ。でも、隠してあんな風にみんなと距離取ってさ、何か他にやましいことがあるんじゃないかな~って」
女子生徒B「そ、そうなのかな……?」
女子生徒A「いや、だってそうでしょ! 自分がなにもしてないなら、堂々と言っちゃえばいいじゃん! なのに、ずっとあんな態度でさぁ~。私、な~んか嫌なんだよねぇ~。ってか、どうせ私たちみたいな小さい女子を鼻で笑いながら見てるに違いないわぁ~。ちょ~っとデカいからって調子乗ってるわ~絶対」
女子生徒B「さすがにそれは言い過ぎじゃ……ってか、私たちって一緒にしないで」
女子生徒A「はいぃ~? 喧嘩売ってんのか、ちみはぁ~?」
女子生徒B「あんたよりはデカい」
女子生徒A「てめぇぇぇ! 今すぐにその乳を剥ぎ取ってやるわぁぁぁぁ!」
百瀬(M)あの出来事は、噂として校内中に広がり……尾鰭が付き、大きくなって……前以上に、私への視線は鋭く、痛々しいものになっていった。
百瀬(M)私が公にしないのは、これ以上誰かに迷惑をかけたくないから、これ以上私を見てほしくないから……。こんなことで注目してほしくない……それなのに、それなのに……。どうして、誰もわかってくれないの? どうしてみんな、そんな目で見てくるの? 私がなにをしたの? 私が……私がさ……。
一人帰路を歩く百瀬。周りには人がほとんどおらず、静かな静かな景色が広がっている。
百瀬(M)視線が痛くて、なにより男の人が怖くなって……私は、帰り道を変えた。誰にも会わないように、大きく遠回りをして帰るようになった。人があまり通らなくて、一人で歩くには怖いんだけど……ズキズキと突き刺さる視線が無い方が、私にとっては心地よかった。安心感があった。
百瀬(M)でも、その安心感よりもやっぱり不安の方が大きくて、毎日毎日押しつぶされそうだった。今すぐにでも忘れたいのに、自分を見るだけでふと思い出してしまう。視線を少し下げただけで、ぶわっと頭の中いっぱいに広がってしまう。怖くて怖くて、身体が大きく震えてしまう。
百瀬(M)もう辞めたい……学校なんて行きたくない、ずっと家に引きこもっていたい。でも、そんなことをしてしまえば親に迷惑をかけてしまう。心配かけてしまう。それだけは嫌だ、嫌だ……。もうこれ以上は心配かけたくない。私が我慢すればいいだけ。私が……私が……。
百瀬(M)そうだ、そうだよ……私なんだ、私がだよ……きっと、今回の件もさ……私が、悪い──
女子児童A「けんやにぃちゃん、動いたぁ!」
五十嵐「はいぃぃ⁈ 何言ってんだ! 俺は一歩も動いてないぞ!」
女子児童A「うごいたよ! はい、早くこっちきて!」
五十嵐「だから動いてないっての!」
通りかかった公園から元気な声が聞こえ、百瀬は足を止めて園内を見つめる。大きな木を背に、小学生の女の子が制服を着た五十嵐をビシッと指差し、早くこっちへと手招きしている。
五十嵐「おい、お前らからもなんとか言ってくれ! 俺、動いてないよな?」
男子児童A「いや、動いてたっての。さっさといけ」
男子児童B「大人げねぇぞ、けんやにぃ。これからもずっとそんな言いわけして生きていくのか? なっさけねぇ」
男子児童A「こんな中学生には、死んでもなりたくねぇ」
男子児童B「なぁ~」
五十嵐「おいガキども! なんだ、その口の利き方は⁈ 最近の小学生は、学校で口の利き方について勉強しないのか⁈」
男子児童A「早く行けっての」
男子児童B「ネチネチしつこい男は嫌われるって、母ちゃん言ってたぞ」
五十嵐「いいだろう……! 小学生に舐められっぱなしなんて、俺のプライドが許さねぇ……! 今すぐにてめぇらをボコボコにして──」
男子児童A「はい、動いたぁ! 今まさに動いてまーす!」
男子児童B「もう言い逃れできませーん! みんなー! これは確実に動いてるよなー?」
児童たち「「動いてるー!」」
男子児童A「はい、全員一致で動いてる。さっさと行け」
男子児童B「中学生だろ? ルールにはちゃんとしたがえよ」
五十嵐「クソが! てめぇら全員で俺をハメやがったな! つーか、それだったらてめぇらも口が動いてんだろうが! さぁ、いくぞ! 全員であちら側に──」
男子児童A「いいからとっとと行けっての!」
男子児童B「だるまさんがころんだが永遠に終わんねぇだろうが! 俺たちをずっとこうしてるつもりか⁈ ずっとこの地に縛り付ける気か⁈」
男子児童A「中学生だろ! 言い訳してねぇでさっさと行け!」
百瀬「……今日も遊んでる。みんな元気だなぁ」
百瀬(M)五十嵐くんとは、あれっきり話してない。だから、彼がなぜいつもこの公園にいて、あの子たちと遊んでいるのかわからない。あの子たちとどういう関係性なのかもわからない。
女子児童A「いくよ~! だ~る~──」
五十嵐「おいこら、ちんたらしてんな! とっとと走ってこい! 俺を助けろ! みんなを助けろ! お前ら、もっと必死に走ってこい! ほら『助けてぇぇ!』って必死こいて言うぞ! いくぞ、せーのっ!」
五十嵐・女子児童B「「助けてぇぇぇ!」」
男子児童A「うるせぇぇぇ! 鬼の声が全然聞こえねぇだろうがぁぁ!」
男子児童B「今どこらへんなのか、いつ転ぶのかさっぱりだろうが! 少し黙って──」
女子児童A「転んだっ! はい、かいとくんとしんごくん動いたぁ!」
男子児童A「はいぃぃ⁈ 待て待て待て、今のは無し!」
男子児童B「全然聞こえなかったから無しだよ! もう一回だ!」
五十嵐「てめぇら、動いたのにグチグチ文句言ってんじゃねぇぞ! さっさとこっちにこい!」
男子児童A・B「お前にだけは言われたくねぇ!」
五十嵐「ったく、仕方ねぇなぁ。だるまさんは一旦中断! みんなで言うこと聞かねぇあいつらを捕まえんぞ! さぁ、走れ走れぇぇ!」
男子児童A「へっ! 捕まえられるもんなら捕まえてみろ!」
男子児童B「俺たち、足早いからなぁ~!」
女子児童A「わ~い! 鬼ごっこだ~!」
女子児童B「けんやにぃちゃんが鬼ね~!」
五十嵐「え? あっ、おい待てお前ら! 勝手に決めんなっての!」
女子児童A「鬼はちゃんと10秒数えるんだよ~!」
女子児童B「にげろにげろ~!」
五十嵐「お前ら、危ないから公園内からは出るなよー! わかってんなー?」
児童たち「「はーい!」」
五十嵐「んじゃ、数えるぞ~! い~ち! にぃ~い! さぁ~ん!」
百瀬(M)いつもいつも、子どもたちと元気にワーワー騒ぎながら遊んでいる五十嵐くん。どんな遊びにも、全力で手を抜かずに。小学生相手に、それはそれでどうなんだろって思う時もあるけども……なんだかんだみんないつも一緒に遊んでるし、むしろ手を抜かずに全力で遊んでくれるから、嬉しいのかな?
五十嵐「さぁ、いくぞぉぉ! まずは、てめぇだぁぁぁ!」
男子児童A「だぁぁぁ⁈ こっちくんなバカ! あっちいけ!」
男子児童B「は~い、海斗は終わり~! 負け~!」
五十嵐「と見せかけて……てめぇだぁぁぁ!」
男子児童B「はぁ⁈ ふざけんなよマジで! だぁぁぁぁ⁈ くんなってのぉぉぉ!」
百瀬「ふっ、ふふふ……!」
百瀬(M)いつもいつも、元気にワーワー遊んでいる彼ら。見ていると、嫌なことを忘れてしまう。夢中になって見てしまう。
百瀬「いいなぁ。私も、一緒に……」
百瀬(M)楽しそうな彼らを見て、私も一緒に遊びたくなる。私は、叶いもしない願いを胸に、今日も公園から一人で帰るんだ。
ーーー
帰り道を変えてから、数週間後。百瀬はいつものように一人で帰路を歩いている。表情は曇っており、悲しそうに、辛そうに、下を見ながらゆっくりゆっくりと歩いている。
車も通らぬ静かな帰り道──ふと、子どもたちの元気な声が耳に届く。百瀬は顔を上げて、少し足早に声の聞こえた方角へと歩みを進めていく。
視界に広がる公園内では、同じクラスの五十嵐賢也、小学生の男女数名の児童たちが、五十嵐を囲みワーワーギャーギャーと元気に騒いでいる。
百瀬「ふふ……! 今日もいる。いつもいつも元気だなぁ。今日は、何して遊ぶんだろ?」
百瀬(M)帰り道を変えて、その道に慣れてしまうほどに時間は過ぎていき……それでも、私への視線は変わらなかった。学校は、今でも居心地の悪い場所だ。
百瀬(M)そんな私を癒してくれる場所、悲しみに包まれた私を元気にしてくれる場所、それがこの公園。公園に入るわけでもない、遊ぶわけでもない。ただただ楽しそうに遊ぶ彼らを見ているだけ。静かに、こっそりと。
百瀬(M)あまりジロジロ見てると、子どもたちが怯えてしまうのではないか? そう思い、最近はそんなジッとは見ないようにしているのだけど……辛い事があると、ついつい忘れて見てしまう。楽しそうな彼らを見て、私は心の平穏を保っている。
いつものように遠くから公園内を見つめる百瀬。五十嵐と児童たちは集まって話し合いをしている。
百瀬(いつもは、私がここを通るときには何かしらで遊んでるのに。何で遊ぶのか、迷ってるのかな?)
百瀬(まだ遊んでないのに、まだ話してるだけなのに……それなのに、みんな楽しそう。いいなぁ……)
百瀬(……私も、みんなみたいに──)
視線を下げ、表情を曇らせる百瀬。立ち止まり、ただただ俯く。
女子児童A「ねぇねぇ! お姉さん!」
百瀬「……え?」
明るい声が近くで聞こえ、百瀬は思わず顔を上げる。
百瀬の胸下辺りの背丈の小さな女の子は、百瀬を見上げながらニコニコと笑みを浮かべている。
百瀬(この子は、いつも五十嵐くんたちと一緒に遊んでる子……だよね? も、もしかして、見てるのバレちゃったのかな……?)
百瀬「な、なに? どうしたの?」
女子児童A「お姉さん、いつもいつもわたしたちのこと見てるよね! わたし、知ってるよ!」
百瀬(やっぱりバレてた! あぁ、ごめんなさい……そして、さようなら……私の癒し……!)
百瀬「あ、ご、ご、ごめんね! み、みんながすごく楽しそうに遊んでるから、そ、その……! わ、私、悪い人じゃ──」
女子児童A「言わなくてもわかってるよ! わたしもね、お姉さんと一緒だったから!」
百瀬「……へ? 一緒?」
女子児童A「お姉さんも、わたしたちと一緒に遊びたいんでしょ! そうでしょ!」
百瀬「……へ?」
女子児童A「わたしもね、前はお姉さんと一緒で、みんなと一緒に遊びたくても『あそぼ』っていえなかったの。でもね、けんやにぃちゃんのおかげで、今はあそぼって言えるようになったんだ!」
百瀬「そ、そうなんだ~。よかったね~」
女子児童A「うん! だからね、今度はわたしが、けんやにぃちゃんみたいなことしてあげるんだ!」
百瀬「……え、えっと……そ、それは、つまり──」
女子児童A「だいじょうぶだよ! わたしがお姉さんのかわりに、みんなにあそぼって言ってあげるから!」
百瀬「……へ?」
女子児童A「まだみんなでなにして遊ぶか決めてるところだから、まにあうよ! ほら、早く早く!」
百瀬「え? あっ、ちょっ、待っ、待って待って待ってぇぇ!」
百瀬は強引に女子児童に手を引っ張られ、公園内へと足を踏み入れていく。
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