「声劇台本置き場」

きとまるまる

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魔王と勇者 勇者と魔王↓

1話(比率:男2・女2)約40分

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登場人物

ジェニ:♂ 14歳。マイペースな魔王。感情の起伏がほぼ無く、表情がほとんど変わらない。

ハル:♀ 14歳。天然おバカな勇者。回復魔法は得意だけど、その他はダメダメな女の子。

ベル:♀ 14歳。ツンデレな魔王。ジェニ様が大好き。



・役表
ハル:♀
ジェニ:♂
ベル:♀
ゴブリン、魔物:♂



ーーーーー



ジェニ(M)魔王と勇者。

ハル(M)勇者と魔王。

ジェニ(M)僕たちは、互いを殺しあう存在。

ハル(M)私たちは、混ざり合うことができない存在。

ジェニ(M)僕らは、共存することはできない。

ハル(M)でも、出会うことはできるんだ。





 鬱蒼と生い茂る木々が開け、透き通るほど美しい湖が広がるとある森の中。


ハル「ふんふんふ~ん♪」


 楽し気に鼻歌を歌いながら、素足を水につける少女。視線の先で魚が一匹水面を跳ねると、一つ大きく笑顔を咲かせる。


ハル「ら~ららら~♪」


 水辺を軽い足取りで歩く。敵意のかけらも感じ取れない優し気な雰囲気にあてられ、小鳥たちが少女ハルの周りに集まり始める。


ハル「あっ、小鳥さんたち! こんにちわ! 今日もお邪魔してます!」


 集まってくる小鳥たちに笑顔を咲かせ、元気よく挨拶をする。それに応えるように、小鳥たちも元気に鳴き始める。


ハル「えへへ! 今日もみんな可愛いな~! 癒されるぅ~」


 元気に飛び回る小鳥を眺め、笑みを強める。肩に止まる小鳥に人差し指を向け、優しく優しく頭を撫でる。
 『平和』という言葉がよく似合う空間。小動物たちも顔をのぞかせ始める。


ハル「……ん?」


 ハルの髪を強く揺らす風が吹く。草木が擦れ合う音が辺りに響くと、楽し気に歌いはしゃいでいた小鳥たちが一斉に空へと羽ばたいていく。
 ハルは視線を空高く飛んでいった小鳥に向ける。自分の手のひらサイズほどに小さかった鳥たちが、さらにさらに小さくなっていく。


ジェニ「……」


 空高くを見つめるハルの背後──黒のローブを身に纏い、深くフードを被る少年。ハルとは違い、不気味な、居心地の悪い雰囲気を周囲に撒き散らす。
 集まり始めていた小動物たちは、一斉に森の奥へと足を進める。少年は逃げ惑う動物たちには目もくれず、水辺で空を見つめるハルをジッと静かに見つめている。


ハル「あっ、こんにちわ!」


 少年の視線に気がついたハルは、小鳥たちに向けた笑顔と変わらぬものを少年へも向ける。が、少年は表情を変えることもなければ、言葉を投げかけようともしない。ただただジッとハルを見つめている。


ジェニ「……」

ハル「あ、あれ? こんにちわー!」


 水辺から上がり、恐れることなく少年へと向かいニコッと明るい笑顔を浮かべるハル。


ジェニ「……何してるの、こんな森の中で?」

ハル「私ですか? 私は……えっと、なんて言えばいいのかな? あっ、あれです! 癒されに来てます!」

ジェニ「癒されに?」

ハル「はい、そうです! この湖には、可愛い小鳥さんたちがいっぱいいるんです! その小鳥さんたちと遊んだり、眺めたりしてると、すごくすごく癒されるんです!」

ジェニ「へぇー。鳥って見てたら癒されるんだ。僕は美味しそう以外何も思わないけど」

ハル「お、おいし……ま、まぁ、感じ方は人それぞれですからね! うんうん!」

ジェニ「……」

ハル「あなたは、ここでなにをしていたんですか?」

ジェニ「……僕は、探してる」

ハル「探して? もしかして、どなたかお探しですか? 私でよければ、お手伝いしますよ! 私、こう見えても勇者ですから! 困っている人は見捨てられないのです!」

ジェニ「……勇者? 君、勇者なの?」

ハル「はい、そうです! 弱っちいんで、信じてもらえないことが多いんですけど……あ、あははは~」

ハル「って、私のことはどうでもいいですよね! それで、誰を探しているんですか? お手伝いしますよ!」

ジェニ「……もういい」

ハル「え?」

ジェニ「僕、勇者を探していたから」

ハル「あっ、そうなんですか。なにか勇者に手伝って欲しいことがあるんですか? 私にできることであれば、なんでもお手伝いしますよ! さぁ、なんでもバンバン言っちゃってください!」

ジェニ「なんでも、か。じゃあ……死んで」

ハル「……え?」


 少年、ジェニは左腕を天高く振り上げる。手のひらに小さな黒い塊がいくつも生み出されると、塊同士が交わり、また生み出され、交わり、を何度も繰り返し形を少しずつ大きくしていく。


ハル「え? え? あ、え? あ、あ、あの……えっと……!」

ジェニ「なにをそんなに驚いてるの? こんなの、僕らにとっては当たり前のことでしょ?」

ハル「いやいやいや、当たり前じゃないですよ! どうして出会ってすぐにそんな戦いを始めようみたいなことを……」

ハル「……も、ももももしかして、あなたは……⁈」

ジェニ「僕は、ジェニ。君たち勇者が殺すべき存在……魔王だよ」

ハル「ま、魔王……⁈」

ジェニ「魔王と勇者が出会えば、やることは一つ。さようなら、勇者さん」

ハル「わぎゃぁぁぁ⁈ ま、待って、待ってください! 話し合いを! 話し合いで解決しましょう! 戦いなんかしなくても、私たちはきっと分かり合え──」

ジェニ「そんなこと言って、今まで待つ魔王がいた? いないでしょ? んじゃ──」

ハル「わぁぁぁぁ⁈ いやぁぁぁぁ!」


 徐々に大きくなっていくドス黒い魔力を、ただただ震えながら見つめているハル。
 丸く形を成していく真っ黒い魔力──その真下、高く掲げる左腕からは、黒とは別の色が細く形を成し垂れ流れている。


ハル「……ん? あぁぁぁぁ⁈ ま、待って、待ってください!」

ジェニ「だから、待たないって──」

ハル「左腕、血が出てますよ! 怪我してるんじゃないですか⁈ どうしたんですか⁈」

ジェニ「ん? 怪我?」


 ジェニは怪我という言葉を聞くと、魔力を溜めるのを中断し左腕を下ろして見つめる。


ジェニ(あっ、ホントだ。さっさ魔物と戦った時かな? 全然気づかなかったや)

ハル「ジッとしててくださいね!」

ジェニ「え?」


 ハルは躊躇なくジェニに近づいていくと、また躊躇うことなくジェニの左腕を触り始める。


ハル「えっと……あっ、ここだ! これくらいの傷なら、簡単に……。そのまま、ジッとしててくださいね」

ハル「『癒しの加護よ 我が身に宿れ』」


 目を閉じ、呪文を呟く。淡い緑の光が辺りに輝くと、ジェニの左腕を光が包みこんでいく。


ジェニ「……君、なにしてんの?」

ハル「なにって、治療ですよ。そのまま、動かないでくださいね」


 数秒の輝きを放った光は、肌に刻まれていた切り傷と共に綺麗さっぱりと消えていく。


ハル「これでよし! どうですか? 痛くありませんか?」

ジェニ「……うん」

ハル「えへへ! それは良かったです! なにをして怪我をしたのかはわかりませんが、これから気をつけてくださいね!」

ジェニ「……ねぇ」

ハル「ん? どうしました?」

ジェニ「君、自分を殺そうとしてる相手の傷を癒すって、バカなの?」

ハル「え? あっ……」

ジェニ「傷、癒してくれてありがと。でも、僕は君みたいに優しくないから。じゃあね。さよなら」


 ジェニは軽くお礼を言うと共に、再度左腕を大きく振り上げ、魔力を溜め始める。


ハル「あぁぁぁぁ⁈ お、お待ちを! お待ちください! 話し合いで──」

ジェニ「だから、無理だって」

ハル「わかりましたわかりました! 戦います! お望み通り、戦います! だから、武器を構える時間をください! お願いしますお願いしますぅぅぅぅ!」

ジェニ「……早く構えてよ」

ハル「は、はい! ありがとうございますありがとうございます! すぐに準備いたしますぅぅぅ!」

ジェニ「こんなうるさい勇者は、初めてだよ……」


 腕を下ろし、大きなため息を吐き出すジェニ。そんなジェニには目もくれず、ハルは急ぎ戦闘の準備を始める。


ハル「えっとえっと、まずはまずは……! く、靴履かなきゃ! いやいや、その前に剣だ! いやでも、剣持ってたら靴履くのに邪魔な気が……あぁぁぁ! と、とりあえず、まずは剣! 剣はどこだ~! 私の剣は、どこ……あれ? 剣? ん? あれ? あれれ⁈ ほんとにどこ⁈ 私の剣、どこいった⁈ ここら辺に置いておいたはずなのに! なんで、どうしてぇぇぇ⁈」

ジェニ「……あれじゃないの?」

ハル「え? あれ?」


 ジェニが指を指し示す先──ゴブリンと呼ばれる魔物が、剣をこれでもかとこちらに見せつけながらハルを小馬鹿にするように踊っている。


ゴブリン「げひひひひひぃ~!」

ハル「あぁぁぁぁ! ゴブリンが、私の剣を! こ、こらぁぁぁぁ! 返し──」


 慌ててゴブリンの元へ駆けていくハル。水辺付近のぬかるんだ地に足を取られ、勢いそのままに顔を地に叩きつける。


ハル「てぶぅぅ⁈」

ジェニ「……大丈夫?」

ハル「だ、大丈夫……でふ……! 転けるのには、慣れてますので……!」

ゴブリン「げひひひぃ~!」

ハル「あ……ま、待って……! か、返して……!」

ジェニ「……ねぇ、まだ?」

ハル「……あ、あのぉ~剣を取り返すまで、待っていただけませんか……?」

ジェニ「やだ」

ハル「で、ですよねぇ~……。では、今日のところはここら辺で──」


 慌ててその場から離れようとしたハルの腕を、ジェニは掴む。


ジェニ「逃すと思ってるの?」

ハル「いやぁぁぁぁ⁈ 離してぇぇぇ! いやぁぁぁぁ!」

ジェニ「……ねぇ、君本当に勇者なの?」

ハル「わ、私は勇者ですよ! 何で疑うんですか!」

ジェニ「だって……あっ、武器を構えたら強くなるの?」

ハル「あ、いえ、決してそんなことは……。あ、あははは……」

ジェニ「君、そんなんで僕たち魔王を殺せてるの? 今まで、何人僕らを殺したの?」

ハル「わ、私は殺してませんよ!」

ジェニ「殺したことないの? じゃあ、僕が君の第一号になるかもしれないんだ。まぁ、君程度に殺されるほど、弱くないけどね」

ハル「わ、私は、これから先も、あなたたちを殺す気はありません!」

ジェニ「……は?」

ハル「私は『勇者も魔王も関係なく、みんなが仲良く暮らせる世界』を作るんです! そのために、勇者となったのです!」

ジェニ「……へぇ」

ハル「で、ですから、戦うなんてそんなことしないで、仲良く──」

ジェニ「じゃあね」

ハル「うわぁぁぁぁん! ごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃ! なにか気にさわることを言ってしまったのなら、謝りますからぁぁぁ!」

ジェニ「……ねぇ」

ハル「はいぃぃぃ! な、何でございますかぁぁぁ!」

ジェニ「……本当に、魔王ぼくらを殺したことないの?」

ハル「は、はい! 殺したことは一度もありません! というか、私とても弱いので魔王なんて殺せません! あっ、ゴ、ゴブリンとか、討伐対象の魔物は何匹か倒したことありますけど!」

ジェニ「……そっか」


 ジェニは、掴んでいた腕を離す。


ジェニ「帰っていいよ」

ハル「……え?」

ジェニ「傷、治してくれたから。これで貸し借りナシね。次会ったら、容赦しないから」

ハル「……」

ジェニ「じゃあね」

ハル「……あ、あの!」

ジェニ「なに?」

ハル「あ、あの、えっと……お、お時間がありましたら、ゴブリンから武器を取り返すの、手伝っていただけませんか……? 武器なしで一人だと、ふ、不安で不安で……!」

ジェニ「……君は、バカか?」


ジェニ(M)これが、勇者ハルと魔王ジェニの出会いだった。



ーーー



 ハルの剣を奪っていったゴブリンを追いかける二人。ジェニはゴブリンの背中を視界に収めるや否や、息を乱し走るハルを置いてゴブリンへと急加速していく。手の届く範囲まで近づくと、加速の勢いを止めることなくゴブリンの背中を力任せに蹴りつける。
 許容範囲外の衝撃を背中に受けたゴブリンは勢いよく前方へと転がっていき、立ち上がるや否やジェニへと振り返ることなく剣を放り投げ森の奥へと消えていった。


ゴブリン「ぎえぇぇぇぇ! ひぎぃぃぃぃ!」

ジェニ「もう終わりか。つまんな」


 呆気のない幕切れに小さくため息を吐き出す。ジェニは落ちた剣を拾い上げ、後方からぜーはーと息を乱しやってくるハルへと手渡す。


ジェニ「はい。これでいいの?」

ハル「ありがとうございます、ありがとうございます! これで怒られなくてすみます!」

ジェニ「武器を取り返すのに魔王の力を借りたって言ったら、怒られるどころの騒ぎじゃないと思うけど、どうなの?」

ハル「はうぅ⁈」

ジェニ「僕と一緒いるところ誰かに見られたら、殺されるんじゃない? 裏切り者とか言われて」

ハル「はうわっ⁈ ど、ど、どうしたらいいでしょうか⁈」

ジェニ「知らないよ」


 ハルは、ジェニに両手のひらを向け念じ始める。


ハル「あ、あなたは、魔王じゃない……! 魔王じゃない魔王じゃない魔王じゃない魔王じゃない……!」

ジェニ「僕は魔王だよ」

ハル「うわぁぁぁぁん! どうしたらいいですかぁぁぁぁ⁈」

ジェニ「はぁ……」

ハル「え? な、なんですか? 私に手を向けて……な、なにを……?」


 ハルに向けられた右手のひらから、突如眩い光が放たれ、ハルを包み込む。


ハル「うわっ⁈ 眩しいぃ!」

ジェニ「目、あけていいよ」

ハル「は、はい……。あ、あの、一体何を……?」

ジェニ「君に『姿が見えなくなる』魔法をかけた。これで、誰かに見つかることはないよ」

ハル「な、なんですと⁈ どうしてそんなことができるのですか⁈」

ジェニ「僕は強いからね」

ハル「す、すごい……!」

ジェニ「魔王を目の前にして『魔王と勇者が仲良くできる世界を』とか、訳の分からないこと口にする君の方がすごいと思うけどね」

ハル「あ、あはははは……。おかしいですよね、やっぱり……。みんなにもよく言われます。『そんなの無理だ』って……」

ジェニ「……ねぇ」

ハル「はい、なんですか?」

ジェニ「魔王も勇者も関係なく、みんな仲良く暮らせる世界って……本当に作れると思ってんの?」

ハル「作るんです!」

ジェニ「なんで?」

ハル「なんでって、仲良く楽しくしたいじゃないですか! というか、なんで勇者と魔王って殺しあってるんですか?」

ジェニ「互いの平和を守るためだよ」

ハル「それは、話合いをすればどうにかなると思うんです! ほら、私たちみたいにこうやってお話しすれば! やっぱり殺しあうより、こうやってお話ししてる方がいいと思いませんか?」

ジェニ「……君は、本当にバカだね」

ジェニ「ねぇ、君の名前は?」

ハル「私は、ハルっていいます!」

ジェニ「ハル、か」

ジェニ「ねぇ、ハル。君がよければ、僕と少しお話ししないかい?」


ジェニ(M)あの時、なぜ僕は勇者である彼女を殺さなかったのか? 出会えば殺意の眼差しを向け、僕らを襲ってくる勇者を、なぜ殺さなかったのか?


ハル「はい、喜んで!」


ジェニ(M)なぜ君は、魔王である僕に笑顔を向けるのだろうか? なぜ彼女は、魔王ぼくらと仲良くしようとしているのか?

ジェニ(M)初めてだった。こんなにも知りたいと思ったのは。



ーーー



 数日後、二人が出会った湖があるひらけた場所では、ジェニが木にもたれかかって座り、ボーッと空を眺めていた。


ハル「あっ、いました! おーい、ジェニー!」

ジェニ「ん?」

ハル「こんにちは!」

ジェニ「こんにちは」

ハル「えへへ、今日も来てくれたんだね! 私、嬉しいな!」

ジェニ「ねぇ、ハル」

ハル「ん? なに?」

ジェニ「ハルはさ、いつも何て言ってここに来てるの?」

ハル「えっとですね『散歩してくる!』って言ってます」

ジェニ「命がけの散歩だね。僕と会ってることバレたら、殺されるよ?」

ハル「うぐっ……! だ、大丈夫です! バレないように、見つからないように、こっそり来てますから!」

ジェニ「ハルはさ、何でそこまでして僕に会いに来てくれるの?」

ハル「ジェニとお話しするのが、楽しいからです!」

ジェニ「……ハルってさ、ホントにバカだよね」

ハル「んなっ⁈ バ、バカって言わないでくださいよ! というか、ジェニにはバカって言われたくないです! ジェニのお話聞いてると、私よりもジェニの方がおバカって言いたくなります!」

ジェニ「ん? 誰がバカだって?」


 ジェニはハルの両頬を、表情一つ変えずに引っ張り始める。


ハル「あががが⁈ 痛い痛い痛いぃぃ! ほっぺ引っ張らないでぇぇ!」

ジェニ「ジェニ様はおバカじゃない。ジェニ様は強い。はい、どうぞ」

ハル「ジェニ様強い! ジェニ様はおバカじゃないぃぃ!」

ジェニ「よろしい」

ハル「うぅ……痛かったぁ~……」

ジェニ「ハル、今日もハルの話、いっぱい聞かせてよ」

ハル「はい、いいですよ!」


ハル(M)世界初なのではないだろうか? 勇者と魔王が、毎日のように会って、話しているのは?



ーーー



 数日後。湖があるひらけた場所で、ハルが座って静かに本を読んでいる。


ジェニ「ハルー」

ハル「あっ、ジェニ! こんにちは! 今日は、私の方が早かったね!」

ジェニ「どっちが早いとか、競ってないよ」

ハル「そんなこと言わないでよ! 今日は早かったねって、褒めてくれてもいいんじゃないの!」

ジェニ「どっちが早くてもいいよ。僕はハルに会えるなら、早くても遅くてもいいよ」

ハル「……!」

ジェニ「ハル? どうしたの?」

ハル「あ、え、えっと、なんでもないよ!」

ジェニ「ん? 変なハル」


ハル(M)世界初なのではないだろうか? 勇者に会いたい魔王がいるのは。魔王に会いたい勇者がいるのは。



ーーー



 数日後。二人は湖の前で隣り合って座り、話をしている。


ハル「ねぇ、ジェニ」

ジェニ「なに?」

ハル「結構前にさ、ここに来るときなんて言って来てるのって聞いてきたよね?」

ジェニ「うん」

ハル「ジェニは、なんて言ってここに来てるの?」

ジェニ「僕? 僕はなにも言ってないよ。言う人いないから」

ハル「……え?」

ジェニ「僕に親はいない。友達もいない。ひとりぼっちだから。あれ? 言ったことなかったっけ?」

ハル「い、言ってませんよ! 初耳です!」

ジェニ「そっか。ひとりぼっちだから、僕は誰に会おうがなにをしようが自由なの」

ハル「ひ、ひとりぼっちじゃありません!」

ジェニ「え?」


 ハルは、ジェニの両手を握りしめる。


ハル「私がいます! 一人にはさせません! 一人は悲しいですから……私がそばに、お友達になります!」

ジェニ「……あっ」

ハル「ど、どうしたんですか?」

ジェニ「友達かどうかわかんないけど、ずっと後ろをついてくるやつは一人いた」

ハル「え? 後ろを? それは、大丈夫なんですか……?」

ジェニ「ハルにも今度会わせてあげるよ」

ハル「あ、いや、遠慮します……。なんか、とても嫌な予感が……」


 二人の少し後ろに生えている木の後ろで、黒いローブに身を包んだ女の子──ベルが、二人をジッと見つめている。二人が楽しそうに話しているのを見て苛立っており、瞳は嫉妬の炎に包まれ、木を力強く掴み、木の皮をバリバリ剥がしていく。


ベル「そばに……? お友達に……? あなたみたいなクソ野郎が、ジェニ様の……!」

ハル「へ? んひぃ⁈」

ジェニ「ハル、どうしたの?」

ハル「う、後ろ! 後ろに!」

ジェニ「後ろ?」


 ジェニが後ろを向く。ベルはジェニに見つからないように木の後ろへスッと隠れる。


ベル「ささっ……!」

ジェニ「……なにもないよ? どうしたの?」

ハル「え? あ、あれ? あっ、ホントだ。いなくなってる。おかしいな……?」

ジェニ「変なハル」

ハル「あ、会うたびに変って言うの、やめてください!」

ジェニ「いいじゃん。僕はそういう君が可愛いと思うよ」

ハル「か、可愛い⁈ な、な、なにをいきなり──」

ベル「がぁぁぁぁ! もう我慢なりませんわぁぁぁぁ!」


 怒りを爆発させたベルは、歯を強く擦り合わせながら二人の元へ駆けていく。
 突然の出来事に『ぽかーん』としているハルを勢いよく押しのけ、ジェニの腕を抱き寄せる。


ベル「ジェニ様! こいつは一体誰ですの! 最近コソコソとこやつと会っていますけど! わたくしに黙って、コソコソと! 誰だ、貴様!」

ジェニ「ハル、こいつがさっき言ってた、後ろついてくる人だよ」

ハル「ど、どうも……」

ベル「気安く話しかけないでくださいまし! ジェニ様、こいつは一体誰ですの! 答えてください!」

ジェニ「この子は、ハル。勇者だよ」

ベル「……へ?」

ハル「ジェニィィィィ!」

ベル「ゆ、勇者? あなた、勇者なの……?」

ハル「いや、私は、その、あ、あの、えっと……!」

ジェニ「ハル、どうしたの?」

ハル「ジェニ、こっち来てぇぇぇ!」

ジェニ「ん? なに?」


 
 ハルはジェニの腕を引っ張りベルから遠ざかると、しゃがみ込み声を潜めて話し始める。


ハル「あの子は、魔王だよね⁈ ジェニの知り合いだから、魔王だよね⁈」

ジェニ「うん、そうだよ。あっ、勇者って隠した方が良かった?」

ハル「隠さないと私、殺される気がするの!」

ベル「ジェニ様とコソコソイチャイチャしてるんじゃないわよ……!」


 ベルは二人に向かって走り出し、飛び跳ねると同時に右足を高く振り上げ、容赦なくハルへと振り下ろす。


ベル「この、クソ野郎がぁぁぁぁぁ!」

ハル「うひぃぃぃ⁈」


 間一髪で攻撃をかわしたハルは、かわした勢いそのままにベルと距離をとっていく。
 ベルは着地と同時にジェニの右腕を抱き寄せ、ハルに向かって指差し牽制する。


ベル「私のジェニ様に、気安く触ってんじゃないわよ!」

ジェニ「僕は君のじゃないけどね。というか、近すぎ。離れて」

ベル「ジェニ様⁈ 先程、こやつとはこんなにも近くにいたではありませんか! 私も、ジェニ様の近くにいたいのですわ!」

ジェニ「ハルは特別だよ」

ベル「と、とととと特別ぅぅ⁈」

ハル「ジェニィィィィ! もうそれ以上はやめてぇぇぇ!」

ジェニ「やめるって、なにを? 僕は本当のことを言ってるだけだよ?」

ベル「と、と、と、とく、とくべ……⁈」


 ベルは悲しみのあまり口から血を吐き出し、膝を折って倒れていく。


ベル「ごふぁっ……⁈」

ジェニ「ん? ベル、大丈夫?」

ベル「だ、大丈夫じゃありませんわ……! あなた、一体なんですの⁈ 一体、どんな魔法を使ったのよ⁈ どんな魔法を使って、ジェニ様の心を⁈ こ、殺してやりますわぁぁぁぁ!」

ハル「えぇぇぇぇ⁈」

ジェニ「ベル、ハルを殺したら、僕は君のことを嫌いになるし、君のこと殺すよ?」

ハル「ジェ、ジェニ……!」

ベル「でしたら、死ぬよりも辛い思いを味わわせてさしあげますわ……!」

ジェニ「……死なないなら、まぁいいか」

ハル「ジェニィィィィ! よくないよぉぉぉぉぉ!」

ベル「苦しくて辛い思いを、味わわせてあげますわぁぁぁ!」

ハル「やめてぇぇぇぇぇ!」

ベル「お待ちなさい、この泥棒猫がぁぁぁぁ!」

ハル「うわぁぁぁぁぁぁ!」


ハル(M)世界初なのではないだろうか? 魔王と追いかけっこしている、勇者は。



ーーー



 ベルと出会ってから数日後。


ベル「お友達になりたい?」

ハル「うん!」

ベル「あなた、本気で言ってますの?」

ハル「うん! 私とジェニみたいに、魔王とか勇者とか関係なく、仲良くお話ししたりさ!」

ベル「……そうね。なってあげてもいいわよ」

ハル「ホント!」

ベル「えぇ。あなたが私の目の前で死んでくれたら、ね」

ハル「……へ?」

ベル「あなた、熱いのはお好きかしら?」

ハル「あ、いや、え、えっと……そ、それはお友達とは違う気が──」

ベル「つべこべ言わずに、お死になさぁぁぁい!」

ハル「いやぁぁぁぁぁぁ⁈」


ジェニ(M)数日後。


ハル「ベ、ベルちゃーん! こんにちわ! 今日は──」

ベル「焼け死ねぇぇぇぇ!」

ハル「んぎゃぁぁぁぁ⁈」


ジェニ(M)数日後。


ハル「べ、ベルちゃ──」

ベル「死ねぇぇぇぇぇ!」

ハル「いやぁぁぁぁぁ⁈」


ジェニ(M)数日後。


ハル「ベル──」

ベル「消え去れぇぇぇぇ!」

ハル「うわぁぁぁぁぁ⁈」


ジェニ(M)さらに数日後。


ハル「べ──」

ベル「とっとと去れぇぇぇぇ!」

ハル「いやぁぁぁぁぁぁぁ⁈」



 数日後。湖があるひらけた場所で、ハルがベルを探して辺りを見回している。


ハル「うーん……どこだろう……?」

ジェニ「ハル、どうしたの?」

ハル「ベルちゃん、どこにいるか知ってる?」

ベル「私ならここにいますわよ」

ハル「あっ、ベルちゃん!」


 太く伸びた木の枝に座っていたベルは木から降り、ハルにゆっくりと近づいていく。


ベル「あらあらあら、毎日毎日ここに来るたびに痛い思いを味わわせてあげてますのに、よくいらっしゃいますわねぇ。それほど私にいじめられたいのかしら?」

ハル「わ、私は、ベルちゃんと仲良くしたいんです!」

ベル「気安く名前呼んでんじゃないわよ、この泥棒猫がぁぁぁ!」

ハル「いやぁぁぁぁ⁈」

ベル「お待ちなさいぃぃぃ!」

ジェニ「……楽しそうだなぁ」


 二人の背中を見つめるジェニ。ぷっくりと膨らんだ手のひらサイズの鳥が視界を横切る。


ジェニ「あっ、鳥だ。美味しそうだなぁ。りに行こ」


 森の奥へと消えていった二人のように、ジェニも鳥を追いかけ森の奥へと消えていった。



ーーー



 数十分の追いかけっこがようやく終わりを迎える。ハルの隙をついたベルが勢いよく飛びかかり押し倒すと、勢いそのままに力一杯ハルの髪の毛を引っ張り始める。


ハル「痛い痛い痛いぃぃぃ! やめてぇぇぇ! 髪、引っ張らないでぇぇ!」

ベル「やめてほしかったら、二度とジェニ様には近づかないことね!」

ハル「そんなの嫌だぁぁ!」

ベル「このまま引きちぎってあげますわぁぁ!」

ハル「やめてぇぇぇ! ホントにとれるってば! いだだだだだ!」

ベル「あなたは勇者なんでしょ⁈ なんで魔王であるジェニ様の側にいるのよ⁈ 勇者は勇者同士で仲良くしてなさいよ!」

ハル「そんなの関係ないもんんん! ジェニは、魔王じゃないもんんん!」

ベル「ジェニ様は魔王と呼べない弱さですって⁈ ぶっ殺してあげますわぁぁ!」

ハル「ジェニは、魔王じゃなくて私の友達だもんんん!」


 友達という単語を聞き、ベルは手を止める。動かなくなった手から、ハルの髪が落ちていく。


ハル「べ、ベルちゃん?」

ベル「友達……ね。ジェニ様は、あなたのお友達なのね」

ハル「そ、そうだよ! ジェニと私はお友達なの! だから、私たちも──」

ベル「うふふ……あははは!」

ハル「な、なんで笑って──」

ベル「ホント、おかしなことを言うおバカちゃんですわね。魔王と勇者がお友達なんて、そんなの無理に決まってますわ! そう言ってジェニ様を油断させて、殺すつもりなんでしょ!」

ハル「そ、そんなことしないよ! 私たちは──」

ベル「仲良くなんてできるわけないでしょ! 私たちは、魔王と勇者なんですわよ! この世界で、魔王と勇者が出会えば何をするのか……バカなあなただって知ってるでしょ!」

ハル「知ってるよ! でも、そんなことしなくてもいいんだよ! 私とジェニみたいに、楽しくお話できるんだよ! 私たち、勇者と魔王は仲良くできるんだよ!」

ベル「……」

ハル「だから、私はベルちゃんとも仲良くなりたいの! 出会っても戦うことなんかしないで、一緒にお話しして、笑って……勇者と魔王なんてこと気にせずに、仲良く友達として一緒に過ごしたいの!」

ベル「……あなた、ホントどうしようもないおバカちゃんね」


 ベルはゆっくりと立ち上がると、冷たい眼差しでハルを見下ろす。


ベル「あなたが死ねば、ジェニ様は悲しんでしまう。大好きな人の悲しむ姿は見たくありませんから、今回は見逃してあげますわ。死にたくなかったら、もう二度と私たちの前に姿を現さないでくださいまし」


 返答を待つことなく、ベルは背を向けて歩みを進める。


ハル「ま、待って! ベルちゃ──」

ベル「ついてこないで!」

ベル「……わからないの? 魔王と勇者は、住む世界が違うの。私たちは、一緒には居られないのよ」

ベル「これ以上、私から大切なものを奪わないで」

ハル「べ、ベルちゃん……」


 ハルに顔を向けることなく、一方的に言葉を投げつける。悲し気な呼びかけにも応えることなく、歩みを進め──


魔物「ぐがぁぁぁぁぁぁ!」

ハル「え⁈」

ベル「な、なんですの、この音は⁈」

ハル「も、もしかして、魔物の……⁈」

魔物「グラルルル……!」

ハル「べ、ベルちゃん、前!」

ベル「なっ⁈」


 前方から姿を現した、熊に似た『ベガー』と呼ばれる巨大な魔物。
 光を吸収してしまうほどの黒の毛をまとい、見ただけで震えてしまうほど真っ赤に目を輝かせ、ハァハァと生暖かい息と共に粘り気のある唾液を垂れ流しながら、獲物として認識した二人をジッと見つめている。


魔物「……! ……!」

ハル(ベ、ベガーだ……! すごく大きい……! あんな大きいの、見たことないよ……! は、早く逃げないと!)

ハル「べ、ベルちゃん、逃げよう! 急いで!」

ベル「……」

ハル「ベルちゃん! なにしてるの⁈ 早く逃げよう! ベルちゃん!」

ベル(あ、あれ? なんで、どうして? 身体が、動かない……! なんでなんでなんで⁈ は、早く逃げないと……逃げないと……!)

ハル「ベルちゃん! ベルちゃんってば!」

ベル「あ、あぁ……!」

ベル(は、早く逃げないと……! 逃げないと、私は……! う、動け、動け動け動け動け動──)


 ベルの願い虚しく、恐怖で硬直した身体は小さく震えるだけで動こうとはしない。
 ゆっくりと、一歩一歩大きく地を揺らし迫るベガー。獲物へ手が届く範囲にまで近づくと、太く長く伸びる爪を陽で輝かせながら、勢いよく右前足を振り上げる。


魔物「ぐがぁぁぁぁぁぁ!」

ベル(そんな……嫌だ……! 私、まだ死にたく──)

ハル「危ないっ!」


 ベガーの前足が振り下ろされるのとほぼ同じに、ハルはベルを力任せに横へと押し倒す。


ベル「きゃぁ⁈」


 前足が力任せに叩きつけられ、地が揺れ、土煙が高く巻き上がる。
 突如襲ってきた横からの衝撃に耐えることは出来ず、前足を避ける形で倒れ込んだベルは、上がる土煙に紛れ慌ててベガーと距離を取る。
 徐々に晴れていく土煙の中からハルも姿を現し、ベルの元へと駆けていく。


ベル「はぁ、はぁ、はぁ……!」

ハル「ベルちゃん、大丈夫……?」

ベル「あ、あんたねぇ! なにしてんのよ! 私は、助けてなんて一言も──」


 強気な言葉をハルへと投げつけるが、言葉はハルの姿を見るや否や最後まで吐き出されずに飲み込まれる。
 自分の元へと駆けてきた勇者は、目を合わせることなく俯き、右腕を力強く押さえつけ、息を荒く吐き出している。


ベル「あ、あんた、血が……!」

ハル「つ、爪、かすっちゃったみたい……! でも、これくらいならなんとかなるから、大丈夫……!」

ベル「バ、バカじゃないの! 私なんかを助けるからこうなるのよ! というか、なんで助けたのよ! 私は、魔王なのよ! あんたにとって、私は殺すべき──」

ハル「逃げて」

ベル「……え?」

ハル「このままいたら、二人ともやられちゃう……! 私が引きつけるから、ベルちゃんはその間に……!」

ベル「な、なんで……? なんであんたは、私を……?」

ハル「心配しないで! 私、こう見えても勇者だから! なんとかなるよ!」

ベル「バカ言ってんじゃないわよ! いつもいつも私にやられてばかりのあんたが、あんな大きなベガーに勝てるわけないでしょ!」

ハル「ベルちゃん、早く──」

ベル「なんで私を助けるのよ⁈ あんたは勇者でしょ! どうして魔王わたくしを見捨てないの⁈ どうしてよ!」

魔物「ガァァァァァァァァァ!」

ベル「ひぃ⁈」

ハル「逃げて! 早く!」


 身体を大きく揺らす雄叫びに、ベルの身体は一瞬にして恐怖に支配され──


ベル「う、うわぁぁぁぁぁ!」


 ベルは必死に身体を動かし森の奥へと逃げていく。
 涎を垂れ流しながら獲物へと振り向くベガーへと剣を向けるハル。大きく身体を震わせながらも、グッと力強く剣を握りしめる。


ハル「だ、大丈夫大丈夫……! 私はできる……私ならできる、なんとかなる……! ベルちゃんを、守るんだ……!」

ハル「こ、こいっ! ゆ、勇者の私が、相手だぁぁ!」



ーーー



 ベルは後ろを振り向かず、ただひたすら走っている。

 
ベル(これで、これでよかったんですわよね⁈ あんな大きいやつ、私じゃどうにもできないし……それに、これであの子は、きっと……! こ、これでいいんですわ!)


 自らの行動を何度も何度も肯定しながら、息を切らし、走り続ける──何度も何度も肯定するたびに、頭の中に数日間のハルとのやりとりが浮かび上がっていく。


ハル「は、初めまして、ハルです! よろしくね!」


ベル(ほんっと、うるさい子ですわ……!)


ハル「ねぇ、ベルちゃん!」


ベル(あぁぁ、もう! 気安く呼ばないでくださいまし!)


ハル「な、仲良くしてください!」


ベル(できるわけないでしょ! 私たちは、魔王と勇者なんですわよ! 出会えば殺しあう関係の……! 仲良くなんて、なれるわけが……!)


ハル「ベルちゃん!」


ベル(……できるわけない、できるわけないできるわけない! 私は魔王、あの子は勇者! 魔王と勇者は、殺し合う関係……だから、私たちは仲良くできない! 絶対にできない! そう、あの子は勇者なの! 私の大切な家族を奪った、憎き勇者……私の大好きなジェニ様を奪った、憎き……! だから、だから……あいつが死んだって、私は……!)


 歯を食いしばり、頭の中の記憶を振り払う。振り払う。
 どれだけ振り払っても浮かび上がる、ハルの顔。そのどれもが、笑顔の顔。


ベル(どうして……どうしてなの……? あんなに痛めつけているのに……あんなに、傷つけること言ってるのに……! どうして、私に笑顔を向けるの……?)


ハル「逃げて! 早く!」
 

ベル(どうして、魔王の私なんかに、命をかけるのよ……!)


 ベルの足取りが、少しずつ少しずつ速度を落とし、ついに足が止まる。
 はぁはぁと荒く乱れる息を吐き出しながら、俯き続けるベル。未だ頭の中を埋め尽くす、笑顔の勇者。魔王である自分へ向けられる、勇者ハルの温かな笑顔。一つ一つが、鮮明に浮かぶ。
 一つ、また一つと浮かぶたびに、拳を握り、歯を食いしばり──


ベル「あぁぁぁもぉぉぉ!」


ベル(M)世界で初めてでしょうね。魔王を助ける勇者なんて。勇者を助けに行く、魔王なんて。



ーーー



ハル「はぁ、はぁ……! だ、ダメだ……攻撃する隙が、全然ない……! 避けることで、精一杯だよぉ……!」


 大きく息を乱しながら、ベガーと対立するハル。
 視界の先に映る大きな魔物は、ハルとは対照的に一定のリズムで呼吸を軽やかに進めており、剣を手にした相手を前にしても余裕を感じさせる。


ハル(というか、さっきまでベルちゃんと追いかけっこしてたから、体力が……! 立ってるのも、しんどいよ……! ベルちゃん、遠くまで逃げられたかな……?)

魔物「グガァァァァァ!」


 ベガーは、大きく地面を踏み鳴らし雄叫びをあげる。
 大きく揺れ動く大地に、疲れ切ったハルの足腰が耐えきれるはずもなく、ハルは大きくバランスを崩し尻から地面に着地をきめる。


ハル「あ、あわわわわ……⁈ うわぁぁ⁈」


 慌てて立ちあがろうとするも、足腰は大きく震えるだけで意思通りに動こうとはせず──ベガーは獲物の様子を確認し終えると、異臭を放つ唾液を垂れ流しながら、一歩一歩ハルへと近づいていく。


魔物「ぐがぐるるる……!」

ハル「あ、あぁぁぁ⁈ ま、ま、待って! ちょっとでいいから、待ってください! お願いだから止まってください! あ、あぁぁぁ……!」

魔物「ガァァァァ!」

ハル(も、もう、ダメだ……! 私は、ここで──)

ベル「燃えろぉぉぉ!」


 森の奥から響く声。と同時に、手のひらサイズの火の玉が2個、3個、ベガーめがけ真っ直ぐ飛んでいく。


ハル「へ? いやぁぁぁ⁈ 火の玉がぁぁぁ!」

魔物「グガァァァ⁈」


 ハルの頭上を通過した火の玉は、ベガーの額に着弾するや否や身を弾けさせ、小さな爆発がベガーの視界を遮り覆う。


ベル「ハル!」

ハル「べ、ベルちゃん⁈ どうして……!」

ベル「いつまで座ってんのよ! さっさと立ちなさい! 逃げるわよ!」

ハル「う、うん……!」


 ハルの手を掴み、力任せに引き寄せ立ち上がらせる。
 火の玉を受け尻もちをついたベガーだったが、顔を前足で軽くはらうと、何事もなかったかのように立ち上がり、怒りの声を森へと響かせる。


魔物「グガァァァァァ!」

ベル(やっぱり、私の魔法じゃ足止めにもなりませんわ……! このまま二人で逃げたとしても、追いつかれるだけですし……かといって、戦ったとしても……! 一体、どうしたら──)

ジェニ「あっ、こんなところにいたんだ」

ハル「ジェニ⁈」
ベル「ジェニ様⁈」

ジェニ「なんか大きな音がするなぁって思ってきたんだけど……あいつ? というか、今もしかして襲われてるの?」

ハル「そ、そ、そうです! 襲われています!」

ベル「お助けください、ジェニ様ぁぁぁ!」

ジェニ「別にいいけど」


 ハルたちの背後から現れたジェニは、空いている右手を胸元へと出す。
 右手のひらに集まるドス黒い魔力は、みるみると形を変えていき、刃のように尖り、殺傷能力を上げる。


魔物「ガグル……! グガァァァァァ!」

ジェニ「うるさいなぁ……。もう少し静かにしてよ」

ジェニ「えい」


 不意の一撃を喰らい、怒り狂う魔物──ジェニは恐怖など微塵も感じぬ表情で、日常の出来事かのような動きで、漆黒に染まる刃を軽く投げ放つ。


ハル「いやぁぁぁぁ⁈」

ベル「ベガーの頭が、吹き飛びましたわぁぁぁ!」

ジェニ「あの程度で死ぬなんて、あいつもまだまだだね」

ハル「た、助かったぁ……!」

ベル「し、死ぬかと思いましたわ……!」

ジェニ「君たち、あんなのに手こずってたの? 弱いね」

ハル「ジェ、ジェニが強すぎるんだよ!」

ジェニ「で、大丈夫なの?」

ハル「う、うん、なんとか……。ありがとね、ジェニ」

ベル「ありがとうございます、ジェニ様ぁぁぁ!」

ジェニ「うん」

ハル「……あのぉ、ところでジェニ」

ジェニ「なに?」

ハル「その左腕で抱えてる大きな卵は、どうしたの……?」

ジェニ「これ? 本当は鳥追ってたんだけど、途中で見失っちゃって。そしたら近くに巣があってさ。美味しそうだから、一個もらってきた。ハルも食べる?」

ハル「あ、いや、私は遠慮しておきます……」

ベル「……ねぇ、何か聞こえない?」

ハル「へ? ……確かに、なんかバサバサガサガサいってる気が──」

魔物「ピガァァァァァァ!」

ジェニ「ん?」
ハル「へ……?」
ベル「え……?」


 草木が大きく揺れ、突如三人の身体が影に覆われる。
 恐る恐る頭上を見上げるハルとベル。上空には全長2メートルはあろう赤い毛並みが美しい鳥が、翼を大きく羽ばたかせながら三人を睨みつけている。


べル「な、ななななんですの、あいつは……⁈」

ハル「あ、あわわわわ……!」

ジェニ「親鳥かな? デカイね。僕ら、何人分かな?」

魔物「ピギャァァァオ!」


 

 木が、草が、花が、そして三人の衣服が、衝撃で大きく震える。周りにいた小鳥や小動物たちは、慌ててその場から消えていく。
 表情一つ変えぬジェニに対し、ハルとベルは蛇口を大きく捻ったかのように額から汗を垂れ流し、大きく目を見開き──


ハル・ベル「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!」


ハル(M)世界で初めてだと思う。勇者と魔王が、抱き合ったのは。



ーーー



 陽は落ちかけ、辺りはオレンジ色に包まれている。
 森を出たハルは、自分の家へ元気なく歩いている。


ハル「うぅ……今日は散々だった……。まさか、大きな魔物に……しかも二匹……。疲れた……」

ベル「お、お待ちなさい!」

ハル「ん? ベルちゃん、どうしたの?」

ベル「あの、その……え、えっと……! こ、これ!」

ハル「え? これって……!」

ベル「わ、私は、その……か、回復魔法、使えませんから……。こ、この回復草かいふくそうで、傷を癒してくださいまし」

ハル「ベルちゃん……! ありがと!」

ベル「お、お礼を言うのは、私ですわ。あの時は、助けていただき……あ、あ、ありがと」

ハル「ううん、お友達を助けるのは、当たり前だよ!」

ベル「お、お友達……」

ハル「あっ、ご、ごめん! まだ友達じゃなかったよね! ごめんね、ベルちゃん!」

ベル「……」

ハル「ね、ねぇ、ベルちゃん」

ベル「なによ?」

ハル「わ、私たち、友達になれないかな……? 私は、ベルちゃんともお友達になりたいなって……」

ベル「……私たちは、魔王と勇者なのですわよ?」

ハル「う、うん……。だけど──」

ベル「今日は、疲れたから帰りますわ!」

ハル「あ、うん……」


 ベルはハルに背を向け、森へと歩き出す。
 寂しそうに顔を俯かせるハル──ベルの歩みが、止まる。


ベル「……ねぇ」

ハル「な、なに?」

ベル「……べ、ベルとハルって、似てるわね」

ハル「え?」

ベル「と、友達になりたかったら、また明日もきなさいよ! わかった⁈」

ベル「……ハ、ハル」

ハル「う、うん! また明日! 絶対に来るからね!」

ベル「あ、いや、えっと……べ、別に来なくても──」

ハル「バイバーイ! 絶対、絶っ対、会いに行くから! 待っててねぇ~!」

ベル「え⁈ あ、ちょっ、お待ちに……!」

ベル「はぁ……ジェニ様があの子に会う理由が、少しわかった気がしますわ」


 大きくため息を吐き出し、小さくなっていく背中を見つめるベル。視界から消えていなくなると、小さく小さく笑みを浮かべ、森の中へと帰っていく。



ジェニ(M)魔王の隣に、勇者がいる。

ハル(M)勇者の隣に、魔王がいる。

ベル(M)最初は、違和感しかなかったのだけれど。


ハル「ジェニ~! ベルちゃ~ん!」


ジェニ(M)出会いを重ねるたび。


ベル「この、おバカハル!」


ジェニ(M)話すたび。


ハル「あははは!」
ベル「うふふふ!」


ジェニ(M)笑い合うたび……僕らは、ただの人になっていく。


ハル「ジェニ~!」

ベル「ジェニ様~!」


ジェニ(M)これは、魔王と勇者は殺しあうというルールがある世界で、仲良くなってしまった……おバカな魔王と、おバカな勇者のお話。

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