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二人台本↓
「心を持ったアンドロイドは、」1話(比率:男1・女1)
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・登場人物
サクヤ:♀ 人型のアンドロイド。
ナツ:♂ サクヤの世話係を任されている、アンドロイド研究員。
*役表
サクヤ、少女:♀
ナツ、男、アンドロイド:♂
ーーーーー
街灯もなにもない、月明かりだけが辺りを照らし出す薄暗い路地裏。一人の男が息を切らしながら逃げるように走っている。
男「はぁ、はぁ、はぁ……! く、くそぉ……!」
男は走りながら背後を確認する──と、足元に転がっていた空き瓶を踏みつけ、足を取られ、身体を勢いそのままに地へ叩きつける。
男「あぐぅっ⁈ く、くそが! ちくしょうがぁぁ!」
慌てて立ちあがろうとする男の背後で『ガチャリ』と小さな音が路地裏に響き渡る。恐る恐る背後へと振り向く男──微かな月明かりに照らし出されるのは、無表情の女の子。
大きく震え、今にも泣き出しそうな大人の情けない姿を目にしても、表情一つ変えることなく、ただ黙って銃口を男に突きつける。
男「あ、あぁ……⁈ ま、待て……待ってくれ!」
サクヤ「……ナゼ、待タナケレばイケナイのデスカ? 例エ待ッタとシテモ、アナタの未来ハ変ワリマセンヨ」
男「な、なぁ、頼むよ! 今回だけは見逃してくれよ!」
サクヤ「アナタの願イは、叶エらレマセン」
男「た、頼む! この通り!」
男は地面に頭を擦り付け懇願する。が、サクヤは表情一つ変えずに淡々と答える。
サクヤ「アナタの願イは、叶エラれマセン」
男「……おいおいおい、人が頭下げてお願いしてんだぜ……! 少しくらい──」
男は頭を下げながら右手を上着内ポケットへと移動させる。忍ばせていた拳銃を手に取ると、素早く上半身を上げトリガーを引く。
男「聞いてくれたっていいんじゃねぇのぉ!」
銃声が一つ、路地裏に響き渡る。
男の銃口から放たれた弾丸は、サクヤの左足の膝を貫く。
サクヤ「アッ」
サクヤはバランスを崩し、膝から崩れ落ちていく。表情一つ変えず、ブレた銃口を男に突きつけるが、男は自身に向かって伸ばされていたサクヤの右手を力任せに蹴り飛ばす。
地面を滑り闇へと消えていく銃を見つめるサクヤ。未だ表情一つ変えない少女に対し、銃口を突きつけながらニヤつく男。
男「へへへ……! 形勢逆転だな、お嬢ちゃん……!」
サクヤ「……」
男「ごめんよ、一発で仕留められなくて! まさか足に当てちまうなんて……俺の腕も落ちたもんだな~! がははは!」
サクヤ「……」
男「いいかい、お嬢ちゃん? 見知らぬ男の話なんて聞いちゃいけないんだよ~。俺の話なんて聞かず、あのままスパッと殺してさえいれば、こんなことにはならなかったのさ~!」
サクヤ「……」
男「……銃口向けられてんのに泣き声どころか表情一つ変えねぇ。へへへ……! いいじゃねぇかいいじゃねぇか……! 俺、そういう女をぐちゃぐちゃにすんの、大好きだぜぇ~!」
サクヤ「……」
男「今夜は、俺と二人で死ぬまで楽しもうや……! へはははは!」
サクヤ「……」
男「……おいてめぇ、なんとか言ったら──」
サクヤ「損傷部分ノ確認完了」
男「……は?」
サクヤ「修復シマス」
男「しゅ、修復……?」
考えもしなかった言葉を放たれ、戸惑う男。
サクヤは何事もなかったかのように、スッと立ち上がる。
サクヤ「修復完了。引キ続キ、任務ヲ遂行シマス」
男「は? え? お、お、お前、なんで立って……⁈ さっき俺が足撃ち抜いたはずだろ! なんで立てるんだよ、おい!」
サクヤ「抵抗シタ場合ハ『殺せ』と命ヲ受ケテイマス」
男「ど、どういうことだよ……? なんなんだよ、これ……! こんなことありえねぇ……! ありえねぇありえねぇありえ──」
男はサクヤに銃口を向けたままトリガーを押し込む──が、サクヤは男がトリガーを押し切る前に、男の真似をするように自身に伸ばされた腕を力任せに蹴り飛ばす。
男「……へ?」
拳銃が地面に叩きつけられる音と共に『ゴギッ』と硬い何かが折れる音が男の耳に届く。
突如として右腕に走る感じたことのない激痛──腕は男が曲げたことのない方向に曲がり、力なく垂れ下がっている。
男「あ、あぁ……⁈ あぁぁぁぁぁ⁈ う、腕がぁぁぁ! 俺の腕がぁぁぁ!」
サクヤ「……」
男「あぁぁぁぁぁ⁈ 痛ぇよぉぉぉ! あぁぁぁぁ!」
サクヤ「……」
男「おい、てめぇぇ! なんてことしてくれてんだ! お前、俺の腕が、腕が折れちまったじゃねぇか! どう責任とってくれんだ、あぁぁ⁈」
サクヤ「……」
男「なんとか言えや、このクソ野郎が! ちくしょうちくしょうちくしょう! 絶対ぶっ殺してやる! どんな手を使ってでも、お前をぶっ殺して……や……」
どれだけ声を荒げても、眉一つ動かさない目の前の少女。最初から決められた表情を貼り付けられただけと表現してもおかしくはない、不気味さを覚える表情。
男は言葉を止め、少女に対して感じた違和感を一つ一つ脳内で咀嚼していく。『抑揚のない淡々とした話し方』『傷を一瞬にして治す意味のわからない力』『蹴り一つで腕を折る馬鹿げた力』『今に至るまで変わらぬままの表情』──
男「お、お、お前……まさか……ア、アンドロイド……なのか……?」
サクヤ「……」
男「お、おい、嘘だろ……? 冗談じゃねぇぞ……! 聞いたことねぇぞ、人を殺すアンドロイドなんてよぉ……! こ、こんなの、勝てるわけ……勝てるわけが……!」
サクヤ「……」
男「ち、ちくしょう……! ちくしょうちくしょうちくしょう! 一体どこだ⁈ どこなんだよ⁈ こんなわけわからねぇ化け物作った企業はよぉ! つーか、どっからどう見ても普通の人間じゃねぇかよ! こんなん、アンドロイドだってわかるわけねぇだろうがよ! くそが! ちくしょうちくしょうちくしょう! ちくしょうが!」
サクヤ「……私ハ、アンドロイドではアリマセン」
サクヤ「私ハ、人間デス」
男「うるせぇ! 何言ってんだてめぇは! 人間様はな、修復とかそんなことできやしねぇんだよ! バカか⁈ もっと勉強してこいや! つーか、アンドロイドごときが俺たち人間様に逆らっていいと思ってんのか⁈ とっとと失せろ! ぶっ壊れろ! このクソアンドロイドが!」
暴言を吐き散らかす男に興味がないのか、サクヤは変わらぬ表情のまま上着内側からナイフを取り出す。
男「あ、あぁ……⁈ ま、待て、待ってくれ! い、今のは冗談だよ! 冗談に決まってんだろ! だから、そのナイフはしまえよ! な⁈」
サクヤ「……」
男「た、頼む! お願いだ! もう悪いことは一切しねぇ! しねぇからよ! だから頼む! 助けてくれ! 俺、まだ死にたくねぇ! 死にたくねぇよ! 助け──」
涙をボロボロこぼしながら後退る男の肩を力任せに掴み、サクヤは躊躇うことなく深々と男の心臓へナイフを突き刺す。
男「てぇあぁぁがぁ⁈」
サクヤ「……」
男「あ……あぁ……お、お……で……し、に……だ……く……」
サクヤ「……ターゲット、刺殺完了」
男の死を確認し終えたサクヤは、動かぬ男を地に寝かし血がベッタリとついたナイフを袖で拭う。
未だ変わらぬ表情のまま、蹴り飛ばされた自身の拳銃の元へと歩み始める。
サクヤ「……ナゼでショウカ? 攻撃ヲ受ケタノは、左足。胸ハ攻撃ヲ受ケてイマセン」
サクヤ「……痛イ。胸ノ奥ガ痛イ。チクチクします。ナゼでショウカ?」
足を止め、胸に手を当て首を傾げるサクヤ。しばらくジッとその場に止まるが、答えは出ることなく、再び拳銃の元へと歩みを進めた。
ーーー
自身が住んでいる小さな一軒家へと帰還したサクヤは、抱えていた疑問を同居している男性にぶつけていた。
白衣に袖を通している男性──家の主であるナツは、広々と開けたリビングに置かれているテーブルの前に腰掛け、お茶を飲みながらサクヤの話を聞いていた。
ナツ「胸が痛い?」
サクヤ「ハイ」
ナツ「いつから胸が痛いんだ?」
サクヤ「追ッテいたターゲットに『とっとと失せろ! ぶっ壊れろ! このクソアンドロイドが!』ト言ワレてカラデス」
ナツ「めちゃくちゃ言いやがる奴だな。一発ぶん殴ってやろうかな?」
サクヤ「ターゲットは死亡シテいマス。死人ヲ殴ルノハ、最低ナ行為ダと思イマス」
ナツ「そういうことされても文句言えねぇことをしてるのよ、そいつは。だから、大丈夫大丈夫」
サクヤ「ソウイウものナノデスカ?」
ナツ「そういうものなのです」
サクヤ「記憶シテおキマス」
サクヤ「先生」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「胸ガ痛イデス」
ナツ「そうだった、すまんすまん」
サクヤ「ドウシテ胸ガ痛ムノでショウカ? 私ハ気ヅカナイうチニ、攻撃サレテいたノデショウカ?」
ナツ「あぁ、そうだな」
サクヤ「ドンナ攻撃デスカ?」
ナツ「言葉だ」
サクヤ「『言葉』デスカ? 私ヤ先生ガ今口ニしてイル言葉ガ、武器トナルノでスカ?」
ナツ「そうだ。例えば……おい」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「バカ」
サクヤ「バカは知能ガ低イ人間に対して使ウ言葉デス。私ハ、高性能アンドロイドデス。ツマリ、私はバカではアリマセン。ソノ言葉は、私ヨリも先生に言ウベキ言葉デハナイデショウカ?」
ナツの心に、深々とサクヤの言葉が突き刺さる。
ナツ「ごふぅ⁈」
サクヤ「ドウシマシタカ、先生?」
ナツ「今……言葉が武器となりました……」
サクヤ「私ノ言葉ガ、でスカ?」
ナツ「そうです……先生の心はズタズタに傷つけられました……」
サクヤ「ドウシテデスカ? 私ハ、思ッタコトを口にシタダケでスガ?」
ナツ「もうやめてください……これ以上傷つけないでください……」
サクヤ「私ハ攻撃シテイマセン。ナゼ、傷ツクノデスカ?」
ナツ「うーん、なんて説明すりゃいいのかなぁ……? バカじゃないのに『お前はバカだ!』って言われたら、嫌な気持ちになるだろ?」
サクヤ「先程モ言イマシタが、私はバカではアリマセン。先生ハ、一度伝エタだけデハ理解ガできナイノデスカ? スミマセン、バカでしたね。申シ訳アリマセン。先程ノ言葉ヲ繰り返しオ伝エシマス。バカは知能ガ──」
ナツ「お前は先生をどうしたいの⁈ 先生の精神をボロボロにしたいの⁈ なんなのお前は⁈」
サクヤ「私ハ、高性能人型アンドロイドです」
ナツ「そういうこと聞いてんじゃねぇよ!」
サクヤの懐に入っていた連絡用の端末が震える。
サクヤは表情一つ変えずに端末を取り出し、ジッと画面を見つめる。
ナツ「また仕事か?」
サクヤ「ハイ。行ッテマイリマス」
ナツ「……おい」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「……辛くないか?」
サクヤ「『辛い』トハ、『精神的、肉体的に我慢できないくらい苦しいこと』デス。私ハ精神、肉体トモに安定シテイマス」
ナツ「そうか」
サクヤ「他ニ、何カアリマスカ?」
ナツ「あるぞ。もう一つだけ」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「お前は、アンドロイドじゃないぞ」
サクヤ「……」
ナツ「お前は、なんだ?」
サクヤ「……私ハ、アンドロイドではアリマセン」
サクヤ「私ハ、人間デス」
ナツ「よし、行ってこい」
サクヤ「ハイ。行ってマイリマス」
ナツはサクヤの頭を軽くポンポンと叩く。サクヤは何一つ表情を変えずに頭を下げると、スタスタと玄関へと向かっていく。
ナツ「……辛くない、か。すげぇなぁ、お前は。俺がもしお前の立場だったら、もうぶっ壊れてるよ」
ナツ「……何やってんだろうなぁ、俺は?」
玄関の扉が閉まる音が聞こえる。ナツは自分以外誰もいない広々としたリビングに、大きな大きなため息を吐き出した。
ーーー
太陽が顔を出し始め、粉々に割られ砕け散った窓ガラスを輝かせる。
大人が三人ほど横になってもまだ余裕があるベッドの上では、服を脱ぎ捨てた男女それぞれが頭から血を流し横になっていた。
サクヤ「……」
二人の人間をただ黙って見つめるサクヤ。
まだ微かに意識のある男は、手を大きく振るわせながらベッド横に設置されている小さな棚の上に置かれた連絡用端末へ手を伸ばす。
サクヤ「……」
サクヤは無表情のまま、手にしている鉄の棒を力一杯男の頭へと振り下ろす。鮮血がサクヤの顔に飛び散る。
震えることすらしなくなった男──サクヤはただ黙って男を見つめ続ける。
サクヤ「……ターゲット、撲殺完了。帰還シマス」
サクヤ「……」
サクヤ「私ハ、人間デス。私ハ、アンドロイドではアリマセン」
サクヤ「……私は『アンドロイド』なのニ、ドウシテ先生ハ『人間』ト言ワセルのでショウカ?」
サクヤ「……」
サクヤ「理解ガ、デキまセン」
首を傾げ、手にしていた鉄の棒を手放す。
血生臭い吐き気を催す室内にも関わらず、サクヤはいつものように表情一つ変えることなく、割られた窓ガラスを踏みしめ、窓から飛び降りた。
ーーー
ナツ(M)サクヤが研究所に戻ってくる。人を殺して。
ナツ(M)周りのやつらは、それを毎度毎度拍手で迎え入れる。『素晴らしい』『良くやった』と、温かい言葉を投げつける。
ナツ(M)なぜこいつらは、拍手で迎え入れるんだ?
ナツ(M)なぜ人を殺したサクヤを褒め称えるんだ?
ナツ(M)なぜ人を殺すことが良いことだと教えるんだ?
ナツ(M)なぜ、人を殺すアンドロイドを作るんだ?
ナツ(M)……なんで俺は、拍手してるんだ?
ナツの家。ナツはリビングに置かれた白いソファーに身を預け、ボーッと天井を眺めている。
ガチャリと大きな音を立ててリビングの扉が開く。顔や服を少し汚したサクヤが、無表情のままナツの元へと歩みを進めていく。
ナツ「おかえり」
サクヤ「タダイマ戻リマシタ」
ナツ「おう」
サクヤ「……」
サクヤはナツの隣で立ち止まると、ジッと無表情のままナツを見つめる。
ナツ「ん? な、なんだよ?」
生気のかけらも感じなかったサクヤの瞳が、突然輝きだす。カチカチに固まっていると思われていた口角が上がり、人間のようにスラスラと話し始める。
サクヤ「おう、今帰ったぜ! ハニー!」
ナツ「……は?」
サクヤ「『おかえりダーリン! 寂しかったわ!』ト、言ッテクダサイ」
ナツ「なんでだよ……?」
サクヤ「先生ガ、悲シソうな顔ヲシテイタノデ」
ナツ「……え?」
サクヤ「ナゼ先生ガ悲シソウナ顔ヲシテイルノカ、私ニハ理解デキマせんガ」
ナツ「俺は、お前が発したハニーの件が理解できませんが?」
サクヤ「帰還スル途中デ、男女ガこのヤリ取リをシテイマシタ。コウスルことデ、元気にナッテイマシタ」
サクヤ「先生ニ、元気にナッテ欲シクテ」
ナツ「……」
サクヤ「スミマセン。コノ方法デハ、先生ハ元気にナリマセンでしタカ。別ノ方法ヲ──」
ナツ「(笑う)」
サクヤ「先生、ナゼ笑ッテイルノですカ?」
ナツ「サクヤのおかげで元気になったんだよ。ありがとな」
サクヤ「先生ハ、コノ方法デ元気にナルノですネ。デハ、今後先生が悲シソウな顔ヲシテイタラ──」
ナツ「今日だけで充分です」
サクヤ「カシコマリマシタ」
サクヤはナツに背を向けると、玄関へ歩いていく。
ナツ「おい、どこ行くんだ?」
サクヤ「モウ一度、帰宅カラやり直シます。少々オ待チを」
ナツ「あ、はい……」
ナツ(M)なぜ……なぜなんだ……?
サクヤ「おう、今帰ったぜ! ハニー!」
ナツ「おかえりダーリン! 寂しかったわ!」
ノリノリで手を広げ、サクヤを迎え入れるナツ。
サクヤはスッと無表情になり、ジッとナツを見つめている。
ナツ「おい、どうした?」
サクヤ「気持チ悪いデスネ」
ナツ「おい!」
ナツ(M)人を殺すだけなら……こいつに心なんて、つけなくてよかったじゃねぇか。
ーーー
闇に包まれた、とある路地裏。月明かりに照らされたサクヤは、目の前で血を流して動かなくなった男をボーッと見つめている。
赤く染まった刃物の切先を袖でゆっくり拭い、懐へと仕舞い込む。
サクヤ「ターゲット、刺殺完了。これより、帰還します」
死体に背を向けて路地裏を出る。何事もなかったかのようにスッと人混みに紛れ、何事もなかったかのように帰路を歩いていく。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
招き猫のような形をしたアンドロイドは、目の前を通り過ぎたサクヤを客として認識し、目をピカピカ光らせながら左手をゆっくり前後に振り始める。
サクヤ「……」
サクヤは足を止め、ゆっくりと客引きアンドロイドへと近づいていく。アンドロイドはサクヤをもう一度客と認識し、先ほどと変わらぬ調子で手を振り始める。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……コンバンワ」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「コンバンワ」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……イラッシャイマセ!」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……ナゼあなタハ『イラッシャイマセ!』とシカ言ワナイのデスカ?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……」
サクヤ(私ハ、ナゼ話セルノでしょウカ? ナゼ、コノ子タチと違ウノデしょうカ? 私モ、コノ子たチト同じアンドロイドなのに、ナゼ、相手ノ言葉ヲ理解して、話セルのデショうか?)
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……理解、デキマセン」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤは手招きアンドロイドに背を向けると、人混みに紛れ消えていった。
ーーー
ナツ(M)俺は、サクヤの世話係を任されている。人型のアンドロイドを、人へと近づけていくための……いや、人にするための世話。
ナツ(M)サクヤを人にするために、俺はサクヤと毎日一緒にいる。あいつが人を殺しにいく時以外は、ずっと一緒だ。誰よりも長い時間共に過ごしているから、サクヤのちょっとした変化も、成長も、わかってしまう。
ナツ(M)成長とは、とてもとても嬉しいものだ。嬉しいもののはずだ。それなのに……俺には、サクヤの成長が、とても悲しいものに思えてしまう。
ナツの家。サクヤはリビングに置かれている白いソファーに腰掛け、自分の右手をジッと見つめ、グーパーグーパーと指をゆっくりとひたすら動かしている。
ナツ「おい、サクヤ」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「飯、できたぞ」
サクヤ「ハイ」
サクヤはソファーから立ち上がると、トコトコとテーブルへ向かう。ゆっくりと椅子を引き腰を下ろすと、ナツの手から波状にケチャップがかけられたオムライスが目の前に置かれる。
サクヤ「……」
ナツ「ん? どうした?」
サクヤ「先生、ナゼ私ハ、人間ト同じモノを食ベルノでショウカ?」
ナツ「お前は人間だからだよ」
サクヤ「私ハ、アンドロイドです」
ナツ「人間だ」
サクヤ「ナゼ先生ハ、アンドロイドである私ノコトヲ、人間ト呼ぶのデスカ?」
ナツ「人間だからだ」
サクヤ「先生ガ言エトおっしゃルノデ、アンドロイドと言わレタ際に『人間デス』と言イマスが、誰一人トシテ信ジテクレませン」
ナツ「信じさせろ」
サクヤ「ドウスレバ、信ジテモラエますカ?」
ナツ「人間らしい話し方、振る舞い……その他諸々をなんとかしろ」
サクヤ「ソノ他諸々とハ、ナンデすカ?」
ナツ「諸々は諸々だ」
サクヤ「……」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「バカ」
ナツ「……お前は飯抜きだ」
サクヤ「人殺シ」
ナツ「……」
サクヤ「鬼」
ナツ「……」
サクヤ「悪魔」
ナツ「……」
サクヤ「独身」
ナツ「おいてめぇ! それはダメだろうが! つーか、そんな言葉どこで覚えた⁈」
サクヤ「黙秘権ヲ行使シマス」
ナツ「言えや、このバカやろうが!」
サクヤ「先生」
ナツ「んだよ⁈」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「どんなって、俺の真似すりゃいいだろ」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「だから、俺の真似すりゃいいだろ。俺は人間なんだからよ」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「おい、俺の話聞いてます?」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「嫌なら嫌って言えよ!」
サクヤ「嫌デス」
ナツ「てめぇは先生の心を傷つける天才か⁈」
サクヤ「……」
ナツ「なんとか言えや、このやろうが!」
サクヤ「……ウフフ」
ナツ「……え?」
サクヤ「スミマセン。ナゼカ、笑ッテしまイマシタ」
ナツ「……」
サクヤ「先生、ドウシマシタカ?」
ナツ「……いや、なんでもねぇ。人間らしい話し方なら、お前と外見が近そうな女の子を見つけて、その子の話し方を真似しろ」
サクヤ「カシコマリマシタ」
ナツ(M)いつからなんだろう? いつから俺は、サクヤの成長を悲しく思うようになったのだろう?
サクヤ「先生」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「オ腹、スキマシタ」
ナツ「あぁ、すまねぇ」
ナツ(M)初めは、少し嬉しかった。もし自分に娘がいたら、こんな気持ちなのかなって。どこからどう見ても、アンドロイドには見えない、目の前の少女。
サクヤ「イタダキます」
ナツ(M)あぁ、そうか。そういうことか……。
サクヤはスプーンを手にして、ジッとオムライスを見つめている。
ナツ「どうした?」
サクヤ「先生、ケチャップって、血、ミタイですネ」
ナツ「……」
サクヤは波状に描かれたケチャップを、スプーンでベタベタと黄色のキャンパスに広げていく。キャンパスを真っ赤に染め上げると、スプーンで一口すくって口へと運んでいく。
サクヤ「美味シイでス。ウマウマです」
ナツ「……」
サクヤ「先生、ドウシマシタカ?」
ナツ「ケチャップ、ついてるぞ」
サクヤ「……拭イテクダサイ」
ナツ「はい?」
サクヤは胸の前に両手を持ってくると、急にクネクネと左右に動き始める。
サクヤ「ダーリンに拭いてほしいの~♡」
ナツ「……どこで覚えてきた?」
サクヤ「黙秘権ヲ行使シマス」
ナツ「へいへい……」
サクヤ「先生」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「ウマウマです」
ナツ(M)俺は、サクヤのこと……人として見てるんだ。
ーーー
数日後。露店並ぶ街中へとやってきたナツとサクヤは、サクヤと外見が近しい少女を見つけると、気づかれぬよう後をつけ観察を始める。
少女「ありがと!」
後をつけられているとは知らず、少女は露店の主人からモノを受け取ると、笑顔でお礼を言ってその場を去っていく。
ナツ「サクヤ。今の子の真似、できるか?」
サクヤ「ありがと!」
ナツ「そうそう、いいぞ」
サクヤ「ありがと!」
ナツ「その調子で『私は、サクヤです!』」
サクヤ「私は、サクヤです! ……コンナ感じデスカ?」
ナツ「『こんな感じですか?』も」
サクヤ「私は、サクヤです! こんな感じですか?」
ナツ「おぉ、人間っぽい」
サクヤ「私ハ、人間デス」
ナツ「……すまん、お前は人間だ」
サクヤ「アー、アー、アーあーあぁー! あぁぁ~。……うん、こんな感じかな? 先生、こんな感じでいい? どうですか?」
ナツ「……」
サクヤ「ん? どうしたんですか、先生?」
ナツ「いや、いつも機械みたいな話し方だったから、違和感が……」
サクヤ「違和感なんて、飛んでけぇ!」
ナツ「……」
サクヤ「ん? どうしたんですか?」
ナツ「……話し方、戻して」
サクヤ「ナンデスカ?」
ナツ「うんうん。やっぱり俺は、そっちがいい」
サクヤ「人間ノヨウニ話せト言ったノハ、先生デスヨ」
ナツ「そうですね……頑張って慣れます……。人間になって」
サクヤ「はーい」
ナツ「……機械」
サクヤ「ハイ」
ナツ「人間」
サクヤ「はーい」
ナツ「機械」
サクヤ「ハイ」
ナツ「人間」
サクヤ「先生、私ハおもちゃジャナイでスヨ」
ナツ「す、すみません……」
ナツ「……(笑う)」
サクヤ「先生、ドウシタンデスカ?」
ナツ「なんでもねぇよ。気にすんな」
ナツは笑いながらサクヤの頭を軽くポンポンと叩く。
サクヤは叩かれた頭を少しさすり、さすった手をジッと眺める。
サクヤ「……」
ナツ「ん? どうした?」
サクヤ「……胸ガ、チクチクしまス」
ナツ「はい?」
サクヤ「先生、私ニ攻撃シマシたネ?」
ナツ「してねぇよ!」
ナツ(M)サクヤと一緒にいればいるほど、悲しくなる。胸が苦しくなる。申し訳ない気持ちになる。自分が、情けなくなる。心がぐちゃぐちゃになりそうだ。今すぐにここから消えていなくなりたい。楽になりたい。
ナツ(M)でも、もし俺がここからいなくなったら、サクヤは今よりもっと苦しく、辛い生活をしなければいけなくなるのではないだろうか?
ナツ(M)そうだよ……こいつは、俺なんかよりもずっとずっと苦しいはずだ。悲しいはずだ。辛いはずだ。俺がやるべきことは、消えることじゃない。サクヤの心が壊れないように、しっかりとサポートすることだ。
ナツ(M)研究員としてではなく、ナツとして……アイツを、守ってやるんだ。
ーーー
数ヶ月後。薄暗い路地裏に、男の情けない声が響く。
腰を抜かし、小便と涙を垂れ流して震えている男は、銃口を向けてくる少女を見上げながら情けない声を上げ続ける。
男「く、くるなぁ! ま、待って、待ってくれぇ!」
サクヤ「え? なんで待たないといけないんですか? 例え待ったとしても、あなたの未来は変わらないですよ?」
男「た、頼む! 俺の話を聞いてくれ! お、お、おお俺は、ただ言われたことをしていただけで! ホントはあんなことしたくなかったんだよ! でも、仕事だから仕方なく──」
サクヤ「私も、仕事なの。あなたを殺すのが、仕事」
男「い、嫌だ! 助けてくれぇぇ!」
サクヤ「残念だけど、あなたの願いは叶えられないよ」
サクヤ「じゃあね」
男「や、やめろ! やめてく──」
銃声が響く。頭部を撃ち抜かれた男は、力なく後方へと倒れていく。
サクヤ「ターゲット、射殺完了~」
サクヤ「……はぁ。なんで私、人殺してんだろ……?」
大きくため息を吐き出し、倒れている男の顔を覗き込む。男は大きく目や口を開いたまま、ピクリとも動かない。
サクヤ「……帰ろ」
サクヤは男の目に手を当て、ゆっくりと男の瞼を下ろす。再度大きくため息を吐き出すと、男に背を向け路地裏を出る。
仕事終わり、いつものように人混みに紛れるサクヤ。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……」
聞き覚えのある機械音が、サクヤの耳に届く。サクヤは足を止め、機械音を発した招き猫型のアンドロイドの元へ近づいていく。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「久しぶり。元気してた?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「おいおい、あんたはまだいらっしゃいませしかいえないのかよ~。あれから何日経ったと思ってるのさ? いい加減別の言葉も言えるようになったらどうだい?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「どうだい? 羨ましいだろ? いらっしゃいませ以外にもペラペラ話せる高性能な私、羨ましいだろ?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……あなたはさ、何度も何度も同じ言葉ばかりで、飽きないの? 他の言葉、喋りたくないの?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……それが、あなたの仕事だもんね」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……いいな、アンドロイドって。決められたことだけやってればいいんだから」
サクヤ「……私も同じか」
乾いた笑みを浮かべたサクヤは、アンドロイドの頭をポンポン軽く叩き、人混みへと溶け込んでいく。
アンドロイドは、サクヤとは違う客を認識し、またいつも通り仕事を始める。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
ナツ(M)あれから、数ヶ月が経った。サクヤは、人間になった。誰がどう見ても、人間と判断されるようになった。
ナツ(M)仕事から帰ってくるサクヤを出迎える。彼女の姿を見て、安心する俺がいる。悲しんでいる俺がいる。
ナツ(M)今日も無事に帰ってきてくれた。生きて帰ってきてくれた。また人を殺して帰ってきた。体調は大丈夫だろうか? 辛くないだろうか? サクヤを見るだけで色んな想いが駆け回る。処理できない量の想いが、グルグルと駆け回る。
ナツ(M)なぁ、サクヤ? お前はどうしたい? これから、どうしたいんだ? 何がしたいんだ?
ナツ(M)……俺は、どうしたいんだ?
サクヤ:♀ 人型のアンドロイド。
ナツ:♂ サクヤの世話係を任されている、アンドロイド研究員。
*役表
サクヤ、少女:♀
ナツ、男、アンドロイド:♂
ーーーーー
街灯もなにもない、月明かりだけが辺りを照らし出す薄暗い路地裏。一人の男が息を切らしながら逃げるように走っている。
男「はぁ、はぁ、はぁ……! く、くそぉ……!」
男は走りながら背後を確認する──と、足元に転がっていた空き瓶を踏みつけ、足を取られ、身体を勢いそのままに地へ叩きつける。
男「あぐぅっ⁈ く、くそが! ちくしょうがぁぁ!」
慌てて立ちあがろうとする男の背後で『ガチャリ』と小さな音が路地裏に響き渡る。恐る恐る背後へと振り向く男──微かな月明かりに照らし出されるのは、無表情の女の子。
大きく震え、今にも泣き出しそうな大人の情けない姿を目にしても、表情一つ変えることなく、ただ黙って銃口を男に突きつける。
男「あ、あぁ……⁈ ま、待て……待ってくれ!」
サクヤ「……ナゼ、待タナケレばイケナイのデスカ? 例エ待ッタとシテモ、アナタの未来ハ変ワリマセンヨ」
男「な、なぁ、頼むよ! 今回だけは見逃してくれよ!」
サクヤ「アナタの願イは、叶エらレマセン」
男「た、頼む! この通り!」
男は地面に頭を擦り付け懇願する。が、サクヤは表情一つ変えずに淡々と答える。
サクヤ「アナタの願イは、叶エラれマセン」
男「……おいおいおい、人が頭下げてお願いしてんだぜ……! 少しくらい──」
男は頭を下げながら右手を上着内ポケットへと移動させる。忍ばせていた拳銃を手に取ると、素早く上半身を上げトリガーを引く。
男「聞いてくれたっていいんじゃねぇのぉ!」
銃声が一つ、路地裏に響き渡る。
男の銃口から放たれた弾丸は、サクヤの左足の膝を貫く。
サクヤ「アッ」
サクヤはバランスを崩し、膝から崩れ落ちていく。表情一つ変えず、ブレた銃口を男に突きつけるが、男は自身に向かって伸ばされていたサクヤの右手を力任せに蹴り飛ばす。
地面を滑り闇へと消えていく銃を見つめるサクヤ。未だ表情一つ変えない少女に対し、銃口を突きつけながらニヤつく男。
男「へへへ……! 形勢逆転だな、お嬢ちゃん……!」
サクヤ「……」
男「ごめんよ、一発で仕留められなくて! まさか足に当てちまうなんて……俺の腕も落ちたもんだな~! がははは!」
サクヤ「……」
男「いいかい、お嬢ちゃん? 見知らぬ男の話なんて聞いちゃいけないんだよ~。俺の話なんて聞かず、あのままスパッと殺してさえいれば、こんなことにはならなかったのさ~!」
サクヤ「……」
男「……銃口向けられてんのに泣き声どころか表情一つ変えねぇ。へへへ……! いいじゃねぇかいいじゃねぇか……! 俺、そういう女をぐちゃぐちゃにすんの、大好きだぜぇ~!」
サクヤ「……」
男「今夜は、俺と二人で死ぬまで楽しもうや……! へはははは!」
サクヤ「……」
男「……おいてめぇ、なんとか言ったら──」
サクヤ「損傷部分ノ確認完了」
男「……は?」
サクヤ「修復シマス」
男「しゅ、修復……?」
考えもしなかった言葉を放たれ、戸惑う男。
サクヤは何事もなかったかのように、スッと立ち上がる。
サクヤ「修復完了。引キ続キ、任務ヲ遂行シマス」
男「は? え? お、お、お前、なんで立って……⁈ さっき俺が足撃ち抜いたはずだろ! なんで立てるんだよ、おい!」
サクヤ「抵抗シタ場合ハ『殺せ』と命ヲ受ケテイマス」
男「ど、どういうことだよ……? なんなんだよ、これ……! こんなことありえねぇ……! ありえねぇありえねぇありえ──」
男はサクヤに銃口を向けたままトリガーを押し込む──が、サクヤは男がトリガーを押し切る前に、男の真似をするように自身に伸ばされた腕を力任せに蹴り飛ばす。
男「……へ?」
拳銃が地面に叩きつけられる音と共に『ゴギッ』と硬い何かが折れる音が男の耳に届く。
突如として右腕に走る感じたことのない激痛──腕は男が曲げたことのない方向に曲がり、力なく垂れ下がっている。
男「あ、あぁ……⁈ あぁぁぁぁぁ⁈ う、腕がぁぁぁ! 俺の腕がぁぁぁ!」
サクヤ「……」
男「あぁぁぁぁぁ⁈ 痛ぇよぉぉぉ! あぁぁぁぁ!」
サクヤ「……」
男「おい、てめぇぇ! なんてことしてくれてんだ! お前、俺の腕が、腕が折れちまったじゃねぇか! どう責任とってくれんだ、あぁぁ⁈」
サクヤ「……」
男「なんとか言えや、このクソ野郎が! ちくしょうちくしょうちくしょう! 絶対ぶっ殺してやる! どんな手を使ってでも、お前をぶっ殺して……や……」
どれだけ声を荒げても、眉一つ動かさない目の前の少女。最初から決められた表情を貼り付けられただけと表現してもおかしくはない、不気味さを覚える表情。
男は言葉を止め、少女に対して感じた違和感を一つ一つ脳内で咀嚼していく。『抑揚のない淡々とした話し方』『傷を一瞬にして治す意味のわからない力』『蹴り一つで腕を折る馬鹿げた力』『今に至るまで変わらぬままの表情』──
男「お、お、お前……まさか……ア、アンドロイド……なのか……?」
サクヤ「……」
男「お、おい、嘘だろ……? 冗談じゃねぇぞ……! 聞いたことねぇぞ、人を殺すアンドロイドなんてよぉ……! こ、こんなの、勝てるわけ……勝てるわけが……!」
サクヤ「……」
男「ち、ちくしょう……! ちくしょうちくしょうちくしょう! 一体どこだ⁈ どこなんだよ⁈ こんなわけわからねぇ化け物作った企業はよぉ! つーか、どっからどう見ても普通の人間じゃねぇかよ! こんなん、アンドロイドだってわかるわけねぇだろうがよ! くそが! ちくしょうちくしょうちくしょう! ちくしょうが!」
サクヤ「……私ハ、アンドロイドではアリマセン」
サクヤ「私ハ、人間デス」
男「うるせぇ! 何言ってんだてめぇは! 人間様はな、修復とかそんなことできやしねぇんだよ! バカか⁈ もっと勉強してこいや! つーか、アンドロイドごときが俺たち人間様に逆らっていいと思ってんのか⁈ とっとと失せろ! ぶっ壊れろ! このクソアンドロイドが!」
暴言を吐き散らかす男に興味がないのか、サクヤは変わらぬ表情のまま上着内側からナイフを取り出す。
男「あ、あぁ……⁈ ま、待て、待ってくれ! い、今のは冗談だよ! 冗談に決まってんだろ! だから、そのナイフはしまえよ! な⁈」
サクヤ「……」
男「た、頼む! お願いだ! もう悪いことは一切しねぇ! しねぇからよ! だから頼む! 助けてくれ! 俺、まだ死にたくねぇ! 死にたくねぇよ! 助け──」
涙をボロボロこぼしながら後退る男の肩を力任せに掴み、サクヤは躊躇うことなく深々と男の心臓へナイフを突き刺す。
男「てぇあぁぁがぁ⁈」
サクヤ「……」
男「あ……あぁ……お、お……で……し、に……だ……く……」
サクヤ「……ターゲット、刺殺完了」
男の死を確認し終えたサクヤは、動かぬ男を地に寝かし血がベッタリとついたナイフを袖で拭う。
未だ変わらぬ表情のまま、蹴り飛ばされた自身の拳銃の元へと歩み始める。
サクヤ「……ナゼでショウカ? 攻撃ヲ受ケタノは、左足。胸ハ攻撃ヲ受ケてイマセン」
サクヤ「……痛イ。胸ノ奥ガ痛イ。チクチクします。ナゼでショウカ?」
足を止め、胸に手を当て首を傾げるサクヤ。しばらくジッとその場に止まるが、答えは出ることなく、再び拳銃の元へと歩みを進めた。
ーーー
自身が住んでいる小さな一軒家へと帰還したサクヤは、抱えていた疑問を同居している男性にぶつけていた。
白衣に袖を通している男性──家の主であるナツは、広々と開けたリビングに置かれているテーブルの前に腰掛け、お茶を飲みながらサクヤの話を聞いていた。
ナツ「胸が痛い?」
サクヤ「ハイ」
ナツ「いつから胸が痛いんだ?」
サクヤ「追ッテいたターゲットに『とっとと失せろ! ぶっ壊れろ! このクソアンドロイドが!』ト言ワレてカラデス」
ナツ「めちゃくちゃ言いやがる奴だな。一発ぶん殴ってやろうかな?」
サクヤ「ターゲットは死亡シテいマス。死人ヲ殴ルノハ、最低ナ行為ダと思イマス」
ナツ「そういうことされても文句言えねぇことをしてるのよ、そいつは。だから、大丈夫大丈夫」
サクヤ「ソウイウものナノデスカ?」
ナツ「そういうものなのです」
サクヤ「記憶シテおキマス」
サクヤ「先生」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「胸ガ痛イデス」
ナツ「そうだった、すまんすまん」
サクヤ「ドウシテ胸ガ痛ムノでショウカ? 私ハ気ヅカナイうチニ、攻撃サレテいたノデショウカ?」
ナツ「あぁ、そうだな」
サクヤ「ドンナ攻撃デスカ?」
ナツ「言葉だ」
サクヤ「『言葉』デスカ? 私ヤ先生ガ今口ニしてイル言葉ガ、武器トナルノでスカ?」
ナツ「そうだ。例えば……おい」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「バカ」
サクヤ「バカは知能ガ低イ人間に対して使ウ言葉デス。私ハ、高性能アンドロイドデス。ツマリ、私はバカではアリマセン。ソノ言葉は、私ヨリも先生に言ウベキ言葉デハナイデショウカ?」
ナツの心に、深々とサクヤの言葉が突き刺さる。
ナツ「ごふぅ⁈」
サクヤ「ドウシマシタカ、先生?」
ナツ「今……言葉が武器となりました……」
サクヤ「私ノ言葉ガ、でスカ?」
ナツ「そうです……先生の心はズタズタに傷つけられました……」
サクヤ「ドウシテデスカ? 私ハ、思ッタコトを口にシタダケでスガ?」
ナツ「もうやめてください……これ以上傷つけないでください……」
サクヤ「私ハ攻撃シテイマセン。ナゼ、傷ツクノデスカ?」
ナツ「うーん、なんて説明すりゃいいのかなぁ……? バカじゃないのに『お前はバカだ!』って言われたら、嫌な気持ちになるだろ?」
サクヤ「先程モ言イマシタが、私はバカではアリマセン。先生ハ、一度伝エタだけデハ理解ガできナイノデスカ? スミマセン、バカでしたね。申シ訳アリマセン。先程ノ言葉ヲ繰り返しオ伝エシマス。バカは知能ガ──」
ナツ「お前は先生をどうしたいの⁈ 先生の精神をボロボロにしたいの⁈ なんなのお前は⁈」
サクヤ「私ハ、高性能人型アンドロイドです」
ナツ「そういうこと聞いてんじゃねぇよ!」
サクヤの懐に入っていた連絡用の端末が震える。
サクヤは表情一つ変えずに端末を取り出し、ジッと画面を見つめる。
ナツ「また仕事か?」
サクヤ「ハイ。行ッテマイリマス」
ナツ「……おい」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「……辛くないか?」
サクヤ「『辛い』トハ、『精神的、肉体的に我慢できないくらい苦しいこと』デス。私ハ精神、肉体トモに安定シテイマス」
ナツ「そうか」
サクヤ「他ニ、何カアリマスカ?」
ナツ「あるぞ。もう一つだけ」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「お前は、アンドロイドじゃないぞ」
サクヤ「……」
ナツ「お前は、なんだ?」
サクヤ「……私ハ、アンドロイドではアリマセン」
サクヤ「私ハ、人間デス」
ナツ「よし、行ってこい」
サクヤ「ハイ。行ってマイリマス」
ナツはサクヤの頭を軽くポンポンと叩く。サクヤは何一つ表情を変えずに頭を下げると、スタスタと玄関へと向かっていく。
ナツ「……辛くない、か。すげぇなぁ、お前は。俺がもしお前の立場だったら、もうぶっ壊れてるよ」
ナツ「……何やってんだろうなぁ、俺は?」
玄関の扉が閉まる音が聞こえる。ナツは自分以外誰もいない広々としたリビングに、大きな大きなため息を吐き出した。
ーーー
太陽が顔を出し始め、粉々に割られ砕け散った窓ガラスを輝かせる。
大人が三人ほど横になってもまだ余裕があるベッドの上では、服を脱ぎ捨てた男女それぞれが頭から血を流し横になっていた。
サクヤ「……」
二人の人間をただ黙って見つめるサクヤ。
まだ微かに意識のある男は、手を大きく振るわせながらベッド横に設置されている小さな棚の上に置かれた連絡用端末へ手を伸ばす。
サクヤ「……」
サクヤは無表情のまま、手にしている鉄の棒を力一杯男の頭へと振り下ろす。鮮血がサクヤの顔に飛び散る。
震えることすらしなくなった男──サクヤはただ黙って男を見つめ続ける。
サクヤ「……ターゲット、撲殺完了。帰還シマス」
サクヤ「……」
サクヤ「私ハ、人間デス。私ハ、アンドロイドではアリマセン」
サクヤ「……私は『アンドロイド』なのニ、ドウシテ先生ハ『人間』ト言ワセルのでショウカ?」
サクヤ「……」
サクヤ「理解ガ、デキまセン」
首を傾げ、手にしていた鉄の棒を手放す。
血生臭い吐き気を催す室内にも関わらず、サクヤはいつものように表情一つ変えることなく、割られた窓ガラスを踏みしめ、窓から飛び降りた。
ーーー
ナツ(M)サクヤが研究所に戻ってくる。人を殺して。
ナツ(M)周りのやつらは、それを毎度毎度拍手で迎え入れる。『素晴らしい』『良くやった』と、温かい言葉を投げつける。
ナツ(M)なぜこいつらは、拍手で迎え入れるんだ?
ナツ(M)なぜ人を殺したサクヤを褒め称えるんだ?
ナツ(M)なぜ人を殺すことが良いことだと教えるんだ?
ナツ(M)なぜ、人を殺すアンドロイドを作るんだ?
ナツ(M)……なんで俺は、拍手してるんだ?
ナツの家。ナツはリビングに置かれた白いソファーに身を預け、ボーッと天井を眺めている。
ガチャリと大きな音を立ててリビングの扉が開く。顔や服を少し汚したサクヤが、無表情のままナツの元へと歩みを進めていく。
ナツ「おかえり」
サクヤ「タダイマ戻リマシタ」
ナツ「おう」
サクヤ「……」
サクヤはナツの隣で立ち止まると、ジッと無表情のままナツを見つめる。
ナツ「ん? な、なんだよ?」
生気のかけらも感じなかったサクヤの瞳が、突然輝きだす。カチカチに固まっていると思われていた口角が上がり、人間のようにスラスラと話し始める。
サクヤ「おう、今帰ったぜ! ハニー!」
ナツ「……は?」
サクヤ「『おかえりダーリン! 寂しかったわ!』ト、言ッテクダサイ」
ナツ「なんでだよ……?」
サクヤ「先生ガ、悲シソうな顔ヲシテイタノデ」
ナツ「……え?」
サクヤ「ナゼ先生ガ悲シソウナ顔ヲシテイルノカ、私ニハ理解デキマせんガ」
ナツ「俺は、お前が発したハニーの件が理解できませんが?」
サクヤ「帰還スル途中デ、男女ガこのヤリ取リをシテイマシタ。コウスルことデ、元気にナッテイマシタ」
サクヤ「先生ニ、元気にナッテ欲シクテ」
ナツ「……」
サクヤ「スミマセン。コノ方法デハ、先生ハ元気にナリマセンでしタカ。別ノ方法ヲ──」
ナツ「(笑う)」
サクヤ「先生、ナゼ笑ッテイルノですカ?」
ナツ「サクヤのおかげで元気になったんだよ。ありがとな」
サクヤ「先生ハ、コノ方法デ元気にナルノですネ。デハ、今後先生が悲シソウな顔ヲシテイタラ──」
ナツ「今日だけで充分です」
サクヤ「カシコマリマシタ」
サクヤはナツに背を向けると、玄関へ歩いていく。
ナツ「おい、どこ行くんだ?」
サクヤ「モウ一度、帰宅カラやり直シます。少々オ待チを」
ナツ「あ、はい……」
ナツ(M)なぜ……なぜなんだ……?
サクヤ「おう、今帰ったぜ! ハニー!」
ナツ「おかえりダーリン! 寂しかったわ!」
ノリノリで手を広げ、サクヤを迎え入れるナツ。
サクヤはスッと無表情になり、ジッとナツを見つめている。
ナツ「おい、どうした?」
サクヤ「気持チ悪いデスネ」
ナツ「おい!」
ナツ(M)人を殺すだけなら……こいつに心なんて、つけなくてよかったじゃねぇか。
ーーー
闇に包まれた、とある路地裏。月明かりに照らされたサクヤは、目の前で血を流して動かなくなった男をボーッと見つめている。
赤く染まった刃物の切先を袖でゆっくり拭い、懐へと仕舞い込む。
サクヤ「ターゲット、刺殺完了。これより、帰還します」
死体に背を向けて路地裏を出る。何事もなかったかのようにスッと人混みに紛れ、何事もなかったかのように帰路を歩いていく。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
招き猫のような形をしたアンドロイドは、目の前を通り過ぎたサクヤを客として認識し、目をピカピカ光らせながら左手をゆっくり前後に振り始める。
サクヤ「……」
サクヤは足を止め、ゆっくりと客引きアンドロイドへと近づいていく。アンドロイドはサクヤをもう一度客と認識し、先ほどと変わらぬ調子で手を振り始める。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……コンバンワ」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「コンバンワ」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……イラッシャイマセ!」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……ナゼあなタハ『イラッシャイマセ!』とシカ言ワナイのデスカ?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……」
サクヤ(私ハ、ナゼ話セルノでしょウカ? ナゼ、コノ子タチと違ウノデしょうカ? 私モ、コノ子たチト同じアンドロイドなのに、ナゼ、相手ノ言葉ヲ理解して、話セルのデショうか?)
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……理解、デキマセン」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤは手招きアンドロイドに背を向けると、人混みに紛れ消えていった。
ーーー
ナツ(M)俺は、サクヤの世話係を任されている。人型のアンドロイドを、人へと近づけていくための……いや、人にするための世話。
ナツ(M)サクヤを人にするために、俺はサクヤと毎日一緒にいる。あいつが人を殺しにいく時以外は、ずっと一緒だ。誰よりも長い時間共に過ごしているから、サクヤのちょっとした変化も、成長も、わかってしまう。
ナツ(M)成長とは、とてもとても嬉しいものだ。嬉しいもののはずだ。それなのに……俺には、サクヤの成長が、とても悲しいものに思えてしまう。
ナツの家。サクヤはリビングに置かれている白いソファーに腰掛け、自分の右手をジッと見つめ、グーパーグーパーと指をゆっくりとひたすら動かしている。
ナツ「おい、サクヤ」
サクヤ「ナンデショウカ?」
ナツ「飯、できたぞ」
サクヤ「ハイ」
サクヤはソファーから立ち上がると、トコトコとテーブルへ向かう。ゆっくりと椅子を引き腰を下ろすと、ナツの手から波状にケチャップがかけられたオムライスが目の前に置かれる。
サクヤ「……」
ナツ「ん? どうした?」
サクヤ「先生、ナゼ私ハ、人間ト同じモノを食ベルノでショウカ?」
ナツ「お前は人間だからだよ」
サクヤ「私ハ、アンドロイドです」
ナツ「人間だ」
サクヤ「ナゼ先生ハ、アンドロイドである私ノコトヲ、人間ト呼ぶのデスカ?」
ナツ「人間だからだ」
サクヤ「先生ガ言エトおっしゃルノデ、アンドロイドと言わレタ際に『人間デス』と言イマスが、誰一人トシテ信ジテクレませン」
ナツ「信じさせろ」
サクヤ「ドウスレバ、信ジテモラエますカ?」
ナツ「人間らしい話し方、振る舞い……その他諸々をなんとかしろ」
サクヤ「ソノ他諸々とハ、ナンデすカ?」
ナツ「諸々は諸々だ」
サクヤ「……」
ナツ「なんだよ?」
サクヤ「バカ」
ナツ「……お前は飯抜きだ」
サクヤ「人殺シ」
ナツ「……」
サクヤ「鬼」
ナツ「……」
サクヤ「悪魔」
ナツ「……」
サクヤ「独身」
ナツ「おいてめぇ! それはダメだろうが! つーか、そんな言葉どこで覚えた⁈」
サクヤ「黙秘権ヲ行使シマス」
ナツ「言えや、このバカやろうが!」
サクヤ「先生」
ナツ「んだよ⁈」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「どんなって、俺の真似すりゃいいだろ」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「だから、俺の真似すりゃいいだろ。俺は人間なんだからよ」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「おい、俺の話聞いてます?」
サクヤ「人間ラシイ話し方とハ、ドンナ感じデスカ?」
ナツ「嫌なら嫌って言えよ!」
サクヤ「嫌デス」
ナツ「てめぇは先生の心を傷つける天才か⁈」
サクヤ「……」
ナツ「なんとか言えや、このやろうが!」
サクヤ「……ウフフ」
ナツ「……え?」
サクヤ「スミマセン。ナゼカ、笑ッテしまイマシタ」
ナツ「……」
サクヤ「先生、ドウシマシタカ?」
ナツ「……いや、なんでもねぇ。人間らしい話し方なら、お前と外見が近そうな女の子を見つけて、その子の話し方を真似しろ」
サクヤ「カシコマリマシタ」
ナツ(M)いつからなんだろう? いつから俺は、サクヤの成長を悲しく思うようになったのだろう?
サクヤ「先生」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「オ腹、スキマシタ」
ナツ「あぁ、すまねぇ」
ナツ(M)初めは、少し嬉しかった。もし自分に娘がいたら、こんな気持ちなのかなって。どこからどう見ても、アンドロイドには見えない、目の前の少女。
サクヤ「イタダキます」
ナツ(M)あぁ、そうか。そういうことか……。
サクヤはスプーンを手にして、ジッとオムライスを見つめている。
ナツ「どうした?」
サクヤ「先生、ケチャップって、血、ミタイですネ」
ナツ「……」
サクヤは波状に描かれたケチャップを、スプーンでベタベタと黄色のキャンパスに広げていく。キャンパスを真っ赤に染め上げると、スプーンで一口すくって口へと運んでいく。
サクヤ「美味シイでス。ウマウマです」
ナツ「……」
サクヤ「先生、ドウシマシタカ?」
ナツ「ケチャップ、ついてるぞ」
サクヤ「……拭イテクダサイ」
ナツ「はい?」
サクヤは胸の前に両手を持ってくると、急にクネクネと左右に動き始める。
サクヤ「ダーリンに拭いてほしいの~♡」
ナツ「……どこで覚えてきた?」
サクヤ「黙秘権ヲ行使シマス」
ナツ「へいへい……」
サクヤ「先生」
ナツ「なんだ?」
サクヤ「ウマウマです」
ナツ(M)俺は、サクヤのこと……人として見てるんだ。
ーーー
数日後。露店並ぶ街中へとやってきたナツとサクヤは、サクヤと外見が近しい少女を見つけると、気づかれぬよう後をつけ観察を始める。
少女「ありがと!」
後をつけられているとは知らず、少女は露店の主人からモノを受け取ると、笑顔でお礼を言ってその場を去っていく。
ナツ「サクヤ。今の子の真似、できるか?」
サクヤ「ありがと!」
ナツ「そうそう、いいぞ」
サクヤ「ありがと!」
ナツ「その調子で『私は、サクヤです!』」
サクヤ「私は、サクヤです! ……コンナ感じデスカ?」
ナツ「『こんな感じですか?』も」
サクヤ「私は、サクヤです! こんな感じですか?」
ナツ「おぉ、人間っぽい」
サクヤ「私ハ、人間デス」
ナツ「……すまん、お前は人間だ」
サクヤ「アー、アー、アーあーあぁー! あぁぁ~。……うん、こんな感じかな? 先生、こんな感じでいい? どうですか?」
ナツ「……」
サクヤ「ん? どうしたんですか、先生?」
ナツ「いや、いつも機械みたいな話し方だったから、違和感が……」
サクヤ「違和感なんて、飛んでけぇ!」
ナツ「……」
サクヤ「ん? どうしたんですか?」
ナツ「……話し方、戻して」
サクヤ「ナンデスカ?」
ナツ「うんうん。やっぱり俺は、そっちがいい」
サクヤ「人間ノヨウニ話せト言ったノハ、先生デスヨ」
ナツ「そうですね……頑張って慣れます……。人間になって」
サクヤ「はーい」
ナツ「……機械」
サクヤ「ハイ」
ナツ「人間」
サクヤ「はーい」
ナツ「機械」
サクヤ「ハイ」
ナツ「人間」
サクヤ「先生、私ハおもちゃジャナイでスヨ」
ナツ「す、すみません……」
ナツ「……(笑う)」
サクヤ「先生、ドウシタンデスカ?」
ナツ「なんでもねぇよ。気にすんな」
ナツは笑いながらサクヤの頭を軽くポンポンと叩く。
サクヤは叩かれた頭を少しさすり、さすった手をジッと眺める。
サクヤ「……」
ナツ「ん? どうした?」
サクヤ「……胸ガ、チクチクしまス」
ナツ「はい?」
サクヤ「先生、私ニ攻撃シマシたネ?」
ナツ「してねぇよ!」
ナツ(M)サクヤと一緒にいればいるほど、悲しくなる。胸が苦しくなる。申し訳ない気持ちになる。自分が、情けなくなる。心がぐちゃぐちゃになりそうだ。今すぐにここから消えていなくなりたい。楽になりたい。
ナツ(M)でも、もし俺がここからいなくなったら、サクヤは今よりもっと苦しく、辛い生活をしなければいけなくなるのではないだろうか?
ナツ(M)そうだよ……こいつは、俺なんかよりもずっとずっと苦しいはずだ。悲しいはずだ。辛いはずだ。俺がやるべきことは、消えることじゃない。サクヤの心が壊れないように、しっかりとサポートすることだ。
ナツ(M)研究員としてではなく、ナツとして……アイツを、守ってやるんだ。
ーーー
数ヶ月後。薄暗い路地裏に、男の情けない声が響く。
腰を抜かし、小便と涙を垂れ流して震えている男は、銃口を向けてくる少女を見上げながら情けない声を上げ続ける。
男「く、くるなぁ! ま、待って、待ってくれぇ!」
サクヤ「え? なんで待たないといけないんですか? 例え待ったとしても、あなたの未来は変わらないですよ?」
男「た、頼む! 俺の話を聞いてくれ! お、お、おお俺は、ただ言われたことをしていただけで! ホントはあんなことしたくなかったんだよ! でも、仕事だから仕方なく──」
サクヤ「私も、仕事なの。あなたを殺すのが、仕事」
男「い、嫌だ! 助けてくれぇぇ!」
サクヤ「残念だけど、あなたの願いは叶えられないよ」
サクヤ「じゃあね」
男「や、やめろ! やめてく──」
銃声が響く。頭部を撃ち抜かれた男は、力なく後方へと倒れていく。
サクヤ「ターゲット、射殺完了~」
サクヤ「……はぁ。なんで私、人殺してんだろ……?」
大きくため息を吐き出し、倒れている男の顔を覗き込む。男は大きく目や口を開いたまま、ピクリとも動かない。
サクヤ「……帰ろ」
サクヤは男の目に手を当て、ゆっくりと男の瞼を下ろす。再度大きくため息を吐き出すと、男に背を向け路地裏を出る。
仕事終わり、いつものように人混みに紛れるサクヤ。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……」
聞き覚えのある機械音が、サクヤの耳に届く。サクヤは足を止め、機械音を発した招き猫型のアンドロイドの元へ近づいていく。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「久しぶり。元気してた?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「おいおい、あんたはまだいらっしゃいませしかいえないのかよ~。あれから何日経ったと思ってるのさ? いい加減別の言葉も言えるようになったらどうだい?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「どうだい? 羨ましいだろ? いらっしゃいませ以外にもペラペラ話せる高性能な私、羨ましいだろ?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……あなたはさ、何度も何度も同じ言葉ばかりで、飽きないの? 他の言葉、喋りたくないの?」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……それが、あなたの仕事だもんね」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
サクヤ「……いいな、アンドロイドって。決められたことだけやってればいいんだから」
サクヤ「……私も同じか」
乾いた笑みを浮かべたサクヤは、アンドロイドの頭をポンポン軽く叩き、人混みへと溶け込んでいく。
アンドロイドは、サクヤとは違う客を認識し、またいつも通り仕事を始める。
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
アンドロイド「イラッシャイマセ! イラッシャイマセ!」
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ナツ(M)仕事から帰ってくるサクヤを出迎える。彼女の姿を見て、安心する俺がいる。悲しんでいる俺がいる。
ナツ(M)今日も無事に帰ってきてくれた。生きて帰ってきてくれた。また人を殺して帰ってきた。体調は大丈夫だろうか? 辛くないだろうか? サクヤを見るだけで色んな想いが駆け回る。処理できない量の想いが、グルグルと駆け回る。
ナツ(M)なぁ、サクヤ? お前はどうしたい? これから、どうしたいんだ? 何がしたいんだ?
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