「声劇台本置き場」

きとまるまる

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「過去に戻れる人のお話」(比率:男1)。

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『過去に戻りたい』

 人間誰しも一度はこう思ったことがあるだろう。今このお話を聞いている貴方も、戻りたいと思ったこと、ありますよね?

 貴方が過去に戻りたいと思った時は、どんな時ですか? 恥ずかしい思いをしてしまった時? 取り返しのつかないミスをしてしまった時? 楽しかったあの頃を思い出した時? 理由は様々あると思います。でも皆さんは、きっとこうも思っているはず。

『過去になんて戻れない』と。

 どれだけ強く願っても、過去には戻れない。過ぎた時間を巻き戻すことは不可能。漫画やアニメじゃあるまいし。

 現実的ではない。だからこそ強く願ってしまう。絶対に叶うことはない願いだから。強く、強く、強く……叶うはずのない願いを、僕らは願い続ける。

 では、もし、もしですよ? 強く願えば過去に戻れるのだとしたら、あなたは過去に戻りますか? ただし、過去に戻るには条件があります。

『戻れるのは、今まで自分が生きてきた時間軸のみ』自分が生きていない時代、江戸時代やら大昔には行けません。そして『戻った先で生きている自分自身を24時間以内に殺さなければいけない』この条件があったとしても、あなたは過去に戻りたいですか?

 僕は15歳の時に『過去に戻れる』力をもらいました。誰からもらったのかは正直よく覚えていないし、本当に戻れるのかどうかなんてわかりません。

 過去に戻って変えたい思い出や、やり直したいことなんて山ほどあります。でも、もしこの力を使って過去に戻ったとしたら、その時間軸で生きている自分自身を殺さなくてはならない。そんなこと、できるはずがない。僕はそう思って、この過去に戻れるという素晴らしい力を使うことなく生きてきました。これから先、何があっても使うことはないだろう。

 そう思っていました。

 大切な人を、失うまでは。

 僕は、大切な人を失いたくなかった。助けたかった。だからこの力にすがり付いた。この力を使うことを決めた。

 大切な人を救うために、僕は過去の自分を殺しに行くんだ。

 この先の未来が絶望しかないことを、その時の僕は考えてもなかった。





<時刻は0時を過ぎており、辺りは暗闇に包まれている。インターホンが部屋に鳴り響く>


「誰だ、こんな時間に? もう日付またいでるし、宅配は絶対にあり得ないよな」


<もう一度インターホンが鳴り響く>


「なんなんだよ。もぉ……」


<ドアを開く。目の前には深くフードを被った人が立っている>


『こんばんわ』

「こ、こんばんわ」

『……』

「あ、あの、何か用ですか? というか、貴方は誰ですか?」

『僕は……貴方ですよ』

「はい? 何を言って──」


<目の前にいた人はズカズカと部屋の中に入ってくる>


「え⁈ ちょっ、なんですか⁈ 出てってくださいよ! 警察呼び──」


<フードの男を力一杯押し返す。フードが脱げ、顔が見える>


「……え? お、同じ顔……? お、お前は一体──」


<力任せに押し倒され、口を塞がれる>


「んぐっ⁈ んー! んーーんーー⁈」


<フードの男は懐から素早く包丁を取り出すと、押し倒した男の胸元へ何度も何度も突き刺す>


『っ! っ! っ! っ!』

『はぁ、はぁ、はぁ……! こ、これで……これで僕は……!』


 僕は過去に戻った。大切な人が事故にう一日前に。そして、その時間軸を生きている僕に、何度も何度も包丁を突き刺して殺した。

 気持ち悪い。とてもとても気持ちが悪い。人を殺すということは。目の前で死んでいる自分自身を見つめるのは。

 僕は胃の中にあったものを全て床へとぶちまけた。そして、人形と化した自分自身を、小さく、小さく、小さくして袋に詰め込んだ。

 何度も、何度も何度も、空っぽの胃の中から液体を逆流させた。その度に何度も何度も言い聞かせた『彼女のためだ。大切な人を守るためだ……』何度も何度も言い聞かせているうちに、ずっと続いていた吐き気は無くなっていった。気持ち悪さは無くなっていった。これで僕は大切な人を救えるんだ。そう思ったら、スッと深い眠りにつくことができた。

 今日死んだのは僕だ。でも僕は今ここに生きている。つまり、誰にも疑われることはない。この殺人を知る者は僕以外にはいない。絶対にバレないという安心感が、僕から罪の意識を奪っていく。大切な人を救えるという嬉しさが、僕を日常へと戻していく。安心や嬉しさが、赤く染まった僕を、白く塗り潰していく。



<時刻は10時を少し過ぎた頃。駅のロータリーで彼女を待っている>


『おはよ。ううん、全然待ってないよ。僕もさっき来たところだし』

『じゃあ行こっか』

 僕は綺麗な手で彼女の手を握った。もう離さない。絶対に離さない。あんな思いは、もうしたくない。

『え? あぁ、えっと……デート、すごく楽しみにしてたからさ。それのせいかも』

 彼女の手を離さなくていいんだ。そう思ったら、笑顔がこぼれた。これからもこの幸せな時間が続くんだ。続いていくんだ。僕は、強く強く、彼女の手を握りしめた。






 彼女が死ぬはずだった時間を越えて、僕はとても幸せだった。彼女を救えたということが、来るはずのなかった未来が見えたことが、消えたはずの笑顔が、温もりが僕を包んでくれることが、とてもとても嬉しかった。

 これからはあんな苦しい思いをしなくていいんだ。もし何かあったとしても、僕がもう一度過去に戻ればいいだけなんだ。これから先の未来は明るく輝いているんだ。ずっとずっと、輝き続けているんだ。

 そう思っていた……。

 彼女を救ってから数ヶ月が経ったある日。彼女の笑顔を見た僕は、ふと思ってしまった。『この笑顔は、僕に向けているものではない』と。

 彼女のこの笑顔は、僕に向けたものではない。僕が殺した、僕に向けているものなんだ。この笑顔は僕のものだが、僕のものではない。君はあの日からずっと、未来が変わってからずっと、僕のことは見ていないんだ。そう思ったら、胸がギュッと締めつけられた。彼女のそばにいるのが苦痛になった。

 考え過ぎだと、何度も何度も言い聞かせる。でも一度ついた黒い色は、何を塗っても黒いまま。どんな色で塗り潰そうと、全てを黒く染め上げていく。少しずつ、少しずつ、僕の心を黒く塗り潰していく。

 本当のことを言えば、君は笑ってくれるだろうか? 「辛かったね」「助けてくれてありがとう」と、死んだ僕と同じくらいの愛を僕にくれるだろうか? 僕のことを受け入れてくれるだろうか?

 楽しくて幸せだった日常は、少しずつ薄れていく。不安や恐怖、悲しみ、苦しみ……負の感情が僕を押し潰そうとしてくる。いつか彼女は、僕を見てくれなくなるのではないだろうか? また、僕を置いてどこかへ行ってしまうのではないだろうか? 不安で眠れない日々が続く。真っ暗で静かな世界……何もない。何も見えない。何も聞こえない。一人ぼっちの世界。不安が僕を包む。恐怖が包む。悲しみが、苦しみが、痛みが──


<深夜一時を過ぎた頃。インターホンの音が鳴り響く>


 何もない世界に音が響く。聞き慣れた音。僕を呼ぶ音。何度も何度も響き渡る。

『誰だよ、こんな時間に……!』

 時刻は午前一時を過ぎた頃。僕を呼ぶ音は鳴り止まない。溜まりに溜まった負の感情をぶつけるために、僕は扉を開いた。

「こんばんわ」

 目の前には、フードを深く被った人。顔はよく見えなかったが……僕はすぐにわかった。目の前にいるのが、誰なのか。

 僕は目の前の男の話を聞くことなく、押しのけて、慌てて外へと駆け出していく。真っ暗で、静かな、午前一時を過ぎた世界へと。





『はぁ、はぁ、はぁ……!』

 静かな世界に荒い呼吸が響き渡る。僕はただただ走った。振り返ることなく、必死に、がむしゃらに、迫ってくる死から逃げる。逃げる、逃げる、逃げる。

 僕は力を使わない未来を歩んでいた。でも、大切な人を救うために、僕は過去に戻る力を使った。使ってしまった。そのせいで僕は、力を使って過去に戻る時間軸へと来てしまった。未来が変わったのは、彼女だけではなかった。僕自身の未来も……。

 過去に戻った僕がまずやること……僕自身を殺すこと。未来を変えるために、24時間以内に、どんな手を使っても……。少し考えればわかることなのに、全く考えもしていなかった。自分自身が過去に戻ってきた自分に殺されるということに。

「逃げんなよ」

 走る以外に余計なことを考えていたせいか、死はいつの間にか僕の背後まで迫っていた。僕は僕に押し倒される。どうにか逃げようとジタバタもがいてみるが、どうにもできない。目の前にいるのは僕自身なのに、僕よりも力が強く感じる。どうあがいても勝てる気がしない。

「暴れんなよ……! お前もさ、どうせ何人か自分を殺してんだろ? くそったれな未来変えてんだろ? でも、残念。未来からきた僕が、良いことを一つ教えてあげるよ。未来ってものは、変えても変えても劇的に変化するものじゃない。少しずつ、ほんの少しずつしか変わっていかない。理想の未来を手に入れるためには、何度も何度も過去に戻って変えなきゃいけない……! 何度も何度も何度も何度も!」

 フードの隙間から見えた僕の顔は酷く痩せこけ、僕自身とは思えなかった。変わり果てた僕の姿が悲しかったのか、これから起こるであろう出来事に悲しくなったのか、涙がボロボロと溢れていく。言葉がボロボロ溢れてくる。

『し、死にたく……死にたくない……!』

「……お前に殺された僕も、そう思っていたはずだよ。安心してよ。僕が君の分まで生きて、幸せな未来を掴みとってあげるから……!」

「僕の未来のために、死んでくれ」

 銀色の刃先が月明かりに照らされ輝く。僕はこれから来るはずの痛みに耐えるべく、ギュッと強く目を閉じた。






 思い出がぐるぐると頭の中を駆け回る。楽しい思い出、悲しい思い出、苦い思い出、甘い思い出……沢山の思い出が鮮明に浮かび上がっていく。ゆっくりと、一つずつ、懐かしみながら見つめていく。

 小学校の運動会。悔しくて泣いた部活動。青春詰まった高校生活。彼女と初めてのデート。そして……

 思い出した。この力をもらった時のことを。15歳。両親が事故で亡くなり、どうしていいのかわからなくなった僕の元に、スーツ姿のピエロのお面をつけた人が、僕に語りかけてきたんだ。そしてこの力をくれたんだ。

 でも、どうして僕は力をすぐに使わなかったのだろう? 両親のことは好きだったはず。大切に思っていたはず。なのに、なんで……?

 15歳の僕の不思議な行動、そしていつまで経っても襲ってこない激痛。疑問から逃げるように、僕はゆっくりと目を開く。

『こ、ここは……?』

 広々とした、懐かしさ感じる公園。周りには、赤や青の法被はっぴを着た人達がせっせと屋台の準備を始めている。

 僕は数少ないこのヒントだけで、疑問の答えを導き出せた。

 僕は戻ったんだ。過去に。15歳、力をもらったあの時に。そして、なぜ力を使わなかったのか……祭りの帰りに言われたんだ『未来は、そう簡単に変えられるものではない』って。

『あの時の人は、未来の僕だったんだ』

 ピエロの人に力をもらい、一人で祭りに行って、そして僕に会って……。ここで僕に会わなければ、15歳の僕は力を使うだろう。そして、この絶望しか待っていない未来へと来てしまうだろう。

 僕は駆け出した。タイムリミットは24時間。僕は、一日だけヒーローになることを決めた。助けるのは自分だけ。自己中無責任ヒーローに。

『はーはっはっは! やぁ、少年! そんな悲しい顔をしてどうしたんだい?』

『ん? 僕かい? 僕は、君を助けにきたヒーローさ!』

 空が暗くなった頃、一人とぼとぼと帰路を歩く僕に、白いお面をしたヒーローの男は元気よく語りかけた。





 15歳の僕は冷たい眼差しで見つめてくる。とても痛い。苦しい。恥ずかしい。今すぐに消えてなくなりたい。

 でもいきなりこんなやつが目の前に現れたら、今後どんなことがあっても忘れることはないだろう。強く記憶に残ることだろう。僕は冷たい視線を振り払って、言葉を続けた。

『少年。君は今、未来を変えようとしているだろ。はっきりと言おう。未来を変えるなんて、やめなさい』

『変えたいほど悲しいことが、苦しいことが、辛いことがあったのはわかる。だが、起こってしまった出来事を無かったことにするなんて……それは、逃げだ』

『逃げることは悪いことではないと思う。でも、悲しいこと、苦しいこと、辛いこと……そんなことはこれから先もずっと起こる。君はその出来事が起こるたびに逃げるのか? 逃げ続けるのか?』

『逃げて、逃げて、逃げて……それで無くなってしまうのなら、逃げ続ければいい。でもね、無くならないよ。どれだけ逃げても、逃げても、辛い過去はずっとずっと君の後を追いかけてくる。歩んできた道を逆走しても、ずっと追いかけてくるんだよ。いざ前を向いて歩こうと思っても、振り向けば辛い過去がいる。それから逃れようとしたら、ずっと逆走することになる』

『それならさ、逃げずに前を向いて歩こうよ。立って、真っ直ぐ前を見つめて歩いていこうよ。辛い過去は後ろからついてくるんだ。だから逆走なんてしないで、前へ進んでいけば、辛い過去に道を塞がれることはないよ』

『……今から、君は家に帰る。そこには誰もいない。誰もいないはずの家に、君を待ってる人が一人いる。その子は、君の未来を大きく変える子だよ』

『その子のこと、何があっても守ってあげなさい。そして……何が起こっても、背負って前を見つめて進みなさい。絶対に後ろへ戻るな』

『戻ってしまえば……君の未来は、絶望に染まるぞ』

 ヒーローは伝えたいことを伝え終わると、彼を家へと急がせた。

『自分にそっくりな人は三人いるって言うけど、同じ顔がいきなり二人も出てきたらトラウマになるよね……』





 ヒーロー活動を始めてから、何時間経ったんだろうか? 疲れのせいか、目の前がぼんやりと薄くなっていく。

 ……疲れのせいじゃない。きっと、24時間経ったんだ……。僕は、守れたんだ……。僕自身を……僕の、未来を……。

 ヒーローは、スッと消えていった。

 真っ赤なお面を残して。
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