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二人台本↓
「強肉弱食」(比率:男1・女1)。
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ホムラ:♂ 13歳 気弱で情けなくて頼りない男。
ミヅキ:♀ 23歳 姉御肌で、とても強い女性。
・役表
ホムラ、男:♂
ミヅキ:♀
ーーーーー
とある森の中。刀を手にしているホムラが、呼吸を荒げて必死に魔物から逃げている。
ホムラ「はぁ、はぁ、はぁ……!」
後ろから追ってくる魔物を確認するために顔を背後に向ける。と、足元に張っていた太い木の根に躓き、転ぶ。
ホムラ「うわぁ⁈ あぐっ!」
すぐに身体を起こし立ち上がるが、熊のような巨大な魔物との距離は三メートルを切ってしまっている。
ホムラ「あ、あぁぁ……⁈ く、くるな……! こっちにくるなぁぁ!」
ガタガタと手を震わせながら刀の切先を魔物に向ける。が、魔物は怯える様子はなく、一歩一歩、近づいてくる。
ホムラ「あ、あぁぁ……! い、嫌だ……嫌だ……! 死にたく……死にたくない……!」
ホムラ(M)僕の数倍はあろう、巨大な魔物。刀の切先を向け、何度も何度も威嚇するが、逃げていく気配は全くない。むしろ、一歩一歩近づいてくる。
ホムラ(M)こいつも、僕が弱い人間だとわかっているのだろう。弱くて、情けなくて、頼りない人間だと……。
目の前の魔物が、大きく右前足を振り上げる。ホムラは両手で顔を覆うようにして、ギュッと目をつぶる。
ホムラ「うわぁぁぁぁ⁈」
ホムラ(M)大きくて鋭い爪が、僕に向かってくる。恐怖で身体が大きく震える。僕は、ギュッと目を閉じた。顔に、生暖かい液体が飛んでくる。そして、痛みが──
ホムラ「……あ、あれ?」
ゆっくりと目を開ける。魔物はぐったりと倒れおり、代わりに切先を真っ赤に染めた刀を手にした女が、ジッとホムラを見つめている。
ミヅキ「やぁ、少年。怪我はないかい?」
ホムラ「え……?」
ミヅキ「にしても、この程度の魔物にビビリすぎじゃないか? あんた男でしょ? 刀も持ってんだからさ、こう、ズバッとやっちゃいなよ。私みたいにさ」
ホムラ(M)目の前に突然現れた女の人。真っ赤に染まった切先を袖で拭い、鞘に納め、そして……。
ホムラに近づいたミヅキはしゃがみ込み、潤んでいるホムラの瞳を親指で優しく拭う。
ミヅキ「ほらほら、泣くなって! 男だろ~! 男が涙を見せていいのは、愛する人を失った時だけだぜ~!」
ホムラ(M)ニコリと笑いながら、親指で優しく僕の涙を拭ってくれた。言葉も、行動も、表情も、明るくて、温かくて……僕を支配していた恐怖は、どこかへと消えていった。
ミヅキ「あんた、名前は?」
ホムラ「ホ、ホムラです……」
ミヅキ「ホムラ、か。カッコいい名前してんじゃん! 私は、ミヅキ。よろしくな、ホムラ!」
ホムラ(M)久しぶりに聞いた、温かい言葉。泣くなと言われたばかりなのに、また涙がボロボロと溢れてくる。でも……彼女は、情けなくて、頼りなくて、弱っちい僕の姿を見ても、バカにせず、呆れず、ニコッと笑いながら、また涙を拭ってくれた。
ーーー
二人は焚き火をし、先ほど倒した魔物の肉を焼き、食らっている。
ミヅキ「ふ~ん。里のみんなにバカにされて、それが嫌で森に来たと?」
ホムラ「うん……。一人で魔物を倒せたら、見返せると思って……。でも……」
ミヅキ「見事に返り討ちってわけね。あっははは~!」
ホムラ「わ、笑わないでくださいよ!」
ミヅキ「ごめんごめん。まぁ、いきなりあんなデッカいやつに勝負挑んだ勇敢さは、認めてあげようではないか。でもさ『見返してやろう!』つって、一人で森の中突っ込んでぶっ殺されたら、それこそ笑いもんよ?」
ホムラ「うぅ……」
ミヅキ「ってかさ、あんた戦い方知ってんの?」
ホムラ「え?」
ミヅキ「いやだって、刀持ってんのに振りもせずにガタガタ震えてただけだったし。しっかりちゃんと使ってあげなきゃ、その刀悲しむぞ~」
ホムラ「い、一応、知ってるっちゃ知ってる。里で教えてもらうから。でも、僕はいつまで経っても全然強くなれないから……多分、もう見限られてると思う……。僕より弱い人なんていないし……」
ミヅキ「ふーん」
ホムラ「やっぱり僕は、ダメな奴なんだ……。一生このままなんだ……。弱くて、頼りなくて、情けなくて……」
ミヅキ「ホムラ」
ホムラ「な、なんですか?」
ミヅキ「なんであんたが弱っちいのか、教えてあげようか?」
ホムラ「え……?」
ミヅキ「あんた自身が、自分は弱いって思い込んでるからだよ」
ホムラ「……」
ミヅキ「そうやって、何をやってもダメだって、自分は頼りなくて、情けなくて、弱っちい奴なんだって思ってるからだよ。自分が自分のこと信じてやらねぇんだから、強くなんかなれるわけねぇよ。あんた、どうせ何やるにしても『自分にはできない』って思ってるでしょ?」
ホムラ「……はい」
ミヅキ「強くなりたいんなら、里の奴らを見返したいんなら、まずは心を鍛えな」
ホムラ「こ、心を?」
ミヅキ「そ。戦いの技術うんぬんよりも、あんたに足りないのは『心の強さ』だよ。それがなきゃ、どれだけ技術積み上げようが、この先もずっと今のまんまだぜ?」
ホムラ「……」
ミヅキ「ホムラ、強くなりたいか? 里の奴らを見返したいか?」
ホムラ「……はい」
ミヅキ「よし、よく言った! んじゃ、私が鍛えてやんよ」
ホムラ「……え?」
ミヅキ「今日から毎日、何かしら大事な用がある時は来なくていいけど、それ以外はここに来い。わかったな?」
ホムラ「え、えっと……」
ミヅキ「強くなりたいんだろ? だったら、返事は決まってるよな?」
ホムラ「……はい。わかりました」
ミヅキ「途中で逃げ出すなよ~?」
ホムラ「た、多分、大丈夫です……」
ミヅキ「……ホムラ、ちょいと下がってな」
ホムラ「え? は、はい」
ホムラは、言われた通りミヅキから数歩後ろへ下がる。ミヅキは腰に差した刀を握り、腰を少し低く落とす。目の前には、空へ大きく太く伸びている木。
ホムラ「あ、あの、一体何を──」
ミヅキは素早く鞘から刀を抜き、木の幹を斬り伏せる。
ミヅキ「ふっ!」
ホムラ「え?」
目の前の木が、ずるりと横に倒れていく。
ホムラ「え……えぇぇぇ⁈ あ、あんな太い木を、斬ったぁ⁈」
ミヅキ「逃げずにちゃんと来たら、これくらいになれるかもよ?」
ホムラ(M)鞘に刀を納め、ニコリと僕に笑いかけてくれる。どうしてこの人は、僕のために動いてくれるのだろうか? 赤の他人の、情けない僕に……。
ーーー
次の日、言われた通りに森へとやってきたホムラ。ミヅキの目の前には、太い棍棒が置かれている。
ミヅキ「よし、逃げずによくきたな! 褒めてやろう!」
ホムラ「あ、あの、一体何をするんですか?」
ミヅキ「ほれ、これ持て」
ホムラ「え? も、もしかして、その太い木の棒をですか……?」
ミヅキ「そうだよ。昨日切り倒した木で私が作っておいた。感謝しろよ」
ホムラ「あ、いや、その……そんな太いやつ、持てないですよ。僕にはムリです──」
ミヅキは、無言でホムラの頭をチョップする。
ホムラ「あだっ⁈ な、何するんですか⁈」
ミヅキ「やる前からムリムリ言うな。次、弱気な発言したら、さらに強くチョップしてやるから。覚えておけ」
ホムラ(さっきも十分強かったんだけども……)
ミヅキ「ん? なんか言いたげだなぁ? 弱気な発言か? ん~?」
ホムラ「も、持ちます! 持ちますから!」
ホムラは慌てて太い棍棒を握るが、想像の何倍も重く、両手でも持ち上がらない。
ホムラ「……あ、あれ? ふんっ! ふんぬぬぬ……!」
ミヅキ「あはははは! 全然持ち上がんないじゃん! こりゃ先が長そうだなぁ~」
ホムラ「こ、こんなの、持てるわけが──」
ミヅキ「ん~? なんだって~?」
ホムラ「わぁぁ! やります、やりますからぁぁ!」
ホムラ(M)微笑みながら、僕に近づいてくるミヅキさん。里のみんなは離れていくのに、この人は近づいてくる。どんなに弱くて情けない言葉を吐き出しても、そばにいて優しい言葉をかけてくれる。厳しい言葉をかけてくれる。それは、一日だけのことじゃない。一週間も、一ヶ月も……ずっと僕のそばにいてくれた。
ホムラ(M)僕は、それが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。こんな僕を見捨てることなく、ずっとずっと見てくれた。情けなくて、頼りなくて、弱い僕のことを、ずっとずっと見てくれた。
ホムラ(M)変わりたい……いや、変わらなくちゃ。僕は、自分のために、ミヅキさんのためにも、変わっていかなきゃいけないんだ。
ーーー
朝、森の中。ミヅキはいつも訓練している場所へと向かう。
ミヅキ「(あくびをする)さてさて、今日も逃げずに来るかな~?」
ホムラは両手で棍棒を持ち上げ、額から汗を流しながら一生懸命素振りをしている。
ホムラ「ふんっ! んぐぐぐ……! ふんっ!」
ミヅキ「ん?」
ホムラ「ふんっ! はぁ、はぁ、はぁ……!」
ミヅキ「……」
ホムラ「あっ、先生! おはようございます!」
ミヅキ「おーおー少年、朝から精が出てるね~!」
ホムラ「ぼ、僕は、弱っちい人間だから……! もっともっと頑張らないと、みんなにも、先生にも、追いつけませんから……!」
ミヅキ「……こりゃもう、逃げ出す心配はしなくてよさそうだねぇ」
ホムラ「え? なんですか?」
ミヅキ「んや、こっちの話よ。ほら、そのまま続けて」
ホムラ「はいっ!」
ホムラ(M)僕は、重くて重くて、逃げ出したいほどに重い棍棒を、毎日振るった。この重さは、僕の弱さだ。僕の弱さが形になったものなんだ。僕が変わるためには、この弱い僕を乗り越えていかなきゃいけない。負けたくない、絶対に負けたくはない……! 自分のためにも、先生のためにも……!
ホムラ(M)逃げ出そうとする足をグッと堪え、毎日振るった。里に帰った後も、似た重さのモノを持ち上げ、振るった。毎日毎日、必死に振るった。少しずつ……ほんの少しずつだけど、棍棒の重さは変わっていった。
ホムラ(M)そして、僕の周りも少しずつだけど、変化していった。僕に届いていた冷たい言葉が、少しずつ、温かい言葉へと変化していく。離れていった里の人たちが、少しずつ、少しずつ、僕に近づいてくる。
ホムラ(M)目に見えないほどの小さな変化は、大きく、形になって現れる。はっきりと、確認できるほどに大きくなっていく。
ーーー
数ヶ月後、森の中。ホムラは太く重い棍棒を軽々と振るっている。
ホムラ「ふっ! はぁぁ!」
ミヅキ「よーし、そこまで! 休憩すっぞ~」
ホムラ「はい」
ホムラ(M)重くて、持ち上げることで精一杯だった太い棍棒は……数ヶ月で、片手で持ち上げられるほど、軽くなっていた。
ホムラは切り株のそばに腰を下ろし、おにぎりを食している。ミヅキは切り株に腰を下ろして、太く逞しくなったホムラの腕をジッと見つめている。
ミヅキ「いや~しかし、変わったなぁ、お前」
ホムラ「え? 僕ですか?」
ミヅキ「おうよ。前は貧弱な身体してたのに、今となっては逞しくなっちゃって」
ホムラ「まぁ、毎日あんな重たいモノ振り回してたら、嫌でも逞しくなりますよ」
ミヅキ「里に帰ってからも、自主的に訓練してたんだもんな。偉いぞ~ホムラ! 先生が褒めてやろうぞ! よーしよしよしよし!」
ホムラ「わわっ⁈ 頭撫でないでください! ってか、子ども扱いしないでくださいよ! 僕はもう十四歳ですよ!」
ミヅキ「つい最近十四になったばかりだろうが。つーか、十三も十四も、私からしたらガキだってぇの。あっははは~!」
ホムラ「すぐに追いつきますから、待っててください」
ミヅキ「バーカ。お前が歳取ったら私も歳とるっつーの。お前は永遠に追いつけねぇよ。指咥えて私の背中見とけ」
ホムラ「……なぁ、先生」
ミヅキ「ん? なんだ?」
ホムラ「先生の誕生日って、いつなんですか?」
ミヅキ「ん~? なんだよ、急に?」
ホムラ「な、なんとなくですよ! 特に深い理由はありません!」
ミヅキ「へぇ~? なんとなくなら、知らなくても良くない?」
ホムラ「そ、それはそうかもですけど……」
ミヅキ「……しゃーねぇ。私に勝ったら、教えてやるよ」
ホムラ「え?」
ミヅキ「つーことで、ほれっ」
ミヅキは、ホムラの隣に置かれていた刀を手に取り、ホムラに手渡す。
ミヅキ「今のお前なら、刀に振り回されることもないだろ。飯食い終わったら、実践形式で色々教えてやる」
ホムラ「い、いいんですか?」
ミヅキ「おうよ。ここまで逃げずに頑張ったからな」
ミヅキは立ち上がり、隣に置いてあった自分の刀を手にし、ゆっくりと鞘から抜き出す。
ミヅキ「ただ、こっから先は前以上に厳しいぞ? 逃げずについてこれっか、少年?」
ホムラは食べかけのおにぎりを一気に口に放り込み、十分に咀嚼せずに喉奥へと押し流す。手渡された刀を鞘から勢いよく抜き取り、切先をミヅキに向けて、グッと握る。
ホムラ「はいっ! お願いします!」
ミヅキ「いい返事だ。手加減はしねぇから、お前も本気でこいよ」
ホムラ(M)言葉通り、先生は全く手加減などしてくれず……刀を使用した初めての訓練は、たった数秒で終わりを迎えた。その後も、何日も何日も先生に挑むが、未だに数秒で終わりを迎える。僕はまだまだ弱いままだった。でも、そんな弱っちい僕に、先生は毎日手を抜かずに、本気でかかってきてくれる。
ホムラ(M)だから、僕もここで負けるわけにはいかない。自分のためにも、先生のためにも、弱いままでいるわけにはいかない。何度も何度も立ち上がり、刀を手にし、挑み続ける。ダメなところは修正して、良いところは伸ばしていき、必死に先生に食らいつく。
ホムラ(M)食らいついて、食らいついて、何ヶ月も何ヶ月も、食らい続けて……いつしか僕は、里の中では敵なしの強さになっていた。
ホムラ(M)『バカにしてきた人たちを見返したい』僕の当初の目標は、いつの間にか達成されていた。でも、僕は止まらない。どんどん進んでいく。当初の目標を追い抜いて、僕の目の前を歩いているあの背中を見つめて……僕はただただ、駆けていく。
ーーー
森の中、ホムラが一人、木に背を預け休んでいる。
ホムラ「はぁ、はぁ、はぁ……! くそっ、全然勝てない……。今日もダメだった……。もっと訓練しないと……!」
ホムラは隣に置いた刀を手にするが、立ち上がることなく手を離す。
ホムラ「いや、休むことも訓練の一つって言ってたし、先生が水浴び中くらいはしっかり休もう。それに、ただ刀を振るだけじゃ勝てない……もっと考えて戦わないと」
ホムラ「どうしたら、先生に勝てるのか……? 水浴び中とかに攻撃すれば……いやいやいや、そんな卑怯なことは絶対にしたくはない。というか、先生はきっと水浴び中も隙なんてないんだろうな」
ホムラ「……水浴び……先生の、水浴び……」
ホムラは、自分の頬を思い切り叩く。
ホムラ「ふんっ! ぼ、僕はなにを考えているんだ⁈ 邪な考えは捨てろ! 刀を振るう自分を想像しろ! 集中、集中集中集中……!」
ホムラの頭に浮かぶのは、水浴びをしている先生の姿。ホムラは刀を手にし勢いよく立ち上がると、一心不乱に刀を振るう。
ホムラ「がぁぁぁ! 消えろ! 消えろ! 今すぐに消えろぉぉぉ! 僕の頭の中から、消えていけぇぇぇ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
ホムラ(M)一心不乱に刀を振るったが、頭に浮かんだ先生は消えることなく……水浴びから帰ってきた先生に『休める時は休め』と強く言われた。邪なことを考えていたからだろうか……先生の顔を見ることはできなかった。里に帰った後も、先生の顔がなぜか頭から離れなかった。
ホムラ(M)心も、身体も、目標も、大きく変わった僕。いつの間にか、先生への想いも……大きく変わっていた。
ーーー
森の中。訓練を終えたホムラが、地面にうつ伏せの状態で倒れている。
ミヅキ「ほい、今日の訓練はこれにておしまい」
ホムラ「あ、ありがとう……ござい、ました……」
ミヅキ「今日も残念だったな、ホムラ~。また明日、頑張れよ~」
ホムラ「……」
ミヅキ「ん? どうした、ホムラ?」
ホムラ「……」
ミヅキ「お、おい? ホムラ? 返事を──」
ミヅキはホムラに慌てて近づき、仰向けにする。
ホムラ「(寝息)」
ミヅキ「……寝てるだけか。びっくりさせやがって、このやろう……! 日頃の疲れが溜まってんのかねぇ~? 適度にちゃんと休めよ、バカやろうが」
ミヅキ「……綺麗な寝顔、してんなぁ」
ミヅキ(M)頬についた土汚れが邪魔に思えるほど、ホムラの顔は綺麗だった。私は汚れを拭い、彼を背負って、彼の住む里まで歩を進めた。
ミヅキ(M)その行為を見た自分が、疑問を投げかけてくる。『なぜ、こんなことをしているんだ?』と。
ミヅキ(M)ホムラのことは、見捨てるつもりだった。この世は、強いものが生き残り、弱いものは消えていく……弱い彼が消えていくのは、自然なことだ。私が助ける義理もないし、背を向け立ち去るつもりでいた。
ミヅキ(M)でも、気がつけば刀を握りしめ、手を伸ばしていた。流れる涙を拭っていた。私は、知らぬ間に重ねていた。弱くて、情けなくて、頼りない家族の姿を、ホムラに重ねてしまった。
ミヅキ(M)弱い生き物は、この世界では生きていけない。ホムラも、このまま放っておけばすぐに死んでいくだろう。私の家族のように、あっさりと、息をするように、これが当たり前と言わんばかりに、スッと消えていくだろう。
ミヅキ「ほーら、里が見えてきたぞ~。いい加減、目を覚ませよ~」
ホムラ「(寝息)」
ミヅキ「ったく、しゃーねぇなぁ」
ミヅキ(M)ほんの少し、生きるための術を教えて別れる予定だった。でも、一生懸命に頑張る彼の姿を見て……先生と呼び、慕ってくれる彼を見て……。
ミヅキは、里の門の前へとやってくる。中へは入らずに、その場で立ち止まる。
ミヅキ「……これ以上はダメだな。汚したくねぇし」
ミヅキは門のそばにホムラを降ろすと、そのまま歩いてきた道を戻っていく。
ミヅキ(M)わかってる、わかっているんだ。私は汚れている……この里みたいに、ホムラみたいに綺麗じゃないんだ。真っ黒で、赤がこびりついていて、もうどれだけ擦っても綺麗にならないほどに、汚れきっているんだ……。だから、これ以上は踏み込んじゃいけないんだ。
ミヅキ(M)綺麗なものの側にいたって、綺麗になるわけじゃない。なった気になるだけだ。でも、汚いものの側に綺麗なものがいれば、すぐに汚れがついてしまう。だから、私は早くいなくならなきゃいけないんだ。早く、ホムラの前から立ち去らないといけないんだ……。
真っ暗闇の森の中を、男が息を切らして必死に駆けている。
男「はぁ、はぁ、はぁ……! くっそぉ! ちくしょぉぉ!」
男は躓き、豪快に転ぶ。
男「あぐぅ⁈ ち、ちくしょう、ちくしょ──」
立ち上がろうとする男の顔スレスレに、刀が突き刺さる。
男「ひぃ⁈」
ミヅキ「……」
男「あ、あぁぁ……! ま、待て……! 待ってくれ!」
ミヅキは腰に差したもう一本の刀を握り、引き抜く。切先が、月明かりに照らされ不気味に輝く。
男「お、お願いだ! 助けてくれ! い、命だけは……あ、あぁぁぁぁ⁈」
ミヅキ(M)私は、汚れているんだから。
ーーー
とある日の森の中。16歳になったホムラは、ミヅキの前で刀を振るっている。ミヅキは、切り株に座り、ボーッとしている。
ホムラ「……い。先生」
ミヅキ「……ん?」
ホムラ「どうしたんですか、ボーッとして? なんかあったんですか?」
ミヅキ「いや、なんにも」
ホムラ「……」
ミヅキ「な、なんだよ?」
ホムラ「休憩します。おにぎり、今日も持ってきたんで食べますか?」
ミヅキ「おっ、あんがと」
ホムラは里から持ってきた皮袋の中から、葉に包んだおにぎりを取り出し、ミヅキに手渡す。
ホムラ「はい、どうぞ」
ミヅキはおにぎりを受け取らずに、ジッとホムラを見つめている。
ミヅキ「……」
ホムラ「ん? どうしたんですか?」
ミヅキ「……お前、変わったよな」
ホムラ「え? まぁ、先生と出会った時に比べたら、強くなったと思うけど」
ミヅキ「そういうことじゃねぇよ。身長とか、見た目? なーんか大人っぽくなったっていうか、デカくなったよなぁって」
ホムラ「まぁ、もう十六歳だし」
ミヅキ「私よりもデカくなって……なーんかムカつく。縮め」
ホムラ「無理です。これからも俺は成長していくんで、よろしくお願いします」
ミヅキ「あーあ、弱々しい頃のお前が懐かしいわ。いつの間にか、俺とか言っちゃってるしさ。先生は悲しいわ」
ホムラ「いつまでも子どもだと思わないでくださいよ」
ミヅキ「私に勝つまでは、ずっとガキだよ」
ホムラ「ムカつく……。次こそは負かしますから」
ミヅキ「はいはい、楽しみにしてますよ~」
ミヅキはおにぎりを受け取り、口へと運ぶ。
ホムラ「はぁ……。先生とはもう何年も戦ってんのに、未だに一回も勝てないとか……やっぱり俺、弱っちい男ですね……」
ミヅキ「私が強すぎるだけだ。だから、自信持ちな」
ホムラ「何したらそんなに強くなれるんですか?」
ミヅキ「気合、根性、あとなんか」
ホムラ「気合と根性は、俺もめちゃくちゃあると思うんですけど?」
ミヅキ「んじゃ、あとなんかが足りねぇんだよ」
ホムラ「なんかってなんですか?」
ミヅキ「さぁ、なんでしょうな?」
ホムラ「先生なんだから、教えてくださいよ」
ミヅキ「教えてもらってばかりじゃ成長しねぇぞ? つーか、もう私が教えることなんてねぇよ」
ホムラ「まぁ、なんだかんだ数年間教えてもらってますからね。ありがとうございます」
ミヅキ「……」
ホムラ「先生?」
ミヅキ「ん? なに?」
ホムラ「あ、いや……なんでもないです」
ミヅキ「……」
ホムラ「……」
ホムラ「……あっ」
ミヅキ「ん? どした?」
ホムラ「今日、早く帰ってこいって言われてんの、忘れてました。そろそろ帰ります」
ミヅキ「ん、わかった」
ホムラ「今日も、ありがとうございました」
ミヅキ「おうよ」
ホムラ「先生も、帰る時は気をつけてくださいね」
ミヅキ「私がそこら辺のザコにやられると思ってんのか?」
ホムラ「念のためですよ。例の人斬りもいるかもしれないですし」
ミヅキ「あぁね。心配どうもありがとうございます」
ホムラ「先生も可愛いんですから、ホント気をつけてくださいね」
ミヅキ「……ん?」
ホムラ「ん? なんですか?」
ミヅキ「かわいい?」
ホムラ「はい。ほら、例の人斬りは可愛い女性ばかり狙ってますし。先生もきっと狙われますから」
ミヅキ「あ、あぁ……えっと、人斬りって、そっちの?」
ホムラ「ん? 他に誰が……あぁ、そういや他にもいましたね」
ミヅキ「……」
ホムラ「とにかく、先生は見つかったら絶対に狙われますから、気をつけてくださいね。俺にやられるまでは、誰にもやられないでくださいよ。では、失礼します」
ミヅキ「……え? か、かわいい? え? ん? おぉ? な、な、何言ってんだ、あいつ……?」
ミヅキは、自分の頬に手を当てる。
ミヅキ「……か、かわいいのか、私?」
ミヅキ(M)怖いだの恐ろしいだの、そんな言葉は飽きるほど聞いてきた。でも、かわいいだなんて温かい言葉は、久しぶりに聞いた気がする。小さい頃に、親に言われて以来……だからだろうか? 『かわいい』という私には全く似合わない言葉が、ぐるぐると消えることなく頭の中を回っている。
ミヅキ(M)かわいいという言葉と一緒に、なぜかホムラの顔も一緒にぐるぐると回っている。何をしても消えることなく、ぐるぐるぐるぐると回っている。
ーーー
数日後、森の中。ミヅキは切り株に腰を下ろして、ボーッとしている。
ミヅキ「……」
ホムラ「先生?」
ミヅキ「……」
ホムラ「先生ー?」
ミヅキ「え? な、なんだよ?」
ホムラ「どうしたんですか、ボーッとして? 大丈夫ですか?」
ミヅキ「へ? あ、えっと……い、いや~なんか今日はあったかくて、ポカポカしてるからさ~! ちょっと眠たくなってな~!」
ホムラ「……今日は、肌寒くないですか?」
ミヅキ「え? あ、い、言われてみればそうだなぁ~! あははは~!」
ホムラ「……」
ミヅキ「な、なんだよ? なんか文句あんのか?」
ミヅキ「ん? お、おい、なんで近づいてくる? 寄るな、止まれ!」
ホムラ「先生、熱があるんじゃないですか?」
ミヅキ「だからって、なんで寄ってくる⁈」
ホムラ「熱あるか確認してあげようかと思いまして。寒いのにあったかいとかいうくらいだから、重症じゃ──」
ミヅキ「だ、大丈夫だわ! だから、寄るな! 私に構わず、刀振っとけ!」
ホムラ「……」
ミヅキ「な、なんだよ? お、おい! 寄るなって言ってんだろうが! 来んなっ! あっちいけ!」
ホムラ「先生が取り乱してるの、すごく珍しくて……ホント、大丈夫ですか?」
ミヅキ「だーかーらー! 大丈夫だって言ってんだろうが! 寄ってきたら、叩き斬るからな! わかったか!」
ホムラ「……」
ミヅキ「お、おいおいおい! 話聞いてんのか! 寄るなって言ってんだろうが! お前、心配してると思わせて楽しんでるだろ!」
ホムラ「バレました?」
ミヅキ「そこ、動くなよ! 叩き斬ってやる!」
ホムラ「自分から近づくのはいいんですか?」
ミヅキ「う、うるせぇぇ! いいか、一定の距離を保てよ! わかったな!」
ミヅキ(M)私は、なぜこんなにもドキドキしているのだろうか? 『かわいい』とこいつに言われてから、なぜかわからないが、こいつの顔を直視できなくなった。近づけなくなった。
ホムラ「せ、先生、これ以上近づきませんから、刀を下ろしてください……」
ミヅキ「絶対だぞ? わかったな? ったく……」
ホムラ「先生も、こんな感じで取り乱すことがあるんですね」
ミヅキ「う、うるせぇ!」
ホムラ「先生、なにか困ったことでもあったんですか? 俺でよければ相談に乗りますよ。昔は頼りなかったかもですけど、今は先生に鍛えてもらったおかげで、逞しく成長しましたから。遠慮せずに言ってくださいね」
ミヅキ(M)ニコリと微笑みながら、頼もしい言葉を口にするホムラ。その顔を見て、ドキドキはさらに強くなる。なぜだろう? なぜこんなにも、ドキドキしているのだろう? なぜ、こんなにも……ホムラのことを、愛おしく思ってしまうのだろう?
ホムラ(M)想いは、日に日に強くなる。
ミヅキ(M)強くなって、胸を締め付ける。
ホムラ(M)このまま、ずっと先生と一緒にいたい。
ミヅキ(M)もう、これ以上近づいちゃダメなのに……。
二人は、森の中で稽古をしている。
ホムラ「はぁぁぁ!」
ミヅキ「おいおい、そんなもんかぁ?」
ホムラ「まだまだぁぁ!」
ミヅキ(M)ホムラといると、真っ黒な自分がいなくなる。先生として、綺麗な自分として存在できる。私は、やっぱり綺麗でいたい。綺麗な私で、生きていきたい……。
ホムラ(M)強くて、カッコよくて、僕を変えてくれた恩人。
ミヅキ「おっ⁈ 今日のおにぎり、めちゃくちゃうめぇな! 何個でもいけるわ!」
ホムラ(M)たまに歳上とは思えない無邪気な笑顔を見せてくれる。そこが、すごく愛おしくてたまらない。この人の笑顔を、守っていきたいと思った。
ミヅキ(M)可愛い可愛い、私の一番弟子。
ホムラ(M)強くてカッコいい、俺の先生。
ミヅキ(M)守りたい。
ホムラ(M)俺の手で。
ミヅキ(M)だから……
ホムラ(M)俺は……。
ミヅキ「へ? 里に?」
ホムラ「おう。先生、住むとこ決めずにふらふらしてるって前言ってたじゃん? ここ最近は、ずっと野宿してるって」
ミヅキ「いや、だからって……」
ホムラ「先生なら、里のみんなも大歓迎だよ。俺をこんなに強くしてくれた人なら、安心して迎えられるって」
ミヅキ「お、おいおい! 勝手に話を進めるなよ!」
ホムラ「里に来るならって話だよ。もちろん、無理強いはしないよ」
ミヅキ「……」
ホムラ「こういう選択肢もあるんだって、頭の隅にでも置いておいてくれればいい。里に来てくれたら、俺も心配しなくて済むし」
ミヅキ「心配?」
ホムラ「……いくら先生でも、ずっと一人で外にいるって思ったら、やっぱり心配でさ」
ミヅキ「なんだよ? 私がやられるとでも思ってんのか?」
ホムラ「先生がそう簡単にやられるとは思ってないよ。ただ、汚い手を使ってくる連中だって沢山いるんだ。だから……」
ミヅキ「……汚い、か」
ミヅキ「……ホムラ、ありがとな」
ホムラ「え? あ、いや、お礼を言われることなんて……むしろ、余計なお世話かなって思ってるし……」
ミヅキ「いやいや、あんたが私のこと考えてくれてるんだなって思ったら、すごく嬉しいよ。ありがと」
ホムラ「そ、それならよかったけど」
ミヅキ「……少しだけ、考えさせてくれ」
ホムラ「お、おう。わかった」
ミヅキ「ったく、ホムラが『先生と離れたくない~!』って思ってることは、嫌ってほど伝わったわ~」
ホムラ「はい?」
ミヅキ「なんだかんだ数年もずっと先生のところに来てるもんなぁ~。お前は、先生のこと大好きだもんな~」
ホムラ「んなっ⁈ べ、別にそんなんじゃ──」
ミヅキ「ん~? なんだよ? お前、先生のこと嫌いなのか?」
ホムラ「あっ、いや、き、嫌いってわけじゃないけど……!」
ミヅキ「あっはっはっは~! やっぱりお前は可愛い弟子だ! 頭撫でてやろうぞ! よーしよしよし!」
ホムラ「だぁぁぁ! やめろ! 子ども扱いすんなって! 対等に扱え!」
ミヅキ「私より弱っちいやつを、対等には扱えんな~! よしよしよ~し!」
ホムラ「やめろってば! やーめーろー!」
ミヅキ「あははは~!」
ミヅキ(M)もう答えは決まってんのに、何を考えるってんだ……? あぁ、嫌になる……自分の弱さが、嫌になる……。
ミヅキ(M)ホムラから、一緒にいたいって気持ちが、強く強く伝わってくる。それが、辛い。嬉しい。苦しい。
ミヅキ(M)私だって、一緒にいたい。ずっとずっと、一緒にいたいよ……。でも、でもさ……私はさ……。
ーーー
数日後、森の中。訓練を終えた二人は、腰を下ろしておにぎりを食べている。
ホムラ「はぁ……今日も勝てなかった……」
ミヅキ「お主、まだまだだな」
ホムラ「うるせぇ」
ミヅキ「あははは~! しょぼくれんなって! お前は強くなってるよ。私が保証してやる」
ホムラ「いくら強くても、先生に勝てなきゃ意味ねぇんだよ。くっそぉ、次こそは……!」
ミヅキ「……なぁ、ホムラ」
ホムラ「ん? なに?」
ミヅキ「……前、話してくれた里に来るかってやつだけどさ」
ホムラ「え? あ、う、うん!」
ミヅキ「……やっぱり、やめとくわ」
ホムラ「そ、そっか……」
ミヅキ「おいおいおい、あからさまに悲しい顔すんなって」
ホムラ「べ、別に悲しくなんかねぇよ!」
ミヅキ「はぁ……お前、私が思ってる以上に私のこと好きなんだな~? 可愛いやつめ~!」
ホムラ「……」
ミヅキ「ん? どうした?」
ホムラ「……そうだよ」
ミヅキ「え?」
ホムラ「そうだよ……俺は、先生のことが大好きだよ! だから、ずっと一緒にいたいよ! 悪いか⁈」
ミヅキ「へ? あ、いや……わ、悪くないけど……」
ホムラ「なぁ、先生?」
ミヅキ「な、なんだよ?」
ホムラ「先生はさ……どっか行っちゃうのか?」
ミヅキ「……あぁ。ここには、長いこといたからな。そろそろ別のところに──」
ホムラ「俺も、連れてってくれ」
ミヅキ「……え?」
ホムラ「俺、先生のことが大好きなんだ。だから、離れたくない。ずっと先生のそばにいたい」
ミヅキ「あ、いや……でも……」
ホムラ「先生のおかげで、俺はすごく強くなった。弱かった頃の俺とは比べ物にならないくらい、強くなった! まだ先生には勝てないけど……他のやつには、絶対に負けない! 先生の足手まといにはならないから! お願いします!」
ミヅキ「……」
ホムラ「お願いします! 俺も、連れてってください!」
ミヅキ「……だぁぁぁ! わ、わかった! わかったから、頭上げろ! ったく、こんなにも好きになられてるとは思ってなかったわ……」
ホムラ「つ、連れてってくれるんですか?」
ミヅキ「三日やる。その間に、ちゃんと里のみんなに挨拶して、しっかり準備してここにこい。三日後の朝に出発するから、忘れんなよ」
ホムラ「わ、わかった! 絶対来るから、待っててくれよ!」
ミヅキ「ったく、喜びすぎだっての」
ミヅキ(M)私は、何してんだろ……? なんで、こんなこと言っちゃったんだろ……? ホムラが傷つくだけだって、わかってるくせに……。
ミヅキ「……ホント、汚い女だな……私……」
ーーー
三日後の朝。身支度を整えたホムラが、いつも訓練をしている場所へとやってくる。
ホムラ「先生~! お待たせしました……って、あれ? 先生~?」
ホムラ「おかしいな……もしかして、時間間違えてるのか? 朝出発するって自分が言ったくせに」
ホムラ「ん? 切り株に、なんか……なに、これ?」
ホムラは、いつもミヅキが座っている切り株の上に置かれていた紙を手に取る。
ミヅキ「ホムラへ。黙って先に出発した私を、許してくれとは言わない。恨んでくれて構わない。憎んでくれて構わない。嫌いになってくれて構わない。本当にごめんな」
ミヅキ「嘘を吐いた私の言葉なんて、信じられないと思う。でも、これだけは信じてほしい。私は、あんたのことが好きだ。大好きだ。だからこそ、あんたを私の側には置いておけない」
ミヅキ「あんたの目に映った私は、すごく綺麗なんだと思う。でも、本当の私は綺麗な人間じゃない。真っ黒で、血で汚れた、汚い女だ。そんな汚い女の側には、綺麗なあんたを置いておけない。私は、あんたを汚したくはない」
ミヅキ「私は、人殺しだ。何人も何人も人を殺している。私の側にいたら、あんたも人を殺さなきゃいけなくなる。あんたは、綺麗なままでいてくれ。お願いだから、これからも綺麗なままでいてください」
ミヅキ「勝手に私から近づいて、勝手に捨てられて、今すごく怒ってると思う。勝手な女で、本当にごめんなさい。ホムラに好きだって言ってもらえて、すごくすごく嬉しかったよ。私も、恋愛かどうかはまだわかんないけど、ホムラのこと、大好きだよ。すぐにいなくなる予定だったのに、長々と何年も一緒にいちゃった。それくらいには好きだよ。大好きだよ」
ミヅキ「もう会うことはないだろうけど、私はホムラと過ごせた日々を、絶対に忘れないよ。あんたは、私のことは忘れてもいいけど、私から教わったことは絶対に忘れるなよ」
ミヅキ「あんたは、すごく強くなった。出会った時とは比べ物にならないくらい、強くなったよ。あんたが手に入れた力は、私みたいに汚すことなく、綺麗なまま使ってください。その刀は、誰かを傷つけるものじゃない。誰かを守るためのモンだよ。大切な人を、守るために使ってください」
ミヅキ「何度もしつこいようだけど、ホムラ、あんたは綺麗なままでいてね。私みたいに、汚れないでね」
ミヅキ「汚れた私と一緒にいてくれて、本当にありがとね。私のこと、先生と慕ってくれて、私を綺麗にしてくれて、本当にありがとね。好きだよ、愛しの弟子よ。大好きだよ、ホムラ。バイバイ」
森の中を、ホムラは息を荒げ、駆けている。
ホムラ「はぁ、はぁ、はぁ……!」
ミヅキ「あと、もし……もしも、こんな私をまだ好いてくれているのなら、この切り株の右側に生えている木の裏側を見てください。そこに、私の生まれた日が彫ってあります。こんな私を許してくれるのならば、その日だけでもいいから、私のことを思い出してください」
ミヅキ「ワガママな先生で、本当にごめんね」
ホムラは、膝に手をついて止まり、荒い息を吐き出している。
ホムラ「はぁ、はぁ……! クッソ! クソクソクソクソ! 最初からこうするつもりだったなら、正直に言ってくれよ! そのほうが……そのほうが俺は……俺は!」
ホムラ「まだ俺は、強くなんてないよ……! もっともっと、教えてもらいことあるよ……! もっと、一緒に……一緒にさ……!」
ホムラ「ずるいよ……自分勝手すぎるよ……! こんなのってさ……こんなの……! 俺は、どうすればいいんだよ……! 俺は.……僕は、どうすればいいんですか⁈ 教えてくださいよ、先生!」
ホムラ(M)今すぐにでも、先生を探しに行きたい。でも、足は止まったまま動こうとしない。
ホムラ(M)先生が、僕のことを考えて、考えてこの答えを出したのが、嫌というほどわかったから。三日間、考えて考えて出した答えなんだって。だから、先生を探しにいくのは、先生を裏切ることになる。先生を裏切ることはしたくはない。好きだから、大好きだから……。だから……だから、僕は……。
ホムラ「……里に、戻ろう」
ホムラ(M)この選択が、正しいのかなんてわからない。間違ってるのかなんてわからない。わからないよ……。だって、僕は……先生がいなくなっただけで、泣き喚いてしまうほど、弱い男だから……。
ーーー
三年後、とある森の中。ミヅキは横っ腹からポタポタと血を流し、足を引きずりながら歩いている。
ミヅキ「くそ……血が止まらねぇ……。ちくしょうが……! まさか、こんなことになるなんてな……」
近くの木に背を預け、ドサリと腰を下ろす。
ミヅキ「ダメだ、もう歩けねぇ……。ははは、情けねぇなぁ……。ここで私も、終わりか……」
ミヅキ「……あぁ、なんでだろうなぁ……? 今さ、すごくすごく……会いたいなぁ……。会いたいよ……ホムラ……。私さ、あんたと離れてから、ずっと寂しくてさ……。めちゃくちゃ好きなんだなって、離れてから気がついたよ……」
ミヅキ「寝ても覚めても、あんたのこと想ってた……。今、何してんだろって……寂しがってないかなって……私のこと、忘れてないかなってさ……」
ミヅキ「もっと、一緒に……いたかったなぁ……」
前方の茂みから、音が聞こえる。
ミヅキ「……ホムラ?」
茂みから、追っての男が姿を現す。
ミヅキ「……なわけ、ねぇよな。おいおいおい、あんたもしつこい男だねぇ~。そんなに私のこと殺したいのかぁ? お仲間が殺されてんだから、当たり前か。あっははは~!」
ミヅキ「……いいよ。くれてやるよ。そのかわり、スパッと殺ってくれよな……」
ミヅキ(M)なぁ、ホムラ……あんたはさ、まだ私のこと、覚えてるか? もう三年も経っちまってるから、忘れてるよな?
ミヅキ(M)信じてもらえねぇかもしんねぇけど……私はさ、あんたと離れてから三年間、一度だって、あんたを想わなかった日はないよ。それくらい好きだったんだって、気づいたよ。
ミヅキ(M)ねぇ、ホムラ……私、あの時よりも、もっと黒くなっちまったけどさ……そんな私でも、先生って呼んでくれる? 綺麗な顔で、私を見てくれる?
ミヅキ(M)私を、綺麗にしてくれる?
ミヅキ「……じゃあな、ホムラ」
ミヅキ(M)鋭い刀が、私に向かってくる。恐怖で身体が大きく震える。私は、ギュッと目を閉じた。顔に、生暖かい液体が飛んでくる。そして、痛みが……。
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